世界史リンク工房

大学受験向け世界史情報ブログ

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例年、1・2月はPVが急増するのですが、それを過ぎると急減するのですわw 必要なくなるのは喜ばしいことではあるんですが、もし使い終わりましたら後輩さんに紹介していただけると大変ありがたいですw よろしくお願いいたします(CM)
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2003年の東大大論述は、運輸・通信手段の発達がどのように世界各地の植民地化やそれに抵抗する民族運動に影響を与えたかという、いかにも東大らしい設問でした。広域、ダイナミズム、民族運動、帝国主義と東大が好きそうなテーマが盛りだくさんであるだけでなく、2003年当時というのはインターネットの普及とグローバル化に伴う情報革命が進展していた最中であったこともあり、現代の問題を受験生に考えさせる意味でも非常に意欲的な設問であったかと思います。この手の設問を高校世界史の知識の範囲で作ろうとすると、時としてバランスの悪い設問や、焦点がぼやけた設問になりがちなのですが、本設問についてはそうしたこともなく、十分に当時の受験生の知識で取り組める内容となっていますし、指定語句も適切で受験生がストーリーを組み立てやすいものになっている良問かと思います。また、この前の年(2002年)の問題が同時代の中国人移民についての設問だったので、当時の東大受験生にとっては比較的イメージしやすい問題でもあったかと思います。ですが、要求されているハードルはかなり高いので、よくできる受験生と全く書けない受験生の差が明確に出るタイプの問題ではないでしょうか。東大では、現代的な意味での運輸・通信を扱った設問は大論述ではその後出題されていませんが、情報の伝達や交通といったテーマは時折出てくるものですので、確認しておきましょう。

 

【解答手順1:設問内容確認】

・運輸・通信手段の発展が,アジア・アフリカの植民地化を促したことについて論述せよ

・運輸・通信手段の発展が,各地の民族意識を高めたことについて論述せよ

・指定語句

:スエズ運河 / 汽 船 / バグダード鉄道 / モールス信号 / マルコ一ニ / 義和団 / 日露戦争 / イラン立憲革命 / ガンディー

17行(510字)以内

 

:設問の主要な要求が二つあることには注意が必要です。運輸・通信が発達したことによってどのように植民地化が進んだのかに加えて、運輸・通信が発達したことによってどのように各地で民族意識が高まったのかを示す必要がありますので、両者をしっかりと区別して整理する必要があるでしょう。イメージがしにくい場合には具体例をいくつか用意するといいですね。前者の例としては鉄道の敷設が植民地支配拡大や周辺の経済支配につながったことをイメージすればよいと思います。イギリスによるインドの鉄道敷設、ドイツのバグダード鉄道、ロシアや日本の満州地域における鉄道経営(東清鉄道、南満州鉄道)が具体例ですね。後者の例としては、日露戦争の勝利のニュースがアジア各地の民族運動に影響を与えた例、たとえばイラン立憲革命やドンズー(東遊)運動などを想定すると分かりやすいかと思います。

 また、主要な要求を確認した上で、リード文をヒントに、いつぐらいの時期について、どのようなストーリーで書けばよいのか、全体のフレームワークを思い描いておくと良いと思います。主なヒントは以下の通りです。

 

(ヒント1)

19世紀半ばから20世紀初頭にかけて,有線・無線の電信,電話,写真機,映画などの実用化がもたらされ,視聴覚メディアの革命も起こった

→時期は19世紀半ばから20世紀初頭

→視聴覚メディアの革命とは?=時期的にラジオ・新聞までか

(映像の送受信は19世紀末に実験成功、1925には英でテレビの実用的発明)

 

(ヒント2)

:これらの技術革新は,欧米諸国がアジア・アフリカに侵略の手を伸ばしていく背景としても注目される。例えば,ロイター通信社は,世界の情報をイギリスに集め,大英帝国の海外発展を支えることになった

 

(ヒント3)

:世界中で共有される情報や,交通手段の発展によって加速された人の移動は,各地の民族意識を刺激する要因ともなった。

 

【解答手順2:3つのテーマに合わせて指定語句を整理】

:お定まりの教科書的な流れがない部分なので、設問の要求する3つのテーマに沿ってどのような事柄があったのかを分析していきます。3つのテーマとは以下の通りです。また、下線が引いてあるのは指定語句になります。(もっとも、この年の設問の指示ではなぜか「指定語句に下線を付せ」という例年の指示がつけられておりません。指示がない場合にはその指示に従い、自己判断で下線を付けないようにするべきです。[指示通りにした場合にペナルティが課せられることはありませんが、指示外のことをした場合にはペナルティの対象になる可能性があるため]

 

① 運輸・通信手段の発展

② ①によってどのようにアジア・アフリカの植民地化が促進されたか

   (欧米諸国の帝国主義的拡大)

③ ①によってどのように各地の民族運動が高揚したか

 

<運輸手段の発展>

Ⓐ 鉄道

:鉄道が実用化されるのはスティーブンソンによってです。ストックトン ~ ダーリントン間の実験走行(1825)を経て、当時の綿工業の中心地マンチェスターと、かつては奴隷貿易で栄え、産業革命本格化後はイギリス綿製品の重要な輸出港となったリヴァプールを結んだ営業運転(1830)が開始されて以降、イギリスには急速に鉄道網が整備されていきます。

また、鉄道は各地の植民地支配にとっても極めて重要でした。官僚や軍隊の迅速な移動、周辺地域の経済的支配、鉄道会社自体の経営権など、鉄道敷設によって植民地支配が安定し、経済が活性化したからです。鉄道が敷かれるということは複合的な産業発展が進むことを意味していました。輸送量の増大は、より多くの需要に応える能力を生み、製造業は生産を拡大して発展します。また、蒸気機関車の燃料となる石炭需要が高まることは、炭鉱開発の進展をもたらします。炭鉱の開発は重工業の発展へとつながり、物資や製品を輸出入するための港湾の重要性が増大するとともに、造船業も発達しました。「鉄道は植民地支配の道具となった」と述べることは簡単ですが、できれば上記のような、より具体的な例をいくらかは示しておきたいところです。

画像1

(年次ごとの大陸別鉄道延長距離[単位:1000キロメートル]Wikipediaより)

 

【植民地支配と鉄道】

:植民地支配や帝国主義的拡大、各地の民族運動に鉄道が重要な役割を果たした例としては以下のようなものが挙げられます。多くは教科書レベルの知識で十分に導き出せるものです。

 

[]インドの鉄道(最初は1853年、ボンベイの近郊)

[]バグダード鉄道と3B政策

(アブデュル=ハミト2世から敷設権を得る)

[]シベリア鉄道と極東進出

(露仏同盟によるフランス資本の導入、当時の財務大臣はウィッテ)

・中国各地の鉄道(東清鉄道など)

→義和団による鉄道・電信の破壊と「扶清滅洋」

 :義和団は明確に欧州列強を敵と認識し、鉄道や電信はその攻撃対象となります。また、義和団は「扶清滅洋」を唱えて清朝を支え、欧州列強に対抗する姿勢を鮮明にします。

 

→利権回収運動と鉄道国有令、辛亥革命

:四川地方を中心に中国の民族資本家によって展開されていた利権回収運動(資金を出し合ってヨーロッパ諸国に奪われた利権を買い戻す運動)が高揚していましたが、清は資金調達のために鉄道国有令を発し、民族資本家たちが苦労して「回収」した鉄道利権を没収することを宣言しました。このことは人々の強い反発を買い、結果的には辛亥革命へとつながっていきます。

[]南満州鉄道と満州

 

(植民地以外の鉄道)

・大陸横断鉄道

・リストと鉄道、ドイツ関税同盟、1835には最初の鉄道、モルトケと軍事

 

Ⓑ 汽船

:フルトンが発明(1807)した汽船は、それまでの帆船に代わる輸送手段として急速に普及します。軍事面では、海戦における帆船の役割はナヴァリノの海戦(1827)を最後に終わります。また、としての石炭の重要性と補給地の必要性が増していきます。

 

【汽船と航路開拓、列強資本の進出】

スエズ運河

:建設は1869(レセップス)、株買収は1875(イギリス、ディズレーリ)

 →ウラービーの反乱(18811882)鎮圧と事実上のエジプト保護国化

 →3C政策の展開

 

・パナマ運河

1903年、アメリカによるパナマ独立支援、運河地域の支配権獲得

(パナマ運河条約でパナマの主権排除)

:セオドア=ローズヴェルトの棍棒外交、1914年完成

→従来は門戸開放宣言でとどまっていたアメリカのアジア進出が進展

 

  鉄道・汽船を利用する際のインフラ整備などの近代化に際して、イギリスをはじめとする諸国の資本導入が行われ、それをきっかけに経済支配がはじまることがあった点にも注意するべきでしょう。

(例)トルコやエジプト

※ 製品市場化、原料供給地化という植民地支配が各地で加速していきます。

※ 汽船の発達は人の移動を容易にし、移民の増加、留学や海外渡航の増加による民族運動への影響、メッカ巡礼増加によるイスラームの連帯感の醸成(パン=イスラーム主義)などにもつながりました。

 (例)ガンディー、中国同盟会など

 

Ⓒ 自動車

:大量生産方式の導入により、アメリカ社会を一変させます。(1920年代~、フォードの大量生産方式)ですが、本設問が想定している19世紀半ばから20世紀初頭という時期を考えると、自動車については考慮しなくて良いと思われます。大衆にとって自動車が生活必需品となっていくいわゆるモータリゼーションが起こるのは最も早いアメリカ合衆国でも1920年代に入ってからのことで、ヨーロッパはそれよりも遅れてのことです。

 

<通信手段の発展>

ⓐ モールス信号1837に電信が発明された翌年に考案される)

:モールスが電信(有線電信)を発明し、40年代に実用化されると、1851年にはドーヴァー海峡に海底通信ケーブルが設置され、世界各地に通信網が築かれていきます。ロンドン~ボンベイ間には1870年に開通し、1880年代の後半には世界の通信網はほぼ完成していきます。

 

ⓑ 電話機1876

・ベルによる発明

 

ⓒ 無線電信1895

マルコーニによる発明

 

ⓓ 新聞

1851年にロイター通信社が設立され、情報の伝達が容易に行われるようになると、植民地支配に利用される一方で民族運動の活発化にもつながっていきます。主な例は以下の通り。

義和団:山東省の通信・鉄道設備破壊、「扶清滅洋」

日露戦争勝利の報道によるアジアの民族運動

(例)

 ‐中国同盟会の結成(1905@東京)

 ‐ファン=ボイ=チャウの東遊運動(19051907

 ‐東京義塾の設立(1907:ファン=チュー=チンによる)

‐インド国民会議派カルカッタ大会(1906

  :ティラクの指導

:スワラージ、スワデーシ、ボイコット(英貨排斥)、民族教育

‐青年トルコ革命(1908

 ‐イラン立憲革命1905-11

     

  サレカット=イスラームはそもそもの起源の質が違うので不要

 

・パン=イスラーム主義の拡大

:情報伝達と汽船によるメッカ巡礼がイスラームの連帯を導く

・アフガーニー

‐イスラーム世界の団結による西欧列強への対抗を説く

 ‐バーブ教徒の反乱を体験 

 ‐ウラービー運動に影響

 ‐タバコ=ボイコットを指導

 ‐オスマン=トルコのアブデュル=ハミト2世による専制に利用される

 (アフガーニー自身は立憲君主制の優位を確信)

 ‐弟子にムハンマド=アブドゥフ

 ‐現代のイスラーム原理主義へと継承される

 

ⓔ 映画などの映像メディア

:トーキー形式の映画が本格化するのは1920年代以降なので、本設問では不要です。ただし、メディアがプロパガンダとして用いられたのは世界史というよりは一般によく知られた話ではあるので、いくつかの例を挙げてみたいと思います。もし以下に挙げたもののうち高校世界史の範囲で視点として持っておいた方がいいものがあるとすればガンディーについてでしょうか。

(例)

・アメリカ『国民の創生』

1915年に公開されたサイレント映画です。南北戦争後のアメリカの名家で起こる様々な事件を白人視点で描いた映画で、KKKを擁護する内容であるととらえられたため、多くの批判を受けます。多分に人種差別的な描写がされた内容でしたが、興行的には大成功をおさめました。

・ソ連のプロパガンダ映画

・ドイツのプロパガンダ

:プロパガンダの効果に注目するヒトラーは宣伝相にゲッベルスを起用し、1934年のナチス党大会の様子を記録した『意思の勝利』やベルリンオリンピックの記録映画である『オリンピア』など、数多くの記録映画が撮影・公開されました。

画像2

Wikipedia「意志の勝利」より)

ガンディーの映像メディアへの登場と利用

:サティヤー=グラハを展開したガンディーの様子は多くの写真・映像として残されています。また、ガンディー自身がインタビューに答えている様子も残されています(ガンディーの最初のインタビューは1931年にFox Movietone Newsによって行われました)。ガンディーが粗末な服を着て何も持たなかったことはインドの貧しい民衆に共感を呼びましたし、糸車で糸をつむぐ行為は、インドの伝統産業の尊重や、イギリス産製品の不使用とイギリスの経済支配への対抗を示す象徴的な行為でした(スワラージ[国産品愛用]、ボイコット[英貨排斥])。また、塩の行進であえて大々的に違法行為にのぞみ逮捕される行為は明白に大衆向けのパフォーマンスでした。ガンディーは、自身の行為が映像に記録され、多くの人に見られることが生み出す効果を理解し、利用していたと考えることができます。


(ガンディーのインタビュー)

https://www.youtube.com/watch?v=Zt_MmVBUv84

 

【解答例(オリジナル)】

スティーブンソンが実用化した鉄道は官僚・軍隊の移動や沿線の経済支配に利用され、英のインド支配や独のバグダード鉄道敷設による3B政策推進、露の東清鉄道敷設と南下政策など帝国主義列強進出の基盤となった。フルトンが発明した汽船は世界の一体化を促進し、植民地は製品市場や原料供給地とされ、スエズ運河やパナマ運河の開通は、ウラービーの乱を鎮圧した英のエジプト保護国化や米のパナマ支配と密接に関わっていた。留学生や移民の移動が容易となり、ガンディーのサティヤー=グラハや孫文による辛亥革命など、海外渡航者の活動は各地の民族運動に影響を与えた。メッカ巡礼が容易になると、アフガーニーのパン=イスラーム主義拡大にも影響した。モールス信号を用いた電信と海底ケーブルの設置は、ロイター通信社設立や新聞の発達をもたらした。ベルが電話、マルコーニが無線電信を開発すると情報網はさらに発展したが、運輸・通信の発展は植民地支配の象徴とも映り、義和団が「扶清滅洋」を掲げて鉄道・電信を破壊するなど反発も呼んだ。また、日露戦争における日本勝利の報は、イラン立憲革命や青年トルコ革命、ファン=ボイ=チャウの東遊運動などアジア各地の民族運動に影響を与えた。(510字:本年の設問では下線を付す指示は出されていないので、指定語句については赤字で示してあります。)

 

:事例は非常に多くのものがあるので、材料を用意することにはそれほど困らないと思います。その分、単なる出来事や単語の羅列ではなく、どれだけ個々の事例が持つ意味を理解し、整理できるかが、まとまった解答を作るために必要なことになると思います。

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【難関大】

 中国史は多くの王朝が交代するために受験生にはなかなかまとめにくい部分かと思いますが、なかでも魏晋南北朝時代は多くの王朝が入り乱れているわりに一つ一つの事柄についてのイメージがしにくく、受験生は手薄になりがちな箇所です。ですが、この時代の中でも北魏の歴代皇帝とその事績、中でも太武帝孝文帝については色々な私大の設問で出題される隠れた頻出箇所ですので、ここをおさえておくと他の受験生に一歩差をつけることができると思います。

太武帝については華北統一(439年)と道教国教化、孝文帝については漢化政策と均田制あたりを軸に肉付けしていくと良いでしょう。元々は鮮卑という北方遊牧民だった北魏が、孝文帝の頃には漢化して北方の拠点平城を捨て漢民族の政治の中心地洛陽に都を移し(494年)、農耕民族の支配を円滑に進めるために均田制や三長制を導入したというようなイメージ、ストーリーを描いておくと記憶に残りやすいかと思います。

また、北魏は文化面においてもよく出てくる部分です。以前ご紹介した敦煌・雲崗・竜門の石窟寺院のうち、雲崗と竜門はそれぞれ北魏の頃に造営が開始され、平城・洛陽の郊外にあります。さらに、酈道元の著した『水経注』(中国各地の河川についての注釈書)、賈思勰の著した『斉民要術』(現存する中国最古の農業技術書)も頻出ですが、これも「遊牧民だから慣れない土地の水利や、農業技術についての実用書が必要だったのかなぁ」というようにイメージしておけば北魏と結びつけやすくなります。(実際にそうだったのかは別として)

画像1

北魏の主な皇帝一覧

 

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