世界史リンク工房

大学受験向け世界史情報ブログ

各校の過去問対策、受験対策のほか、世界史を理解する上で役に立つ視点や勉強法についての情報を随時更新していきます。
Twitter→https://twitter.com/HISTORY_LINKAD7 フォロー大歓迎です♪

※ 目標に向けて頑張る受験生の皆さんの一助になればと思って頑張って更新し、情報もチェックしておりますが、人間ですのでミスなどが出ることもあります。当サイトの情報をご利用の際はあくまでも自己責任でお願いいたします。

※ 問題解説では、著作権で怒られても困るので、解説に必要な最小限の問題概要のみを示してあります。あくまでも解答にいたるまでの「考え方」を示すためのものでありますので、過去問の正確な内容については各大学にお問い合わせいただくか、赤本買ってくださいw また、大手予備校のHP等からも閲覧できるかと思います。問題全てが手元にあった方がわかりやすいと思います。

 2018年から、東京外国語大学の出題形式に変化があり、従来の「400字論述+100字論述」から2018年は「600字論述+30字論述」、2019年は「500字論述+40字論述」となったことについてはすでに述べました。2020年はどうなるのだろうと思っていましたが、2020年も2019年と同じく「500字論述+40字論述」となりました。また、このスタイルは2021年の問題でも共通しています。3年連続で「500字論述+40字論述」となっておりますので、しばらくはこのスタイルで定着するのではないかと思っています。東京外国語大学の過去問については、東京外国語大学の方で過去3年分の過去問を掲載しています(→こちら)が、問題文の一部が欠落している部分などもありますので、やはり赤本を購入されるか、各学習塾の過去問データベースなどを利用されるのが良いかと思います。

 ところで、2020年の東京外国語大学の出題ですが、これはかなり注目すべきものでした。と言いますのも、500字論述として出題された「オスマン帝国の政治的統合と思想」というテーマはほぼ前年の東京大学の出題の焼き直しと言ってもよい内容でしたし、類似の出題はさらにその前年の2018年の京都大学でも出題されていました。以前こちらのブログでも書きましたが、このテーマは以前から「ホットだな」と感じていたテーマで、当ブログではすでに2017年に予想問題として掲載していました(→こちら。実際に作成したのは2016年ですが)。また、2020年に東京外国語大学で出題された設問の史料の一つであるユスフ=アクチュラの『三つの政治路線』(1904年、所収は歴史学研究会編『世界史史料8』より)についても、当ブログで紹介した予想問題で使用した史料そのままでした。

 もっとも、資料が同じものになること自体は、このテーマに関心を持ってこのテーマに関する出題をしたいと思って史料を探せば、かなり高い確率で『世界史史料』(『世界史史料』については→こちら)は用いることになりますので、別に特筆すべきことではありません。重要なことは、東京大学、京都大学、東京外国語大学という主要な国公立大学において、3年という短い期間の間に同一のテーマで出題がなされるくらい、このテーマはホットであったということです。

 私が、本テーマについて「ホットだな」と感じた理由はいくつかあります。まず、一つ目は「以前よりもオスマン帝国近代史に関する教科書、参考書の記述量が増えてきた」こと。二つ目は「以前は、やや難しいと感じられていた近代オスマン帝国がらみの用語の出題が、むしろ一般的でよく出題されるものに変わってきている」こと。三つめは「帝国やナショナリズムについての注目度や出題頻度が上がっている」こと。四つ目は「受験生が出題に耐えるだけの環境が整った(教科書、参考書の記述の増加や、出題頻度の増加により、きちんと学習さえしていればやや込み入った内容のオスマン帝国近代史でも対応できるようになってきている。)」ことなどです。

 たとえば、『詳説世界史研究』などにおけるオスマン帝国の近代史についての叙述は、以前のものと比べると目に見えて詳しく、その実態が分かるような記述にかわってきています。私は、オスマン帝国史を中心とする歴史学は専門外なのですが、その背景には近年のオスマン帝国史の隆盛があるようです。近年のオスマン帝国史の発展については、Web上のものですが永田雄三「近年のオスマン史研究の回顧と展望」(→こちら)などをごらんになると概要がつかみやすいでしょう。また、各種史料についての紹介は公益財団法人東洋文庫研究部イスラーム地域研究史料室の「オスマン帝国史料解題」(→こちら)などで見ることができます。

 重要なことは、たしかにこうした歴史学会における研究の隆盛などもあるのですが、先にあげた東京大学・京都大学・東京外国語大学などは高校で教えられている世界史の実態も鑑みて、歴史学的にも重要でかつ受験生も解くことができる出題とそのテーマはどのあたりかという感覚を共有しているということです。それはかなり、現場の感覚とも近いものだということが言えるわけで、だとすれば教科書や参考書の中で「最近、記述の分量が増えてきた」と感じる部分や、「叙述の仕方に変化が表れてきた」と感じる部分には注目するべきだと思われます。中でも、単に記述量が増えたというだけでなく、全体としてそれらの変化がこれまでの世界観やストーリーを上書きするような内容となってきている部分には注意が必要でしょう。そういう意味では、東京大学の2020年問題で出題され、東京外国語大学の2020年問題でも40字論述(小論述)として出題された琉球の日清両属など、東アジアがヨーロッパの主権国家体制に巻き込まれていく過程での伝統的関係の変化などは注目すべきテーマの一つであると思います。

 

2020 東京外国語大学

【概観】

:大問1は、オスマン帝国内外の動向にかかわる三つの史料を用いて、関連する事項について問うもので、小問数7と大論述1(500字)という構成は前年と同様のものでした。また、大問2は、東アジアの境界地域とそこに暮らす人々についての文章を読み、関連事項を問うもので、小問数6に対して小論述1(40字)と、こちらも前年と同様のものでした。

 内容は、大問1の方がほぼ近代オスマン帝国の周辺史のみで解答できる内容であったのに対し、大問2の方は時代的にも地域的にもややバラエティーに富んだ出題がなされていました。問題の難易度についてですが、小問のレベルは前年よりもやや難しくなったのではないかと感じます。易しい問題と難しい問題がはっきりと分かれていて、難しい問題はかなりしっかりと世界史の勉強をしてきていないと解けないのではないかと思います。また、すでに前年、前々年と京都大学や東京大学で立て続けに出題されたとはいえ、オスマン帝国における帝国維持の動きと思想を問うテーマは、おそらく英語主体の勉強を進めてくるであろう東京外国語大学志望の受験生にとってはまだまだとっつきにくいテーマであったかと思いますので、大論述もやや難しいと感じたのではないでしょうか。例年であれば、小問は基本全問正解、落としても1、2題までにしたいところですが、この年はそれよりも取りこぼしたとしても仕方なかったのではないかと思います。

IMG_0194

【小問概要と解説】

(大問1-1)

概要:以下の絵を描いた人物と、その人物に代表される理性や規範よりも個性に重きを置く思潮の名称を答えよ。

解答:ドラクロワ / ロマン主義

Eugène_Delacroix_-_Le_Massacre_de_Scio
Wikipedia「キオス島の虐殺」より)

:ギリシア独立戦争に関連する頻出問題で、基本問題かと思います。強いて言えば、ドラクロワは出てもロマン主義が書けない人はいるかもしれません。関連事項としては、同時期に活躍し、ギリシア独立戦争に義勇兵として参加したものの熱病で亡くなったバイロンをおさえておくとよいでしょう。バイロンの代表作としては『チャイルド・ハロルドの巡礼(遍歴)』などがあります。

 

(大問1-2)

概要:ベルリン会議(1878)の調停を担当したドイツ帝国宰相は誰か。

解答:ビスマルク

 

:基本問題です。ただし、ベルリン会議の内容は私大などでも頻出事項ですから、細かいところまでしっかり確認しておきましょう。

 

(大問1-3)

概要:一時ロシアに割譲された後、パリ条約(1856)で一部が放棄され、ベルリン条約で改めて獲得した地域はどこか。

解答:ベッサラビア

 

:この設問は難しいです。各種模試で偏差値70UPなど、よく勉強している人であれば解けるかもしれませんが、そうでなければほとんどの受験生は書けないと思います。

 

(大問1-4) 

概要:アブデュルメジト1世により開始された改革の名称を答えよ。

解答:タンジマート

 

:基本問題です。これが解けないと正直この年の世界史は苦しいです。

 

(大問1-5) 

概要:エジプト遠征を指揮し、ピラミッドの戦いで勝利した軍人は誰か。

解答:ナポレオン=ボナパルト

 

:基本問題です。ですが、実際の設問は他にも多くの情報があり、それに惑わされると意外に思い浮かばないかもしれません。

 

(大問1-6) 

概要:反帝国主義とイスラーム世界の統一を訴え、当時のムスリム知識人に大きな影響を与えた思想家は誰か。

解答:アフガーニー

 

:一昔前であれば難しい設問でしたが、最近はすっかり定番の問題になりました。知識がきちんとアップデートされている先生の授業を受けていれば多分解けるはずです。

 

(大問1-7) 

概要:サイクス=ピコ協定を結んだ参加国はどこか

解答:イギリス、フランス、ロシア

 

:基本問題です。この協定は英・仏・露で結ばれましたが、よく出てくる下の地図にはロシアの支配地が描かれていません。これは、ロシアの支配地とされたのがボスフォラス・ダーダネルス両海峡周辺とされてこの地図の中におさまらないことが原因で、ロシアは同協定に参加しています。ですが、1917年にロシア革命が発生すると、この秘密協定は暴露されて、この協定を締結した主体であるロシア帝国は滅亡します。その結果、第一次世界大戦後の中東地域は英・仏を中心にその実質的支配下に置かれることとなりました。

Sykes-Picot-1916

Wikipedia「サイクス・ピコ協定」より)

(大問2-1) 

概要:倭寇の頭目、王直の拠点や、ポルトガル、オランダ、イギリス商船の拠点となった日本の島はどこか

解答:平戸

 

:この設問は少し難しいかと思います。ポルトガルが1550年に平戸を拠点に商館を設置した話は教科書、参考書等で出てくるので、そうした知識を丁寧に拾った人であれば解けるかもしれません。

 

(大問2-2) 

概要:アメリカ大陸(新大陸)の発見者は誰か。

解答:コロンブス

 

:超基本問題です。

 

(大問2-3) 

概要:7世紀前半に陸路でインドにおもむいた仏僧とその著作

解答:玄奘 / 『大唐西域記』

 

:基本問題です。同じく唐の時代の仏僧として義浄がいますが、義浄は海路での往復になりますのですぐに玄奘と特定できるはずです。漢字にだけ気をつける必要があるでしょう。

 

(大問2-4) 

概要:金を成立させた人物は誰か

解答:完顔阿骨打

 

:標準的な問題です。唐・宋の時代の周辺諸民族とその建国者はわりと良く出題される割に受験生が区別できていない&漢字の書けない部分です。逆に言えば、そこを身に着ければ点数になるということですので、どこかで確実に身につけておく必要があるでしょう。

 

(大問2-5) 

概要:大黒屋光太夫と親交のある、1792年に来日したロシア使節は誰か

解答:ラクスマン

 

:基本問題です。

 

(大問2-7) 

概要:2019年の法律で、日本で初めて法的に「先住民族」と認められた民族は何か

解答:アイヌ

 

:あまり世界史で出てくる内容ではなく、どちらかというと時事問題ですが、設問の文章から類推することは可能です。そもそも、「日本の先住民族」といった時にアイヌ以外の単語が思い浮かぶ受験生はそう多くないでしょうし、最近では『ゴールデンカムイ』なんかも人気でしたので、解けた人も多いのではないでしょうか。

 

【小論述解説(40字、大問2-6)】

概要:1870年代に琉球を舞台に発生した日清の対立について、その契機を指定語句を用いて40字以内で説明せよ。

解答例:日本が日清両属琉球王国沖縄県を設置する琉球処分を行ったため、清と対立した。(39字、下線部は設問の指定語句)

 

:標準的な小論述かと思います。40字と字数がややタイトなのでまとめるのに苦労するかもしれませんが、内容については知っていてほしい内容です。また、上述の通り2020年の東京問題の大論述でもテーマの一つとして出題された内容です。

 

【大論述解説(500字、大問1-8)】

(設問概要)

オスマン帝国に体制改革を必要とさせた当時の国際情勢について説明せよ。

19世紀~20世紀はじめのオスマン帝国で、為政者や知識人の間にあらわれた、人々を政治的に統合する思想について論ぜよ。

・史料[][]と問1~7の設問文を参考にせよ。

500字以内

・指定語句:ギュルハネ勅令 / ミドハト憲法 / 青年トルコ / パン=イスラーム主義 / ムスタファ=ケマル(使用した箇所全てに下線を付せ)

 

(史料[]) ベルリン条約

:第1条、第3条、第25条、第26条が示されています。出典は歴史学研究会編『世界史史料6』です。大論述を解くにあたって特に注意すべき内容はありませんが、セルビア・モンテネグロ・ルーマニアの独立やブルガリアの自治、ボスニア=ヘルツェゴヴィナに対するオーストリアの統治権承認など、オスマン統治下にあったバルカン半島の諸民族が独立、自立化したことによる帝国の分裂や、それにつけこんだ列強の進出など、基本事項はしっかり押さえておくべきです。(もっとも、本史料は読まなくとも、持っている世界史の知識で事足ります。)

 

(史料[B]) ユスフ=アクチュラ『三つの政治路線』(1904年)

:この史料の詳細とその解釈の仕方については、以前掲載した予想問題とその解説の方に示してあります(→こちら)。東京外国語大学が引用した箇所もほぼ同じ個所(少し東京外国語大学の方が長く引用していますが)です。本史料から読み取れる重要なことは以下の3点です。

 

①三つの政治路線とは「オスマン国民」の創出、「パン=イスラミズム」、「トルコ人の政治的ナショナリティ」の形成の三つ

:この三つの政治路線がどういうものかということについては、東京大学2019年の問題解説で詳しく解説済みですので、こちらをお読みください。

 

②「オスマン国民」とは、オスマン政府の名のもとに多様な諸民族を同化すること

:つまり、オスマンの分裂の原因であった多様な民族の混在の原因を、諸民族の同化によって根本から絶つことを意図しています。その際、同化の中心にあるのは「オスマン政府」であり、これはつまり「オスマン帝国に所属していること」を根拠としてそこに住まうものはみな同じく同化されるべきであるという発想です。これは、主としてタンジマートの期間中に新オスマン人が追い求めた「オスマン主義」に他なりません。それまで複数の民族や宗教によって多種多様な民族の坩堝であったオスマン帝国を、法の下の平等をはじめとする諸改革によって等しくオスマン臣民(オスマン人)とし、一つにまとまった国民国家を形成しようとする考え方で、だからこそタンジマートは西欧式の行政・司法改革を進めていきます。

ところが、これについてアクチュラは「実行不可能である」と言い切っています。これは、当時オスマン帝国内の諸民族がその文化、宗教などの違いから分裂傾向にあったことを考えれば、現実的ではなかったからです。アクチュラによれば、「オスマン国民」という概念は「オスマン国家のすべての民族の意思に反して、外国の妨害にもかかわらず、オスマン政府の指導者の何人かが、いくつかのヨーロッパ諸国…を頼って創出しようとしたものなのだ!」と述べており、オスマン帝国の分裂を避けたいオスマンの指導層による無理な創出物に過ぎないと指摘し、「オスマン国民」という単一の民族・国民の創出は現実的に不可能であることを主張しています。

 

③「パン=イスラミズム」は、全てのイスラームを政治的に統一するが、オスマン朝はこれを自身の権力の強化に利用しようとしていること

:アクチュラは、パン=イスラミズム(パン=イスラーム主義)について「カリフ権がオスマン朝の君主にあることを利用して」とオスマン朝のスルタンがスルタン=カリフ制を利用してイスラームの連帯を隠れ蓑に自身の専制政治の強化を図っていることをはっきりと認識しています。史料中にそれについての言及はほとんどありませんが、世界史の教科書や参考書にはその点記載があるはずです。また、同時代にアブデュル=ハミト2世自身が示した『政治的回顧録』や彼の政策(ミドハト憲法の停止、アフガーニーの招聘、皇帝専制の強化など)、そしてその後の青年トルコ革命などを思い浮かべれば、アクチュラがパン=イスラミズムに対して期待を寄せていないであろうことは想像がつきます。

 

(史料[]) T..ロレンス『知恵の七柱』(1922年)

:トマス=エドワード=ロレンスは俗に「アラビアのロレンス」として知られるイギリスの軍人で、オスマン帝国に対抗して独立を目指すアラブ人の反乱を支援した人物です。昔の映画は場合によっては感覚が古すぎて見るのがつらいものもあるのですが、映画『アラビアのロレンス』は映像・音楽ともに今見ても新鮮さを感じさせる部分も多く、わりと安心してみることができます。ただ、昔の映画はとにかく長い!w この映画も今調べたら完全版227だそうなので、もしご覧になるのであれば、覚悟して鑑賞する必要があるかもしれません。

1024px-Lawrence_of_arabia_ver3_xxlg

Wikipedia「アラビアのロレンス」より、1963年のポスター)

本史料はそのロレンスから見たオスマントルコの状況について言及した部分になりますが、論述に関連するポイントを示すと以下のようになります。

 

① 「青年トルコ」革命はアラブにとって視野が明るくなるものだった

② パン=イスラーム主義を統治に利用しようとしたアブドュルハミトの野心

③ トルコは、ソヴィエトが公開したサイクス=ピコ協定を西欧に対抗する武器とした

 

ただし、注意しておきたいのはロレンスの史料は基本的にイギリス側からの見方であるということと、オスマン帝国内の諸民族をヨーロッパ的な「オリエント」という視点で混同しがちなことです。たとえば、①についてですが、たしかに青年トルコ革命はロレンスの史料内で述べられているように「主権国家の憲法理論に駆られ」た「自治と民族の自由を目指す」ものでありましたが、その基本理念はパン=トルコ主義(トルコ民族主義)でした。とすれば、青年トルコによる政権はトルコ人以外の民族についても帝国内の人々をトルコ人として扱おうとする、つまり同化圧力がかかるのであって、必ずしもアラブ人の自立や独立にプラスの影響を与えるものではなかったと言えます。(そもそも、青年トルコ革命にアラブ人が満足するのであれば、アラブ大反乱がおこる理由がありません。)そうした部分を割り引く必要はありますが、それでもパン=イスラーム主義とアブデュルハミト2世の専制強化との関係や、それに対する青年トルコの対抗、サイクス=ピコ協定に対するトルコ人の不満などは本史料から読み取ることが可能です。

 

(解答手順1:オスマン帝国に体制改革を必要とさせた当時の国際情勢を整理)

:本設問の要求は19世紀~20世紀はじめとなっていますので、「当時」とはこの時期で考えればよいでしょう。オスマン帝国の体制改革は、すでに18世紀末から19世紀はじめにかけて、セリム3世のニザーム=ジェディット(西洋式軍隊)の創設やマフムト2世によるイェニチェリの全廃などによって進められておりましたが、より大きな改革としてはアブドュルメジト1世のギュルハネ勅令を機に開始されたタンジマート(恩恵改革)があります。ですから、本設問は、なぜオスマン帝国がタンジマートをはじめとする諸改革を始めることになったのか、その背景となった国際情勢について言及すればよいことになります。それらをまとめれば以下のようなものになるでしょう。また、タンジマートは非常に長い期間にかけて展開された諸改革ですので、その過程において影響を与えた事柄として⑤についても言及するとよいかと思います。

 

① ロシアの南下

② ギリシアの独立をはじめとする各地域の自立化傾向

③ エジプト=トルコ戦争の敗北とエジプトの実質的独立

④ 欧州列強の進出と脅威

⑤ クリミア戦争

 

(解答手順2:政治的統合についての思想を整理する)

:上述の通り、政治的統合についての思想には以下の三つがあります。これは、設問に史料として提示されているユスフ=アクチュラの思想が『三つの政治路線』となっていることもヒントになるかと思います。

 

① オスマン主義

② パン=イスラーム主義

③ パン=トルコ主義(トルコ民族主義)

 

これらが、当時のオスマン帝国でどのような意味をもったのかについては、上述の通り、すでに2019年の東京大学大論述解説で示しておりますので、そちらをご覧ください(→こちら)。

 

(解答手順3:記述すべき内容の整理)

:今回は細かい部分の解説を過去の記事(東大2019年過去問や予想問題)に任せてしまったので、ここでどういった内容を解答に盛り込むべきか整理しておきたいと思います。

 

① ロシアの南下

② ギリシアの独立をはじめとする各地域の自立化傾向

③ エジプト=トルコ戦争の敗北とエジプトの実質的独立

④ 欧州列強の進出と脅威

:①~④によるタンジマートの開始

⑤ クリミア戦争

:オスマン帝国の財政破綻、西欧諸国への経済依存度の高まり

⑥ オスマン主義

:立憲制樹立に向けての「新オスマン人」の活動、国民国家創出を目指す

⑦ ミドハト憲法の制定と停止

:露土戦争を契機としたミドハト憲法の停止

⑧ アブデュルハミト2世によるスルタン専制とパン=イスラーム主義の利用

⑨ パン=イスラーム主義の内容

:アフガーニーによる反帝国主義とイスラーム世界の統一を目指す思想

⑩ 青年トルコの活動

:アブデュルハミト2世の退位とミドハト憲法の復活

⑪ パン=トルコ主義(トルコ民族主義)

⑫ 西欧の中東分割に対するトルコ人の反発

:サイクス=ピコ協定に対する反発、セーヴル条約とこれを締結したスルタン政府に対する反発

⑬ ムスタファ=ケマルとアンカラ国民議会による抵抗

:イズミルに侵入したギリシア軍の撃退、ローザンヌ条約(1923)の締結

⑭ スルタン制の廃止

⑮ トルコ共和国の樹立

⑯ 政教分離策と西欧的近代化の推進

 

時代的にどこまで書くべきかという問題がありますが、指定語句に「ムスタファ=ケマル」があることから考えても、トルコ共和国の建国までは書くべきだと思います。また、ムスタファ=ケマルの政教分離策が、スルタン専制支配につながるイスラーム色の排除を意図したものであったと考えれば、新しい国民統合の形として政教分離を選んだという部分もありますので、これについても言及して差し支えはないかと思います。

 

【解答例】

オスマン帝国は黒海北岸へのロシアの南下やギリシアの独立、ムハンマド=アリーとのエジプト=トルコ戦争の敗北などで衰退の度を増したため、アブドュルメジト1世のギュルハネ勅令でタンジマートを始めた。広範な西欧化改革を進めた背景には、法の下の平等により多様な民族をオスマン帝国臣民として統一せんとする新オスマン人と呼ばれる知識人層のオスマン主義があった。クリミア戦争敗北を機に立憲君主制を志向するまでに改革は進み、ミドハト憲法が制定されたが、財政破綻は西欧列強への依存度を高めた。露土戦争を口実にアブデュルハミト2世が憲法を停止し、パン=イスラーム主義を利用して専制を強化すると、失望した青年知識人層はトルコ民族主義を軸に憲政復活を目指す統一と進歩委員会を結成し、青年トルコ革命で憲法を復活させた。議会はスルタンから主導権を奪ったが、第一次世界大戦の敗北で解体した。権力の奪還を図るスルタン政府が連合国とセーヴル条約を締結すると、反発したムスタファ=ケマルとアンカラ国民議会はトルコ民族主義を高めて抵抗し、スルタン制を廃止してセーヴル条約を破棄し、トルコ共和国を建国して政教分離政策に基づく近代化を開始した。(500字)

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ちょうどブログのご質問に対する答えの中で話題になったので、こちらのご紹介を忘れておりました。駿台受験シリーズの『テーマ別東大世界史論述問題集』です。東大を受験することを考えるのであれば持っていて損のない本かと思います。過去二十数年(私の持っている版では「28か年徹底分析」となっています)にわたる東大大論述と小論述をテーマ別に配置し直したもので、解答例もしっかりとしたものがつけられているかと思います。もちろん、人によって細かいところに意見したくなることもあるのかもしれませんが、「設問の要求を組みとり、これに答えよう」という論述問題における基本的な姿勢が大きくぶれることがないので、わりと安心して使うことができます。こちらは私が現在手持ちのものですが、今は多分改訂されてもっと新しいのが出ているかと思います。

image0 (2) - コピー

本書の良い点としては以下のようなことがあるかと思います。

・解答例や解説がしっかりしている

・テーマ別に問題が配置されているので、類似の問題が見つけやすい

・テーマ別に問題が配置されることで、どのような問題があるテーマについて出題されてきたのかが一目でわかるため、同テーマについて東大側がどのような問題関心を抱いているのかつかみやすい

・単純に解答に至る道筋が示されているだけでなく、関連する事項や視点などが示されているため、もともと持っている知識・理解に厚みを持たせることができる
・問題と解説部分が切り離されているので使いやすい

・大論述よりもむしろ小論述に丁寧な解説がつけられていることに好感が持てる(あ、これは個人的な感想か…)

 

 こんなところでしょうか。さすがに、長年第一線で活躍されている先生方ですので、問題解説にとどまらず近年の歴史学の知見についても紹介されていて、知識の厚みを感じるものになっています。先に本書に取り組んだうえで、直近数か年の東大過去問については赤本で力試し、といった使い方もできるかと思います。一方で、使いづらいと考える場合があるとすれば以下のようなときでしょうか。

 

・テーマ別に配置されているため、年代順に設問を解きたいなどの場合には手間がかかる

・第3問は収録されていない

・上記の理由から、「力試しがしたいのでひと通り1年分の東大過去問を解きたい」などの場合には適さない

 

これらは、そもそも本書がそうした目的のために作られたものでないわけですから無理もないことです。野球のバットの代わりにダイソンの掃除機を使うようなもので、どんな優れた道具であっても目的に合致しないものに使っては不具合が生じるのも当然でしょう。ですから、力試しがしたいときや第3問まで通しで見たい場合には赤本などの東大過去問を、一つ一つの問題とその背景や関連知識まで含めてしっかり理解していきたい場合には本書を使うなど、その目的に合わせて使い分けをするとよいのではないかと思います。また、東大入試は何も世界史だけではないので、英国数など、他の教科も含めて解きたい場合には当然ですが赤本を買うべきですね。

 私の個人的な意見では、少なくとも第一志望・第二志望までは自前の赤本を購入する(または常に利用できる環境にしておく)べきだと思いますので、それを前提に、東大前期試験の教科の中でも特に世界史で点数をとりたいとか、世界史の力を伸ばしたいなどの場合には持っていて良い本かと思います。

 使い方ですが、もちろん「設問を解いて解説を読む」というやり方でも良いかとは思いますし、それが最善かとは思いますが、英語・国語・数学など他の教科もある中で28か年分の大論述+小論述を一つ一つ書いていく作業、さらにその答え合わせをして解答を精読し、知識の再確認をする作業は、そう簡単なものではありません。大論述と小論述で多分年間平均で800字~900字くらいはある分量ですから、全部でざっと3万字弱は書かないといけない計算になります。受験まで1年以上あるところから進めるのであれば余裕もあるかもしれませんが、この問題集に取り掛かろうとする人の多くは通史を終えて、少し知識も蓄えて…という状態で取り組む人がほとんどだと思いますので、早くて高3の最初、場合によっては夏休みが終わるくらいから取り組むという人もいるのではないでしょうか。そうした場合、本書の問題を一問一問、丁寧に解いていくとかなり無理がありますので、しっかり解く問題と、解説を読んでテーマの理解を深め、知識をbrush upする問題とを分けておくとよいかと思います、ただし、その場合でも「小論述にはしっかりと取り組むこと」が大切です。東大は大論述が目立ちますが、一橋などと違い、大論述だけで結果が決まるのではありません。第2問、第3問を落とさないことの方がより重要です。そうした意味で、本書は確かに良書ではありますが、受験生が使う場合にはある程度の基礎を身につけた状態で取り組むべき一冊でしょう。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

今回ご紹介するのは『7人のシェイクスピア』です。

image0 (2) - コピー
ⓒハロルド作石『7人のシェイクスピア:NON SANZ DROICT』(講談社)より

 

『ゴリラーマン』や『BECK』等で知られるハロルド作石先生のお描きになっているマンガですが、当初このマンガを知った時には私の「読まず嫌い」が発動してなかなか購入にいたりませんでした。その理由は二つありました。

 

① 『ゴリラーマン』がシェイクスピア…?

② なんか、1巻が二つあるんですが…?

 

この二つですね。なんていうか、もう、ゴリラーマンのイメージが強すぎてそれがどうシェイクスピアと結びつくのかいまいちイメージわかなかったんですよw 「シェイクスピアとか言ってるけど、シェイクスピア関係ないんじゃねぇの?」とまで思ってました。マジごめんなさい。

goli - コピー
ⓒハロルド作石『ゴリラーマン』(講談社)

それに、書店に行くとこのマンガが並んでいるのがよく目についたのですが、なぜか1巻が二つあるんですよ…。こんな感じで。

image2 (1) - コピー

最近、コンビニなんかだとすでに単行本化しているものを廉価版とか総集編にして売っていたりして、これまで何度ももう持っている内容のマンガを買わされる被害wを受けた私にすれば、「おい、これはどういうことじゃい。怖くて手が出せにゃい。」ということになるわけですね。よーく見ると、赤い方には「NON SANZ DROICT」って書いてあって、黒い方にはないのですが、それもあてにならんのですよ。発行元が小学館と講談社で違うみたいだから仕方ないのかも分かりませんが、売る側は買う側が困らないように表示をもうちょっと考えていただきたい(泣) 予備知識のないものにとって「二つの1巻」は無駄金を使わされる危険物以外の何物でもないので、新章入った時に1巻に戻すのはホンマに勘弁してほしいです。『ナポレオン』の方は、「獅子の時代」と「覇道進撃」に分かれてたからまだ判断ついたんですけどね…。

 さて、そんなわけでしばらく気になりつつも買わなかったんですが、たまたま入った書店で試し読み版が置いてありまして、それを読んだところ「おお、面白そうだ」となりまして、さっそく購入しました。もっとも購入時点では黒い方と赤い方のどちらの1巻が先なのかは判断がついていませんでしたw

 ネタバレになっちゃうので簡単に話の概要だけかいつまんでお話ししますと、黒い方の1巻から始まる全6巻は、シェイクスピアが生まれ故郷であるストラトフォード=アポン=エイヴォンを出て、リヴァプールで生活し、劇作家を目指してロンドンに出るまでのエピソードが、一部時系列をずらしながら語られる序章のような扱いのお話で、赤い方の1巻(NON SANZ DROICTの方)は、ロンドンに出た後のシェイクスピアとその仲間たちが、ジェームズ=バーベッジ率いるストレンジ卿一座に入って次第に劇作家としての名声を勝ち取っていくお話です。

 作品が「面白い、面白くない」や「魅力の感じ方」は人それぞれかと思いますので、ここではそういったことは語りません。あ、私は大変面白く読ませていただいておりまして、いつも新刊楽しみにしています。楽しみすぎてamazonの予約注文出た時点で予約してますw ですから、ここでは世界史や歴史という視点での本作品の見どころはどこにあるかといったことを検討してみたいと思います。世界史に役立ちそうな視点としては、以下のようなところがあるかと思います。

 

・エリザベス統治期の基本的な歴史的事項に触れることができる

16世紀末から17世紀のリヴァプールにおいて、砂糖が重要な取引品となりつつあるなど、当時の経済・文化・社会の息づかいや雰囲気を感じることができる

・当時のイングランドにおけるプロテスタントとカトリックの関係を感じることができる

・貴族やジェントルマンとは当時の社会においてどういう存在であったのかを感じることができる

・シェイクスピア作品についての知見を深めることができる

・シェイクスピアを取り巻く劇団・役者・劇作家について知ることができる

 

などなど、他にもたくさんあるかと思います。シェイクスピア作品を知っているともっと面白いと思いますので、新潮文庫あたりから出ているシェイクスピア作品をいくつか読んでいるといいと思いますよ。シェイクスピア作品は最初はとっつきにくいですが、作品の長さ自体は本にするとわりと分量が少ないので読みやすくはあると思います。本作品で出てきているのは『リチャード3世』とか、『マクベス』とか『ヴェニスの商人』あたり。
 もちろん、フィクションなので脚色されているところもあるかとは思いますが、歴史の入り口としてやはりイメージを構築するということはとても重要かと思いますので、当時の人々のより具体的な息づかいを感じられるマンガという媒体は歴史の入り口としては非常に優れていると私は思います。マンガが登場する以前にも、人々は口伝や物語、絵画などによってまず歴史に触れ、そこからそれぞれの人の歴史的イメージを膨らませていったわけですから、現代においてそれがマンガやドラマ、映画にかわっていくことが悪いことだとは思えません。(もっとも、それぞれの長所と短所はあるかもしれません。口伝や物語では自らイメージを構築するしかなかった視覚的情報がマンガやドラマ、映画ではいとも簡単に入ってしまうことから、イメージの固定化や想像力の低下をもたらす可能性はあるのかもしれません。逆に、与えられた視覚情報からより豊かなイメージを構築できる可能性もあるわけで、一概には言えない気がします。)

歴史の研究においては、言葉を厳密に使うことと同時に、その言葉の持つ意味・内容をしっかりとイメージできるかがとても大切です。たとえば、何気なく「大衆」とか「政治」とか「国」という言葉を用いるわけですが、こうした言葉の内容はいつの時代、どの地域、どの文脈で使われるかによって意味や内容に違いが生まれる言葉であったりします。そうした時に、「大衆」とはどのような人々なのか、都市の市民なのか、学生なのか、労働者なのか、自作農なのか、小作農なのか、などをより具体的にイメージすることは非常に重要なことです。書き言葉としてはやや無機質になりがちな学術論文とその言葉づかいですが、それを読む時や書く時に、こうしたことを意識しているかどうかは優れた歴史研究となる一つの要素であるように思います。

 さて、毎度のことではありますが少し脱線しました。ところで、この作品には単行本のところどころに当時の歴史的な内容について解説してくれるコラム「シェイクスピアとその時代」というのがありまして、何気なく「誰が書いているんだろう?」と思って見てみたら‥。

image1 (1) - コピー

指先生じゃねぇかw すげぇなぁ、最近のマンガは。がっつり歴史の勉強しないと描けないんだなぁ。そんな時代に「マンガなんて読ませない」というのは、ICT使わないのと同レベルな気がするんだけどなぁ。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ