先日、Cannadine’Ornamentalism’についてのお話をしましたので、今回はいわゆる「想像の共同体(Imagined Community)」についてのお話をしたいと思います。歴史学の世界ではこれもずいぶん以前に提示されたものでありながら、依然としてその価値を失わず、様々な分野の研究にインスピレーションを与えている概念です。今では、大学生くらいなら普通にご存じなのでしょうが、高校生くらいだと「ほにゃ?」となる概念なのかなぁと思います。1983年にベネディクト・アンダーソンが出した『想像の共同体』がこれについて語る代表的な著作ですが、「国民」や「ナショナリズム」が人々の想像による産物であるという考え方自体は、これ以前にもアーネスト・ゲルナーなどによっても指摘されています。今回は、この「想像の共同体」がどういったもの(または概念)であるのかということと、それがどのようにネイションまたはナショナリズム等と関係しているのかということについてご紹介したいと思います。

 

1、「想像の共同体」とは何か

想像の共同体とは、アンダーソンがそれまでの研究では十分に検証されていないと感じていた「ナショナリズム」が成立した背景を考察するにあたり考え出した概念です。要は、ネイションとは人々が心の中で想像することによって初めて成立した政治的共同体である、とする考え方です。アンダーソン自身は、これをその著作の序文で「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体(Imagined Political Community)である」としています。(ベネディクト=アンダーソン著、白石隆・白石さや訳『定本 想像の共同体:ナショナリズムの起源と流行』書籍工房早山、2007年)

 

2、一定の規模を持った共同体の被想像性

 アンダーソンは、同じく同書序文の中で「原初的な村落より大きいすべての共同体は(そして本当はおそらく、そうした原初的村落ですら)想像されたものなのである。」と述べます。これは、アンダーソン自身が述べているように、本質的にはゲルナーが述べた「ナショナリズムは国民の自意識の覚醒ではない。ナショナリズムは、もともと存在していないところに国民を発明することだ」という論と同じものです。

 すこし分かりづらいかと思いますので説明しますと、ある町、ある地方、ある国といった「共同体」が存在するときに、そこに所属するある人物は、「同じ共同体」に所属する全ての人を見知っているわけではありません。また、彼らがどのような人物で、どのように物を考え、どのような社会背景を持っているかも知らない人々が大半のはずです。そもそも、「同じ」町、「同じ」地方、「同じ」国といった場合に、その境界や内容というものは多くの場合曖昧なことが多いです。にもかかわらず、人間は自分と同じ町、同じ地方、同じ国に住んでいる人々が「同じ共同体」に属していると「想像」し、場合によっては自分と類似した属性を持っていると「想像」します。このように、実際には実体として存在していないにも関わらず、人々が「想像」することによって「創られた」共同体をアンダーソンは「想像の共同体」と呼んでいるわけです。

ゲルナーは上述の通り「ナショナリズムは国民の自意識の覚醒ではない。」と述べたわけですが、仮に、ナショナリズムが「国民の自意識の覚醒」であったとした場合、そこには自意識を覚醒させる主体としての「国民」がすでに前提として存在していなければなりません。はじめから存在している「国民」が「あ、そうか、自分たちは○○人なんだ」と気付くのであればそれは「国民の自意識の覚醒」ということになります。ですが、そうではないのですね。そもそもそこにははじめから「国民」は存在していないのであって、存在していない主体が「覚醒」をすることはできません。ですから、ナショナリズムが生まれるときには、もともと存在していなかった「国民」を「発明」するところから始めなくてはいけません。こうした点において、アンダーソンの「想像の共同体」とゲルナーの意見は同一の内容を示していると言えるわけです。

 

3、「国民」が想像されるときの3つの特性

 アンダーソンは、以上の議論を展開した上で、人々によって想像された「国民」には以下の3つの特性があると主張します。

 

    国民は限られたものとして想像される。

:どれほど大きな共同体であっても、共同体である以上は必然的に「自己」と「他者」を区別する性質を持つ、ということです。「自分の町」と「別の町」、「自分の国」と「他の国」という形で。

 

    国民は主権的なものとして想像される。

:アンダーソンは、この理由を「国民」という意識が形成された時期が、「啓蒙主義と革命が神授のヒエラルキー的王朝秩序の正当性を破壊した時代」であったことに帰しています。「主権」とは「他国の意思に左右されず、自らの意思で国民および領土を統治する権利」のことです。つまり、「神」や「王権」という価値観が揺らぎ始めた時期に生じた「国民」はその性質として他者から自由であることを追求し、その結果「国民」はみずからのことをみずからで決定することを当然とする性質を有することになります。

 

    国民は一つの共同体として想像される。

:仮に、実体としての集団の内部に搾取や不平等などが存在していたとしても、同一の「国民」は「常に、水平的な深い同士愛」として想像される。

 

このような特性を考えれば、ナショナリズムが歴史の中で果たした役割やそれが持つ傾向をよりよく理解し、把握することが可能になります。ナショナリズムはなぜ、自分とは異なる「他者」と敵対する傾向を持ったのか。また、国民国家が形成された19世紀から20世紀にかけて、国家の中において「国民」と見なされなかったマイノリティがなぜ排斥されたのかといったことを、です。

 

さて、アンダーソンの『想像の共同体』では、彼のいう想像の共同体がどのようにして形成されたのかが、その起源について考察するところから始まり、事細かに描かれ、さらに「公定ナショナリズム」‐この著作では「国民と王朝帝国の意図的合同」と表現されていますが‐と帝国主義の関係など、様々な側面について考察が深められていきます。本当は、そうした部分をじっくり読み進めていくことが一番面白いのですが、ここでそれをやっているとキリがないですし、高校世界史で理解すべき内容よりはるか先までいってしまうので控えておきます。ただ、アンダーソンが提示するこの「公定ナショナリズム」、つまり領域の支配者によって意図的に誘導・形成されるナショナリズムという考え方は面白いですし、いろいろなことに応用がききますよね。彼は一つの例としてハプスブルク帝国を例にとっていますが(※彼はこの中で、ハプスブルク家をはじめとするヨーロッパの多くの君主の正統性が「国民的なること[ナショナルネス]」とは無縁のことであったことから、19世紀に国民主義[ナショナリズム]運動が高揚してその支配領域が分裂の危機に瀕したときに、権力を維持するため意図的に「普遍・帝国的な要素」と「特殊・国民的な要素」の統合を図ったとしています)、こうした要素はハプスブルク帝国と同じく複合民族国家であったオスマン帝国末期のアブデュル=ハミト2世が展開したパン=イスラーム主義にも共通の要素を見て取ることができます。続く文章は、岩波の『世界史史料』の中にある、アブデュル=ハミト2世が書いた『政治的回顧録』の中でスンナ派とシーア派について書かれているくだりです。

 

イスラーム主義の本質を考えるとき、われわれは結束を強化すべきである。中国、インド、アフリカの中央部をはじめ、全世界のムスリムたちはお互いに密接な関係になることに有効性がある。このような時に、イランとの相互理解がなされていない事態は残念なことである。それゆえ、ロシアおよび英国にもてあそばれないように、イランはわれわれに接近することが重要である。

わがユルドゥズ宮殿で知識ある人として高名なセイド=ジェマレッディンは「スンナ派とシーア派は、誠実さを示すことによって統一は可能である」と私に進言して希望を持たせてくれた。もしこの言葉が実現すればイスラーム主義にとって崇高な状態をもたらすだろう。

 

アブデュル=ハミト2世はミドハト憲法停止後、自身が専制政治を展開していく中で、その権力の維持と帝国の統一性を保つ拠り所としてパン=イスラーム主義を利用しようとするわけですね。彼がアフガーニーをイスタンブルへ招聘するのはこのような文脈の中で理解することができます。また、パン=イスラミズムが皇帝専制の道具として利用されていると喝破したからこそ、トルコの改革派はパン=イスラミズムに見切りをつけてむしろパン=トルコ主義などへと傾斜していくことになるわけです。このあたりのテーマは、トルコの政治的変遷と結びつけてもよし、イスラームの改革運動と結びつけてもよし、非常に奥深い部分ですよね。

 

 Sultan_Abdul_Hamid_II_of_the_Ottoman_Empire

“Le_Rire”,_Number_134,_May_29,_Paris,_1897
アブデュル=ハミト2世の写真と、『ル=リール』誌に描かれたアブデュル=ハミト2

Wikipedia

 

 いずれにしても、アンダーソンが提示した「想像の共同体」論のように、これまで実体があるかのように語られてきたものには、実は実体のない(かといって現実世界に影響を及ぼさないということではなく、むしろ大きな影響力を持ちうる)、創られた存在や概念というものがあるのではないか、という議論はここ数十年ほど歴史学会が関心を向けてきたテーマでもあります。同じような議論として、ホブズボームの『創られた伝統』などがありますし、以前ちらっとお話ししたキャナダインの『オーナメンタリズム』も「想像の共同体」論の延長線上にありますね。もちろん、これらの話は直接大学の世界史受験に出題されるような内容のものではありませんが、これらの著作で示されている歴史の見方や考え方を理解すると、東大をはじめとする難関校がなぜテーマの一つとしてナショナリズムや民族意識という側面を重視するのかということを知る一助になるかと思います。
 

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コメント

コメント一覧

    • 1.
    • 2017年02月21日 23:45
    • 大学の思想史の授業でちょうど取り扱われた範囲でした。
    • 2. HAND
    • 2017年02月22日 06:21
    • ご覧いただきありがとうございます。人文学系の学問では依然として人気のあるテーマかなと思います。汎用性の高い議論ですから。
    • 3. 東大志望
    • 2017年02月22日 23:19
    • 突然のコメント失礼します。
      東大志望なのですが、論述について質問があります。以下の質問に絶対的解答はないと思いますが、HAND様のご意見をお聞かせください。

      質問は、文節の末尾についてです。字数省略のため、例えば「〜を侵略し、保護国化した。」を「〜を侵略、保護国化した。」と接続助詞「し」を省略したとします。
      これは、採点において許容されると思いますか?
    • 4. HAND
    • 2017年02月23日 06:28
    • コメントをありがとうございます。
      おっしゃる通り、採点基準は大学によって異なり、分かりませんので、お答えが完全に私の主観になってしまうことを御承知おきください。

      結論から申し上げますと、十分に許容範囲で減点対象とはなりません。

      世界史論述試験ではあくまでも「設問の要求に答えているか」、「歴史的理解は十分か」が採点の中心です。示していただいた例では、「し」が省略されたとしても「侵略してその後保護国化された」というのは極めて自然な流れとして読み取れますので問題ありません。

      注意したいのは、こうした省略が文章の意味内容自体を変えてしまったり、本来解答するにあたって必要であった歴史的事実、理解に関する部分が読み取れなくなってしまったり、不自然な省略によって文章の前後の関係が読み取れなくなってしまう場合などです。こうした場合は当然のことながら減点の対象となる場合もあり得ます。

      ですが、本来の意味が読み取れる範囲であれば多少不自然な日本語になってしまったとしてもそれが原因で減点されることはないと思います。もちろん、文章全体にわたって日本語が不自由でどうにも文章としての体をなしていないという場合には全体の評価が多少下がるということはあるかもしれませんが、よほどひどくない限り大丈夫だと思います。評価対象は国語ではありませんのでw

      志望校への道が開けるようにお祈りしています!
    • 5. 3の者です
    • 2017年03月30日 11:19
    • 書き込むのが遅くなりましたが、無事、合格しました。ありがとうございました。
    • 6. HAND
    • 2017年03月31日 03:13
    • おめでとうございます!何よりでした!
      ぜひ素敵なキャンパスライフを送ってください。
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