史料読解演習1

‐2017年一橋「世界史」大問1を想定した問題1

(作成時期:20171月)

 

 さて、以前お話しした一橋の予想問題として作成した問題をご紹介します。これは2017年一橋「世界史」を想定して、史料を用いた問題を作れないかということで、受験の直前期に作成したものです。すでに実際の試験は終わってしまいましたし、先にも書いた通り一橋の出題傾向は大きく変わってしまったことから、もう予想問題としての価値は全くありません。まぁ、言ってみれば賞味期限切れのものです。ですから、当然今年の受験の傾向も加味した分析を再度行った上で、来年の2018年には全く違う問題をまた用意するつもりでいます。ですが、一般的に史資料を読解しながら論述を構成する必要がある学校の受験を考えている人にはちょっとした練習になるかなと思いましたので取り上げてみました。史料は、以前ご紹介した岩波の『世界史史料5』の276-277ページから持ってきています。

 

【問題】

I

 リヴォルノ憲章(1593610日)

 

 [3代トスカーナ大公]フェルディナンド・メディチ殿は、貴方がた商人が次のどの民族や国民であれ、貴方がたすべてを歓迎する。すなわち、東方人、西方人、スペイン人、ポルトガル人、ギリシア人、ドイツ人、イタリア人、ユダヤ人、トルコ人、ムーア人、アルメニア人、ペルシア人、およびその他の人々。(中略)外国人が、貿易や商業をするために、ピサ市、リヴォルノ市港に来て滞在し、居住しようとすることを、公共の利益のために促進したい。このことは、イタリア全体、そしてわれらの臣民、とりわけ貧民のためになるであろうと期待している。それゆえこの特許状によって、貴方がたに下記の恩恵、特権、不可侵権、免除を与え、認めるものとする。

 

 第5条 (ピサやリヴォルノに住む)貴方がたは、(同職組合への)登録料、カタスト(資産)税、通行税、人頭税、賦課金、および類似の物的、人的賦課金については、すべてのものから自由である。フィレンツェやシエーナに住むユダヤ人に課せられている納付金、服従義務、法令、規約は、上記のようにこれを課さない。

 第8条 貴方がたがリヴォルノ港、ピサ市、フィレンツェ市に輸入する商品にかかわる、用船料、陸上輸送量、為替、その他の諸経費に充てるための資金として、貴方がたのシナゴーグの管理人たちに10万スクードを貸与する。

 第20条 貴方がたは、ピサ市とリヴォルノ地域において、土地ごとに一つのシナゴーグ(ユダヤ教会堂)を持つことができる。その内部では、ユダヤ教 の儀式、掟、規律をすべて実施することができる。

 第25条 貴方がたのシナゴーグのユダヤ人である管財人たちは、ユダヤ同士の間に生じるすべての不和について、貴方がたユダヤ人の慣例にしたがって適当と判断するように採決し、終わらせ、処罰する建言を持つ。

 第29条 貴方がたは、あらゆる種類の職業を営み、あらゆる種類の商品を取り扱うことにおいて、すべての特権、権利、恩恵を与えられる。貴方がたあるいは貴方がたの家族の誰も、キリスト教徒から識別するための、いかなる標識も身につける必要はない。さらに、不動産を購入することができる。(後略)

問い

上記の史料は16世紀末に中部イタリアのトスカーナ大公がトスカーナ地方の都市リヴォルノに対して発したリヴォルノ憲章と呼ばれる特許状である。こうした特許状が発行された背景には、15世紀頃からの政治的・経済的・社会的変化が大きく影響していたが、この変化とはどのようなものであったか。トスカーナ大公と都市リヴォルノが上記の特許状を発した意図を示しながら、15世紀にはじまり、この特許状が発せられた16世紀末にいたる変化について400字以内で述べなさい。

 

【解答】

 15世紀末の新大陸発見とインド航路開拓などにより、ヨーロッパでは経済的な中心地が大西洋岸の諸都市へと移る商業革命が進展していた。同時期に、イタリアではシャルル8世の侵攻によりイタリア戦争が勃発し、フィレンツェでメディチ家が追放され、カール5世によるローマ略奪(サッコ=ディ=ローマ)が起こるなど都市が荒廃し、プレヴェザの海戦でスレイマン1世が指導するオスマン帝国が地中海への影響力を強めたことによって香辛料交易を中心とした東方貿易が衰退した。一方、イベリア半島ではレコンキスタが完了したことでユダヤ人、ムスリムなど異教徒の追放が進み、さらにドイツで宗教改革が起こると宗派対立が激化して異端に対する迫害が進んだ。こうした中でトスカーナ地方の都市リヴォルノは各地で迫害されていた異教徒に対する諸税を免除して資金融資を行い、さらにユダヤ人には居住の自由と一定の自治を与えることで商業の振興を図り、ユダヤ資金が流入することを期待した。(400字)

 

[論述のポイント]

 何度も言うように論述問題を解く基本は設問の要求に答えること、コミュニケーションです。設問が要求しているのは大きく以下の5つです。

 

 15世紀からの政治的変化

 15世紀からの経済的変化

 15世紀からの社会的変化

は、都市リヴォルノが「リヴォルノ憲章」を発する背景となるべきもの)

 トスカーナ大公・または都市リヴォルノが特許状を発した意図

 時期としては16世紀末までを想定

 

以上の点について考察する必要があります。ただ、受験世界史の中に「リヴォルノ憲章」は出てきませんから、史料を読み解く中でどのようなことが言われているのかを読み解く必要があります。

 

【史料の読解】

 史料に書かれている内容を再度確認してみましょう。要約すると、

 

   おそらくはトスカーナ大公の管理下にあるリヴォルノ市が、商業奨励のために人種・民族・宗教にかかわらず承認を誘致していることがわかる。

   リヴォルノはやってくる商人に様々な免税特権を認めている。

   同じく、資金の貸与などの優遇措置を与えている。

   特に、ユダヤ人に対しては信仰の自由のほか、不動産購入なども認めている。

   優遇されている商人の中には、ペルシア人、ムーア人などのイスラム教徒も含まれている。

 

こうしたことがヒントとして読み取れます。これらをヒントとして、なぜリヴォルノ市がこうした措置をとったのかを、15世紀~16世紀末までのヨーロッパにおける変化を念頭において書け、というのが設問の要求です。

 やはり、注目したいのはユダヤ人についての記述が多いことです。また、ムーア人というのは北西アフリカに居住したイスラムで、ベルベル人と同一視される人々ですが、当然のことながらイベリア半島と深いかかわりを持ったイスラームです。こうした人々がイタリアにやってくる、またはイタリア側がこれらを呼び込む必要が生じるような変化として何があるのだろうか、と考えたときに「レコンキスタの終結」または「商業革命」の両方ではなくどちらかを思い浮かべるのは、そこまで無理難題ではないと思います。

 

[採点基準]

 15世紀からの政治的変化として

  ・レコンキスタの終結(1492:ナスル朝グラナダ陥落)

・イタリア戦争

14941559:シャルル8世のイタリア侵入~カトー=カンブレジ条約)

  ・オスマン帝国の進出(1538:プレヴェザの海戦、スレイマン1世)

 15世紀からの経済的変化として

・イタリア諸都市の荒廃

・東方貿易の衰退(オスマンの進出、商業革命)

 15世紀からの社会的変化として

  ・イベリア半島からのユダヤ人、ムスリムなど異教徒の追放

  ・宗教改革、対抗宗教改革の進展と宗教的不寛容

   (カルヴァンの神権政治と不寛容、各地の宗教戦争、トリエント公会議[1545-63]、異端審問)

 トスカーナ大公と都市リヴォルノの意図

・他のイタリア諸都市で徴収されていた諸税を免除し、資金融資を行うことで、迫害されていたユダヤ人、ムスリムなどの異教徒を誘致して商業の振興を図る。

 ・特にユダヤ人に対しては一定の自治を認めることを通して、迫害されていたユダヤ人たちの資金を集める。

 

 史料を参考にこうした点を盛り込んで書いていけば、十分に解答を作成することは可能です。今気づいたのですが、今年の一橋予想「商業革命」をテーマに盛り込んでいたのですね。実際には「価格革命」でしたから、ピッタリではなかったものの、スペインと大航海時代以降のヨーロッパ経済という点ではかなり近いところを挙げていたようです。ただ、ちょっと張り切って凝りすぎちゃいましたかね

 ちなみに、リヴォルノというのはトスカーナの都市で、メディチの傍系の家系であるトスカーナ大公フェルディナント1世=デ=メディチの時代にここに掲げたリヴォルノ憲章などの商人の誘致を行ったことから地中海の重要港として栄えることになった港です。史料中にも出てくるユダヤ人や、モリスコと呼ばれるスペインでカトリック改宗を強制されたイスラームなど様々な商人が訪れる国際商業都市でした。