世界史リンク工房

大学受験向け世界史情報ブログ

2020年11月

普段仕事をしていますと、やはりいろいろなサイトにお世話になります。雨温図を作るためのフリーサイトやら、白地図サイトやら。人によってはそうしたサイトの情報が有用であるという方もいらっしゃるかと思いますので、こちらの方では私が普段お世話になっているサイトのご紹介や使い方のご説明を簡単にしていきたいと思います。

おそらく、世界史をちょっと真面目に勉強した人なら一度はご覧になったことがある「世界史の窓」さんです。私もしょっちゅうお世話になっております。なかでも使えるのは用語解説で、山川用語集のめっちゃ詳しいバージョンを想像していただければよいのではないでしょうか。管理人の方は元先生だった方とのことで、さまざまな本を読まれて最近の学説なども適宜取り入れて解説されていますので大変使い勝手の良いサイトです。また、解説が詳しすぎず、高校世界史+αのあたりで止まっているあたりも良いところだと思います。詳しいのも善し悪しで、あまりに詳しすぎて情報量が膨大になってしまうと読み手が整理しきれず「ちょっと調べてみる」という用途には適わなくなってしまうのですが、そういった心配もこちらのサイトはないと思います。

 

ただ、「世界史の窓」さんは使いこなすのにはちょっとした工夫がいります。何も知らない人がいきなり「世界史の窓」さんのトップページに行ってしまうと、さてこれからどうしようという感じでサイト内をさまようことになってしまいそうです。

 

わたしは、こちらのサイトを上述の通り「ちょっと詳しい山川用語集」的な使い方をしているのですが、そういう使い方をしたい人はyahooなどの検索サイトから「自分の調べたい用語+世界史」と入れて検索してみてください。すると、もし「世界史の窓」さんにその用語があるのであれば、ほぼ必ずと言っていいほど検索の最上位に出てくるはずです。打ち込めばいいだけなので、用語集よりもスピーディーに調べられます。スマホよりはPC作業が中心の方向けのサイトかもしれません。問題作成や自分の知らない事柄については後で何らかのかたちで裏をとることになりますが、それを含めても大変便利なサイトであると思います。今後ともお世話になります。

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ずいぶん長いことほったらかしておりましたが、ぼちぼち一橋の2020年問題の解説をしていきたいと思います。とはいっても、やはりいっぺんにUPするのは難しいので、とりあえず大問1からで勘弁してください。できれば今年中に間に合えばなぁとは思っています。

 

まずは、全体を概観したいと思います。

 

大問1については、近年の一橋の良さが良く出た設問で、私としては良問ではないかと思います。高校受験生の世界史知識をベースに、史料の読解を通して考えさせ、正解を導くというスタイルの設問で、近年ですと2016年や2014年の大問1が似たようなスタイルの設問ではないかと思います。世界史の問題の多くがこのような形で作れるのであればそれはとても良いことですが、生徒の知識量と扱える史資料のバランスを考えたとき、こうした設問を用意するのはなかなか難しいので、一橋の先生方も本当によく工夫されているなぁと思います。西洋史を学ぶ、ということは単に知識を詰め込むという作業ではありません。総合的に各種情報を整理・分析する能力が必須なんですね。本気で取り組もうと思った場合、かなりハードに情報収集・分析・整理を行って、その上に想像力を活用しなくてはならない、極めて高度な知的作業だと思います。だから、欧米だとわりと歴史本格的に勉強した人は尊敬されるというか、民間企業でもわりと良い扱い受けたりするみたいですね。日本だけじゃないでしょうか、ここまで冷遇されているのはw

もっとも、日本では大学院レベルでもそれ(各種情報の整理や総合的な分析)ができる人とできない人はかなりシビアに分かれてくるのではないかなぁと思います。まぁ、言っちゃあ何ですけどできない人の方が多いですよねw それが(冷遇の)原因なのかなぁ。でも、それができる人は多分、他の学問分野であったとしても「できる」人じゃないかなと思います。多分こういう人は学問だけじゃなくて仕事させてもソツなくこなすでしょうし、視野が広いから起業もできるタイプの人じゃないですかねぇ。そういう人の研究や報告を聞くと、知性の光というか、「ああ、そうか。アタマっていうのはこうやって使うんだなぁ」というある種の感動を覚えることがあって、そうした研究に出会えることは大学や大学院における最大の楽しみでもあるわけです。

 

脱線しましたが、続いて大問2についてです。テーマとしてはよくあるスタイルの設問で、新しさのあるテーマではありません。イギリスからアメリカへの覇権交代に関する論述問題で、他大学や模試などでもなどではわりと良く見られるテーマではないかと思います。では、簡単かというとそれがそうでもないんですよねぇ。難しくはないのですが、いかんせん要求されている範囲が広すぎます。19世紀後半以降から第二次世界大戦・冷戦・脱植民地化ですからね。もちろん、重点をおくのは後半部分なわけですが、この内容を400字に詰め込もうとするとひたすら用語の羅列になってしまって何を言っているのだかわからない文章が出来上がってしまいそうで怖いですね。必要以上に怖がる必要はないですが、注意の必要な設問だったかと思います。

 

大問3については、いわゆる朝鮮王朝における小中華思想と、朝鮮王朝末期の大院君統治期の攘夷思想との関係性を問う設問ですね。奇しくも、同じ年の東大でもこの小中華思想を扱っています。(http://history-link-bottega.com/archives/cat_394128.html) 大院君については通常の受験生ですとやや厳しい(知識が身についていない)のかもしれませんが、一橋を受験する受験生にとっては必須のテーマで、以前にも何度か大院君以降の朝鮮政治史については取り扱っています。おそらく、この大問3は普段から一橋の過去問に触れて周辺を勉強している受験生にとっては一番取り組みやすかったのではないでしょうか。

 

全体を見ると、大問2、大問3については平均的な一橋受験生であればそこそこ書けそうです。ですから、実質的に差がついたのは大問1できちんと設問の要求に沿った解答が書けたかどうかにあったのではないかと思います。

 

2020 Ⅰ

 

【1、設問確認】

:本設問は、1524年に発生したドイツ農民戦争に関してルターが述べた著作を史料としています。もっとも、設問中ではルターがこの著作を「1525年に書いた」ことと、「その前年に起こった農民反乱」について語っていることしか示されていませんが、これらからこの農民反乱をドイツ農民戦争であると確定するのは基本事項ではないかと思います。その上で、以下の問1、問2を合わせて400字で書きなさい、というのが本設問の要求です。

 

問1 

・下線部は具体的にどのような要求であったか

(下線部は以下の通り)

 「農民たちが創世記1章、2章を引き合いに出して、いっさいの事物は、自由にそして[すべての人びとの]共有物として創造せられたものであると言い、また私たちはみなひとしく洗礼をうけたのだと詐称してみても」

 

問2

・「農民たち」が考える「聖書のみ」と、資料中で「ルターが」表明している「意見」の相違はどのようなものか

・上記の相違はどのような理由で生じたと考えられるか

 

【2、下線部の要求(問1)】

:それでは、まず「下線部の要求」の具体的な内容から確認していきたいと思います。

この史料で語られているのはドイツ農民戦争についてですので、まずはドイツ農民戦争についてのディテールを確認しておいた方が史料(下線部)の読み取りが楽になります。

 

(ドイツ農民戦争[1524-25]

指導者:トマス=ミュンツァー

内容:①ルターの宗教改革に影響を受けたドイツの農民反乱。

   ②農民たちは1525年に「十二か条要求」を掲げた(後述)

   ③ルターは当初農民に同情的だったが、反乱の過激化とともに態度を硬化させた

 

以上の内容を確認したうえで、下線部を分析していきます。

 

(下線部の分析)

・農民たちが使用している根拠:創世記1章、2

:このことは、農民たちが自分たちの主張は「聖書」に書かれているので正しいと考えていることが分かります。ルターの聖書主義の影響です。

 

・いっさいの事物は自由にそして[すべての人びとの]共有物として創造せられた

:文章をそのまま読めば、「すべてのものは自由に使える共有物として神がつくった」ということですから、この文章からは「地代の軽減・廃止」や、「共有物の適切な仕様(入会地の共有や狩猟の自由など)」などの内容を想定することができます。また、こうした要求は農民たちの掲げた「十二か条要求」の一部でもありました。

 

・わたしたちはみなひとしく洗礼を受けた

:これは、キリスト教信徒の神の前の平等のことを言っています。ここからは例えば「身分制の否定(農奴制の廃止)」や「万人祭司主義」などを論点として想定することができます。

 

(聖書主義について)

:ここで、聖書主義について少し説明しておきましょう。聖書主義というのは、神の言葉や権威は教会や聖職者に存在するのではなく、聖書の中の文言にこそそれが示されているという考え方で、すでに14世紀イギリスのウィクリフやその影響を受けたフスに聖書主義の考え方が見られます。その背景には、当時の教会の堕落がありました。当時の人びとの大多数は字、特にラテン語についての素養がありませんでしたから、「神様が何を言ったか」とか「キリストが何をしたか」などは教会のミサで司祭が行う説教を通して知ることになります。ところが、その説教がピンキリなんですね。司祭によってはまともな学識がなかったり、自分たちに都合のいいように話を盛ってしまったりということは普通にあるわけです。それでも、その司祭や教会が人格高潔で清貧に耐えて人々のために働く、というのであればよかったのでしょうが、当時の教会はすっかり世俗権力とも仲良し、教会は分裂や対立を繰り返して(教皇のバビロン捕囚や大シスマ)、一般民衆からは搾り取れるだけ搾り取っていきます。中でも世俗権力の分立傾向が強く、多くの教会領を抱えていたドイツ地域の農民たちは「ローマの牝牛」という言葉が生まれるほどに搾取されていました。こうなると、教会による支配に対する不満や疑問が強くなってきます。

 こうした中で、ルターの宗教改革が始まると「聖書主義」はプロテスタントがカトリック教会に対抗する中心的な考え方の一つになっていきます。ただ、この聖書主義にはいくつか問題がありました。「聖書に神の言葉が書かれているから教会は必要ない、聖書を読めばいい」とはいっても、①民衆の多くはラテン語を読めないし、知りません。②本の値段はべらぼうに高いです。そこで、これらを解決する方法が必要でした。①の問題については、「聖書の口語訳」という形で解決されていきます。ウィクリフやルターが聖書の英語訳、ドイツ語訳を作ったこと、フスがチェコ語での大学講義や説教を求めたことなどはこのような文脈の中で理解する必要があります。また、②についてはグーテンベルクの活版印刷術の実用化による書籍の低価格化が聖書普及に貢献していきます。これによって、めちゃくちゃな金持ちでないと手に入らなかった書籍が、ちょっとした小金持ちであれば買えるくらいの値段におさまるようになりました。(イメージで言うと、高級外車買うor一戸建て建てるぐらいの価値だったものが、高級家電を買うくらいまでは落ちてきたようです。) それでも、一般の農民には夢のまた夢、聖書を買うなんてできないし、字も読めません。では、どうして農民は聖書の内容が分かるのか。想像してみましょう。ある村の小金持ちのおっさん。これまで買うことができなかった高級品、「聖書」が安くなったので買うことができました。自慢したくして仕方ありません。そこで、自分の土地で働いている小作人を呼びつけて「おい、そこのお前。いいものを見せてやろう。Ta-da! これが聖書だ!お前みたいな教養のない奴は見たことがないだろう。何?字が読めない?仕方ないなぁ、読んで聞かせてやろうではないか。心して耳を澄まして聞けよ。『光あれ!』」 とまぁ、こんなことが本当にあったかどうかは知りませんが、ありそうな話ではありますw 要は、「回し読み」や口伝えによるわけですね。カラーテレビが初めて出たころに、ご近所さんが見に来るみたいなイメージでしょうか。それでも、活版印刷術の普及によって、グーテンベルクが印刷した42行聖書(15世紀半ば)が2050グルデンであったのに対し、ルターのドイツ語訳聖書は12グルデンほどであったそうなので、かなり聖書を持つ人口自体は増加します。当然、聖書の「生の」情報に触れる人口もそれに伴って増えることになります。

少し話はそれますが、当時のカトリックのミサでは当然のことながらラテン語が使用されていました。ですが、ラテン語というのは一般ピーポーにとってはちんぷんかんぷんの魔法の言葉みたいなものです。だから、内容がわからないわけですけれど、でも「そこがいい」という部分もあります。

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©原哲夫『花の慶次‐雲のかなたに‐』)

 

どういうことかといいますと、ラテン語によるミサというのは「それ自体がある種の魔法的、呪術的な雰囲気を醸し出していて、そこに価値を見出す部分もある」ということです。例えば、われわれはお葬式などの際に仏教徒であればお坊さんを呼んでお経をあげてもらうわけですが、お坊さんが何やら「にゃむにゃむ」言いながら「おーんあーぼきゃーべーろーしゃーのーまーかーぼだーだーらーまーにーはんどーまーじーんばーらはーらーはーりたーやウーン」とか言われても「なんのこっちゃねん」と思いつつ、立派な袈裟を着た坊さんの洗練された所作、香のにおい、お経や真言などの舞台装置によって「なんとなーく」、「ありがたそーうな」雰囲気を感じて、故人を偲ぶわけです。

ところが、「聖書を口語訳する」というのはこの舞台装置をぶっ壊してしまうわけですね。想像してみましょう。葬式に呼んだ坊さんが、ロン毛に茶髪、アロハ着て「ハーイ、皆の衆、元気?これから仏様のありがたーいお話、聞かせてやるから聞けよ、ロッケンロールだぜぇえ~!ヤー、ハー!」とかやりだしたら「ふざけんな」って言ってたたき出されると思いませんか?ちょっと前に「般若心経を現代語訳した」みたいなネタが流行っていましたが、あれも近いものがありますね(https://grapee.jp/97528)。ハリーポッターだって、かっこよく呪文唱えてますけど、ほとんどラテン語由来の造語で、日本語訳しちゃったら雰囲気もへったくれもないわけです。ですから、カトリックの側が当時のルター派やカルヴァン派などのプロテスタントを異端として忌み嫌ったのは、単に自分たちに逆らっているからというだけではなくて、こうした感覚的な嫌悪感というものもあったのではないかなぁと想像してみたりします。その理解が正しいかどうかはともかくとして、そういうイメージを持つとより「聖書主義」というかたい言葉を柔らかく理解することができるようになります。

 

【3、「農民たち」と「ルター」の見解の相違とは何か】

:大問1の要求の肝になる部分です。ここを取り違えてしまったり、関係のないことを書いてしまったりすると加点されないことになるので、丁寧に確認する必要があるでしょう。

 

(農民たち)

①教会の権威に意味はなく、神の言葉は「聖書のみ」に示されており、その聖書の創世記に事物の共有とキリスト教徒の平等が示されているのであるから、富の偏在や現行の教会制度、教会による財物の搾取、身分制などには誤りがあるとしています。つまり、聖書主義に基づいて自分たちの主張の正当化を試みているわけです。

 

ドイツ農民戦争(1524年)の「十二か条」要求

:トマス=ミュンツァーが指導するドイツ農民戦争は以下の「十二か条」を掲げました。最新版(2017年版)の山川出版社『詳説世界史研究』には、「十二か条」全ては出ていませんが、以下の内容は示されています。

・農奴制廃止

・地代の軽減

・農村共同体による聖職者の選出

・聖職者を養うための十分の一税の適正使用

(ちなみに、山川出版社『詳説世界史B』には「農奴制の廃止」、東京書籍『世界史B』には「領主制の廃止」や「土地の共用」が示されていました。)

 

(ルター)

:ルターが史料中で述べている意見をそのまま解釈すると以下のようになります。

①農民が根拠にしている『創世記』は『旧約聖書』中のものであり、キリストが誕生して以降の『新約聖書』においては意味をなさない。(『新約聖書』の記述が優先される)

②『新約聖書』ではキリストの言葉において、人々の身体も財産も、皇帝とこの世の法に従わせている

=身分制など、現行(当時)の社会秩序の肯定

③パウロもローマ13章において、洗礼を受けたすべてのキリスト者に「だれでも上に立つ権威に従うべきである」と言っている

 =領主などの世俗権力の権威の肯定

④農民反乱の鎮圧は農民にとっての「救済」であり、その義務を果たす中で落命する騎士は祝福される

 

【4、農民とルターの意見の相違はどのような原因で生じたか】

①聖書解釈の違い

:まず一つに、農民の聖書解釈とルターの聖書解釈に差があることが挙げられます。これについてはルターが史料中で「なぜなら、モーセは新約聖書においては発言権を持たないからである」や「そこ(新約聖書)には、私たちの主キリストが立ちたもうて…」などと述べていますので、そこから推測して検討すればよいと思います。

②農民反乱の過激化や秩序破壊に対するルターの危惧

③ルター自身がザクセン選帝侯フリードリヒによって庇護されていたこと

④ルター派の教義を根付かせるためにルター派諸侯の協力が必要であったこと

:②~④については、いろいろな教科書・参考書等で目にすることもありますし、ちょっと気の利いた先生であれば一言加えてくれるのではないかと思います。

 

はっきり言ってしまうと、農民とルターの意見の相違が「なぜ」生じたかの本質的・根本的な部分は内面的な問題になりますので、当時のルターにインタビューでもしない限り分かりません。もしかすると「気分で」と言われるかもしれませんw また、学説的に「正しい」見解も、ルターの研究書を全て高校受験生が読めるはずもないので、高校受験生には知りようがありません。ですから、この設問では受験生が知りうる世界史の知識をベースにして「ありそうな」原因を検討して示せばそれで十分だと思います。大切なことは、ルターの「意見」だけを書いて「原因」を書いた気にならないということ。これが重要です。「原因」というのは「ルターがなぜ、農民とは違うルターの意見(身分制の肯定や農民反乱の鎮圧支持など)を持つにいたったかということ」を示すことですので、そこをはき違えないようにする必要があると思います。

 

【解答例】

問1、地代の廃止、共有物の適正使用、農奴制の廃止、農村共同体による聖職者の選出など。問2、トマス=ミュンツァーに率いられた農民たちは、信仰の根拠を聖書のみに求めて教会の権威を否定し、創世記中の記述を根拠に地代や農奴制の廃止、農村共同体による聖職者選出や十分の一税の適正使用を訴え、ローマ教皇を頂点とする当時の教会制度や領主が農奴を支配する封建的社会秩序を否定し、教会や領主による農奴からの搾取を批判した。これに対しルターは、新約聖書の記述が旧約聖書中の創世記に優越することを主張し、社会秩序の維持や世俗権力の権威の尊重を説き、農民反乱鎮圧は反乱者にとっての救済であると主張した。これらの相違の背景には、聖書解釈の相違に加えてルターが農民反乱の過激化や秩序破壊に危機感を抱いたことや、ルター自身がザクセン公の庇護下にあり、ルター派教義の普及のためにルター派諸侯の協力を必要としていたことなどがあった。(合わせて400字)

【2020.11.5:模範解答の「世俗権力の」の部分が「皇帝・教皇」になっていましたので、訂正しました。(ルターは当時、ローマ教皇と対立関係にありますので、教皇はまずいと思います。史料中の文言が「皇帝」となっておりますので、皇帝・領主とすればアリかとも思いますが、当時のカール5世との対立等を考えますと「世俗権力」としておくのが良いでしょう。)

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