世界史リンク工房

大学受験向け世界史情報ブログ

2021年10月

【定期考査】
:柳条湖事件と盧溝橋事件は、それぞれ満州事変と日中戦争とセットです。

 

柳条湖事件→満州事変(1931

盧溝橋事件→日中戦争(1937

 

この両者が混じってしまう人もいるようですが、「らりるれろ」順で起こっていると記憶しておけば間違えません。まぁ、まったく面白みのない方法ではありますが、確実です。

 

「り」ゅうじょうこ事件(先)

「ろ」こうきょう事件(後)

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【共通テスト→難関大】

・アフリカ分割では、最低限3つのポイントをおさえるべし!

1884年から1885年にかけて開かれるベルリン会議をきっかけに、ヨーロッパ列強は「先占権の原則(先に占領したもん勝ち)」と「実効支配の原則(占領した地域をきちんと統治できているか)」を確認して急速にアフリカ内部に入り込んで植民地化を進めていきます。いわゆる「アフリカ分割」です。このアフリカ分割については、アフリカがどのように列強によって分割されたかを示す地図が良く出てきます。例えば、こんな感じのやつですね。

 アフリカ分割(Wikipedia) - コピー

Wikipedia「アフリカ分割」より)

 

アフリカがどのように分割されたかについては共通テストなどでもよく地図が示されて出題される頻出ポイントです。一見すると入り組んで見えるのですが、コツをつかむと問題を解くこと自体はそれほど難しくありません。ここでは、【大学入学共通テストレベル】の理解と、【難関大レベル】の理解の2段階にわけて確認してみましょう。

 

(共通テストレベル)

① ど真ん中はベルギー領コンゴ

② 縦に長く広がっているのはイギリス、横に広く広がっているのはフランス

③ 独立維持はエチオピアとリベリア

 

まず、①についてですが、そもそもアフリカ分割の進むきっかけとなったベルリン会議(1884-1885)が開かれるきっかけとなったのはベルギー王レオポルド2世によるコンゴ領有宣言でした。そのためか、このベルギーの位置を問う設問が最頻出で、しかも他の受験生と差がつくポイントになります。なぜなら、まだ十分に勉強できていない受験生は、イギリスの縦断政策とフランスの横断政策(これが②)のような「基礎中の基礎」は覚えていても、ひょいっと出てきたベルギー領コンゴなどにはその意義を見出しがたく、見逃しがちだからです。

また、20世紀まで独立を維持した国として、エチオピアリベリアを聞く問題も頻出です。これは、位置だけでなく国名まで聞いてきます。注意しておきたい点としては、エチオピアはたしかに20世紀前半までは独立を維持するのですが、1930年代に入るとムッソリーニの率いるイタリアによって占領され、イギリス軍によって解放されるまで一時的にイタリアの植民地となります。(19361941)ここまで抑えておけば、まず共通テストレベルの設問にはおおよその場合対応できます。

 

(難関大レベル)

①、②、③をしっかりと抑えた上で、余裕のある人はドイツ、イタリア、ポルトガルの植民地となった地域がどこかを確認しておきましょう。国名を聞かれることはまれですが、ドイツの場合はカメルーンかタンザニア(タンガニーカ)、イタリアの場合はリビアをおさえておくと良いでしょう。ポルトガルの植民地であるアンゴラやモザンビークが聞かれることはまずありませんが、ポルトガル植民地についての設問が出るとすれば、アフリカ分割よりはむしろ、1974年のポルトガル本国でのカーネーション革命(リスボンの春)の影響で独立していく文脈だと思います。

 

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 早稲田大学の法学部については、300字論述(以前は250字論述)ということもあって字数がかなり長く、単なる知識だけでは解けない部分もあるために解説をしておりますが、その他の学部の論述については解説をしておりませんでした。(法学部についてはこちら

その理由は「解説はいらん。必要なのは知識。」であるからというのが一つ。もう一つは「正直、作ってもあまり面白くないw」からですw欲望に忠実ですみませんw

ただ、解答自体は教科書や参考書で知識の再確認を行えば済むにしても、学部ごとの出題傾向くらいはある程度把握しても良いかなと思いましたので、2014年以降と限定的ではありますが学部ごとの出題一覧を作ってみました。

 

【早稲田大学政治経済学部論述出題一覧】

早稲田大学の政治経済学部では法学部のような単問形式の論述ではなく、リード文中の下線に関連する問題ということで出題されることが多いです。字数は2015年以降、160字での出題が多かったですが、概ね120字~160字くらいでした。(2014年は120字×22018年ならびに2019年は140字。)

ちなみに、2015年以降は重要な国際会議に関連する出題がされていました。内容としては平易な内容が多く、基本的な事項が分かればある程度は書けます。法学部と異なり用語指定がないため、全く知らない範囲が出題されるとヒントがなく、書きようがなくなる危険性がありました。また、過去7年間(20142020年)の出題は全て1920世紀史からの出題でした。もっとも、早稲田の政経は入試形式の変更にともない、2021年から世界史がなくなっています。ですから、この出題傾向ももう過去のものになりました。では、過去問ももう意味がないかと言いますと、私はそうは思いません。早稲田の他学部(特に法や商)や他大の政治・経済系の学部を受験する人にはチャレンジ問題としてしばらくは良い材料になるのではないかと思います。

早稲田政経論述_2020_2014

 

【早稲田大学商学部論述出題一覧】

早稲田の商学部については、2014年以降の論述問題は全て100字論述でした。かつては平易な内容が多かったのですが、近年かなり深い世界史的知識を要求する問題や、知識をもとに背景・影響・関係性を考えさせる問題が増えてきており、やや難化している気がします。出題範囲はほとんどが20世紀史になるので現代史に対する深い理解が必要となります。

早稲田商論述_2021_2014

 

【早稲田大学文学部論述出題一覧】

早稲田の文学部は50字以内の短い論述で、内容的には平易です。ただ、2019年の文学部では120字論述が登場しました。一方、2020年度、2021年度の文学部では論述は出題されませんでした。範囲については20世紀史が多いのですが、16世紀以降の近代史からの出題もあります。近現代史をしっかり確認する必要があるでしょう。

早稲田文論述_2019_2014

 

【その他】

法学部・政治経済学部・商学部・文学部以外の学部については、2014年以降で論述問題の出題はありませんでした。

 



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1990年、ずいぶん古いですね。ただ、古いとはいえ東大など国公立大学では類似のテーマがたびたび出題されるので注意が必要です。もっとも、テーマ自体は同じでもやはり時代が違うと、その時に主流な歴史学上の議論・争点も違ってきたりします。それにともなって設問が要求する視点も大きく変わってくるため、一見すると似たようなテーマではあっても要求されている内容が全く違うということがあるので、「過去問を20年、30年分と解いています!」という人はそのあたりに注意が必要です。本ブログで何度もお話ししているように、論述はコミュニケーションなのであって、流れ作業ではありません。つまり、一つとして同じ解答はないということなので、一問一問に対して新鮮な気持ちで「何が聞かれているのだろうか」を愚直なまでに丁寧につかみ取ることが大切になります。

 さて、この年の設問は19世紀初頭の大衆運動がテーマです。このテーマは、早慶などの私大でも頻出のテーマですので、古い問題とは言え少し掘り下げてディテールを確認しても良い設問かと思います。以前と比べると少し鮮度は落ちた(出題頻度が下がった)印象があるとはいえ、アジアの大衆運動・民族運動は依然として良く出ます。特に、中国とインドの大衆・民族運動はかなり長いスパンに渡って流れを把握する必要がありますので、しっかり覚えておくとよいでしょう。(覚えただけの見返りはあるはずです。)また、近年ではトルコ史の出題頻度が増しているように感じますので、できればギュルハネ勅令(タンジマートの開始)~トルコ共和国の建国あたりまでは確認しておく良いでしょう。

 

【解答手順1:設問内容確認】

1914ごろ~1920年代半ば(1925ごろ)の約10年間

・ヨーロッパにおける大衆的な政治運動の展開について論ぜよ

・アジアにおける大衆的な政治運動の展開について論ぜよ

具体的な事例を挙げよ

 

:設問の要求はいたってシンプルです。注意したいことは以下の③点です。

① 「ヨーロッパにおける大衆的な政治運動」と「アジアにおける大衆的な政治運動」は同じものではない。

発生した時期が同じであるにしても、ヨーロッパにおける大衆運動とアジアにおけるそれでは、その意義が異なることを意識しておいた方が良いかと思います。

 

② 「大衆」とは何かに注意を払う必要がある

 「大衆」という言葉を無自覚に使用すべきではありません。歴史学では、一見自明のように見える言葉でもその中身に注意を払う必要があります。では、「大衆」とは何かといえば、この文脈(1910年代~1920年代の政治運動)という文脈で言えば、都市市民、学生、労働者、農民などを指すと考えてよいかと思います(国と地域によって重要度は多少変わってきますが)。このあたりを理解しておかないと、1910年代~1920年代半ばに起こった事件の中から何を書いたら良いのか、書くべき内容が定まりません。

 

③ 第一次世界大戦(総力戦)とその後の影響について考慮する

 設問でも出てきていますが、時期的に第一次世界大戦の影響を丁寧に確認する必要があるかと思います。ロシア革命、ドイツ革命はもちろんですが、アジアでもインドや、ウィルソンの十四か条やパリ講和会議に刺激された中国・朝鮮など、ほとんどの国・地域でその影響が確認できます。

【解答手順2:ヨーロッパの大衆運動、政治運動について整理】

:設問ではまとめられているのでわかりにくいのですが、ヨーロッパにおける大衆政治運動とアジアにおける大衆政治運動はその背景も意義も異なってくるので、二つに分けてディテールを確認した方が良いと思います。最近の東大の設問では先に大テーマがはっきりと見えるパターンが多いのですが、この1990年の問題ではむしろディテールを整理した上でヨーロッパにおけるテーマとアジアにおけるテーマを見つけた方が分かりやすいのではないかと思います。また、設問もそのあたりを考慮して「具体例を挙げよ」としているのかと思います。そこで、まずはヨーロッパ各国における列挙してみましょう。

 

 ロシア:ロシア革命(1917

 これはもう、鉄板ですね。1917年のロシア革命ではまず二月革命(三月革命)が起こりニコライ2世が退位してロマノフ朝が滅亡し、かわって臨時政府が建ちますが、各地に自然発生的に出現したソヴィエトとの間で二重権力状態が続きます。その後、四月テーゼなどを示してボリシェヴィキをまとめたレーニンによる十月革命(十一月革命)が起こり、最終的にはボリシェヴィキ(ロシア共産党)の一党独裁が成立します。この時に出された「土地に関する布告」と「平和に関する布告」は頻出です。特に「平和に関する布告」はウィルソンの十四か条との関係でも重要ですので、注意が必要です。

 

② ドイツ:ドイツ革命(1918

 ドイツ革命のきっかけは「キール軍港での水兵反乱」ですが、その後の革命の広がりは必ずしも兵士によるものだけではありません。高い失業率に不満を抱えていた労働者たちがこれに呼応して各地にレーテ(評議会:ロシアにおけるソヴィエトと同義)が結成され、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は亡命してヴァイマル共和国が成立します。ただ、大衆による政治運動ということであればドイツについては革命だけではなく、大戦前から続いていた社会主義運動の高まりとその分裂、スパルタクス団[1918.12にドイツ共産党に改称]の蜂起(1919)やこれに対する弾圧、1920年代から高まるファシズム運動とナチス結成やミュンヘン一揆などにも目を向けなくてはなりません。

 

③ イタリア:労働運動に対抗する形でのファシズムの高揚

 イタリアでは、第一次世界大戦後にイタリア社会党(1921にはイタリア共産党分離)による北イタリアストライキ(19191920)が発生しますが、この動きは当時の中産階級や保守層の警戒心を強める結果となりました。こうした中で、復員兵や貴族を中心とし、反社会主義を前面に打ち出したファシスト党(1920年結成)への支持が拡大し、ローマ進軍(1922)とムッソリーニ政権の成立につながっていきます。

 

④ フランス:社会党の分裂と共産党の成立

 フランスでは、第一次世界大戦末期からフランス社会党内で戦争協力について意見が対立し、分裂して左派は共産党を結成します。そのため社会党としての党勢は衰えますが、一方で、周辺諸国並びに国内におけるファシズムの高まりを受けてこれに対する危機感が高まり、1930年代の人民戦線内閣(ブルム)結成へとつながっていきますが、本設問は1920年代までなので、フランスについてはほとんど触れなくても差し支えないかと思います。触れたとしても共産党の結成まででしょう。

 

⑤ イギリス:第4回選挙法改正(1918)と労働党政権の樹立 / アイルランド自治問題

 イギリスの大衆運動は必ずしも同じ方向性を持ったものではありません。一番重要なのは総力戦の影響を受けての女性の社会進出拡大と、女性参政権の成立かと思います。また、参政権の拡大は労働党に有利に働き、1924年には第1次マクドナルド労働党内閣が成立することになります。女性参政権と一次大戦の関係については、東大の2018年問題や一橋の2010年問題(大問2)など、たびたび出題されているテーマでもありますので確認しておきましょう。

一方で、アイルランドの自治の問題については分けて考えるべきでしょう。ですが、時期としては同じ時期、しかも自治や独立を目指す運動なので、重要度が低いわけではなく、むしろ植民地における大衆運動や民族運動と性格的には近いものがあります。1916年に発生したイースター蜂起や、一次大戦後のアイルランド自由国の成立などには言及しても良いかと思います。

  アイルランドでは、その後アイルランド自由国容認派と完全独立派の対立が深まり、完全独立派はアイルランド共和党(党首デ=ヴァレラ)を結成し、党勢を拡大します。最終的には1937年の選挙に勝利してデ=ヴァレラ政権が成立し、完全独立を宣言(エールの成立)しますが、これも1930年代の話になるので、本設問では言及は不要です。

 

さて、ひと通りヨーロッパの情勢についてみてきましたが、これらを眺めてみるといくつかの共通するテーマが浮かび上がってきます。すなわち、

A、「社会主義運動の高揚」

B、「ファシズムの台頭」

C、「一部における女性解放運動や民族運動の高揚」

   cf.) 女性参政権はロシア・ドイツ・イギリス

   cf.2) 民族運動としてはアイルランド問題

などが、この時期のヨーロッパの大衆運動としては重要なテーマであると考えてよいでしょう。

 

【解答手順2:アジアの大衆運動、政治運動について整理】

では、続いてアジアの大衆を中心とした政治運動に目を向けてみましょう。こちらについては、ディテールを確認するまでもなく民族運動・独立運動が重要であるということがわかるかと思いますが、一方でロシア革命にも影響を受けた社会主義の高揚など、ヨーロッパとも共通する要素が浮かび上がってくるかと思います。

 

① 中国

‐五・四運動(1919)→中国国民党の結成(1919、孫文)

  ‐コミンテルンの指導による中国共産党の結成(1921、陳独秀)

  ‐第一次国共合作(192427、連ソ・容共・扶助工農)

  ‐五・三〇運動(1925、上海における反日ストライキに始まる反帝国主義運動)

 

② 韓国:三・一独立運動(1919

 

③ 日本:大正デモクラシー(191226:大正時代)

→護憲運動の高まりや政党政治、選挙権獲得運動、女性解放運動

→一方で社会主義運動の活発化

 

④ ベトナム:ホー=チ=ミンの活動とベトナム青年革命同志会結成

 ベトナムについては、20世紀初頭については東遊(ドンズー)運動を展開したファン=ボイ=チャウや東京(ドンキン)義塾を設立したファン=チュー=チンらの活動が有名ですが、一次大戦をはさんで1910年代から1920年代ということであれば、ホー=チ=ミンで良いかと思います。ホー=チ=ミンの主な活動については以下の通り。
(本設問では1930年以降は不要)

IMG_0842 - コピー

 

⑤ インドネシア

インドネシアについては以下の3つをおさえればOK。女性解放にからめて女性教育の先駆者カルティニを書きたくなるところですが、カルティニは(1879-1904)没なので不可です。

 

・サレカット=イスラーム(1911) ジャワの商人が中心、華僑に対抗

・インドネシア共産党(1920):弾圧で壊滅

・インドネシア国民党(1927):スカルノによる

 

流れとしては、華僑に対抗する中でジャワ島の民族団体サレカット=イスラームが結成されますが、これは「ジャワ」というくくり(民族主義)にとらわれすぎたために、蘭領東インド全体に拡大することができず衰えていきます。こうした中で、アジア全般で高まっていた社会主義の高揚を受けて共産党が結成されますが、これはオランダ当局による徹底弾圧により壊滅します。その結果、スカルノが創設したインドネシア共産党が民族運動の受け皿となって支持を拡大していきます。

 

⑥ インド

 インドは中国と同様に非常に重要です。かなり入り組んでいるので注意が必要です。特に、戦中から自治の約束があったことに対する反応と、ヒンドゥーとムスリムの対立についてはできれば描写したいところ。

‐インド担当相モンタギューによる大戦後のインド自治の約束(1917

‐ローラット法(1919)とアムリットサル事件

   ‐ガンディーによるサティヤー=グラハ(1919-1922

    →ハルタル(同盟休業、商人や労働者など)

   ‐ヒラーファト運動(1920-、イスラーム教徒によるカリフ擁護運動)

    →一時的にヒンドゥーとムスリムの連携(1924カリフ制の廃止後はまた対立へ)

   ‐全インド労働組合会議(1920、ボンベイ)などによる社会主義運動の開始

    →インド共産党(1925)結成

 

⑦ イラン:英がイランの保護国化を計画(1919、イギリス=イラン協定)

      →民衆の反英、革命運動高揚

      →レザー=ハーンのクーデタ(1921)とパフレヴィ―朝(1926)創始

  

イランについては、対ソ干渉戦争の前線となったことで、半ば無政府状態になり軍事勢力が台頭する素地が作られました。

 

⑧ トルコ

トルコについては、何といってもセーヴル条約に反対するアンカラの国民議会とこれを率いるムスタファ=ケマルによるトルコ共和国建国までの一連の流れが重要です。

‐トルコ大国民議会招集(1920、アンカラ)→ギリシア軍撃退

‐スルタン制廃止(1922

‐ローザンヌ条約の締結とトルコ共和国建国(1923

 

アジアについてひと通り示してきましたが、これらを眺めると以下の3つが大きなテーマとして見えてくるかと思います。

A、「民族自決」の理念に刺激された民族運動、独立運動高揚

B、ロシア革命の影響やコミンテルンの指導による社会主義・共産主義の高まり

C、イスラームなどの宗教の民族運動への影響

 

【解答例】

 ヨーロッパでは、国内経済の疲弊した国で革命が起き、露では二月革命でロマノフ朝が滅亡し、十月革命でレーニンのボリシェヴィキが一党独裁を確立した。独でも革命に際し社会主義の高揚が見られたが、ヴァイマル共和国政府はスパルタクス団の蜂起鎮圧で弾圧した。社会主義に危機感を抱いた各国の中間層や資本家はファシズムを支持し、ナチスやファシスト党が党勢を拡大した。総力戦で女性の社会進出が進むと英の第4回選挙法改正をはじめ、独ソなど女性参政権を認める国も増加した。一方、アイルランドではイースター蜂起が発生し、アイルランド自由国成立後も国内対立が続いた。アジアでは、ウィルソンの十四か条の平和原則に刺激を受け、朝鮮で三・一運動、中国で五・四運動など民族自決を求める反帝国主義運動が発生した。また、ロシア革命の影響やコミンテルンの指導で、中国の陳独秀、ベトナムのホー=チ=ミンなどが指導する共産党が各地で結成されたが強い弾圧を受けたため、地域によってはインドネシアのスカルノ率いるインドネシア国民党など民族主義団体が強い指導力を発揮した。インドではローラット法制定とアムリットサル事件を契機にガンディーが非暴力・不服従運動を進めたが、ヒンドゥー中心の国民会議派とムスリムの対立は根強く残った。敗戦国トルコではセーヴル条約への反感からムスタファ=ケマル率いるアンカラ国民議会がスルタン制を廃止し、トルコ共和国を建国した。(600字)

 

ひと通り、解説に沿ってまとめるとこんな感じかと思います。情報量としてはやや少ない気もしますが、無理にいろいろなことを詰め込むと本当にただの箇条書きや事実の羅列になってしまいます。本来であれば、出題の側でもう少しどのような流れで書くかを示したり、指定語句を示すなどして、書くべき情報量を絞ってあげるべき設問かともいますが、1990年当時はもしかすると受験生の側が十分に論述に対応できるスキルを持ち合わせておらず、書いてきたものはとりあえず拾ってあげるというスタンスの設問だったのかもしれません。

 

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【難関大】

・五代十国で最頻出は後晋の石敬瑭と燕雲十六州

:五代十国はたいして出題されない(失礼)にもかかわらず、なんだかやたら細かくて嫌なのよねぇ…と思うかもしれませんが、五代十国がらみで出題されるとすれば、内容はほぼ決まってきます。多分、出題される頻度順で以下のようになります。根拠はありませんw 長年の経験というか、刑事のカンです。

 

① 後晋の石敬瑭と、建国の見返りとしての契丹族(後の遼)に対しての燕雲十六州譲渡

② 後梁の建国者朱全忠(唐を滅亡させた)

③ 節度使(または藩鎮)

④ 後唐の都洛陽以外は、全部都は開封(汴京・汴州)

 

上記のうち、圧倒的に①と②の出題頻度が高いです。

他のものは、節度使なんかは五代十国に限らず唐・宋を勉強していれば自然に身につきます。④なんかはほとんど出題されません。その他にも三武一宗の法難の一つ、後周の世宗による廃仏がありますが、コスパを考えるとぶっちゃけどうでもいいですw

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