東大世界史大論述出題傾向データ分析に続いて、東大の大論述の設問内容を中心に検討してみましょう。前回の分析ではご紹介しなかった採点・配点、解答作成上の注意点などについても少し話していきたいと思います。まず、下の表が過去27年分の東大第1問(大論述)の設問内容です。

東大設問内容


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これらをふまえた上で、東大世界史大問1(大論述)で頻出の大テーマは何か、またどのような視点をもって出題がされているのかを解説していくことにしたいと思います。

 

[大論述の頻出テーマ]

(政治史)

 ・帝国 ①帝国主義

     ②「帝国」の興亡、構造

 

   東大世界史の政治史で頻出のテーマであるのがこの「帝国」に関する設問です。これは、従来の一国史的な歴史の見方からの脱却を目指した歴史家の一部がそのヒントを「帝国」という複数のより小さな国々や地域を含めた広大な領域を統治する政治的主体に求め、「帝国史」が大きな注目を集めたことを背景としています。ここでいう帝国は単に「皇帝が統治する国」を指すのではなく、上述のように内部に多くの政治的主体を抱えた広域を統治する国もしくはそのための機構を指します。そのため、単純に「帝国」といったとしてもその内容は様々で、オスマン帝国やロシア帝国のような字義通りの帝国もあれば、いわゆる大英帝国のような植民地帝国もあり、さらにはアメリカの覇権主義やその影響力を指して「帝国」とすることもあります。

   それでは、東大の設問において帝国がどのような視点から出題されるかと言えば、大きく分けて二つです。一つは、1920世紀の欧米列強の帝国主義に関係する設問で、民族運動や独立運動などとも深くかかわる問題です。例えば、2008年東大世界史大問1の「パクス=ブリタニカに関わる設問」はその典型ですし、2012年東大世界史大問1「植民地独立の過程」なども、帝国主義諸国が衰退する時期の一側面を示すものです。もう一つは、広範囲を統治する「帝国」という統治機構がどのように形成され、機能し、最終的に消滅するかを概観するという設問です。これには1997年東大世界史大問1のロシア帝国・オスマン帝国・清帝国・オーストリア=ハンガリー帝国・ドイツ帝国という「旧来の帝国」解体の経過などを書かせた設問が当てはまるでしょう。いずれにせよ「帝国」というのは東大の世界史を解くにあたり一つのキーワードになるので、単に「帝国」という言葉がつく国々だけではなく、広域にわたって統治力を行使する政治的主体や、その影響には普段から注意を払っておくべきでしょう。

 

 ・国際関係や地域統治の原則と、これらの変化

 

   東大世界史では近現代史が中心であることはすでに東大出題傾向分析のデータ編で述べました。そのため、東大ではこうした国際関係や国家間に成立するある種の原則、体制が出題されることが多くあります。これは、同じく近年の歴史家たちの関心が近代以降世界を形作ってきた「主権国家」や「国民国家」とは何かという問題と、「国家」という枠組みをこえた存在にはどのようなものがありうるかといったことに向けられていたからです。これは、冷戦の終結とその後のグローバリゼーションの進行という現代の状況とも密接に関連しています。「国民国家」を超克した超国家的な組織や、国境にこだわらない経済的、文化的な広がりを目の当たりにして、歴史家たちは新たな時代の在り方を模索すると同時に、これまでの世界を規定してきた「国家」を単位とする支配体制、国際関係とはどのようなものであったかについて考察するようになりました。たとえば、どのようなものがこうした問題関心に当てはまるかと言えば、「主権国家体制」、「国民国家」、「ナショナリズム」、「時代ごとの国際関係における原則(ウィーン体制、ヴェルサイユ体制etc.)」などがあげられます。もっとも、近年の東大では主権国家や国民国家、またこうした「国家」間の関係について出題する際にも、その周辺の広範な世界に与えた影響を考えさせる設問を出題しており、単なる一国史的な、または二国間関係のみに限定されるような、出題はしていないことに注意が必要でしょう。

 

 ・政治権力と宗教、思想との関係

   

政治史、といっても東大の場合、単に政治的な問題として終わらせることはしません。ある政治体制や政治状況が生起する際に、宗教や思想がどのように関連していたのかを問うてくることも多いです。2009年の西欧・東西アジアにおける宗教との関わり合いを問う設問はこれに当てはまりますし、民族意識などをめぐる問題もこれに含まれるでしょう。2003年東大世界史大問1の運輸・通信手段の発達と植民地化の促進、民族意識の高揚をテーマとした設問はこうした問題関心に照らして意欲的な問題であったと言えるでしょう。

 

(経済史)

 ・広域な経済システム、諸地域の経済的交流

  (近代世界システム、13世紀世界システム、銀の大循環etc.

   

政治史ともつながる内容ではありますが、東大は明らかにある特定の国、特定の地域という枠をこえた広範な領域内に存在する複数の主体がどのようにかかわり、相互に影響していたのかということに重大な関心を払っています。というより、そうした関心に基づいた「新たな歴史」を描こうと意識しています。近代世界システムをはじめとする諸テーマについてはすでに別稿で述べましたが、こうしたものにとどまらず、様々な問題について広域における経済的な交流とダイナミズムが問われることになるのは間違いないでしょう。

 

 ・経済を形作る基本的な要素の仕組みと変遷

 

   東大の経済史の特徴としていえることは、単なる個別の経済的事象の詳細説明で終わらせるのではなく、ある経済的な事象がどのような背景のもとに生起し、形成され、変化し、各方面に影響を与えていくのかということを問うということです。こうした「経済の基本要素」としてはたとえば「農業」、「商工業」、「土地制度」、「税制」、「人口」、「労働(力)」、「交通・通信」、「流通」などがあげられ、これらのうちいくつかは大問1のみならず大問2以降の小論述や小問などでも頻出のものです。

   

こうした分野の問題として個人的に気になっていることとしては「金融」があげられます。「アベノミクス」という言葉がメディア上を闊歩するようになって久しいですが、2013年に日銀の黒田東彦総裁が行った異次元緩和以降、金融を巡る問題は日本経済において大きな課題として取り上げられています。もっとも、金融を巡る問題が世界経済に大きな影響を与え始めたのは何も最近のことではありません。日本においてはバブル経済の崩壊などでクローズアップされたし、アメリカでも最近であればリーマン・ショック、昔であれば世界恐慌など、枚挙にいとまがありません。ただ、近年は金融の世界でもグローバル化が進み、一国の金融・通貨・債務をめぐる問題が世界全体の問題として拡大しやすくなっている現状があります。また、個人のレベルでも年金をめぐる問題などが顕在化する中で、自分の財産管理と人生設計をどのように行うかなど、金融リテラシーがこれまで以上に身近なもの、必要なものとなってきています。

こうした中で、歴史学においてもたとえば『金融の世界史』(国際銀行史研究会編、悠書館、2012年)なる本が出版されるなど、金融をテーマとした歴史研究がますます進んできています。金融をめぐる問題ではすでに2004年東大世界史大問1で「銀の大循環」が出題されていますが、それ以外にもたとえば「紙幣の発明」、「イングランド銀行」、「財政軍事国家(これについては別稿をたてて解説する予定)」、「チューリップ恐慌」、「南海泡沫事件(サウスシーバブル)」、「世界恐慌」、「金融覇権の変遷」、「ブレトンウッズ体制」、「プラザ合意」、「アジア通貨危機」など、テーマとしてたてた時に面白そうなトピックはたくさんあります。それでもこうした問題(金融史)の専門家がいなければあまり出題されることはないのでしょうが、つい最近東大には金融史についても研究されてきた(南海泡沫事件などを研究テーマとされていました)である山本浩司先生が経済学部(大学院経済研究科)に着任されたようです。そんなこともあり、昨年から夏の講習では「通貨・金融史」を開講したのですが、受験本番よりもむしろ模試の方で役に立ったようです。やはり、大学としては高校生の金融リテラシーを考えた時にこうした設問を出題することにはまだ二の足を踏むのでしょうか(個人的な感触ではありますが、高校生は金融・保険といったものに対する実感が乏しい人が多く、意外に経済史は苦手という人が多いように思います。実際にお金を扱うことが少ないので無理もないことなのですが、日本の教育は経済学の上っ面だけを教えるのではなく、もっとこうした金融に対する理解を深めさせた方がよいと思います)。

 

 ・移民

   

同じく、歴史学の分野でも関心の高いものに移民史があります。これもつい最近、シリアからの難民のヨーロッパ地域への流入といった問題があり、クローズアップされやすいテーマではあると思います。移民・ディアスポラといった問題は高校世界史上でオーソドックスな移民史でなくとも、出題可能なものは数多く存在します。また、単なる移民という現象そのものではなく、移民がもたらした周辺地域への影響といったことも含めればその内容はかなり広いものになるでしょう。奴隷なども、大量の人口の移動という観点からみればこうした移民史の中に含むことも可能です。東大世界史では、2013年大問1の「17-19世紀末までの開発、人の移動とこれらにともなう軋轢」などが代表的なものでしょう。

 

(その他)

 ・宗教、民族意識、政治経済思想

 

   すでに上述した政治史や経済史の中に含まれることではありますが、民族問題や政治・経済思想など、現実の運動の背景にある人々の考え方や精神のありようが前面に押し出されることもあります。たとえば、2000年に出題された啓蒙思想家たちの中国観などはその一例でしょう。また、ある世界において宗教が果たした役割(または逆にある世界における宗教の扱い)などは頻出事項です。これについても近年、深沢克己先生(東京大学名誉教授)や高山博先生(東京大学教授)らのグループが「宗教的な寛容と不寛容の生成・展開に関する比較史研究」を進めています。(深沢克己、高山博編『信仰と他者:寛容と不寛容のヨーロッパ宗教社会史』東京大学出版会、1993年など)このグループの中には、先年東京大学を退官した近代イギリス史の泰斗、近藤和彦先史の後任として着任した勝田俊介先生(専門はアイルランド史)や、プロテスタント・ネットワーク論を専門とする西川杉子先生などもおり、同時多発テロ以降、宗教的な原理主義がテロリズムと結びついた国際政治の混乱がメディアを賑わせている昨今の状況(フランスの風刺雑誌シャルリ・エブドなどは記憶に新しい)を鑑みれば、ある一定の地域内における宗教的な共存と対立、寛容と不寛容とその影響が今後も一つのテーマとして浮上することは十分にありえます。これまでにも、2009年東大世界史大問1の「西欧・東西アジアにおける政治権力と宗教」などで出題されており、単に宗教という枠組みにとどまらず、これが政治、経済、文化の変容や国際関係と結びついた形で出題される可能性は小さくないと思います。

 

 ・特定地域の通史 / 異文化交流史

 

   時折出題されるのがこの特定地域の通史です。2001年東大世界史大問1「エジプト5000年の歴史的展開」や1999年東大世界史大問1「紀元前3世紀~紀元15世紀にいたるイベリア半島史」、2010年東大世界史大問1「中世末から現代にいたるまでのオランダ史」などがそれですが、こうした設問が単なる特定地域に限定された通史として描かれているのではなく、周辺諸地域との相互交流や世界史の中における歴史的意義を問うような形で出題されていることには十分注意を払うべきです。そうした意味で、これらの通史は、同じく東大で頻出の異文化交流史を、視点をかえた形で出題しているものととらえることもできます。つまり、ヨコの広がりを強く意識した異文化交流史に対して、タテのつながりを強く意識した視点で世界史をとらえようというものです。異文化交流史については、2015年東大世界史大問113-14世紀ユーラシアとその周辺地域における交流の諸相」、1995年東大世界史大問1「地中海とその周辺地域に生じた文明とそれらの交流と対立」など、これも例を挙げればきりがありません。要は、東大の問題関心はおおむね一定で、ある歴史的事象は世界史の中でどのような意義をもち、それはその(時代的、地理的な)周辺にどのような影響を与えているのかというダイナミズムを問うことにある、ということです。

 

[東大大論述の<大テーマ>]

 

 これまでは大論述の頻出テーマについて紹介してきました。それでは、これらのテーマの根底にある「大テーマ」、すなわち東大世界史の問題関心はいったいどのようなことにあるのかということについて解説し、解答作成の上でどのような点に注意すべきかを紹介していきたいと思います。まず、東大世界史の大テーマとして意識されていることは次の3点ほどにまとめることができます。

 

1、        脱国境

 

 すでに上記の頻出テーマの部分でも繰り返してきましたが、東大は一国史視点からはとうに脱却し、国境を排したより広域の歴史を描こうとしています。注意しておきたいのは、国境を超えたからといってそれが無条件に「世界全体」のように無意味に拡大はしていかないということです。あるテーマ、たとえば交易とか、文化的交流とか、新たな政治権力の勃興とかを描こうとした場合、問題とすべき地域はその時代や状況によって異なります。オランダについて語る場合であれば、ある場合には北海・バルト海沿岸を想定しなくてはならないかもしれないし、別の時にはアジア圏を想定しなければならないかもしれません。また、場合によってはハプスブルク領という範囲を想定しなくてはならないかもしれません。つまり、分析すべき歴史的対象が何かによって、想定すべき地理的範囲は変化します。このあたりの歴史像については羽田正東京大学副学長をはじめとする諸教員がすでに出版している著作の中で言及しているので、おいおい紹介しますが、東大の世界史は一国史的視点にたっていてはこうした歴史分析が十分にできないということを熟知しているから脱国境の歴史を描こうとしているのであり、それは世界史を無闇にグローバルな単位に変換することとは根本的に異なるのだということには注意しておきたいと思います。

 

2、「世界史の中」における意義

 

 東大世界史ではつねにこのフレーズがついてまわります。つまり、ある特定の事象を周辺の時代や地域と関連付けて世界史という大きな枠組みの中での意義を明らかにしなさいということです。だとすれば、ある歴史的事象についての単なる経過説明や特徴の説明は(基本的には)求められていません。(もちろん、設問にそういう指示がある場合には別です)問題とされているのは、ある歴史が展開していくことでどのような意味を生じたか、あるものの特徴があるときにそうした特徴が生じた背景とその影響は何かなど、常に時間軸・空間軸双方における「つながり」が意識されているということです。

 

3、        ダイナミズム

 

意外に触れられないのがこのダイナミズムです。つまり、静的な歴史でなく、動的な歴史像が東大では意識されています。ある文明同士の交流といった場合にも、単純な二文化間交流ではなく、その他の他者は存在しないのか。時代によって交流の主体は変化しないのか。ある文明の内部は一枚岩ではなくて実は内部に複層構造を持っていないのか。そうした構造は交流中の異文化との間でどのような関係を持ち、変化を引き起こすのか、などです。つまり、東大はある時代で止まっている、またはある地域で固まっている、いわゆる「死んだ」歴史像を構築しようとは思っていません。時代ごと、地域ごとの関係の中で常に変化し、他者に影響を及ぼす「生きた」歴史像を構築しようとしています。

 

[東大大論述解答作成の際の注意点]

 以上のことを踏まえると、東大で解答を作成する際にどのような点に注意しなくてはならないのかが見えてきます。以下の点については常に意識しておくとよいでしょう。

 

1、設問の要求、条件、注意点をよく読もう!

 

本HPのあちこちで繰り返し述べていますが、論述とは出題者とのコミュニケーションです。だとすれば、出題者が何を意図しているかをあらかじめ感得しているのと、全く察知していないのとではこの差は大きいです。設問にとりかかる前に、その設問が「どの時期を想定しているのか」、「どの地域を想定しているのか」、「何を問題としているのか」、「何を要求しているのか」、「何を条件としているのか」などには特に注意を払いましょう。単なる経過説明と、「変化」の説明では説明の仕方がそもそも異なります。また、意外に注意が払われていない箇所でもありますが、「説明せよ」と「論ぜよ」では要求されているものが全く異なります(と、私は考えます)。「説明せよ」というのであればある程度まで事項説明を行えば要求を満たすことになります(もちろん、他の条件次第では単に羅列型の解答を作ったところで意味はない)が、「論ぜよ」と言われれば、出題者の意図・大テーマを把握した上で、回答者の側がどのように考えるかが伝わるように論を配置せよ、と言われているわけです。これは何も「私は~と考える」といったような意見表明をしろと言っているのではありません。そうではなくて、歴史的事象の説明の配置の仕方、それぞれの結び付け方などを通して、自分なりに設問で出題された歴史的事象に対しどのような歴史観(大テーマ)を持っているのかが伝わるようにしろ、と要求しているのです。これは非常に高度な要求なのですが、東大の設問は一般に近年採点がやや甘くなっているようなので、さすがに高校生が出題者の意図を完璧にくんでそれをこなすことを期待はしていないでしょうし、仮にできなかったとしても他の受験生と比べて大きく出遅れるということもないでしょう。ですが、レベルの高い解答作成を目指すのであれば、こうした点についても考えておいたほうがいいでしょう。

 

2、「大テーマ」を常に意識しよう!

 

 東大の過去問を解くときに限らず、歴史の勉強をする際にはそれぞれの事柄同士のつながりや、ダイナミズムといったものを常に意識し、アンテナを張っておきましょう。そうすることで、教科書や参考書、模試の解答解説を読んでもこれまでは気づかなかった視点などに気付けるはずです。

 

3、「時系列」や「因果関係」などを疎かにしない

 

 東大は解答にこれまで紹介したようなつながり、関連性を求めています。だとすれば、そのつながりや関係がはっきりわかるようにしなくてはならないため、特に「因果関係」などを示す必要があるときには、はっきりと示すようにするべきです。原因→展開(経過)→結果(影響)ということが常に示せるようにある事柄を新しく勉強した時には、その前後の関係をできる限り確認しましょう。たとえば、「ユグノー」という言葉を一つ取ったとしても、「なぜユグノーはフランスに現われたのか」、「ユグノーをめぐる歴史はどのように進むのか」、「ユグノーはどうなったのか」という一連のことが言えてはじめて、最低限のユグノーを語ることができます。ただ、ここで時系列はどの程度必要かという問題は残ります。比較的長期の歴史であれば大きな前後関係や因果関係がくみとれればよいし、変化が「いつ」起こったということがはっきりしないことも多いので多少の時系列のずれはおそらく許容されるでしょう。しかし、2016年の問題のように比較的短いスパンを問題とする設問の場合には、時系列のずれがそのまま因果関係のずれにつながりかねないため、十分な注意が必要となります。もし、個々の事象の時系列が不確かなときには(2016年問題で言えば「グレナダ」など)、できる限り本論の因果関係やつながりと切り離した形でぼかしておくか、書かないくらいの方が無難です。

 

4、単純な箇条書き、出来事の羅列だけは避けるべし

 

歴史的知識をただひたすらに書き連ねる箇条書き、羅列式の解答だけは避けるべきです。はっきり言って、この手の解答は評価されないどころかむしろ嫌われかねません。なぜなら、向こうは歴史の「プロ」です。高校の受験生がどんなに「ほら、こんなにたくさん知っている」と歴史的知識を披露したところで所詮受験生レベルにしか過ぎません。かの人々は英語のみならずフランス語やスペイン語下手をするとアラビア語や中国語を流暢に操り、世界各地の文書館をめぐり、活字ではなく手書きの、それも殴り書きになっているめちゃくちゃ汚い日記や手紙をコツコツコツコツ読み解いて一から歴史像を作り出す、ある意味「ピー」です。ジェームズ2世どころか、ジェームズ2世に仕えていたハミルトン公という貴族の下で働いていた文筆家のさらに知り合いの「聖職者のジェームズ」の日々の出費まで知っているかもしれないというのが彼らです。彼らにしてみれば、自分たちが知っている歴史的知識がひたすら書き連ねられただけの答案を何百、何千と読まされるというのは、はっきり言って拷問に近いと思います。歴史的知識を問うのであれば、何も論述にはせず、小問にして語句のみを問えばよいわけです。ですから、どんな場合でも設問の要求をよく読み取って自分なりのつながり、視点、テーマを盛り込んだ解答を用意するという努力を忘れないでいてください。

 

5、        満点解答は必要なし!合格解答を目指せ!

 

 ここまで読んでくると「こんなに高度なことを要求されているなんてもうダメだ…」と思うかもしれませんが、そんなことは絶対にない!試験とは相対的なもので、要は周りの受験生よりも一歩先へ行けばよいわけです。東大という最難関の試験であれば、当然そのために取らなくてはいけない点数もそう多くはありません。多くの受験生は同じような得点で固まっています。具体的な数字を言えば、他の科目によっては半分でもどうにか通過はできるし、6割ならまずまず、3分の2が確保できればまず安全圏だろう。(実際のところ、合格者の多くは世界史で40点前後にかたまります)実際、世界史で半分を割っても合格できた人はかなりの数いますし、3分の2が確保できた人の多くは合格できています。だとすれば、受験生が意識すべきはまず基本的な歴史事項をしっかりとおさえて最低限他の受験生に大きな差がつかない「大論述で半分」の得点を確保すること。そしてそこから出題者の要求を満たすべく大テーマやつながりを盛り込んで他の受験生と明確な差をつけることである。これがきちんと守れれば東大の世界史といえども高得点をマークすることはそう難しくありません。

 

6、第2問、第3問は「最低8割」を目指そう!

 

東大の配点については予備校や参考書によってまちまちなので何とも言えませんが、個人的には論述の配点は他の問題と比べてやや高めに設定されていると考えています(おそらく第1問が30点ではないでしょうか。ただ、年によって違う可能性はあります)ので、第1問で3分の220点)が取れれば、他の小論述や小問で落とさなければ十分に点数は取れるはずです。そのためにも、2問の小論述がきちんととれるだけの基礎力は身につけておいてください。大論述の対策ばかりうって、こちらで落としてしまっては何にもなりません。過去問をしっかかり解いて、第2問、第3問で「できれば満点(30点と想定)」、「最低でも24点」を取る力を身につけておくことが大切だ。考えてみてください。小論述や小問で8割がキープできないのに、どうして大論述を含めた全体で65分を取ることができるでしょうか。第2問と第3問で25点前後がキープできるのであれば、たとえ大論述で半分(15点)しか取れなかったとしても全体では40 / 60点が取れる。ですが、第2問と第3問でもし15点しか取れなかったとしたら、大論述でかなり良い点だったとしても40 / 60点をキープするのは難しくなります。これは、東京外語大や早稲田大など小問が多くを占める国公立や私大でも同じなのですが、小問が多く出題される大学でこうした問題の取りこぼしは致命傷になりかねません。「東大は論述だから私大向けの勉強はしなくてもいいや」などとは考えずに、最低限マーチクラスの大学の問題であれば8割~9割は取れる程度の基礎勉強は怠らないようにしてください。そういう意味で、私大過去問を解くことは良い練習になります。早慶の問題については時間の許す限り解いてみても良いと思います。

 

 

以上で東大の設問内容と解答作成上の注意については終わりです。ところどころに多少厳しい表現が使われていますが、それも全て言葉を飾らずに現実をお知らせすることで受験生の皆さんの「実用に耐える」判断材料になればという思いからで、決して上から目線で書いているとかいうことではありません。このページの長い文章を読んでくださった皆さんの助けに少しでもなればいい、そして今後の皆さんの学習が大きな実りにつながることを祈っています。頑張ってください!