よく教え子と話をしていると、「自分で勉強を進めようと思っているんだけれども、何を用意すればわからない」とか、「問題集はどういうものを使ったらいいですか?」とか、「論述対策には何を使ったらいいですか?」という声を聞くことがある。こういう時の私自身の答えは、本当は「自分で本屋に行って自分に適していると思えるものを選びなさい」というものだ。例えば、書評では「これはいい!」という風にされている本でも、その子自身にとってはまだ難解すぎてわからないといったことはあるものだし、逆に「こんなテキトーなことを書いている本はダメだ!」とされているものであっても、入門書やとりあえず話の流れだけでも理解しておきたいという人にとっては案外役に立ったりということがあるからだ。

 そこで、こちら「HAND’s BOOK(参考書・問題集)」では、実際にHANDが高校受験から教壇で用いるものまで、これまでに使用してきた問題集・参考書の特徴や、長所・短所を紹介していきたいと思う。

 

改定版『詳説世界史研究』

(木下康彦・木村靖二・吉田寅編、山川出版社、2016年)
 
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(★:5、難易度:5、◎がそれぞれの最高評価です)

 

 まずご紹介するのがこちら『詳説世界史研究』だ。東大をはじめとする難関国公立や早慶あたりを受験する高3生であれば持っている人の方が多いと思う。正直、これらの大学を受験するのであれば必携の書だ。私がこの本を手に取ったのは高校1年か高校2年の初め頃だったと思うが、当時は価格ももう少し高くて「うわっ!高っ!」と本屋でうなったものだが、立ち読みしているうちに「むむ…むむむ…プリントや教科書に書いてないけどそうか、これはこういうことだったのか…!」ということがわかるにつれ、なけなしの一万円を握りしめて買った記憶がある。だが、買っただけの甲斐は間違いなくあった。それ以降、この『詳説世界史』は自分が世界史の基本を確認する際に常に側にあったまさに「座右の書」だ。もう何冊買ったかわからないw(最初に買ったものを確かめてみたら1995年発行とある。その後、何度か買い直したがとりあえず手元にあるだけで版の異なるものが4冊ほどある。)それでは、この参考書の特徴を示しておこう。

 

[長所]

・情報量が多い。(2016年発行版で598P!)

・歴史的な事実だけでなく、その背景や影響などタテ・ヨコのつながりに強い

・歴史学でも最先端の知見が盛り込まれていることが多い

・コラム欄が充実している

・長年版を重ねているので教科書なみに誤りが少ない

 

[短所]

・情報量が多い分、情報を絞って勉強したい人間にはかえって負担となる

・地図、図表は良質なものが多いが数が少ない

・一般的な教科書と比べればマシだが、思想史の説明が弱い

:全体的な流れは把握できるが、異なる文化的流れ同士のつながりや、個々の思想家の思想のディテールが見えない

 

こんなところだろうか。まず、長所の第一に挙げた「情報量が多い」だが、ためしに本HPの「東大への世界史①」であつかったイタリア戦争について、東京書籍の『世界史B』とこの『詳説世界史』の記述を比較してみると以下のようになる。

 
詳説世界史1
  

これは表面的な違いだが、さらに詳説世界史のみに記述のあることを列挙してみよう。

 

・シャルル8

・ナポリ王位継承権の要求(戦争原因)

・ルイ12

・フランスのミラノ公国占領

・カルロス1世がイタリアに侵入した年(1521

・神聖ローマによるローマ略奪(1527)についての顛末

 (「サッコ=ディ=ローマ」と呼ばれる事件であるが、詳説世界史でも用語としては出てこない。)

・クレピーの和約(1544

・フランソワ1世の死(1547)とアンリ2

 

これだけの情報が『詳説世界史』の方にしか出てこないのである。いかに情報量に違いがあるかがお分かりになるだろうか。ただし、これは東書の『世界史B』が質的に劣っていて、『詳説世界史』の方が優れているということではない。東書の『世界史B』も執筆陣を見れば歴史学の世界ではメジャーリーグを通り越して殿堂入りを果たしておられるような先生方ばかりだし、各コラムをはじめ説明の仕方も最新の歴史学の成果が盛り込まれている。ただ単に、高校の集団授業で用いる際に必要な情報量をきちんと備えているのが東書の『世界史B』であり、個人で細かな情報を確認することを目的として作られているのが『詳説世界史』であるという、用途の違いからきているものだ。だから、私は高校の授業で『詳説世界史』を用いることは推奨しない。『詳説世界史』では情報量が多すぎて高校の世界史の授業では全てをカバーすることが難しいし、内容についていけない子が出てきた場合に自学自習させるテキストとしても不適切であると思うからだ。

 だが、実際には早稲田や慶応でも教科書レベルの知識では追いつけない内容を聞いてくる。たとえば、早稲田大学2015年度大問2設問4を見てみると以下のようなものである。

 

 下線部④に関し、カルタゴの滅亡を目撃した歴史家を以下のア~エから一つ選びなさい。(下線部④は「三回にわたるポエニ戦争によりカルタゴを滅ぼしたローマ」である)

 ア ポリビオス

 イ リウィウス

 ウ タキトゥス

 エ プリニウス

 

 ちなみに、正解はアのポリビオスなのだが、この設問は教科書の情報からだけではどうやっても解くことが困難である。ポリビオスの生没年が一応は小さくあるが、文化人の生没年を逐一正確に把握する受験生はいたとしても稀だろう。また、他の文化人も一応ラテン文学の全盛期の時期の人物たちとしてひとくくりにはしてあるが、おそらくこれを読んだとしても情報量が少なすぎていつ頃の時期なのかをきちんと把握するのは困難である。対して、『詳説世界史』の記述からはリウィウスとタキトゥスについては「アウグストゥス時代になって」であるとか「帝政期に」といった形で繰り返しかれらが前期帝政時代の人間であるということが示されるし、プリニウスについてはページ下の注釈に「79年にウェスウィウス山が噴火したとき被災者の救出に赴き、みずからは調査を続けてついに犠牲となった」とあるので、前期帝政期であることは確認できるから、解けるかどうかはともかくとして、事実として確認をすることはできる(ちなみに、赤本には本設問は「難問」として解説してある。無理もない)。つまり、『詳説世界史』は早慶レベルの過去問演習の後の答え合わせの際に参照するには、教科書よりも優れていることが多い。対して、マーチクラスやセンターレベルの過去問を解き進める上では、『詳説世界史』の情報量の多さはかえって邪魔になるかもしれない。以上をまとめると、以下のようになる。

 

[向いている人]

・東大をはじめとする難関国立大、早慶などの世界史で高得点を取りたい人。

・教科書に書いていないことが気になる人や教科書・プリントの矛盾点などを見つけると気になって仕方がない人。

・単に歴史用語を覚えるだけではなく、その原因や背景といったことまで細かく理解したい人。

・世界史の基礎知識はすでにある程度入っている人。

・模試の世界史ではコンスタントに偏差65程度はこえてくるという人。

 

[オススメしない人]

・まだ世界史の基礎が全く身についていない人。

・取り急ぎ、主要な歴史用語や流れだけを確認したい人。

・東大、早慶といった難関校の世界史を解く必要がない人。

・センターレベルの世界史ができれば十分という人。

・論述は必要だが、正直そこまで細かい知識は必要ないという人。

・あまり細かい字がたくさん並んでいると吐き気をもよおす人。

・模試の世界史では偏差50くらいが限度という人。