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カテゴリ:東京大学対策 > 東京大学「世界史」大論述出題傾向

 東大世界史大論述出題傾向データ分析に続いて、東大の大論述の設問内容を中心に検討してみよう。前回の分析では紹介しなかった採点・配点、解答作成上の注意点などについても少し話していきたい。まず、下の表が過去27年分の東大第1問(大論述)の設問内容である。
 

 東大設問内容(2016-1990)

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これらをふまえた上で、東大世界史大問1(大論述)で頻出の大テーマは何か、またどのような視点をもって出題がされているのかを解説していくことにしたい。

 

[大論述の頻出テーマ]

(政治史)

 ・帝国 ①帝国主義

     ②「帝国」の興亡、構造

 

   東大世界史の政治史で頻出のテーマであるのがこの「帝国」に関する設問だ。これは、従来の一国史的な歴史の見方からの脱却を目指した歴史家の一部がそのヒントを「帝国」という複数のより小さな国々や地域を含めた広大な領域を統治する政治的主体に求め、「帝国史」が大きな注目を集めたことを背景としている。ここでいう帝国は単に「皇帝が統治する国」を指すのではなく、上述のように内部に多くの政治的主体を抱えた広域を統治する国もしくはそのための機構を指す。そのため、単純に「帝国」といったとしてもその内容は様々で、オスマン帝国やロシア帝国のような字義通りの帝国もあれば、いわゆる大英帝国のような植民地帝国もあり、さらにはアメリカの覇権主義やその影響力を指して「帝国」とすることもある。

   それでは、東大の設問において帝国がどのような視点から出題されるかと言えば、大きく分けて二つである。一つは、1920世紀の欧米列強の帝国主義に関係する設問で、民族運動や独立運動などとも深くかかわる問題である。例えば、2008年東大世界史大問1の「パクス=ブリタニカに関わる設問」はその典型であるし、2012年東大世界史大問1「植民地独立の過程」なども、帝国主義諸国が衰退する時期の一側面を示すものである。もう一つは、広範囲を統治する「帝国」という統治機構がどのように形成され、機能し、最終的に消滅するかを概観するという設問である。これには1997年東大世界史大問1のロシア帝国・オスマン帝国・清帝国・オーストリア=ハンガリー帝国・ドイツ帝国という「旧来の帝国」解体の経過などを書かせた設問が当てはまるだろう。いずれにせよ「帝国」というのは東大の世界史を解くにあたり一つのキーワードになるので、単に「帝国」という言葉がつく国々だけではなく、広域にわたって統治力を行使する政治的主体や、その影響には普段から注意を払っておくべきだろう。

 

 ・国際関係や地域統治の原則と、これらの変化

 

   東大世界史では近現代史が中心であることはすでに東大出題傾向分析のデータ編で述べた。そのため、東大ではこうした国際関係や国家間に成立するある種の原則、体制が出題されることが多い。これは、同じく近年の歴史家たちの関心が近代以降世界を形作ってきた「主権国家」や「国民国家」とは何かという問題と、「国家」という枠組みをこえた存在にはどのようなものがありうるかといったことに向けられていたからである。これは、冷戦の終結とその後のグローバリゼーションの進行という現代の状況とも密接に関連している。「国民国家」を超克した超国家的な組織や、国境にこだわらない経済的、文化的な広がりを目の当たりにして、歴史家たちは新たな時代の在り方を模索すると同時に、これまでの世界を規定してきた「国家」を単位とする支配体制、国際関係とはどのようなものであったかについて考察するようになったのである。たとえば、どのようなものがこうした問題関心に当てはまるかと言えば、「主権国家体制」、「国民国家」、「ナショナリズム」、「時代ごとの国際関係における原則(ウィーン体制、ヴェルサイユ体制etc.)」などがあげられる。もっとも、近年の東大では主権国家や国民国家、またこうした「国家」間の関係について出題する際にも、その周辺の広範な世界に与えた影響を考えさせる設問を出題しており、単なる一国史的な、または二国間関係のみに限定されるような、出題はしていないことに注意が必要だろう。

 

 ・政治権力と宗教、思想との関係

   

政治史、といっても東大の場合、単に政治的な問題として終わらせることはしない。ある政治体制や政治状況が生起する際に、宗教や思想がどのように関連していたのかを問うてくることも多い。2009年の西欧・東西アジアにおける宗教との関わり合いを問う設問はこれに当てはまるし、民族意識などをめぐる問題もこれに含まれるであろう。2003年東大世界史大問1の運輸・通信手段の発達と植民地化の促進、民族意識の高揚をテーマとした設問はこうした問題関心に照らして意欲的な問題であったと言えるだろう。

 

(経済史)

 ・広域な経済システム、諸地域の経済的交流

  (近代世界システム、13世紀世界システム、銀の大循環etc.

   

政治史ともつながる内容ではあるが、東大は明らかにある特定の国、特定の地域という枠をこえた広範な領域内に存在する複数の主体がどのようにかかわり、相互に影響していたのかということに重大な関心を払っている、というより、そうした関心に基づいた「新たな歴史」を描こうと意識している。近代世界システムをはじめとする諸テーマについてはすでに別稿で述べたが、こうしたものにとどまらず、様々な問題について広域における経済的な交流とダイナミズムが問われることになるのは間違いないだろう。

 

 ・経済を形作る基本的な要素の仕組みと変遷

 

   東大の経済史の特徴としていえることは、単なる個別の経済的事象の詳細説明で終わらせるのではなく、ある経済的な事象がどのような背景のもとに生起し、形成され、変化し、各方面に影響を与えていくのかということを問うということである。こうした「経済の基本要素」としてはたとえば「農業」、「商工業」、「土地制度」、「税制」、「人口」、「労働(力)」、「交通・通信」、「流通」などがあげられ、これらのうちいくつかは大問1のみならず大問2以降の小論述や小問などでも頻出のものである。

   

こうした分野の問題として個人的に気になっていることとしては「金融」があげられる。「アベノミクス」という言葉がメディア上を闊歩するようになって久しいが、2013年に日銀の黒田東彦総裁が行った異次元緩和以降、金融を巡る問題は日本経済において大きな課題として取り上げられている。もっとも、金融を巡る問題が世界経済に大きな影響を与え始めたのは何も最近のことではない。日本においてはバブル経済の崩壊などでクローズアップされたし、アメリカでも最近であればリーマン・ショック、昔であれば世界恐慌など、枚挙にいとまがない。ただ、近年は金融の世界でもグローバル化が進み、一国の金融・通貨・債務をめぐる問題が世界全体の問題として拡大しやすくなっている現状がある。また、個人のレベルでも年金をめぐる問題などが顕在化する中で、自分の財産管理と人生設計をどのように行うかなど、金融リテラシーがこれまで以上に身近なもの、必要なものとなってきている。

こうした中で、歴史学においてもたとえば『金融の世界史』(国際銀行史研究会編、悠書館、2012年)なる本が出版されるなど、金融をテーマとした歴史研究がますます進んできている。金融をめぐる問題ではすでに2004年東大世界史大問1で「銀の大循環」が出題されているが、それ以外にもたとえば「紙幣の発明」、「イングランド銀行」、「財政軍事国家(これについては別稿をたてて解説する予定)」、「チューリップ恐慌」、「南海泡沫事件(サウスシーバブル)」、「世界恐慌」、「金融覇権の変遷」、「ブレトンウッズ体制」、「プラザ合意」、「アジア通貨危機」など、テーマとしてたてた時に面白そうなトピックはたくさんある。それでもこうした問題(金融史)の専門家がいなければあまり出題されることはないのだろうが、つい最近東大には金融史の専門家(南海泡沫事件などは彼の十八番だ)である山本浩司氏が経済学部(大学院経済研究科)に着任した。そんなこともあり、昨年から夏の講習では「通貨・金融史」を開講したのだが、受験本番よりもむしろ模試の方で役に立ったようだ。やはり、大学としては高校生の金融リテラシーを考えた時にこうした設問を出題することにはまだ二の足を踏むのだろうか(個人的な感触ではあるが、高校生は金融・保険といったものに対する実感が乏しい人が多く、意外に経済史は苦手という人が多いように思う。実際にお金を扱うことが少ないので無理もないことなのだが、日本の教育は経済学の上っ面だけを教えるのではなく、もっとこうした金融に対する理解を深めさせた方がよいと思う)。

 

 ・移民

   

同じく、歴史学の分野でも関心の高いものに移民史がある。これもつい最近、シリアからの難民のヨーロッパ地域への流入といった問題があり、クローズアップされやすいテーマではある。移民・ディアスポラといった問題は高校世界史上でオーソドックスな移民史でなくとも、出題可能なものは数多く存在する。また、単なる移民という現象そのものではなく、移民がもたらした周辺地域への影響といったことも含めればその内容はかなり広いものになるだろう。奴隷なども、大量の人口の移動という観点からみればこうした移民史の中に含むことも可能だ。東大世界史では、2013年大問1の「17-19世紀末までの開発、人の移動とこれらにともなう軋轢」などが代表的なものだろう。

 

(その他)

 ・宗教、民族意識、政治経済思想

 

   すでに上述した政治史や経済史の中に含まれることではあるが、民族問題や政治・経済思想など、現実の運動の背景にある人々の考え方や精神のありようが前面に押し出されることもある。たとえば、2000年に出題された啓蒙思想家たちの中国観などはその一例であろう。また、ある世界において宗教が果たした役割(または逆にある世界における宗教の扱い)などは頻出事項だ。これについても近年、深沢克己(東京大学名誉教授)や高山博(東京大学教授)らのグループが「宗教的な寛容と不寛容の生成・展開に関する比較史研究」を進めている。(深沢克己、高山博編『信仰と他者:寛容と不寛容のヨーロッパ宗教社会史』東京大学出版会、1993年など)このグループの中には、先年東京大学を退官した近代イギリス史の泰斗、近藤和彦の後任として着任した勝田俊介(専門はアイルランド史)や、プロテスタント・ネットワーク論を専門とする西川杉子などもおり、同時多発テロ以降、宗教的な原理主義がテロリズムと結びついた国際政治の混乱がメディアを賑わせている昨今の状況(フランスの風刺雑誌シャルリ・エブドなどは記憶に新しい)を鑑みれば、ある一定の地域内における宗教的な共存と対立、寛容と不寛容とその影響が今後も一つのテーマとして浮上することは十分にありうる。これまでにも、2009年東大世界史大問1の「西欧・東西アジアにおける政治権力と宗教」などで出題されており、単に宗教という枠組みのとどまらず、これが政治、経済、文化の変容や国際関係と結びついた形で出題される可能性は小さくない。

 

 ・特定地域の通史 / 異文化交流史

 

   時折出題されるのがこの特定地域の通史だ。2001年東大世界史大問1「エジプト5000年の歴史的展開」や1999年東大世界史大問1「紀元前3世紀~紀元15世紀にいたるイベリア半島史」、2010年東大世界史大問1「中世末から現代にいたるまでのオランダ史」などがそれだが、こうした設問が単なる特定地域に限定された通史として描かれているのではなく、周辺諸地域との相互交流や世界史の中における歴史的意義を問うような形で出題されていることには十分注意を払うべきだ。そうした意味で、これらの通史は、同じく東大で頻出の異文化交流史を、視点をかえた形で出題しているものととらえることもできる。つまり、ヨコの広がりを強く意識した異文化交流史に対して、タテのつながりを強く意識した視点で世界史をとらえようというものだ。異文化交流史については、2015年東大世界史大問113-14世紀ユーラシアとその周辺地域における交流の諸相」、1995年東大世界史大問1「地中海とその周辺地域に生じた文明とそれらの交流と対立」など、これも例を挙げればきりがない。要は、東大の問題関心はおおむね一定で、ある歴史的事象は世界史の中でどのような意義をもち、それはその(時代的、地理的な)周辺にどのような影響を与えているのかというダイナミズムを問うことにある、ということだ。

 

[東大大論述の<大テーマ>]

 

 これまでは大論述の頻出テーマについて紹介してきた。それでは、これらのテーマの根底にある「大テーマ」、すなわち東大世界史の問題関心はいったいどのようなことにあるのかということについて解説し、解答作成の上でどのような点に注意すべきかを紹介していきたい。まず、東大世界史の大テーマとして意識されていることは次の3点ほどにまとめることができる。

 

1、        脱国境

 

 すでに上記の頻出テーマの部分でも繰り返してきたが、東大は一国史視点からはとうに脱却し、国境を排したより広域の歴史を描こうとしている。注意しておきたいのは、国境を超えたからといってそれが無条件に「世界全体」のように無意味に拡大はしていかないということだ。あるテーマ、たとえば交易とか、文化的交流とか、新たな政治権力の勃興とかを描こうとした場合、問題とすべき地域はその時代や状況によって異なる。オランダについて語る場合であれば、ある場合には北海・バルト海沿岸を想定しなくてはならないかもしれないし、別の時にはアジア圏を想定しなければならないかもしれない。また、場合によってはハプスブルク領という範囲を想定しなくてはならないかもしれない。つまり、分析すべき歴史的対象が何かによって、想定すべき地理的範囲は変化する。このあたりの歴史像については羽田正東京大学副学長をはじめとする諸教員がすでに出版している著作の中で言及しているので、おいおい紹介するが、東大の世界史は一国史的視点にたっていてはこうした歴史分析が十分にできないということを熟知しているから脱国境の歴史を描こうとしているのであり、それは世界史を無闇にグローバルな単位に変換することとは根本的に異なるのだということには注意しておきたい。

 

2、「世界史の中」における意義

 

 東大世界史ではつねにこのフレーズがついてまわる。つまり、ある特定の事象を周辺の時代や地域と関連付けて世界史という大きな枠組みの中での意義を明らかにしなさいということだ。だとすれば、ある歴史的事象についての単なる経過説明や特徴の説明は求められていない。問題とされているのは、ある歴史が展開していくことでどのような意味を生じたか、あるものの特徴があるときにそうした特徴が生じた背景とその影響は何かなど、常に時間軸・空間軸双方における「つながり」が意識されているということである。

 

3、        ダイナミズム

 

意外に触れられないのがこのダイナミズムである。つまり、静的な歴史でなく、動的な歴史像が東大では意識されている。ある文明同士の交流といった場合にも、単純な二文化間交流ではなく、その他の他者は存在しないのか。時代によって交流の主体は変化しないのか。ある文明の内部は一枚岩ではなくて実は内部に複層構造を持っていないのか。そうした構造は交流中の異文化との間でどのような関係を持ち、変化を引き起こすのか、などでなど。つまり、東大はある時代で止まっている、またはある地域で固まっている、いわゆる「死んだ」歴史像を構築しようとは思っていない。時代ごと、地域ごとの関係の中で常に変化し、他者に影響を及ぼす「生きた」歴史像を構築しようとしているのだ。

 

[東大大論述解答作成の際の注意点]

 以上のことを踏まえると、東大で解答を作成する際にどのような点に注意しなくてはならないのかが見えてくる。以下の点については常に意識しておこう。

 

1、設問の要求、条件、注意点をよく読もう!

 

本HPのあちこちで繰り返し言ってきているが、論述とは出題者とのコミュニケーションである。だとすれば、出題者が何を意図しているかをあらかじめ感得しているのと、全く察知していないのとではこの差は大きい。設問にとりかかる前に、その設問が「どの時期を想定しているのか」、「どの地域を想定しているのか」、「何を問題としているのか」、「何を要求しているのか」、「何を条件としているのか」などには特に注意を払おう。単なる経過説明と、「変化」の説明では説明の仕方がそもそも異なる。また、意外に注意が払われていない箇所でもあるが「説明せよ」と「論ぜよ」では要求されているものが全く異なる(と、筆者は考える)。「説明せよ」というのであればある程度まで事項説明を行えば要求を満たすことになる(もちろん、他の条件次第では単に羅列型の解答を作ったところで意味はない)が、「論ぜよ」と言われれば、出題者の意図・大テーマを把握した上で、回答者の側がどのように考えるかが伝わるように論を配置せよ、と言われているのだ。これは何も「私は~と考える」といったような意見表明をしろと言っているのではない。そうではなくて、歴史的事象の説明の配置の仕方、それぞれの結び付け方などを通して、自分なりに設問で出題された歴史的事象に対しどのような歴史観(大テーマ)を持っているのかが伝わるようにしろ、と要求しているのだ。これは非常に高度な要求なのだが、東大の設問は一般に近年採点がやや甘くなっているようなので、さすがに高校生が出題者の意図を完璧にくんでそれをこなすことを期待はしていないだろうし、仮にできなかったとしても他の受験生と比べて大きく出遅れるということもないだろう。だが、レベルの高い解答作成を目指すのであれば、こうした点についても考えておいたほうがいいだろう。

 

2、「大テーマ」を常に意識しよう!

 

 東大の過去問を解くときに限らず、歴史の勉強をする際にはそれぞれの事柄同士のつながりや、ダイナミズムといったものを常に意識し、アンテナを張っておこう。そうすることで、教科書や参考書、模試の解答解説を読んでもこれまでは気づかなかった視点などに気付けるはずだ。

 

3、「時系列」や「因果関係」などを疎かにしない

 

 東大は解答にこれまで紹介したようなつながり、関連性を求めている。だとすれば、そのつながりや関係がはっきりわかるようにしなくてはならないため、特に「因果関係」などを示す必要があるときには、はっきりと示すようにするべきだ。原因→展開(経過)→結果(影響)ということが常に示せるようにある事柄を新しく勉強した時には、その前後の関係をできる限り確認しよう。たとえば、「ユグノー」という言葉を一つ取ったとしても、「なぜユグノーはフランスに現われたのか」、「ユグノーをめぐる歴史はどのように進むのか」、「ユグノーはどうなったのか」という一連のことが言えてはじめて、最低限のユグノーを語ることができる。ただ、ここで時系列はどの程度必要かという問題は残る。比較的長期の歴史であれば大きな前後関係や因果関係がくみとれればよいし、変化が「いつ」起こったということがはっきりしないことも多いので多少の時系列のずれはおそらく許容されるだろう。しかし、2016年の問題のように比較的短いスパンを問題とする設問の場合には、時系列のずれがそのまま因果関係のずれにつながりかねないため、十分に注意が必要となる。もし、個々の事象の時系列が不確かなときには(2016年問題で言えば「グレナダ」など)、できる限り本論の因果関係やつながりと切り離した形でぼかしておくか、書かないくらいの方が無難だ。

 

4、単純な箇条書き、出来事の羅列だけは避けるべし

 

歴史的知識をただひたすらに書き連ねる箇条書き、羅列式の解答だけは避けるべきだ。はっきり言って、この手の解答は評価されないどころかむしろ嫌われかねない。なぜなら、向こうは歴史の「プロ」である。高校の受験生がどんなに「ほら、こんなにたくさん知っている」と歴史的知識を披露したところで所詮受験生レベルにしか過ぎないのだ。連中は英語のみならずフランス語やスペイン語下手をするとアラビア語や中国語を流暢に操り、世界各地の文書館をめぐり、活字ではなく手書きの、それも殴り書きになっているめちゃくちゃ汚い日記や手紙をコツコツコツコツ読み解いて一から歴史像を作り出す、ある意味「ピー」だ。ジェームズ2世どころか、ジェームズ2世に仕えていたハミルトン公という貴族の下で働いていた文筆家のさらに知り合いの「聖職者のジェームズ」の日々の出費まで知っているかもしれないというのが彼らである。彼らにしてみれば、自分たちが知っている歴史的知識がひたすら書き連ねられただけの答案を何百、何千と読まされるというのは、はっきり言って拷問に近い。歴史的知識を問うのであれば、何も論述にはしない、小問にして語句のみを問えばよいのだ。だから、どんな場合でも設問の要求をよく読み取って自分なりのつながり、視点、テーマを盛り込んだ解答を用意するという努力を忘れないでいて欲しい。

 

5、        満点解答は必要なし!合格解答を目指せ!

 

 ここまで読んでくると「こんなに高度なことを要求されているなんてもうダメだ…」と思うかもしれないが、そんなことは絶対にない!試験とは相対的なもので、要は周りの受験生よりも一歩先へ行けばよいのだ。東大という最難関の試験であれば、当然そのために取らなくてはいけない点数もそう多くはない。多くの受験生は同じような得点で固まっている。具体的な数字を言えば、他の科目によっては半分でもどうにか通過はできるし、6割ならまずまず、3分の2が確保できればまず安全圏だろう。実際、世界史で半分を割っても合格できた人はかなりの数いるし、3分の2が確保できた人の多くは合格できている。だとすれば、受験生が意識すべきはまず基本的な歴史事項をしっかりとおさえて他の受験生と同じレベルである半分の得点を確保すること。そしてそこから出題者の要求を満たすべく大テーマやつながりを盛り込んで他の受験生と明確な差をつけることである。これがきちんと守れれば東大の世界史といえども高得点をマークすることはそう難しくない。

 

6、第2問、第3問は「最低8割」を目指そう!

 

東大の配点については予備校や参考書によってまちまちなので何とも言えないが、個人的には論述の配点は他の問題と比べてやや高めに設定されていると考えている(おそらく第1問が30点ではないだろうか)ので、第1問で3分の220点)が取れれば、他の小論述や小問で落とさなければ十分に点数は取れるはずだ。そのためにも、2問の小論述がきちんととれるだけの基礎力は身につけておいてほしい。大論述の対策ばかりうって、こちらで落としてしまっては何にもならない。過去問をしっかかり解いて、第2問、第3問で「できれば満点(30点と想定)」、「最低でも24点」を取る力を身につけておくことが大切だ。考えてみて欲しい。小論述や小問で8割がキープできないのに、どうして大論述を含めた全体で65分を取ることができるだろうか。第2問と第3問で25点前後がキープできるのであれば、たとえ大論述で半分(15点)しか取れなかったとしても全体では40 / 60点が取れる。しかし、第2問と第3問でもし15点しか取れなかったとしたら、大論述でかなり良い点だったとしても40 / 60点をキープするのは難しくなる。これは、東京外語大や早稲田大など小問が多くを占める国公立や私大でも同じなのだが、小問が多く出題される大学でこうした問題の取りこぼしは致命傷になりかねない。「東大は論述だから私大向けの勉強はしなくてもいいや」などとは考えずに、最低限マーチクラスの大学の問題であれば8割~9割は取れる程度の基礎勉強は怠らないようにしてほしい。

 

 

以上で東大の設問内容と解答作成上の注意については終わりです。これだけの文章を書くには勢いが必要なので、敬語が使われていないとかそういうのは勘弁してやってくださいw また、ところどころに多少厳しい表現が使われていますが、それも全て言葉を飾らずに現実をお知らせすることで受験生の皆さんの「実用に耐える」判断材料になればという思いからで、決して上から目線で書いているとかいうことではありません。このページの長い文章を読んでくださった皆さんの助けに少しでもなればいい、そして今後の皆さんの学習が大きな実りにつながることを祈っています。頑張ってください!

 今回は、東京大学「世界史」の大問1(大論述)について、その出題傾向を分析してみようと思う。とはいっても、実は東大の出題傾向を分析することについては、正直なところ、一橋などの問題分析と比べて必要性をあまり感じていない。なぜならば、東大の問題はある意味とてもオーソドックスでかつ非常に良く練られており、時代・領域ともに広域にわたり、(後述するが)問題全体を貫く何かしらのテーマが設定されていることが多い。まったくもって、「正当派」というにふさわしい問題であるにもかかわらず、比較的新しい歴史学上のテーマや現代に対する問題関心もうかがえる、いくばくかの冒険心を感じさせる設問である。ゆえに、私は東大の世界史論述を高く評価している。私なんぞが高く評価したところでさしたる意味がないことはわかっているが、個人的にはよくできていると思う。正直、早稲田の論述問題とは練度が違う。しかし、「正当派」であるということは「ヤマをはる」タイプの対策がたてづらいことを意味している。つまり、東大の問題はどうしようもないくらい正攻法で攻めることが一番の対策なのだ。

 

東大の問題は、まんべんなく世界史の知識に精通し、その内容をきちんと理解している受験生には正直それほど苦になる問題ではない。必要な知識を、そのテーマにそって整理し、設問の要求に答える。こうした作業を丁寧に行うことができるのであれば、彼らにとって満点答案は作れないにしても、周囲と比較したときに十分に合格答案を作成することは可能である。おそらく、設問の難度としては時として一橋の方が上回ることがあるかもしれない。しかし、それは一橋がある種の時代やテーマに特化した出題をして、通常の受験生ではあまり深く掘り下げていないような知識・内容を聞いてくるからであって、そうした「一橋の独自性」をきちんと把握した受験生にとっては「全く太刀打ちできない」という類のものではない(もちろん、例外はある。特に2003年。あれはひどかったw 何を考えて出題したのかわからないw 機会があれば紹介します)。であるから、一橋の出題傾向には分析の価値がある。なぜなら、分析することによって打てる対策が明確になるとともに、その効果も十分に期待できるからだ。ところが、東大はそうした類の問題とはタイプが異なる。これが、私が東大の問題分析に対して過大な期待を寄せたくない理由である。

 

しかし、だからと言って東大の問題分析に全く意味がないかと言うと、そういうわけではない。たとえば、先ほども述べたように東大の世界史論述にはその設問全体を貫く大テーマ、一本の芯になるものがあることが多い。こうしたテーマにどのようなものがあるかをあらかじめ知ることで、実際の受験の際には何を出題者が意図しているかを探ることが可能になる。別稿でも述べたが、論述はコミュニケーションである。出題者の意図をくみとり、その要求に答えることは、高得点を狙うための絶対条件なのだ。その意味でも、東大の問題分析を行うことはおそらく必要なことであるし、有意義なことでもある。しかしそれは、これまで述べてきたような意味で有意義なのであって、「東大には○○は出るけど××は出ないから××はやらなくていい」とか、「5年前にも3年前にも△△が出ているからここを重点的にやっておこう」などというような短絡的で場当たり的な対策をうつための材料としては、期待ほどの効果を発揮しないだろう。たとえば、東大ではたびたびモンゴルについての出題も出ているし、イスラームについての出題もされている。しかし、それでは全く同じような内容を解答として書いて、同じように点数が取れるかといえば、そんなことはない。要求されている視点が違えば、当然答えるべき解答の内容も変わってくるのであり、そのためには関連する事項を様々な事象と関連づけて再整理するという作業が必ず必要になる。東大の問題分析は、そうした解答作成の方向性を見出だすための、ある種の心構えをしておくためのものだと考えておく方が、おそらく本番ではよい得点につながるのではないだろうか。

 

 前置きが長くなったが、それではとりあえず過去30年において東大で出題された大論述の時代設定についてグラフ化したものを下に示しておこう。ただし、この手のデータは絶対的なものでないことには注意してほしい。データ信奉者が陥りがちなのだが、正直データというものはそれをまとめる際にもバイアスがかかるものであるし(たとえば、「中世末」といった時にそれを13世紀末ととるか14世紀半ばととるか、15世紀初頭と取るかは、その「中世末」という言葉がどのような文脈の中で用いられ、それを読み取る人間がどのように考えるかで変化するのは当然のことである。問題なのは、その読み取りに根拠があり、その根拠に説得力があるかどうかだ)、出されたデータがどんな意味を持つかは解釈によって変わる。データを扱う際に最も大切なことは、最終的にそのデータから、何を根拠としてどのような解釈を引き出すかということが大切なのであって、データそれ自体が重要なのではないことには注意しておいてほしい。

 

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 少し小さくて見づらいかもしれないが、何しろ30年分なので勘弁してほしい。1989年の部分が2色になっているのは、(A)(B)という形で2題にわたっているためである。これを見ると、やはり1621世紀の近世・近代・現代史に出題が集中していることが見て取れる。目立つのはやはり2001年だが、これは例の「エジプト5千年の歴史」であるw

 
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  個人的にはこういうはっちゃけた設問は嫌いではないのだが、やはりやや評判が悪かったのだろうか、その後は同様の長期間にわたる歴史はあまり出題されていない。やや時期設定が長い設問ということになると、東大2007年大問1「11世紀から19世紀までに生じた農業生産の変化とその意義」、東大2010年大問1「オランダおよびオランダ系の人々の世界史における役割(中世から現代まで)」、東大2011年大問1「アラブ・イスラーム圏をめぐり生じた異なる文化との接触と、それにより生起した文化・生活様式の多様化や変化、他地域に与えた影響」などである。

 グラフを見て目を引くのは、現代史(20世紀史)の出題回数が群を抜いていることである。20世紀のみの設問だけでも6問だが、20世紀に時期がまたがる設問ということになると30カ年中14問と実に半数を数える。19世紀が関わる設問を数えれば、21問と、ほとんどの設問において1920世紀史から出題されていることがわかるだろう。そう考えれば、東大の世界史における19世紀史、20世紀史の重要性は言うまでもないことではあるが、だからといって近現代史のみをやっておけばいいというわけではないことも明らかである。いくつかの問題は近現代とは全く無関係の古代・中世からの出題になっているし、19世紀・20世紀をその内容に含む問題であっても、中世・近世・近代初期など、他の時代にまたがってその比較や関連性を問う問題も10題前後あることを考えると、「近現代史をやっておけば何とかなる」という考えは捨てたほうがいいだろう。こうした留保はつくものの、とりあえずはグラフから読み取れることを下に箇条書きにしてみよう。
 

 19世紀史、20世紀史からの出題頻度が高い。

 

・過去20年と比較すると、近年は比較的短い期間(1世期未満~3世紀程度)を設定とする出題が多く、中でも16世紀から21世紀に出題が集中している。

 

・時折、数世紀にわたる歴史を問う設問もある。

 

 続いて、出題内容について表に示してみよう。下の表は、各年の大問1の大論述の内容を考慮して、「広域(時代・領域)」、「政治」、「経済」、「文化」、「宗教」、「戦争」、「外交」、「交易」、「民族」など、キーになるテーマごとにどの程度その要素が含まれているかを分析したものである。すでに上述したように、これにも私個人のバイアスが反映されているし、「経済」と「交易」や「文化」と「宗教」など、本来は不可分の要素などもある。そうしたことは承知の上で、特にその設問を解く上で重要と思われる事柄を重要度順に「◎→〇→△→無印」で分け、◎はピンク、○は黄色によって色分けしてある。「広域(時代)」は時代的に長期間のスパンにわたっているもの(2001年問題など)、「広域(領域)」は地理的に広範囲を考慮する必要があるものである。その他の注意としては以下のことに気をつけてほしい。

 

 (注意)

・同じように地理的に広範囲にわたる設問であっても、単純な二地域間・三地域間の比較など、各地域を相対的に独立して考えて解答を整理できるものには△を、それとは異なり、複数の領域の関連性やダイナミズムを考慮する必要のある設問には〇をつけてある。

 ・「比較」の中で「★」は、はっきりとした比較を求められているものである。ただし、設問上では「比較して」と書いてあったとしても、その他の要素、テーマが色濃く入り込んで単純な二者間の対比によっては良質な解答を作ることが難しいと考えるものには星をつけていない。

 ・字数は大論述のみの字数であって、東大「世界史」全体の総字数ではない。

 

 東大1987-2016(テーマ別)

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この表から見て取れることは以下のことである。

 

 ・時代的に長期にわたる設問よりは、地理的範囲として広域にわたる設問の方がはるかに多い。というより、ほとんどの設問が広域における各地域の関連性、交流を問う設問になっている。

 

・政治、経済史が圧倒的に多い。

 

・文化史や宗教は近年出題頻度が減少しているのに対し、戦争や外交、交易は依然として要素として入り込むことが多い。

 

・民族をテーマとする出題は減少傾向にある。

 

・かつてのような単純な比較史は出題されない。

 (例)東大1987年「世界史」 大問1

   「朝鮮戦争とヴェトナム戦争の原因・国際的影響・結果について両者を比較しながら18行以内で記述せよ」

 (例2)東大2016年「世界史」 大問1 

   「(米ソ、欧州以外の地域において「新冷戦」の時代に1990年代につながる変化が生じており、冷戦の終結が必ずしも世界史全体の転換点ではなかったことを踏まえつつ)1970年代後半から1980年代にかけての東アジア、中東、中南米の政治状況の変化について論ぜよ」

  →例1が比較的単純な二者比較によってもある程度解答が整理できるのに対して、例2では「1990年代につながる変化とは何か」など、一定のテーマ設定をした上で各地域で生じた歴史的事象の意義を考察し、位置づけることが求められる。

 

・かつてはかなり広範な話題が入り込む余地のある設問が多かった(色のついている部分が多い)のに対し、近年はある特定の要素に重点を置いた設問が増えている(色のついている部分が比較的少ない)。

  →これは、かつての設問がややアバウトな設問、何となく他者との関連性を考えた設問(単純な比較史など)を出せばいいだろうという設問であったのに対し、近年の設問が各設問の大テーマを意識し、そのテーマにそった設問を作ろうとしていることによると思われる。(たとえば、東大2015年世界史大問1と「モンゴル時代」または「13世紀世界システム」。「13世紀世界システム」については「東大への世界史①」を参照。)

 

・字数は一時期減少傾向にあったが、近年は増加傾向にある。

  (ちなみに、問題全体の総字数も概ね同様の傾向にあり、1990年代後半~2000年代初頭にかけては650-700字程度が多いが、ここ5年ほどは840字~960字程度である。もっとも、東大を受験する受験生にとっては小論述や小問などで多少の字数変更があった程度で動揺しているようでは困るので、本表は大問1の字数のみに絞って計算した。450字論述であるか600論述であるか、というのは練習を積むにしても本番で解答を組み立てるにしても心構えが大きく違ってくる。)

 

 以上が、過去30年の東大入試におけるデータ分析である。この分析から何を読み取るか、というのは人それぞれだと思うが、私の方からこうした点に注意したほうがいい、ということをあげるのであれば、以下の点になるだろう。

 

1、16世紀以降の近現代史はもれのないように学習しておくべきだ。

(「古代中世が必要ない」ということではなく、近現代を重点的にということ)

 

2、政治・経済史に対する深い理解が東大世界史攻略の基本だ。

 

3、どんなテーマでも、2~3世紀程度のスパンでの「タテの流れ」は把握しておこう。

(背景・展開・影響などを中心に、短期の事柄に対する理解で満足せずに大きな流れをつかむことを常に心がけよう。教科書や参考書などの各章の冒頭などは全体の流れを把握するには役立つかもしれない。また、テーマごとに自分なりのまとめをする作業をしてみよう。自分でするのが手間であれば、本HPでもテーマ史、地域史などをまとめていく予定でいるので参考にして欲しい。)

 

4、同時代の各地域の交流、関連を常に意識するようにしよう。

 

5、歴史を貫くテーマに敏感になろう。

(これは、東大の設問が用意する大テーマを感じ取るために必要となる意識だと思います。教科書や参考書を精読したり、各コラムなどに目を通していくと、何となくではあっても各時代において問題となるテーマなどが見えてきます。そのうち、そうしたテーマをつかむのに適した参考書、書籍などについても紹介していくつもりです。)

 

6、過去問を解こう!

※ただし、これは「猿マネ」をしろということではないことに注意してください。まず、「解答例」というものは基本的にあてになりません。平均的な高校生よりはある程度かけている解答例が多いとは思いますが、満点にはほど遠いです。もちろん、それはおそらく私が作る解答例も例外ではありません。ですから、なぜ自分がそういう解答例を作ったのかということを根拠として示すようにはしてありますが、我々は出題者ではないわけですから、そもそも「完全な解答」なるものを標榜すること自体が怪しい気がします。ただ、解答の精度を上げていくことはできますので、解答を参照する際は付属している解説部分を読みながら、自分でもその妥当性を常に検証してみましょう。また、同じような話題の設問でも、視点やテーマの設定の仕方次第で全く別物の問題になることはすでに何度も申しあげたとおりです。ですから、かつて似たような問題が出たからと言って、赤本を丸暗記したような内容を書いてもおそらくロクな点数はとれません。曲がりなりにも日本の最高峰である大学が、過去に出題した問題の丸暗記で済むような設問を作るはずがないということは肝に銘じておきましょう。また、それだからこそ合格する価値があるのだと思います。

※東大に限らず、様々な大学の過去問を解くことで、いろいろな視点に触れることができる、つまり東大の「大テーマ」が何かを解読する力をつけることができます。妙な効率主義はやめて、できるだけ多くの問題に触れましょう。解く時間がなければ解説部分を読むだけでもそれなりに意味はあると思います。

 

今回はデータ分析が主体で、「それでは東大ではどのような大テーマが出ている(もしくは出る可能性がある)のだろうか?」といったことについて触れることができなかった。これについては東京大学「世界史」大論述出題傾向②を参照してほしい。

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