2016年東大世界史第1問の大論述は珍しく戦後史、それも冷戦をテーマとしたもので、まずそこに東大の意図を感じた。つまり、冷戦終結後の世界が混迷を深めていく中で、あらためて冷戦とは何だったのか、そしてそれは現代とどのように関わっているのかを再度考察してみようという意図である。そうした意図がなければ東大がここで冷戦を出す意図がわからない。何しろ、冷戦のみでの出題は1993年以来、ヴェトナムとドイツという冷戦によって生み出された二つの分裂国家の形成から統合を問う設問が最後である。過去問をよく解き進めていた受験生は普段の出題との違和感を感じた人もいたのではないだろうか。

 

ただ、問題はここからだ。正直、私には今回の設問について、普段の東大であればスッと見えるはずの一本芯が通ったテーマを見出すことができなかった。もちろん、これまで歴史の「分岐点」とされてきたものが、見方を変えることによって異なる歴史像を示すことになる、という部分はわかる。だが、言い方は悪いがそんなものが、そんな当たり前すぎるほど当たり前なテーマが今回の出題のこの「違和感」を説明するものだとは到底思えないのだ。30年前にそれを言われたら「さすが東大」とうなりたくなるようなことでも、今それを披露されたとしたら「今更何を…」と言いたくなることは往々にして、ある。そこで、「そんなはずはない。東大なら、何かもっとシンプルで美しい構図、テーマが見出せるはずだ」と思って神の数式を探す数学者の真似をして頭を絞ってみているのだが、「これだ!」と言えるものが依然見出せないでいる。

 

まぁ、それはそれでいいかなと思っている。この手の「違和感」に対してこだわることもなく、既存の考え方に基づいてわかったような気になってしまったとしたら、それはもう歴史家としては終わってしまっている気がするので、とりあえず自分はまだこの違和感に拘泥するあまり、ハゲてしまいそうな程度には頭を悩ませる汁気が残っているということに納得して、もう少しこだわってみることにしようと思う。「違和感」については後述することにして、まずは本設問の解説に移ろう。ちなみに、各予備校(駿台・河合など)では軒並み今回の設問を「例年並み」と評価していたが、以上の理由から私個人の見解としては「やや難」である。設問それ自体のレベルとしては「難」としても良いところだが、おそらくほとんどの受験生の間で差がつかない(戦後史に注力していた人間でないと一歩抜け出せない)ことから、「やや難」くらいの評価が妥当なように思われる。

 

2016 第1

■ 問 題 概 要 

(設問の要求)

1970年代後半から1980年代にかけての東アジア、中東、中米・南米の政治状況の変化について論ぜよ。

 

(本文から読み取れる条件と留意点)

・冷戦の終結した1989年が現代史の分岐点とされることが少なくないが、米ソ・欧州以外の地域に注目すると、それが世界史全体の転換点ではないことがわかる。

・米ソ「新冷戦」と呼ばれた時代が、1990年代以降につながる変化の源となっている。

 

■ 解 法 の 手 順 と 分 析、 採 点 基 準

(解法の手順)

1、まずは順当に指定語句の整理を行おう。すると、以下のように分類される。

 

 [東アジア] アジアニーズ・光州事件・鄧小平

  :これらの用語から、議論の中心は韓国と中国になる。アジアニーズの捉え方次第だが、台湾に言及する可能性は十分にある。蒋介石時代からの開発独裁に対して1970年代から民主化運動が進み、1980年代末の李登輝の総統就任、民主化と1990年代の対中「現実外交」と台湾の主権を主張する「二国論」を考えれば、韓国の歴史と並行して描くことは可能ですし、中国との関係を考えても十分に1990年代以降につながる「変化」を有する地域として考えることができる。

   また、アジアニーズという「用語」が出現したのは1988年だが、実際にはOECDによってNICSとして1979年の段階で韓国や台湾をはじめとするアジアニーズは急速な工業化と貿易の自由化を達成した地域として認識されていたから、経済成長ということを重視するのであればアジアニーズの使用に1988年という時代的限定は必ずしも必要ではない。ニーズという言葉は、NICSNewly Industrials[z]ing Countries)という言葉に含まれる「国(Countries)」という表現を嫌った中国が、1988年のトロント・サミットで不適切であると主張したことから用いられるようになった言葉で、極めて政治的な用語であり、経済の実態的な変化によるものではない。この設問自体が「歴史用語や歴史的事象の持つ意味は見方によって変わる」ということを一つのテーマにしているので、何もニーズという言葉が1988年に登場したことをもって1988年以降にしか使えないと考える必要はあるまい。

 

[中東] イラン=イスラーム共和国・サダム=フセイン・シナイ半島

  :用語から、イラン・イラク・パレスチナ地域(イスラエル)・エジプトなどが議論の中心であることがわかる。個人的には冷戦時代アメリカの中東戦略を語る際にサウジアラビアの安定化こそが肝なのではないかと思うのだが、大きな動乱が起きていない地域の重要性を高校世界史で語るのも難しいし、そもそも日本の歴史学では石油史とかエネルギー戦略史が全くと言っていいほど顧みられていない有様なので仕方ないかなとは思う。

 

[中米・南米] フォークランド紛争・グレナダ

 :正直なところ、上述の2地域と比較すると用語から国の限定を行うこと自体にあまり意味はない。南米を語るにあたりアルゼンチンだけを説明してもあまり意味はないので。ゆえに、南米全体を貫くテーマは何か、中米全体を貫くテーマは何かということを探る必要がある。だとすれば、南米については民政への移管、中米については左翼系の政権や民主化運動が「新冷戦」の中で強硬姿勢をとるアメリカの干渉を受けて内戦化したことを示せばよい。グレナダは知らなくても、用語の配分からおそらく中米だろうなぁということは察知できると思うが、推測で書くのも危険なのでわからない場合は他の中米諸国でお茶を濁すか、「中南米」というくくりでまとめてしまうというのも一つの手になる。

  

2、地域ごとを貫くテーマを見出す

 

 1で分類した地域ごとに、「新冷戦」の期間の「変化」が1990年代以降につながるような何らかのテーマがないかを考えてみよう。すると、以下のようなことが見えてくる。(ちなみに、1990年代以降の話は本設問では解答の後に続くべき展望として入ってきているのであり、本設問の要求はあくまでも1980年代までの政治状況の変化を書くことであるから解答に1990年代以降の話を書く必要はない。表現の仕方や事実の配置の仕方などで「におわせる」程度で十分)

 

 (東アジア)

[韓国] (日)米の援助による開発独裁以降の民主化運動と弾圧

    最終的な民主化の達成と経済的発展

[中国] 文革の終結以降の改革開放路線(外資導入による経済発展)と民主化運動の高揚

    民主化運動の弾圧と共産党一党独裁の維持

 

:基本的に東アジアはこの両国の対比で良いと思うが、上述したように韓国と並行させる形で台湾を挿入する、もしくは北朝鮮、中国、韓国をその民主化の程度に応じて並べてみるということもありうる。

  [例1] 台湾を用いる場合

   ・韓国では当初は開発独裁→民主化運動→光州事件による弾圧→最終的な民主化

   ・台湾でも同様に開発独裁からの民主化、韓国・台湾の経済成長(アジアニーズ)

  [例2] 北朝鮮を用いる場合

   ・韓国では開発独裁の後に民主化を達成

   ・中国でも改革開放路線の下での経済発展の中で民主化が進むが、最終的に弾圧

   ・北朝鮮では主体思想による独自路線を打ち出し、独裁体制を強化する一方、共産圏からの援助が減少したことで経済危機に

 

 (中東)

  [イラン・イラク] 1970年代のイスラーム原理主義の高揚

イランの反米化(反ソ化も)とイラクの親米化、米ソの干渉

           軍事衝突の発生と軍事的強大化にともなう諸問題の発生

           (1990年代以降の湾岸戦争、核開発問題、スンナ派とシーア派の対立激化とそれにともなうイスラーム諸集団の活動激化[アルカイダ・ISIL(ISIS)]など)

  [エジプト] サダト政権下での左派勢力の排除と対米接近、外資導入と経済自由化

        対米接近と並行してイスラエルとの関係改善

        1980年代にはムバラク政権のもと、親米を維持しつつ対アラブ関係の修復

        国内的には開発独裁路線と貧富差の拡大固定化

        →1990年代から民衆の不満・イスラーム原理主義の台頭(2011年のエジプト革命へ)

 

  :中東地域については、単に米ソ両陣営との関係変化に注目するだけではなく、イスラーム原理主義の台頭という要素を忘れてはならないだろう。一般的に、親米化や経済の自由化が進んだ国や地域においては貧富差の拡大と固定化が進み、イスラーム原理主義などの反体制勢力の弾圧が行われることが多い。このことを1990年以降の中東地域の諸問題(湾岸戦争、パレスチナ問題、イラク戦争、エジプト革命、ISILの登場など)につながるものとして示しておきたいところだ。

 

 (中・南米)

  [中米] 左派政権の成立や左派の民主化運動に対するアメリカの干渉・軍事介入

      (冷戦崩壊後の自由主義的市場経済の発展、親米政権の増加、キューバとの関係の変化などを展望として見る)

  [南米] 1970年代における各地の軍事政権の成立と外国からの借款による工業化

      1980年代からの対外累積債務の増加と経済恐慌、インフレ

      →民衆の不満と民主化要求による民政への移管

      1990年代以降は経済的な自立を目指して自由化を進める反面、対米経済従属を嫌う立場などから反グローバリズムの姿勢を打ち出す。また、1999年以降に生じた通貨危機とIMFの緊縮財政要求に不満の諸国では反米左派政権が樹立された。

  

3、2で整理したテーマにそって、各地域の動向を政治状況の変化を中心にまとめる

 
 東大2016大論述チャート
(クリックで拡大)

 

■ 解 答 例 


 朴正煕は米の援助で開発独裁を展開したが、民主化要求が高揚した。全斗煥ら軍部は光州事件で弾圧したが、アジアニーズに入る程急速な経済成長を達成した韓国では民主化運動が収まらず、民主化宣言した盧泰愚が大統領に選出された。中国では文革終結後、鄧小平が実権を握り四つの現代化と改革開放を進めた。資本主義諸国との関係改善で外資を導入、香港返還の道筋もつけたが、改革の矛盾に民主化運動が高揚、共産党は天安門事件で弾圧し独裁を維持した。米中接近で孤立した北朝鮮は主体思想による独裁路線を打ち出すが経済的に困窮した。中東安定化を図る米はエジプトのサダトに接近、シナイ半島返還を約してエジプト・イスラエル平和条約を締結させたが、白色革命への不満からイスラーム原理主義が高揚したイランでは革命が発生。パフレヴィー政権は崩壊し、ホメイニ率いるシーア派・反米のイラン・イスラーム共和国が成立した。革命波及を恐れたソ連のアフガニスタン侵攻でイランは反ソ化、米はシーア派を脅威とするサダム=フセインを支援したがイラクの強大化を招き宗派対立を残した。左派政権の成立した中米ではレーガン政権が反政府組織を支援、グレナダでは親米政権樹立に成功したがニカラグアのFSLNとの内戦などで中米紛争は激化した。軍政の続いた南米ではフォークランド紛争に敗れたアルゼンチン軍政が倒れ、累積債務問題の深刻化に悩むブラジルなどで軍政から民政への移管が進んだ。

 

 一応、無理矢理にでも解答例として示しますが、「正直、なんか違う。」

 これでも十分に及第点というか、ちゃんと点数は取れると思うんですが、やっぱり上にも書いた一本筋の通ったテーマが見えてこないんですよ。解答に「スッキリ」感がないというか。あまりのスッキリ感のなさにデスマス調にもどっちゃいましたよw ここ最近一橋ばっかり解いていたせいですかねぇw 「韓国では何がありましたー、中国ではこうでしたー」と多少の変化を織り交ぜながら書いたところで「冷戦はまだ終わってないんだぜ、げへへ。」みたいな展望が見えてこないでしょ?本当はもっとドラスティックに書き直したいところなんですが、歴史的な事象を緻密に入れていくと、字数の関係上どうしてもこういう「教科書通りの」スタイルになっちゃう。試験会場では時間もないので正直この解答のスタイルでいいと思います。今回のように言及しなくてはならない対象がたくさんある設問(昔あった「旧来の帝国の解体」みたいな)では、むしろ「大テーマ」にこだわりすぎて無為に時間をつぶしてしまう方が怖い。

でも、時間をかけて人様に見せる解答例を書く方の立場としては、時間のある時にちょっと冒険した解答例を「解答例2」として書いてみたいですね。基本の路線としては、「米資本の導入により経済発展を遂げた開発独裁を進める国々では民主化要求が多様な形で顕在化した」とか言いながらまとめてみるとか。やはり、設問の言う政治状況の変化といった場合、中心にくるのは「開発独裁的な近代化を進める軍政・軍事独裁→貧富差拡大をはじめとする矛盾の顕在化→民主化」という流れと、「アメリカとの外交的距離の変化(特に、反米的要素の残存)」の二つだと思います。ただ、個々の地域の状況が多様なのですっきりまとめきれないんですよね…。なんか、個別の事象が多様すぎてマクロな歴史が描き切れない近年の歴史学会のジレンマを高校教育の現場で体感している気分ですね…。まぁあまり悩み過ぎないほうがいいのかもしれません。もしかしたら出題者の側ではもう少しアバウトな流れを想定していたのかもしれませんし。現代史の流れを、ストーリーつけて概観するという頭の体操のためにはとてもためになる設問でした。