世界史リンク工房:コーヒーを飲みながら歴史を語れ

大学受験向け世界史情報ブログ。 受験のティータイム・コーヒーブレイクに目を通して、一味違う歴史的視点を我が物に!

カテゴリ: 上智大学TEAP対策

 2019年のテーマは、第一次世界大戦後のヨーロッパの覇権の揺らぎと「立て直し」がテーマです。すでに上智TEAPの傾向については別稿において述べていますので割愛します。今年度の問題は、過去5年の問題と比べると比較的解答が作りやすかった問題ではないかと思います。ただ、この「立て直し」の部分は難しいですね。とりあえず、解いてみたのでご紹介します。問題は赤本なり予備校なりから手に入れていただければと思います。

 まずは、今年度の小問の方から簡単に解説していきます。

 

設問1 a

第一次世界大戦直後のインドにおける反英運動となれば「a:アムリットサール事件」。インドでは、戦中よりイギリスから自治の約束が交わされていた(インド担当相モンタギューによる:1917)が、戦後制定された1919年のインド統治法では形式的な自治を与えるにとどめ、さらにこの法律と合わせてローラット法(令状なしの逮捕、裁判なしの投獄を定めた)を制定。これに対する反対運動が高まる中、民衆に対しイギリス軍が発表した事件がアムリットサ(-)ル事件。

 

他の選択肢ですが、ガンディーによる塩の行進は1930年から、国民会議派のカルカッタ大会で四大綱領(スワラージ、スワデーシ、ボイコット[英貨排斥]、民族教育)が決議されるのは1906年、シパーヒーの反乱(インド大反乱)は18571859にかけてです。

 

設問2 d

誤っている部分は以下の通り。

a-「×ニコライ2世はケレンスキーを首相に登用して」

 :ニコライ2世は1917年の革命で退位します。ケレンスキーは臨時政府の首班になるが、最初に臨時政府を率いたのはリヴォフ公(立憲民主党[カデット])。ちなみに、1905年のロシア第一革命で首相となるのはポーツマス条約のロシア側代表でもあったウィッテ。

b-「×自由主義者のウィッテと対立した」

:ウィッテは1915年に亡くなっていますので、レーニンの四月テーゼの時期にこれを批判することはできません。また、教科書などでもウィッテが最後に出てくるのはドゥーマの開設と首相就任まで。

c-「×1917年…レーニンは…血の日曜日事件を起こした」

 :血の日曜日事件は1905年の事件で、きっかけをつくったのはロシア正教の僧侶であったガポン。

 

設問3 b

 パリ講和会議に出席したのは立ち姿がくまモンっぽいクレマンソーです。

 クレマンソー

 

その他の選択肢ですが

a-マクマホン

:世界史に出てくる人物となると、ティエールの後の大統領(マクマオン)か、フサイン=マクマホン協定を結んだイギリスの高等弁務官。

c-ブリアン

:ケロッグ=ブリアン条約(パリ不戦条約)締結など、1920年代後半の国際協調に尽力したフランスの外務大臣。

d-ダラディエ

:ミュンヘン会談に参加したフランス首相。

 

設問4 c

:第一次世界大戦前のズデーテン地方はベーメン(チェコ)なのでオーストリア=ハンガリー帝国の一部。

 

設問5 d

:セーヴル条約はオスマン帝国のスルタン政府が締結した講和条約であるが、トルコ領土の大部分が失われる内容であったことから、ムスタファ=ケマル率いるアンカラ政府はこの条約の締結を拒否した。また、イズミルの奪還は19191922のギリシア・トルコ戦争において。

 

以上が小問です。普段から世界史をしっかりやっていないと解けない問題ですが、かといってものすごく難解でどうあがいても解けない、というレベルの問題でもありません。

 

設問6(論述問題:120字)

■設問概要

・中東欧に西欧の国民国家体制を適用する試みの問題点はどこにあるか。

・ハンナ=アーレントの引用文を踏まえて答えよ。

 

(ヒント1:アーレントの引用前の解説文)

・(中東欧諸国の独立は)いかなる国家によっても代表されず、保護されない少数民族や無国籍者の存在を浮かび上がらせた。

 

(ヒント2:アーレントの引用文)

・西欧の国民国家体制は全ヨーロッパには拡大できない。

・(国民国家において)「主権はどこでも他の民族の裏切られた願いに対立する形で貫徹されたため、主権を得た民族は最初から圧制者の役割を演ずる」ことになった。

・被抑圧民族=民族自決権と完全な主権なしに自由はあり得ないと確信

      =民族的熱望をないがしろにされ、人権をだまし取られたと感じた。

      =フランス革命を支えとした

      (フランス革命が国民主権と人権の享受を等置することにより築かれた)

 

■分析と解法

:設問のテーマ自体は古くからあるものです。第一次世界大戦後の民族自決に基づく東欧諸国の独立が少数民族問題を生み出すという問題点を持っていた、というものですね。これについて、東京書籍の『世界史B』では「しかし、もともと多数の民族が混在していた東欧では、一民族一国家を理念とする国民国家の形成は、事態をいっそう複雑にするものであった。敗戦国ハンガリーは領土の71%を失い、多数のハンガリー人が周辺のルーマニアやチェコスロヴァキアなどに少数民族として取り残された。独立を達成したチェコスロヴァキアには、ドイツ人が多数住むズデーテン地方がとりこまれた。また、セルビア人、クロアティア人、スロヴェニア人は、1918年、南スラヴ人としてまとまってオーストリアから独立したが、内紛が絶えず、29年には国王独裁のユーゴスラヴィア王国となった。」(pp.3565-356)とあります。つまり、西欧式の「一民族一国家」の理念に基づいた「国民国家」を形成すると、多くの民族が混在する東欧ではその枠組みの中におさまならい少数派が必ず生まれてしまうわけです。(もっとも、こうした問題は西欧においても見られることではありました。)基本的にはこのことを指摘すれば十分だと思います。

■解答例

 多くの民族が住む東欧に、一民族一国家の理念に基づく西欧型の国民国家体制が適用したことで、新興国家が少数民族を抱えて複雑な民族構成を持つことになっただけでなく、国外にも多数の自民族を残したため、民族運動の激化や各国間の対立を招く火種を残した。

 

設問7(350字)

■設問概要

・第一次大戦後の世界においてヨーロッパの覇権はどのような形で揺らいだか。 

・また、それはどのような形で立て直されたか。

・波線部に留意せよ。(リード文内に多数)

・指示語は

 ワシントン体制 / 旧オスマン帝国 / サイクス・ピコ協定 / 委任統治 / 植民地

 

■分析と解法

:もっとも重要な点はそれまでのヨーロッパ(特にイギリス)の覇権に対し、あらたにアメリカ合衆国、ソヴィエト連邦の台頭やアジアにおける民族運動などによってヨーロッパの覇権が揺らぎ始めた、という点でしょう。具体的には以下のようなものです。

[ヨーロッパの覇権の動揺]

・金融の中心がイギリスからアメリカへ

(ロンバード街[シティ]からウォール街へ)

・国際秩序構築に対するアメリカの発言力増大

(ヨーロッパのヴェルサイユ体制に対してアメリカ主導のアジア・太平洋地域秩序であるワシントン体制)

・植民地における民族運動の高まりと自治の要求

(インド、ビルマ、エジプト、ヴェトナム、インドネシア…)

 

さらに、これらの現象が発生した原因には以下のようなことがありました。

[ヨーロッパの覇権動揺の原因]

・第一次世界大戦によるヨーロッパの分断と疲弊

 (戦争による国土荒廃、イギリスの経済封鎖による中立国オランダ・北欧諸国の通商制限)

・イギリスをはじめとする連合国の債務問題と債権国化したアメリカ

 (1924年段階で総額約210億ドル、うち100億ドルが対米債務)

・共産主義国家ソヴィエトの成立と社会主義運動の興隆

 (フランスは対ロシア投資が回収できず、国外資産の半分が消失)

・戦後経済の対米依存

・民族自決の理念に対する期待

・戦時における戦争協力と見返りとしての自治要求

・アジアにおける知識人層、民族資本家の成長と、民族運動の大衆化

 

 最も気をつかわなくてはならないのはヨーロッパの覇権がどのような形で「立て直されたのか」という部分です。リード文中にもありますが、戦間期(第一次世界大戦~第二次世界大戦の間の時期)はヨーロッパ(イギリス)の覇権がアメリカへと移る過渡期です。リード文はヨーロッパが「アジア大陸の小さな岬の一つ」になってしまうのか「巨大な体躯の頭脳」のまま留まるかという問いに対して「おそらくは排他的な二者択一ではなく、両方が同に当てはまるようなものであるだろう。その両義的な性格を押さえることが重要である。」としています。ヨーロッパがその覇権を立て直すということがどのようなことなのかを探るには、ヨーロッパがどういった部分で覇権を維持し続けられたのかを確認することが一番です。第一次世界大戦後にヨーロッパが力を保持し続けた部分というと以下のようなものが確認できます。

[ヨーロッパによる覇権の立て直し]

・アフリカ支配の維持

・アジアにおける植民地の確保(民族自決はアジア・アフリカに適用せず)

・中東の委任統治による旧オスマン領支配

・速やかな平時体制への移行と経済の緩やかな回復

・国際協調路線への転換と軍縮推進による歳出圧縮

 

■解答例

 第一次世界大戦中の国土荒廃や経済封鎖よる貿易縮小などで欧州諸国は多大な経済的損失を被って巨額の対外債務を負い、さらにその債権の多くを米が握ったため、経済の中心が英のシティから米のウォール街に移り、さらにアジア・太平洋地域で米主導のワシントン体制が成立して、欧州の覇権に翳りが見られた。ロシア革命により仏の対露投資の回収が不可能となり、さらに中東を英・仏・露間で分割するサイクス・ピコ協定が暴露されると、アラブ人の反発や、民族自決を叫ぶ植民地の民族運動、社会主義運動が高揚するなど、各地でその政治的支配に揺らぎが見られた。しかし、民族自決をアジア・アフリカに適用せず、旧オスマン帝国領を英・仏が委任統治することで支配地域を維持・拡大し、国際協調と軍縮を推進して歳出面の負担を軽減し、経済の回復に努めた。(350字)

 
急ぎで作ったのであんまりイケてないかもしれませんが、練っても同じようなものかもしれませんw なるべく設問の要求に沿ってみたつもりではありますが、「覇権」という言葉自体がかなりアバウトなものなので、その中身をどうとらえるかによって幅のある問題かなぁと思います。


上智のTEAP利用型が始まって今年で5回目の試験になります。上智は2015年度からTEAPを活用した試験を導入してきましたが、この試験では世界史が採用されていて、さらにかなり本格的な史料読解と論述試験が採用されています。試験が始まってまだ歴史が浅く、試験の傾向分析にどの程度の意味があるのかは難しいところではありますが、TEAP型試験の情報があまりにも少ないので、簡単にまとめてみたいと思います。各年の問題分析については別途準備が整い次第UPしていきたいと思います。

先に申し上げておきますと、私は上智の世界史については「ん~?」となることがとても多く、良し悪しはともかくとしてはっきり言って嫌いですw それはなぜかと言いますと、おそらく私が実際に上智の試験(たしかできたてほやほやの地球環境法学部だったかとおもいますが…)を受験した際、世界史を解きながら「こんなのは世界史じゃねぇ!」と憤ったことが原因なのではないかと思います。ちなみに、今でも覚えているのはこんな問題でした。

 

・イタリアの国旗の色は右から順に何色か。次から選べ。

 ① 赤、白、緑  ② 緑、白、赤 …

・ローマの緯度とほぼ同じ都市を次のうちから選べ。

 ① 名古屋  ② 仙台  ③ 秋田  ④ 函館

 

みたいな感じだった気がします。いや、まぁ、イタリアくらいはいいんですよ。わかんねえことはないですからね。ちなみにこれ。

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でも、ローマの緯度はなぁ。あ、選択肢は適当につくりましたが、確かあんまり区別つかないようなところが選択肢だったんですよ。ちなみに、答えは函館です。(北緯41度)

 上智では、最近はそこまででもないのかもしれませんが、かつてはこんな感じでコツコツコツコツ世界史を積み重ねて「おれは英語と数学できねぇから世界史で稼ぐしか手がねぇんだよ」みたいに世界史に期待をかける人間を崖から突き落とすような問題を出すことがたまーにある(そして英語が鬼のように重い。上智だから当たり前―w)もので、あんまり好きじゃありませんw 私大向けの授業でもあんまり上智扱いませんw 個人的な好みの問題なので勘弁してください。(大学としてはとても良い大学だとうかがっていますw 学生が勉強面で苦労する大学は良い大学でしょう、きっと。)

 

 ですから、このTEAP型についてもちょっと後ろ向きだったのですが、受験生がたびたびこの問題の解説を聞きに持ってくるに及んで、「しょうがねぇ、やるか」ということで取り組んでみました。ところが、取り組んでみると意外に「使えそうだ」ということに気づきます。TEAP利用型の問題は、小問には特別見るべきものはありませんが、論述については意外に一橋に通じるものがあります。どの辺がかというと、史料を読ませ、その史料の内容と世界史の知識を合わせて適切な解答を用意するというプロセスが、近年の一橋の論述問題の一部と似ています。史料を読ませる、という意味では東京外語の問題とも似たところがありますが、外語の問題よりも史料に依拠する割合が高いですね。また、外語の小問数が多いのに対して上智の小問数は少なく、論述が占める割合が非常に高くなっています。おそらく、今後一橋の受験生を教える際には上智のTEAP型は良い練習として取り入れていくことになるでしょう。年によって良し悪しはありますが、全体的に論述問題としてはよく練られていて、質はかなり高いと思います。(個人的に、史料を読み取らせるタイプの設問は作るのが難しいことを知っているというのと、史料扱うのが好きなことからそう思うのかもしれませんが。)

 過去5年分の上智TEAP型の設問データは以下の通りです。

 上智TEAP出題傾向1

(時間・設問数・論述字数と全体のテーマ)

 上智TEAP出題傾向2

(論述問題内容一覧)

 

 設問の形式はわりとコロコロ変わりますね。大きな変化としては2018年から60分問題であったものが90分問題に変化した2019年の試験時間も90分だったと聞きましたが、一応後で確認を取りたいと思います)ことでしょうか。これはまぁ、無理もないでしょう。特に2017年の問題で60分は鬼の所業だと思いますw TEAPを利用して受けようという受験生で「世界史得意」っていう人はあんまりいない(勝手なイメージですが、普通英語に自信があるからTEAP利用するのでは)でしょうし、600字近い論述を含んで小問付き60分はあんまり余裕なかったのかなぁという気がしますね。こころなしか、2017以降の問題はだいぶ内容的にわかりやすくなっています。小問については、たしかに決して簡単ではないのですが、早慶上智を受けるレベルの受験生であることを考えれば、基礎とまでいかなくても解けて然るべき問題かなというレベルです。問題数が少ないことを合わせて考えても、やはり小問で取りこぼしはしたくないですね。

 全体のテーマも論述も近現代史が中心です。今のところは18世紀以降しか出題がされていません。また、地域としてはヨーロッパとその周辺が主ですね。アジア・アフリカでも植民地史や独立のプロセスなどはしっかり追っておくべきでしょう。小問などで結構出ています。テーマ自体は一橋よりも東大や外語に親和性がある気がします。2016年のスペイン領と13植民地の「対照的な」という表現は1998年東大のアメリカ合衆国とラテンアメリカ諸国の対照的発展についての問題とそっくりですし、2018年のヨーロッパ統合の「加速」・「抑制」要因という表現は、2006年東大の戦争の助長要因と抑制要因についての問題を思い出させます。絶対とは言いませんが、出題側も一度は東大ほか他大の問題にひととおり目を通しているのではないですかね。

 

 対策ですが、ヤマはるんだったら近現代史やってくださいw 私大の過去問としては慶應の経済、法や早稲田の政経、法あたりは活用できるでしょう。論述の練習としては、東大過去問や東京外語過去問、あるいは論述用の問題集のうち近現代史をあつくやっておく方がよさそうです。一橋などの過去問は形式面で似たところもありますが、テーマが異なる部分も多いので上智のTEAP利用対策として一橋を解くのはおすすめめしません。もちろん、これまでの傾向がそうだからといって、これからもそれが続くわけではありません。一度でも中世史や古代史が出れば過去5年の傾向と対策なんてガタガタもいいところですからねw まんべんなくやっておくのが他の併願校対策にもなって結局は一番力になると思います。

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