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カテゴリ:テストで差がつくワンポイント > 8_近世ヨーロッパ世界の形成

【定期考査】

・アステカはコルテスでインカはピサロ(文字数を見よ!)

:あるあるですが、メキシコにあったアステカ王国を滅ぼしたのはコルテス、アンデスにあったインカ帝国を滅ぼしたのはピサロなんですけれども、「どっちがどっちなんだか分からなくなってしまう」という人はわりといるようです。

 

冷静に、下に書かれたものを見てみましょう。

 

アステカーコルテス

インカーピサロ

 

4文字と、3文字。「文字数の同じ方を組み合わせればOK」と覚えておけば大丈夫ですw

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オランダ独立はゴイセンを率いたオラニエ公ウィレムが当時のスペイン王フェリペ2世に対して独立戦争を戦ったことによって始まります。この戦争は、1609年には停戦が成立したために、この頃にはオランダ(ネーデルラント連邦共和国)は実質的に独立を達成するのですが、正式にその独立が承認されるのは1648年のウェストファリア条約によってです。これは、あくまでもオランダを反乱軍扱いしてきたハプスブルク家が三十年戦争で敗れたために、その講和条約であるウェストファリア条約でオランダ独立を承認せざるを得なくなったからです。

 さて、オランダ独立戦争が開始されたのは1568年なので、ウェストファリア条約で終結したと考えればその終結までに80年かかったことになります。そのため、オランダ独立戦争は別名を「八十年戦争」とも呼ばれます。宗教改革後の各国の内乱は多少入り組んでいるため、「ルターの宗教改革とドイツの内乱」→「各国の宗教改革と内乱」と話をスッキリ話を整理できない人は時折、オランダの独立戦争がいつ頃始まったのか混乱してしまうようですが、上述の通り、八十年戦争という別称とウェストファリア条約が終点だということを理解しておけば1648801568と逆算すればOKです。(ウェストファリア条約が1648年だというのは、日本史における794ウグイス平安京ばりの基本知識なのでさすがに覚えましょうw)

 また、年号として覚えられない場合でも、「オランダの独立戦争はゴイセン(カルヴァン派)が中心だから、少なくともルターよりは後だな…」とか、「オランダの独立戦争を支援したイングランドにスペインが攻めてくるので、アルマダ海戦はオランダ独立戦争勃発後だな…」など、ストーリーを理解して前後関係を把握できるようにしておくことが大切です。早慶の時代順整序問題などで、近現代史ほどではないにせよ、わりと出題される箇所かと思います。

 
 今回の記事とは直接の関係はないですが、独立後のオランダについては「提督の艦隊」は面白かったです!個人的には17世紀後半(英蘭戦争期~名誉革命前)の英蘭関係が映画の中で示されていたのが良かったですね。

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ちょいと小太りなところがまた、イイ!

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