2004年の東大大論述のテーマは、「銀を媒介とした世界の一体化」でした。2000年代の初めごろは、いまでは言葉としてはやや陳腐化した「グローバル化」という言葉がさかんに使われ始めた時期でもあります。1980年代ごろまでは、国際関係においてよく用いられたのは「インターナショナル」という言葉でしたが、冷戦の終わりとIT技術の進歩によって、一部の国だけではなく地球上のほぼすべての国々が何らかの形で互いにつながりを持つようになりました。こうしたグローバル化の流れの中で、かつて歴史の中で起こった地球の一体化への動き、過程を確認しようという意図が見え隠れします。また、当時の受験生にそうした問題意識を持ってほしいということもあったのでしょう。

 また、当時は歴史学会において、アンドレ=グンター=フランクの『リオリエント』(邦訳は2000年の出版)をはじめ、ウォーラーステインの近代システム論に対する修正的なものの見方がよく話題にのぼった時期でもありました。私自身は当時大学院生になりたてでしたが、原史料へのアプローチ不足は否めないものの、ヨーロッパ中心史観にかえて銀の流入・流出というデータから巨視的に15世紀~18世紀頃の経済の実体を読み解こうする内容と手法には引き込まれたのを覚えています。本設問は、こうした当時の歴史家たちの問題意識を反映したものでもあったのではないかと思います。『リオリエント』については以前に別記事の方でご紹介しておりますので、こちらをご参照ください。銀の流れをテーマとした設問としては、近年でも東京外国語大学2017年の大問1論述400字)などで出題されています。

 

【1、設問確認】

・時期:16世紀~18世紀

・銀を中心とする世界の一体化を概観せよ。

16行(480字以内)

 

:リード文は多分に示唆的ではありますが、本設問を解く直接のヒントになる部分はそれほどありません。(設問の要求が1618世紀までであるのに対して、リード文の多くが19世紀以降の話であるため。)ただ、東アジアでは19世紀になっても「依然として」銀貨が子国際交易の基軸通貨であったという部分から、東アジアにおいて銀本位的な経済が18世紀までに成立していたことは確認できます。

 

【2、指定語句の整理】

:今の受験生であれば、本設問のテーマはすでに授業や講習などで先生方が意識して語るテーマの一つになっておりますので、全体の流れを何となくはイメージできるという人もいるかもしれません。ですが、本設問が出題された当時は、銀による世界の一体化を一つのテーマとして語る教材等はまだそれほど多くはなく、当時の多くの受験生はおそらく手探りで本設問にあたることになったと思われます。いずれにしても、こうした世界各地を結び付ける動きを確認しようとする説問の場合、対象となる地域(設問によってはヒト・モノ・カネ・情報なども)はどのあたりなのかを指定語句からひとまず整理してやるべきだと思います。

 

① 汎用

= 綿織物、東インド会社

:この二つについては色々な地域について用いることができます。綿織物については東アジアでも生産されますが、本設問で使用するのであればインド産綿布のイギリス(またはヨーロッパ)への輸出という文脈で用いるのが妥当かと思います。東インド会社についても、その活動範囲は広いですし、設立されるのはヨーロッパですから、色々な地域について言及することが可能です。

 

② 東アジア・東南アジア

= 一条鞭法 / 日本銀

:一条鞭法はめちゃくちゃ出ます。頻出です。これは、明の時代が大交易時代と同時期で、アジアに従来では考えられなかった量の銀が流入してことにより、中国の経済が銀決済を中心とする経済に変化していく中で税制も変化していくという形で、「世界の一体化→地域社会の変化→制度の変容」といった関連性をはっきりと見出せるものであることから、好んで出題されるようになったものと思われます。また、清代にはさらに地丁銀へと変わっていきます。

:日本銀については、出会い貿易を介しての中国への流入などについて書いておくと良いでしょう。

 

(関連事項)

・一条鞭法の内容

=租税や雑徭が複雑なものになっていた両税法にかわり、税を地税と丁税(人頭税)の二つにまとめ、これらを銀で一括納入する制度。以前の『詳説世界史研究』等では以上のような説明ではっきり書いてあったのですが、最近の『詳説世界史研究』や山川の用語集では、地税と丁税というような言及はなく、「とりあえず全部銀でまとめて払った」的な説明が多いです。(帝国書院の教科書も似たような記述になっていました。) 多分、受験生がわかりやすくなるようにということなのだと思いますが、かえって清代の地丁銀との区別がつきにくいので、個人的には以前の記述の方が良かったなぁと思います。これについては、以前Q&Aの方に記事を書いておきました(→こちら)。

・張居正

:一条鞭法を導入した宰相

 

③ 西ヨーロッパ

= 価格革命 / アントウェルペン(アントワープ)

:価格革命は新大陸の銀が大量に流入したことによる銀価値の下落がヨーロッパにおける物価の高騰を招いたとされる事象です。また、これにより生じた西欧・東欧間の価格格差は、東欧から西欧への食糧輸出を促し、東欧でのグーツヘルシャフト発展へとつながっていきます。そういった意味では、新大陸や東欧の文脈でも利用できる用語でしょう。価格革命を扱った設問としては、近年では一橋大学2017年大問1400字論述)などがあります。また、価格革命が実は銀流入ではなく人口増加を背景としたものだったのではないかとする説が近年有力になってきていることについても以前書いた通貨・金融史の方で述べておきました。お時間あればご参照ください。

:アントウェルペンについては、商業革命によって商業の中心地が北イタリア諸都市から大西洋岸へと移っていく例として用いると良いと思います。商業革命によって発展した大西洋岸の都市としては、ほかにリスボンやロンドンなどがあります。また、本設問では18世紀までとなっておりますので、アントウェルペンが衰退した後のアムステルダムなどを示すことも可能でしょう。

 

④ 東ヨーロッパ

= グーツヘルシャフト(農場領主制)

:「グーツヘルシャフトとは何か」を説明させようとすると答えに窮する受験生が結構いるのですが、いまやグーツヘルシャフトは一問一答で答えるだけの用語ではなく、16世紀以降のヨーロッパ経済・社会と深く関連している用語ですから、いくらかは説明できるようにしておかないと活用の機会を逃してしまうかもしれません。グーツヘルシャフトを簡単に説明したいと思うのであれば、以下の3点を抑えておくと良いと思います。

 

Ⓐ 西欧への輸出用穀物生産が目的

Ⓑ 領主が農奴を支配して大農場を経営

Ⓒ エルベ川以東のドイツ諸地域で発展

 

単純に農奴から税を搾り取ることが目的なのではなく、西欧向け輸出作物を大量に生産して売り飛ばすことが目的なのだということは大事なポイントですので、確認しておきましょう。また、エルベ川以東とはどのあたりかということですが、エルベ川はユトランド半島の西の付け根から袈裟懸けにドイツを縦断する川ですので、おおむねプロイセン地域のあたりが中心だと思えばよいかともいます。

画像1

(エルベ川の位置)

⑤ 新大陸

= ポトシ

:ポトシは銀山があることで有名な現在のボリビアにある都市です。このポトシ銀山やメキシコのサカテカス銀山で採掘された銀は、ヨーロッパや、アジア方面に大量に運ばれることになります。ヨーロッパについてはスペインの重商主義(重金主義)、アジアについてはアカプルコ~マニラ間のアカプルコ貿易を思い浮かべればOKです。

 

【3、銀が流れる=取引が行われる】

:2の指定語句整理で、設問が意図している地域としては東アジア、東南アジア、東西ヨーロッパ、新大陸などがあることがわかります。できれば、これに加えて南アジアや中東地域(イスファハンなど)、奴隷貿易が行われる西アフリカといった中継地点を思い浮かべることできればなお良いです。中東は見落としがちですが、指定語句に綿織物がありますし、本設問を解いていくうちに大西洋三角貿易や奴隷貿易は当然思い浮かべることになると思いますので、南アジアや西アフリカについてはさほど苦にせず浮かんでくるのではないかと思います。

 さて、世界の銀の流れについてですが、冒頭でご紹介したアンドレ=グンター=フランクによれば、設問の対象となっている16世紀~18世紀にかけての世界の銀は、最終的には中国に流れ込んでいくとされています。以下はフランクが示した1400年~1800年にかけての環地球交易ルートです。「→」の最終的な先端が中国を向いていることが見て取れるかと思います。

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(アンドレ=グンター=フランク、山下範久訳『リオリエント』藤原書店、2000p.147

 

このように銀が流れていく場合、一部の例外を除いて、当然のことながらこうした銀は何らかの支払いのために流れていくわけで、銀が流れていく反対方向に銀で購入されたモノが流れていくことになります。ですから、こうした銀の流れを意識しつつ、各地域でどのようなモノが取引の対象とされ、どこに流れていくかを確認することが大切です。ただし、新大陸からスペインへなど、重金主義政策や王家に対する納税など取引以外の要素で流れていく銀があることにも注意を払う必要があります。そこで、16世紀~18世紀に、本設問が意識している諸地域間でどのような交換が行われていたのかを、世界史の教科書レベルの知識でまとめてみました。

画像3



青の→:銀と引き換えにもたらされる主要な物産

緑の→:大西洋三角貿易(17世紀~18世紀ごろ)

黄の→:主な銀の流れ(メキシコ銀・日本銀)

ピンクの→:茶の輸入(大量に入ってくるのは18世紀頃から)

 

注意しておきたいことは、これらの物産の流れにも時代による違いがあるということです。たとえば、新大陸から西欧への物産に「砂糖、タバコ、綿花」などがありますが、このうち綿花については、やはり大量に西欧に流れ込んでくるのはイギリスで産業革命が本格化してからの時期(18世紀後半)をイメージするべきだと思います。それに対して、インドからの綿織物輸入については産業革命本格化以前の話なので、16世紀~17世紀が中心だとイメージするべきでしょう。また、アカプルコ貿易や日本銀の流れについても、17世紀半ば頃には東アジア・東南アジア海域でのいわゆる大交易時代は斜陽の時代を迎えます。これは、日本の「鎖国」、清の「海禁」(遷界令など)、スペインが新大陸で採掘する銀の産出量の減少と重金主義の終わり、胡椒をはじめとする香辛料価格の暴落など、複数の要因からなるものです。16世紀~18世紀にかけての世界交易では、スペイン・ポルトガルが活躍していた16世紀、オランダが覇権を握った17世紀前半、英仏が競い合う17世紀後半以降など、時期によって活躍する国も移り変わっていきますが、地域ごとに取引される物産も変化していくのだという点は意識しておきましょう。

 

【4、16世紀~18世紀にかけての主要な銀の流れと影響をまとめる】

:これまで整理してきた内容に注意して、16世紀~18世紀にかけての主要な銀の流れと影響を整理してみると、以下のようなものが挙げられるかと思います。このあたりのところはすでに教科書などでもおなじみの基礎的な内容かと思いますので、詳しい説明は割愛して、関連語句のみcf.)として示しておきたいと思います。

① 新大陸から西欧への銀の大量流入

 →商業革命、価格革命

 →国際分業体制(西欧:商工業、東欧:食糧供給地)

cf.) 大航海時代、ポトシ銀山、ガレオン船、アントウェルペン、リスボン、セビリャ、重金主義、グーツヘルシャフト、中継貿易など

 

② 新大陸からアジアへの銀の大量流入

 →中国を中心とした銀経済の成立

 →一条鞭法、地丁銀など、銀経済に対応した税制の成立

cf.) アカプルコ、ガレオン船、マニラなど

 

③ 日本銀の東南アジアを経由した中国への流入

 →②に同じ。

cf.) 石見銀山、出会い貿易、堺、博多、朱印船など

 

④ 新大陸から一度欧州に到達した銀が、アジアへ流入

 =香辛料、陶磁器、絹織物、綿製品などの代金として

 (経由地としての中東[イスファハン]などの繁栄)

 →生活革命などを促す

cf.) 東インド会社、生活革命、ゴア、モルッカ諸島、クローブ、ナツメグ、アンボイナ事件、台湾、マラッカ、アムステルダム(国際金融の中心[もっとも、ヨーロッパにおける]

 

⑤ 大西洋三角貿易

 =奴隷、新大陸物産(砂糖、タバコ、綿花など)、工業製品の交換

 →交易の主導権を握り、高付加価値商品を販売する西欧に資本が蓄積

 →産業革命の一因に、生活革命を促す(西欧)

 →プランテーション拡大、モノカルチャー化(新大陸)

 →労働可能人口の流出による人口構成の崩壊、低成長の遠因(西アフリカ)

cf.) リヴァプール、ボルドー、アシエント、黒人王国(ベニン・ダホメ・アシャンティ)、英領ジャマイカ、仏領サン=ドマング、スペイン領植民地(カリブ海ではキューバ)、ポルトガル領ブラジルなど

 

⑥ 茶の流入

 =ヨーロッパの宮廷から、後にオランダなどを経由してイギリスへ、民衆への広がり

 →砂糖や陶磁器需要の急増(生活革命)

 →アメリカ独立のきっかけに

cf.) 東インド会社、平戸(オランダ船の来航)、アンボイナ事件、ボストン茶会事件など

 

:ポイントは、個々の動きを断絶したものとしてしまうのではなく、他の事柄と連動していることをうまく示してやると良いかと思います。特に、後半(17世紀半ば以降)の話は、それ以前に銀を原動力として物産の流れや各地の社会状況が変化した結果として起こる新たな流れですから、やはり連続性ということに注意を払うべきかと思います。

 また、本設問の要求はあくまで「銀を中心とする世界経済の一体化の流れを概観せよ」です。銀の流出入は、様々な物産の移動や社会の変化を促しますけれども、そうした変化のうち本設問の解答として書くべきなのはあくまでも「世界経済の一体化の流れ」にかかわるものだけです。これまでの解説の中では、関連する事項として広く多くのことを示しておりますが、そうしたものの中でも「解答に盛り込むべきものは何か」ということについては精選した方が良いでしょう。

 

ex.)◎・〇は使ってOK、△あたりは微妙、×は書いても加点されません

・国際分業体制…◎

:東西ヨーロッパ経済の一体化を促すため

・一条鞭法…◎

:東アジア経済のさらなる銀経済化を促すため

・生活革命…◎

:関連する物産の輸入、ライフスタイルの変化が世界各地の経済的結びつきを深める

・産業革命…○

:時期的には本設問の終わりの方になるが、その後のイギリスの経済覇権の下での世界経済の一体化に重要な役割を果たすため

・プランテーション拡大、モノカルチャー化…〇

:プランテーションで生産される物産が交易(銀の移動)の原動力となるため

・アフリカの低成長…×

:当時の世界経済一体化の結果に過ぎない / 現代世界への影響はあるが、当時の世界経済一体化に影響を与えるものではない

・アメリカの独立…△

:当時の世界経済一体化の結果に過ぎない / ただし、世界経済の一体化が当時の新大陸にも深く及んでいたことを示す例として示すことは可能(時期が18世紀なので)

 

【解答例】

大航海時代が始まり、スペインがポトシ銀山などの銀を西欧に持ち込むと、商業の中心がアントウェルペンなどの大西洋岸に移る商業革命や、価格革命による物価高騰が起こった。東欧ではグーツヘルシャフトが発展して西欧への穀物供給地となり、国際分業体制が成立した。メキシコ銀はアカプルコからマニラへも向かい、絹や陶磁器を売る中国商人、日本銀を持つ堺・博多の商人を巻き込む出会い貿易で交換された。当初ポルトガルが独占した香辛料貿易はオランダ東インド会社に引き継がれ、アムステルダムが国際金融の中心となった。イギリスもインド産綿織物を輸入したため欧州からアジアへ銀が流出し、中継地イスファハンも繁栄した。銀経済化した中国では、明の一条鞭法や清の地丁銀など銀納の税制が導入された。生活革命により西欧で砂糖・タバコ・茶の需要が急増すると、カリブ海で西アフリカの黒人奴隷を使うプランテーションが発展し、西アフリカへ西欧が工業製品を売る大西洋三角貿易が成立した。資本を蓄積したイギリスで産業革命が本格化すると、インドへの綿織物輸出が増加し、茶の輸入や自由貿易をめぐり清との対立が激化した。(480字)

 

:こんな感じでしょうか。480字という制限があると、やはりどうしても教科書的な解答になってしまって、いまいち『リオリエント』的な銀の複雑な流れを示すことができません。でも、どうしても「欧州からアジアへという銀の流れ」には言及したかったので、それを示せただけよかったかなと思います。教科書的にはポルトガルやオランダによるアジア地域での中継貿易、オランダによるヨーロッパ方面での中継貿易なども書くべきなのかもしれませんが、世界全体での銀の流れということを意識するのであればヨーロッパ諸国が主体の中継貿易という用語にこだわる必要はなく、むしろアジアの商人を交えた出会い貿易の方が良いかなと思ったのでそちらを入れました。600字ならもう少し自由度が高く、色々な要素を入れることもできるかもしれません。