世界史リンク工房

大学受験向け世界史情報ブログ

各校の過去問対策、受験対策のほか、世界史を理解する上で役に立つ視点や勉強法についての情報を随時更新していきます。
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※ 目標に向けて頑張る受験生の皆さんの一助になればと思って頑張って更新し、情報もチェックしておりますが、人間ですのでミスなどが出ることもあります。当サイトの情報をご利用の際はあくまでも自己責任でお願いいたします。

※ 問題解説では、著作権で怒られても困るので、解説に必要な最小限の問題概要のみを示してあります。あくまでも解答にいたるまでの「考え方」を示すためのものでありますので、過去問の正確な内容については各大学にお問い合わせいただくか、赤本買ってくださいw また、大手予備校のHP等からも閲覧できるかと思います。問題全てが手元にあった方がわかりやすいと思います。

ヘッダーイラスト:かるぱっちょ様

もう色んな方が解いて解答出しているようですが、今年もひとまず解いてみました。解説も用意しましたが、結構手間がかかったのでチェック後回しにしています。もしかすると血迷って間違えているところなどあるかもしれませんので、お読みになる場合には自己責任でお願いします。

全体の感想ですが、ところどころに資料問題として良質な設問が見られました。単なる国語の問題や史料の読み取りが主で世界史の知識は表面的な浅い知識があればいいというスタイルの設問ではなく、かなり深い知識まで駆使して丁寧に情報を整理する必要のある設問ですね。一方で、単なる国語の問題にとどまっている設問も相当数ありました。

今年の問題は、世界史の知識として難しいかと言われるとそうではないけれども、とにかく時間がかかるのでそれがしんどい、というタイプの問題ではないかと思います。60分で解けないことはないと思いますが、実際の受験生は自己採点のためのチェックとか、見直しの時間なども必要になるので、これまでのセンター試験では十分に確保できていた、こうしたことに費やす余裕がかなり圧迫されたのではないかと思います。その分、見逃しやミスの増加、自己採点の精度が悪くなるなどの影響が出そうだなぁと思いました。問題数が34問とそう多いわけではないのは救いと言えば救いですが、これだけ読み取りを要求する問題を出すのであれば、30問くらいにしても良いかなという気もします。各予備校は「やや難化した」としているところが多いようですが、上記のような理由で妥当な評価である気がします。
 3年分出てきましたので、概ねこの出題スタイルで固まってきているのではないでしょうか。1年分とか2年分だと次もそうなるか不確かなところがありますが、3年分もデータが出そろったのであればそろそろ、分析をしてもいいころかもしれません。

2023年 大学入学共通テスト世界史B 解答と解説】

 

 1  

:フィンランドは1815年のウィーン議定書でロシア領になっているので、アはロシア。BRICSはブラジル(Brazil)・ロシア(Russia)・インド(India)・中国(China)でロシアは入っている。2001年にゴールマン=サックスのジム=オニールが使い始めたのが最初とされる。

 

① 北方戦争で戦ったのはロシアのピョートル1世とスウェーデンのカール12世なので、イギリスではない。

② シュレスヴィヒ・ホルシュタイン両州をプロイセンと争ったのはオーストリアなので×。また、オーストリアはこれらを争った普墺戦争(1866)でプロイセンに敗れている。

③ ピウスツキはポーランドの人物。

 

 2  

:イギリスがインドから兵士・物資を出させた代わりに自治を約束したものの、戦後その約束が果たされなかったことからインドの民族運動が激化したことを思い出すと良い。

 

① オスマン帝国は同盟国側なので×。第一次世界大戦の同盟国はドイツ・オーストリア・オスマン帝国・ブルガリアなので注意。また、オスマン帝国に対する独立闘争を繰り広げていたアラブ人の運動をイギリスが支援していたことなどを想像すれば、「オスマン帝国 VS イギリス」という構図が思い浮かぶので、協商国ではあり得ない。

② タンネンベルクの戦いはドイツとロシアの戦いで、東部戦線での出来事。西部戦線でドイツ軍の進軍を阻んだのはフランスで、マルヌの戦いが有名。

④ レーニンが出したのは平和に関する布告(1917)で、無併合・無賠償・民族自決などを主張した。アメリカのウィルソンが出した十四か条の平和原則(1918)にも民族自決の理念が見られるが、これは平和に関する布告よりも後のことだった。

 

 3  

 

室井さん:誤。ニュージーランドが自治領になるのは20世紀に入ってから(1907)なのに対し、女性参政権の獲得は19世紀末(1893)。

 

渡部さん:正。イギリスの第4回選挙法改正(1918、ロイド=ジョージ挙国一致内閣)で女性参政権が認められた。ただし、男性が満21歳以上とされたのに対し、女性は満30歳以上という年齢による差があったことには注意。

 

佐藤さん:誤。キング牧師の主導した公民権運動は1960年代、ケネディの頃。ケネディ暗殺後の1964年、ジョンソン大統領の頃に公民権法が制定された。第一次世界大戦は19141918年。

 

 4  

:史料中最後に、北方の女性の振る舞いが「平城に都が置かれていた時代からの習わしであろうか」と書かれている。平城は北魏の最初の都なので、②が正しいとかんがえるべき。匈奴も北方の異民族、隋ももともとは北朝の流れをくむので、よく勉強している人ほどやや難しく感じるかもしれない。

 

 5  

:難しいが、良問。文章中、中村さんは中国の女帝について言及しているが、中国史の女帝と言えば則天武后のことなので、唐を意識して話していると考えることができる。唐に関連する文章には①と②があるが、科挙官僚が門閥貴族に代わって力を持ち出すのは則天武后によって科挙官僚が重用される唐中期以降の話であって、則天武后が「出現する」原因にはなりえない。

対して、唐の建国者李淵は、北朝時代に鮮卑系軍人と漢民族の土着勢力が融合して形成された関隴(かんろう)集団の血を引いており、唐の門閥貴族にはこうした出身者が多かった。関隴集団については高校世界史では用語としてはあまり出てこない。(山川と東書の教科書、山川用語集には記載がないが、山川の『詳説世界史研究』には記載有り。[p.124] こうして共通テストで出てくるところを見ると、難関大ではもしかすると今後、関隴集団やその視点を問う設問が増えてくるかもしれない。) しかし、上述の通り、②が消去できるので①が正解。また、家の中における女性の傾向という、本文の内容とも合致する。

 

 6  

:この時代(北魏、都が平城の頃)以降とあるので、それ以前のものは消去する。『五経正義』は唐の時代に孔穎達らが編纂した儒学のテキスト五経の注釈書なので問題なし。

 

① 清談がはやるのは魏・晋の時代。

② 董仲舒による儒学官学化は前漢・武帝の時代。

③ 新天師道を興した寇謙之は北魏3代目の太武帝の頃の人物だが、道教の指導者で儒者ではない。

 

 7  

:基本的には消去法で解くことになる。

 

① 文章をよく読むと、以下のようになっていることが分かる


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フランス王家であるカペー朝と、ナバラ王家は、家系図からも別家系なのは明らかなので、右の図柄がクレシーの戦いにおける図柄(左の図柄)と同じとする①は誤り。

 

③ 上述の通り、両図柄はフランス王家とナバラ王家のものであり、イギリス王家は無関係。

④ 家系図より、ナバラ王であったのはアンリ4世の母であって、父ではない。

 

 8  ①

:サン=バルテルミの虐殺は、ユグノーとの和解を図ったカトリーヌ=ド=メディシスにより進められたナバラ王アンリと、フランス王妹マルグリット(カトリーヌの娘)の結婚式のために集まったユグノーたちが、カトリックの首領ギーズ公アンリに虐殺された事件。このあたりのことについては以前一橋の2012年解説で詳しくお話ししました。

 

② ドイツ農民戦争の指導者はトマス=ミュンツァー。ツヴィングリはスイスのチューリヒでカルヴァンに先んじて宗教改革を展開した人物。

③ 首長法を制定したのはヘンリ8世。

④ 文章自体は正しいが、イエズス会はカトリック。(対抗宗教改革の文脈で出てくることを忘れないように。)設問はプロテスタントについて聞いているので不適。

 

 9  

:文章中に「宰相マザランが死去した後、親政を始めた」とあるので、該当するのはルイ14世(あ)。ネッケルはルイ16世の頃に活躍したスイス生まれの銀行家で、財務長官(財務総監)を務めた人物なので、文章Xは不適。よって、組み合わせは「あ」と「Y」の②。

 

 10  

:史料の中で、 ウ の支配者は自分のことを「わたしたちウマイヤ家」と呼んでいる。しかし、ファーティマ朝が成立している時期なので、ウマイヤ朝ではありえないので、この王朝は後ウマイヤ朝であることが分かる。よって、支配していた半島はイベリア半島であるから、該当するものを選べばよい。ムワッヒド朝はその前のムラービト朝と同じく、ベルベル人が中心となって建てた国なので、③が正。

 

① ルーム=セルジューク朝はアナトリア半島に成立する王朝で、イベリアの王朝ではない。

② イベリア半島最後のイスラーム王朝はナスル朝。イベリア半島では西ゴート王国というゲルマン王国が後ウマイヤ朝に倒された後、「後ウマイヤ朝→ムラービト朝→ムワッヒド朝→ナスル朝」と変遷し、1492年にナスル朝の都グラナダが陥落してレコンキスタが終結すると、イベリア半島からイスラーム王朝が消滅した。

④ ワッハーブ王国はアラビア半島に建設された王国。

 

 11  

:ムハンマドの後継者である正統カリフは「アブー=バクル→ウマル→ウスマーン→アリー」の順。

 

② アブデュルハミト2世は、スルタン=カリフ制とパン=イスラーム主義を利用して専制の強化を図った人物。カリフ制の廃止はトルコ共和国が成立して間もなくの1924年。

③ ブワイフ朝の君主は、アッバース朝のカリフから大アミールの称号を与えられて政治的諸権利を委譲されたので、カリフは名乗っていない。

④ サファヴィー朝が活動していたころにカリフを保護していたとされるのはオスマン帝国。また、サファヴィー朝はシーア派王朝なので、アッバース朝(スンナ派)カリフを擁立する必然性がない。

 

 12  

:シーア派であるファーティマ朝がアッバース朝カリフの権威を否定してカリフを自称したことは世界史の教科書等でも学習する内容。さらに、史料2はファーティマ朝がアリーの子孫によるものであることの証拠としてアッバース朝カリフの手紙を挙げているので、④の内容は正。

 

① ファーティマ朝(909年)の成立はアッバース朝成立(750)の後。

② 上述の通り、ファーティマ朝はシーア派。

③ 史料を読むと、「シリアやエジプトを取り戻せない無能力」の主語はアッバース朝であってファーティマ朝ではない。国語の問題。

 

 13  

:図は、「ナポレオンの帰還」を描いたもの。これはエルバ島を脱出したナポレオンを描いたもので、当時フランス国王であったのはルイ18世。

 

① アルジェリアがフランスによって侵略されるのは、シャルル10世の頃に始まるアルジェリア出兵(1830~)がきっかけだが、占領までにはかなり長い時間がかかる。いずれにせよ、アルジェリアがフランス支配下とされていく時期は「七月王政(国王:ルイ=フィリップ)~第二共和政~第二帝政(皇帝:ナポレオン3世)」の頃なので不適。

② ルイ18世は恐怖政治を敷いていない。

③ ヴァレンヌ逃亡事件で捕まったのはルイ16世。

 

 14  ②

 ア に入るのは「トゥサン=ルヴェルチュールが独立運動」とあるのでハイチ(a)。また、ナポレオンが最終的に流されるのはセントヘレナ島(c)。

 

 15  

:文章より、宋代に興った新しい学問であることが分かるので ウ は宋学(朱子学)。宋学は北宋の周敦頤から始まり、南宋の朱熹(朱子)の時に大成されたので朱子学とも呼ばれる。朱子学は『五経』に加えて『四書』を重視したことでも知られる。また、臨安は南宋の都なので③が正しい。

 

① 科挙が創設(導入)されたのは隋の時代なのでおかしい。

② 金の支配下で儒・仏・道の三教融合を目指したのは王重陽が創始した全真教。

④ 王守仁(陽明)は陽明学を大成した人物で、知行合一は陽明学における基本的な考え方。

 

 16  

:文章中には顧炎武が紹介されている。顧炎武は明から清へと王朝が変わる時代に、考証学の祖として黄宗羲とともに知られる人物。『日知録』で知られる顧炎武も、『明夷待訪録』で知られる黄宗羲も、早慶などでは頻出の人物。また、17世紀とあることからも、王朝交替が明→清であることが分かる。

 同時期に起こった「書院を拠点とした争い」とあるので、東林書院のことを言っていることが分かる。明の末期には、東林書院に反宦官派の官僚や文人が集い、東林派と呼ばれる集団を形成していたが、これが宦官魏忠賢に弾圧される事件が起こった。

 

① 張角の太平道が起こした黄巾の乱(184)は後漢の末期。

② 秦檜(和平派)と岳飛(抗戦派)の対立が生じたのは南宋の時代。

③ 土木の変(1449)は明の時代ではあるが、明の中期である6代目正統帝(英宗)の時代で、15世紀。

 

 17  

:丁寧に読み解かないと足元をすくわれそうな問題。まず、科挙以前の官吏任用制度として知られるのは、前漢の武帝の頃に導入される郷挙里選と、魏の時代に始まる九品中正法で、「あ」が郷挙里選、「い」が九品中正法を指していると考えられる。「あ」の文章に問題はないが、「い」は最終的には中央の高官の意図が反映されやすく、門閥貴族を形成したことで知られている。cf.「上品に寒門なく、下品に勢族なし」) そのため、「貴族の高官独占が抑制された」という部分が誤り。

 また、朝鮮・日本における人材登用制度に対する考えについては、「日本の社会には中国で理想とされる周代と共通する要素があると考え、周代の制度を参考にして…」とあるので、日本は周の制度を肯定的にとらえていることが分かる。そのため、「Y」の「日本の儒学者が、周の封建制を否定的に考え…」という部分は明らかな誤り。こちらは国語の問題。よって、正しいのは「あ」と「X」の組み合わせである①。

 

 18   

:『四書大全』は明の永楽帝の時代に編纂された『四書』の注釈書。『四庫全書』は清の乾隆帝の時に編纂された叢書。叢書とは、世間にある書物を集めて、各書の一部を引用するなどして一定の形式に整えて、編纂し直したものを言う。

『四庫全書』がどんなものか、ということは用語を覚えているだけだとイメージしにくいが、『四書大全』が『四書』の注釈書であるということをおさえてさえあれば、文章の言っている「四」が『四庫全書』の話をしているのは明らか。また、時代は清の時代なので、該当するのは辮髪について述べている方。よって、組み合わせより④が正しい。(中書省の廃止は明の初代皇帝である洪武帝による。)

 

 19  

:これは、すぐに解ける人と時間のかかってしまった人とがかなり分かれる設問。普通は、文章を丁寧に読んで解くことになります。文章を読むと、以下のことが分かります。

 

『隋書』経籍志の中に『漢書』があり、この『漢書』芸文志の中に『易経』をはじめとする五経(書経・詩経・易経・春秋・礼記)が含まれている。

 

よって、「あ」の『詩経』は含まれているとかんがえるべき。対して、『資治通鑑』は北宋の司馬光が著した歴史書で、これが『漢書』に含まれているはずがありません。(文中にあるように、『漢書』は1世紀にできた書物だが、司馬光は11世紀の人物) 勘のいい人は、『資治通鑑』は初めから入っていないということを理解した上で、『詩経』の有無のみ確認する作業に集中すればよいですが、文章を一から丁寧に読んで両方の情報を探そうとすると思わぬ時間がかかってしまう可能性があります。

 

 20  

:あまり良い問題ではありません。他のところでは世界史の知識を用いて解く設問も多く出しているわけですから、この問題を解いている受験生にとっては「書いてあること=正しい」とは判断できても、「文章に書いていないこと=間違っている」とは必ずしも判断できないと思われます。そのため、②と③で迷った人が多かったのではないでしょうか。③に書かれている「本紀」と「列伝」を主体とする歴史書とは、紀伝体で書かれた歴史書のことなので、これが正。

 

① これは、文章の最後の方で「1世紀にはまだ四部分類がなかったのですか。」→「その通りです。当時は史部という分類自体、存在しませんでした。」とあるので、明らかに誤り。

② 文章中には歴史書が増加したことは書かれているが、その原因が木版印刷の普及にあったとは書かれていない。また、木版印刷が中国で普及するのは唐代以降なので、3世紀から6世紀にかけて歴史書が増加した理由にはならない。ただし、中国における木版印刷の普及がいつごろからかという知識は通常の高校受験生は持ち合わせていないと思われるので、判断材料が問題の会話文にしかないことになるので、②を誤文とする根拠はやや弱い。

④ 文章中には宣教師については書かれていない。また、『四庫全書』が編纂されたのがそもそも18世紀の乾隆帝時代なので、この時代に四部分類が用いられなくなったとするのはおかしい。

 

 21  

:それぞれの貨幣についての説明(貨幣1=ソリドゥス金貨、貨幣2=発行したのがムアーウィアの開いた王朝)から、貨幣1を発行したのは東ローマ帝国(ビザンツ帝国)、貨幣2を発行したのはウマイヤ朝で、貨幣はディナール金貨と分かる。当てはまるのは、ユスティニアヌスの時にトリボニアヌスが編纂した『ローマ法大全』など、ローマ法の集大成をビザンツが行ったことから③。

 

① ゾロアスター教が国教とされたのはササン朝ペルシアであってビザンツ帝国ではない。

② パルティアを征服したのもササン朝。ウマイヤ朝ではない。

④ ウマイヤ朝の都はダマスクスであってバグダードではない。(バグダードはアッバース朝の都として有名。)

 

 22  

:よく読めば答えはわかるのですが、正直に言って設問の文章が読みにくいです。「情報処理能力が必要とされている」と言えばたしかに聞こえはいいのですが、日常においてこの手の情報処理能力が必要かと言われると…。いや、相手の国語が怪しい場合にはあり得るのか…。「父親が解読できない母親の言いたいことを、なぜか息子は即座に解読できてしまう(我が家の場合)」みたいな能力なのか…。いや、これはまた別か…。ヤバイ顧客やヤバイ上司への対応には必要になる力なのかも…。あれ?やっぱり必要な能力なのか?これ。

 何が分かりにくいのかというと、「貨幣2を発行した王朝」と「貨幣2の発行者」が別の存在を示していることを読み取れないと、選択肢の読み取りを間違えてしまう可能性があるのです。前者はウマイヤ朝ですが、後者はウマイヤ朝の5代カリフであるアブド=アルマリク(アブドゥルマリク)のことを指しています。ですが、貨幣2を発行した王朝はウマイヤ朝なわけですから、「貨幣2の発行者」=ウマイヤ朝と読み取ることもできてしまうため、「貨幣2を発行した王朝」と「貨幣2の発行者」が同一の主体なのだととらえてしまう可能性があります。(実際、私は最初そのように読み、そこで「ん?行政において別言語を認めたのに、同じ存在が行政で用いる言語をアラビア語に統一している?しかも逆接で結ぶ?」と矛盾を感じ、「ん~?」と30秒ぐらいにらめっこしてから「ああ。(ピコーン)」となりました。)

読み取らせたいのはわかるのですが、本設問は国語ではなく、世界史の設問なので、最低限、妙な形でミスリードしない程度の舞台装置はととのえていただきたいものです。(「貨幣2の発行者」ではなくて、「貨幣2を最初に発行した王(王がまずければ政治的指導者)」とか。)

 さて、そうしたわけで三人の言っていることの正誤は以下のようになります。

 

佐々木さん:正。

鈴木さん:正。

広田さん:誤。ソリドゥス金貨を最初に発行したのはローマ帝国のコンスタンティヌス帝。ヴァンダル王国を滅ぼすのはビザンツ帝国のユスティニアヌス。

 

 23  ⑤

:資料1を書いたのは『対比列伝』の著者とあるのでプルタルコス。プルタルコスは文中にもあるようにローマ帝政期(五賢帝の時代は1世紀~2世紀)の人物で、文章より史料2の著者も同時代人と分かる。対して、アリストテレスは古代ギリシアの哲学者で、前4世紀の人物であるから、その弟子のヘラクレイデスが生きた時代は史料12の著者の時代よりも古い。( ア に入れる語句は「い」)

 だとすれば、よりマラトンの戦いに近い時代を生きたのはヘラクレイデスになるので、その言の方が信憑性が高いことになるので、テルシッポスが使者であるとする方が妥当。( イ に入れる人物名は「Y」) エウクレス説は「今の多くの人」が言っていることで、ヘラクレイデスの言ではないので注意。

 

 24  ①

:マラトンの戦いがあったのはペルシア戦争(第2次)。ペルシア戦争のきっかけはイオニア(アナトリア半島南西部の地方)の都市国家ミレトスのアリスタゴラスが起こした反乱がきっかけ。

 

② エフタルを滅ぼすのは突厥とササン朝の挟撃によるもので、6世紀。

③ コリントス同盟が結成されたのはマケドニアのフィリッポス2世が主導したもので、カイロネイアの戦いの後。

④ プラタイアイの戦いはペルシア戦争中だが、この戦いでギリシア軍は勝利している。

 

 25  ③

:上述の通り、資料1ならびに『対比列伝』の著者プルタルコスは、ヘラクレイデスと「今の多くの人」の説を併記している。

 

① ペイシストラトスは前6世紀のアテネの僭主で、ペルシア戦争が起こるよりも前の人物であるから知りようがない。アテネについては「ドラコン→ソロン→ペイシストラトス→クレイステネス→テミストクレス→ペリクレス」の流れは必須なので注意。(アテネ民主政の発展についてはこちら

② トゥキディデスの『歴史(戦史)』はペロポネソス戦争について書いたもの。

④ 文中にある「 ウ (ペルシア戦争)を主題とした紀元前5世紀の歴史家の著作」がヘロドトスの『歴史』で、これには資料2でマラトンの戦いの使者とされるフィリッピデスの名前はマラトンの戦い以前にスパルタにつかわされた使者として出てくると書いてあるので、正確に反映しているとは言い難い。

 

 26  

 エ に入るのがゲルマン人の大移動であるのは基本事項なので、資料1と資料2の読み取りに集中すればよい。

資料1は、アングル人がサクソン人とジュート人とともに渡ってきたゲルマン人であることは書かれているが、言語については一切言及がないので、こちらが「あ」。

これに対して、資料2にはサクソン人とジュート人の名前はあがっていないが、異なる言語を話す5つの民族が書かれている。ゆえに、資料2の「アングル人」にはゲルマン人として同じ言語を話すサクソン人やジュート人も含まれる表現であると考えるべきなので、こちらが「い」。

 

 27  

:資料1は「マルキアヌスが即位した年」はカルケドン公会議が開かれた年であると注にあるので451年。資料2はベーダが執筆している時期なので731年頃。資料3はゲルマン人への布教で知られるグレゴリウス1世についての話なので、6世紀~7世紀。(グレゴリウス1世の在位年は590年~604年。)

グレゴリウスの時期特定がやや難しいが、文章よりグレゴリウスの時期にはすでにブリテン島にはアングル人が渡って暮らしていることがわかるので、少なくともグレゴリウスは資料1よりは後の人。あとはベーダとの比較だが、通常教科書などではグレゴリウスのゲルマン人への布教は6世紀頃とされ、ベーダの時代の8世紀ではさすがに遅すぎる。(8世紀前半というと、トゥール=ポワティエ間の戦い[732]が起こるころ。)

よって、時代順は資料1→資料3→資料2となる。

 

 28  

:ジョン=ボールはワット=タイラーの乱の際の思想的指導者の一人。ウィクリフの影響を受けたロラード派の聖職者であったとされる。

 

① クローヴィスの改宗は5世紀末で、この頃にはまだノルマン人の移動は起こっていない。先住だったのはローマ系の人々。

③ 統一法(1559)を発布したことで知られるのはイギリスのエリザベス1世。

④ 第1回十字軍が提唱されたのはウルバヌス2世によるクレルモン公会議(1095)。ボニファティウス8世はアナーニ事件(1303)でフィリップ4世に幽閉され、憤死する教皇。

 

 29  

:マラヤの宗主国はイギリス。もっとも、選択肢が全部イギリス絡みなので実質的には選択肢の正誤判断のみでOK。シンガポールは19世紀前半(1819)にイギリスのラッフルズがジョホール王国から獲得したもの。

 

② 東インド会社の貿易上の諸特権が廃止されるのは19世紀前半。(対インド貿易特権廃止が1813年、対中国が1833年。)東インド会社自体がインド大反乱(18571859)を契機に解散される(1858)ので、これをおさえてあれば19世紀後半に貿易特権廃止はおかしいと気づける。

③ 公行の廃止が決められるのはアヘン戦争の後の南京条約(1842)。北京議定書は義和団事件の時(1901年)。

④ オタワ会議でスターリング=ブロック(ポンド=ブロック)の構築が決定されたので×。

 

 30  

:フィリピンの輸出が圧倒的に多いので、 ア はフィリピンの当時の宗主国であったアメリカ合衆国と判断できる(「い」)。アメリカ合衆国でゴムの需要が伸びたのはフォードT型の大量生産によるタイヤ需要が増加したためと考えるのが妥当なので、適当な文は「X」。

 

 31  

:インドシナの輸出額上位5地域は表より香港・フランス・マラヤ・インドネシア・中国であるので、正しい。本設問は丁寧に読み解く必要があり、正誤の判断よりそちらが大変。

 

① インドネシア(オランダ領東インド)の宗主国はオランダで、その割合は21.0%。これは、マラヤの宗主国イギリスの14.3%より高いので、×。

③ 強制栽培制度が導入されていたのは1830年に総督ファン=デン=ボスによって導入されたジャワ島で、フィリピンではない。また、この強制栽培制度も19世紀後半には見られなくなっていく。

④ インドシナの輸出額最大の相手は香港。インドシナの宗主国がフランスであるのに対し、香港の宗主国はイギリスだったので同じではない。

 

 32  ①

:表から読み取れる事実をしっかり確認することが大切。表1を見ると、都市人口比率が上昇しているので、①と②では②が×となる。また、表2を見ると、農村農業人口100人当たりの総人口は上昇しているので、③と④では④が×となる。よって、①か③の2択となるが、③のウで述べられている農業調整法(AAA)はアメリカのニューディール政策で行われるものなので、イギリスの話としては適切ではない。よって、①が正解。(①で述べられている「新農法」とはノーフォーク農法のこと。)

 

 33  

:アイルランドのジャガイモ飢饉とアメリカ合衆国への移民の増加、またそれに関連するグラフ読み取り問題は頻出と以前にも書きました。(→「史資料問題でよくみる」

 

② クロムウェルによるアイルランドの征服は17世紀半ばのピューリタン革命後のこと。

③ 南北戦争は18611865なので、1870年代ではない。

④ グラフより、1895年の移民数は1890年の時点の移民数より減少しているので×。

 

 34  

:ダービー父子によるコークス製鉄法が正だが、基本は消去法で解く。

 

① 大西洋三角貿易の品目にアヘンはない。アヘンが入るのはアジア三角貿易。

③ ラダイト運動は機械の打ちこわし運動で、選挙権獲得運動ではない。イギリスで起こった選挙権獲得運動としてはチャーティスト運動が有名。

④ 1833年の工場法(一般工場法)は労働条件の改善を定めたもので、環境汚染の問題については触れていない。

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一日遅れですが、あけましておめでとうございます!
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寒くなってまいりましたので、お色直しです。(イラスト:かるぱっちょ様。いつもありがとうございます。)
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