世界史リンク工房

大学受験向け世界史情報ブログ

2016年09月

たびたび「東大の世界史では」とか、「東大が受験生に求めているのは」と申し上げることがありますが、これは何も東大の過去問だけを見て当てずっぽうに推測で述べているわけではありません。歴史学の近年の動向ももちろんのことですが、それ以上に東大に所属する研究者などの諸研究や執筆した書物などから読み取れることを口にしているに過ぎません。ちなみに、歴史学の近年の動向を一般の方が簡単につかみたいと思うなら、財団法人史学会(ちなみに本部は東京大学文学部内)が発行している『史学雑誌』から毎年出される第5号がその前年の歴史学会の「回顧と展望」の号となっているので、これが参考になるでしょう。ただし、書かれている内容は極めて専門的な内容(少なくとも、大学の史学部学生がある程度勉強してから理解できる内容)になるので、高校生がちょっと見ただけで全貌をつかむのは難しいと思います。もし大学生になって史学系の学問を志す気になった場合は、おそらく最初に触れる学術雑誌になると思うので心にとめておいて下さい。

 

 ところで、東大の研究者の中でも世界史の現状について何を考えているかが見えてくる研究者が、たびたび言及している東大副学長(かつての国際本部長)である羽田正です。羽田先生はかねてから大学で行われている歴史学と高校教育における世界史の現状があまりにもかけ離れていること、さらに一般の人に歴史学の成果が十分に伝わっていないことを憂慮しており、いかにすれば歴史学をさらに有意義な学問として発展させていけるか、またどうすれば歴史学と一般の人々との間にある乖離をなくしていくことができるかを考えていらっしゃいました。そうした考えは、たとえば羽田先生の代表的著作である『イスラーム世界の創造』(東京大学出版会、2005年)にも示されています。あるご縁でこの著作を題材に現在の歴史学について検討するゼミに参加させていただいたことがありますが、そこでも羽田先生は「歴史学と高校世界史、または歴史学と一般的な歴史との乖離」に危機感をお持ちでした。この『イスラーム世界』の創造は著作自体が「アジア・太平洋特別賞」や「ファラービー国際賞」などの賞を受賞し、「イスラーム世界」という概念の曖昧さを指摘した当時としては画期的な書であったわけですが、この著作には「イスラーム世界」に対する考え方や「世界史」に対する危機感が随所に示されています。本書の内容の紹介は機会があれば別稿で紹介する予定でおりますが、本書の要点を示せば以下のようになると思います。

 

・「イスラーム世界」というのは一種の「イデオロギー」であって、ある地域の歴史の実態をとらえるための枠組みとしては極めて曖昧なものであるから、こうした枠組みはすでに不要のものである。

・「イスラーム世界」という概念が特にヨーロッパの知識人たちを中心に想像されてきた概念だとすれば、そこには「ヨーロッパ」という対概念が存在し、これもきわめてイデオロギー的かつ曖昧な枠組みであるから再考を要する。

 

つまり、羽田先生は「イスラーム世界」という概念は実際に存在する地理的要素、気候、風土、政治体制、民族、経済的なつながり、文化などの諸要素とその相違を全く考慮することなく、「宗教的にイスラームが主要に信じられている地域であるから」とか「イスラーム法が通用する世界であるから」などといった乱暴なくくりで一つの世界としてまとめてしまう概念であり、こうした曖昧な概念では各地域の歴史的実態を真に把握することはできない、ということを主張しています。さらに、こうした「イスラーム世界」という概念が近代歴史学の基礎を作り出した19世紀ヨーロッパ知識人による「ヨーロッパに対するイスラーム」という視点、イデオロギーによるものであることを問題視しています。わかりづらいかもしれませんが、極端な例をあげれば、仏教が信じられる地域を全て「仏教世界」として規定し、かつそこに存在する都市を「仏教都市」として類型化することは果たして可能かどうかを考えればその問題点は明らかになるはずです。また、タイが仏教国だからといって、タイが文化的にインドやイランよりも日本と類似性が強い、という議論が成り立たないことも明白だと思います。にもかかわらず、現在の歴史はこれと同じことを「イスラーム世界」においてしてしまっている。「イスラーム世界」であるからカラ=ハン朝とムワッヒド朝は「同じようなイスラーム王朝」と言えるのだろうか。「イスラーム世界」に存在する都市は全て「イスラーム都市」としての性質を有しているといえるのだろうか。羽田先生はこれを明確に否定しています。

 

 「イスラーム世界」には独特の形態と生活様式を持った「イスラーム都市」が存在するという命題が破綻していることを、私はこの本の出版以前にすでに仲間とともに指摘していた。(同書P.289

 

こうした考え方に基づくと、最近の世界史の記述の中に、または東大の設問中に「アラブ=イスラーム文化圏(2011年東大第1問)」であるとか、「トルコ=イスラーム」といった用語が用いられるようになってきている理由が良くわかります。羽田先生は、イスラームという要素のみならず、その時代、各地域における特徴を踏まえた上でその歴史的実態をとらえようとしており、少なくとも現在の歴史学界の潮流としてそうした考え方は一定の支持を得ています。また、羽田先生は世界史の記述に関してこのようにも述べている。

 

 私は別稿で、国や民族などある一つのまとまりを設定し、そのまとまりの内の出来事を時系列に沿って整理し、解釈しようとする現在の歴史研究の限界を指摘し、「不連続の歴史」という考え方と現代の地域研究から示唆を得た「歴史的地域」という概念を提唱した。未だ萌芽的な研究ではあるが、これは、過去のある時代に一つの地域を設定し、その全体像を地域研究的手法によって明らかにしたうえで、現代世界をそのような歴史的地域がいくつも積み重なったうえに成立したものとして理解しようとするものである。

また、歴史的地域を考える際には、環境や生態が十分に考慮されるべきだということも強調した。(中略)必要とされる世界史とは人間と環境や生態の関わり方の歴史を説明するものでなければならない。(同書P.298

 

 こうした世界史像からは、羽田先生が詳細かつ緻密な地域史研究に基づいたある時代、ある地域の歴史的実態をもとに、それらが複層的に折り重なって形成される世界史像を求めていることがわかります。「東大の出題では各地域の関連が重視される」ということを繰り返し指摘していますが、これは単なる過去問分析からだけではなく、こうした東大研究者の歴史観、歴史学会の流れなどをふまえた上で指摘していることです。

 

 もっとも、羽田先生が現在でも同じような歴史観を抱いているかはわかりません。ですが、つい最近、羽田先生をはじめとする歴史学者たちが興味深い書物を出版しました。それが『世界史の世界史』(ミネルバ書房、2016年)という著作です。内容については『イスラーム世界の創造』と同様、高度に専門的な内容がほとんどで高校生には難しすぎるため、また別稿を設けて紹介するつもりですが、この著作のタイトルからも見てわかる通り現在の「世界史」をいかにすべきか、という視点が多分に盛り込まれていて、羽田先生をはじめとする歴史学者が現在の世界史をどのような目で見ているのかということをうかがい知ることができます。

 同書の終章にあたる「総論」は「われわれが目指す世界史」というタイトルになっていて、この本の編集委員会を構成する秋田茂、永原陽子、羽田正、南塚信吾、三宅明正、桃木至朗らによる議論の中でまとめられた、彼らが目指すこれからの世界史像の概要を知ることができます。ここには編集委員会のうち桃木至朗・秋田茂・市大樹らが大阪大学で担当する授業のために作成した「現代歴史学を理解するキーワード一覧」が示されています。この中には受験生にはやや難解な用語も含まれますが、高校教員や大学で史学を志す学部生などにとってはある意味ではなじみのある、またある意味では再度歴史学の問題関心を見直す上で非常に便利な用語や事象がのせられた表であると思われますので、下に引用します。

 

 世界史の世界史

(同書P.400より引用)

 

さらに、この総論ではこの編集委員会の目指す方向性とその可能性や問題点についての検討がなされています。各節の見出しを見るだけでも、その目指す方向の大枠はつかめるので、同じく下に示したいとおもいます。

 

・国民国家を超える / 疑う

・欧米中心主義と闘う

・「反近代」、「超近代」、「ポスト近代」

・脱中心化

・人間中心主義から離れる

・「世界史の見取り図」の必要性

・「全体像」と「個別研究」の関係

・人文学の限界を方法、組織面で突破する世界史

 

編集委員会はこれらの方向性について、その意義を強調すると同時にどのような問題点があるかを詳細に検討しています。たとえば、「国民国家を超える」ことは必ずしも万能ではなく、『「多様性のなかの統一」「多元一体」などをうたう柔らかいタイプ』のナショナリズムへつながる可能性などを指摘するなど、ナショナル・ヒストリーの超克とグローバル・ヒストリーの叙述が常に喜ばしい、望ましい方向へ向かうわけではないことなどを指摘しています。いずれにせよ、この「総論」で挙げられている問題関心を見る限り、先に紹介した『イスラーム世界の創造』が執筆された時期(2005年当時)と比較しても、現在(同書は20169月の発行である)の問題関心とその方向性や軸が大きくずれているようには感じられません。こうした歴史観を羽田先生とその周辺の歴史家たちが共有しているということを知ったうえで、東大をはじめとするいわゆる難関校と呼ばれる大学の、ここ数年、あるいは今後数年の出題傾向を見ていくと、なかなか面白いものが見えてくるのではないかと思います。


 

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改定版『詳説世界史研究』

(木下康彦・木村靖二・吉田寅編、山川出版社、2016年)


2020.1.30.訂正:記事中に登場する『詳説世界史』は、タイトルにもある『詳説世界史研究』のことであり、いわゆる山川の教科書『詳説世界史B』のことではありません。後ほど本文も訂正いたしますが、ご注意ください訂正しました[2020.3.9]
2020.3.9.追記:現在では、『詳説世界史研究』は2017年に全面改訂されています。そのため、旧版の『詳説世界史研究』には記載されていたものの削除された部分や、逆に追加された部分など、中身にかなり大きな変更がありました。[現代の文化についての記述がゴソッと抜けた、など] ただ、依然としてその中身は難関国公立、私大の世界受験に非常に有益なものになっています。2020年度の東大大論述は、こちらの本をよく理解できた受験生であればかなり深いところまで書けたのではないかと思います。時間があれば旧版と新版の違いから、今後気を付けるべきテーマ、用語など示せればいいなと思っています。記事中に登場するデータは旧版[2016年版]をもとにしています。)

 よく受験生と話をしていると、「自分で勉強を進めようと思っているんだけれども、何を用意すればわからない」とか、「問題集はどういうものを使ったらいいですか?」とか、「論述対策には何を使ったらいいですか?」という声を聞くことがあります。こういう時の私自身の答えは、本当は「自分で本屋に行って自分に適していると思えるものを選びなさい」というものです。例えば、書評では「これはいい!」という風にされている本でも、その子自身にとってはまだ難解すぎてわからないといったことはあるものですし、逆に「こんなテキトーなことを書いている本はダメだ!」とされているものであっても、入門書やとりあえず話の流れだけでも理解しておきたいという人にとっては案外役に立ったりということがあるからです。

 そこで、こちら「HAND’s BOOK(参考書・問題集)」では、実際に私が高校受験から教壇で用いるものまで、これまでに使用してきた問題集・参考書の特徴や、長所・短所を紹介していきたいと思います。

 

 まずご紹介するのがこちら『詳説世界史研究』です。東大をはじめとする難関国公立や早慶あたりを受験する高3生であれば持っている人の方が多いと思います。正直、これらの大学を受験するのであれば必携の書です。私がこの本を手に取ったのは高校1年か高校2年の初め頃だったと思いますが、当時は価格ももう少し高くて「うわっ!高っ!」と本屋でうなったものですが、立ち読みしているうちに「むむむむむプリントや教科書に書いてないけどそうか、これはこういうことだったのか!」ということがわかるにつれ、なけなしの一万円を握りしめて買った記憶があります。ですが、買っただけの甲斐は間違いなくありました。それ以降、この『詳説世界史研究』は自分が世界史の基本を確認する際に常に側にあったまさに「座右の書」です。もう何冊買ったかわかりませんw(最初に買ったものを確かめてみたら1995年発行とありました。その後、何度か買い直しましたが、とりあえず手元にあるだけで版の異なるものが4冊ほどあります。)それでは、この参考書の特徴を示しておきたいと思います。

 

[長所]

・情報量が多い。(2016年発行版で598P!)

・歴史的な事実だけでなく、その背景や影響などタテ・ヨコのつながりに強い

・歴史学でも最先端の知見が盛り込まれていることが多い

・コラム欄が充実している

・長年版を重ねているので教科書なみに誤りが少ない

 

[短所]

・情報量が多い分、情報を絞って勉強したい人間にはかえって負担となる

・地図、図表は良質なものが多いが数が少ない

・一般的な教科書と比べればマシだが、思想史の説明が弱い

:全体的な流れは把握できるが、異なる文化的流れ同士のつながりや、個々の思想家の思想のディテールが見えない

 

こんなところでしょうか。まず、長所の第一に挙げた「情報量が多い」ですが、ためしに本HPの「東大への世界史」であつかったイタリア戦争について、東京書籍の『世界史B』とこの『詳説世界史研究』の記述を比較してみると以下のようになります。

 
詳説世界史1
 

これは表面的な違いですが、さらに『詳説世界史研究』のみに記述のあることを列挙してみます。

 

・シャルル8

・ナポリ王位継承権の要求(戦争原因)

・ルイ12

・フランスのミラノ公国占領

・カルロス1世がイタリアに侵入した年(1521

・神聖ローマによるローマ略奪(1527)についての顛末

 (「サッコ=ディ=ローマ」と呼ばれる事件であるが、詳説世界史でも用語としては出てこない。)

・クレピーの和約(1544

・フランソワ1世の死(1547)とアンリ2

 

これだけの情報が『詳説世界史研究』の方にしか出てきません。いかに情報量に違いがあるかがお分かりになるでしょうか。ただし、これは東書の『世界史B』が質的に劣っていて、『詳説世界史研究』の方が優れているということではありません。東書の『世界史B』も執筆陣を見れば歴史学の世界ではメジャーリーグを通り越して殿堂入りを果たしておられるような先生方ばかりですし、各コラムをはじめ説明の仕方も最新の歴史学の成果が盛り込まれています。両者の違いはただ単に、高校の集団授業で用いる際に必要な情報量をきちんと備えているのが東書の『世界史B』であり、個人で細かな情報を確認することを目的として作られているのが『詳説世界史研究』であるという、用途の違いからきているものです。ですから、私は高校の授業で『詳説世界史研究』を用いることは推奨しません。『詳説世界史研究』では情報量が多すぎて高校の世界史の授業では全てをカバーすることが難しいですし、内容についていけない子が出てきた場合に自学自習させるテキストとしても不適切であると思うからです。

 ですが、実際には早稲田や慶応でも教科書レベルの知識では追いつけない内容を聞いてきます。たとえば、早稲田大学2015年度大問2設問4を見てみると以下のようなものです。

 

 下線部に関し、カルタゴの滅亡を目撃した歴史家を以下のア~エから一つ選びなさい。(下線部は「三回にわたるポエニ戦争によりカルタゴを滅ぼしたローマ」である)

 ア ポリビオス

 イ リウィウス

 ウ タキトゥス

 エ プリニウス

 

 ちなみに、正解はアのポリビオスなのですが、この設問は教科書の情報からだけではどうやっても解くことが困難です。ポリビオスの生没年が一応は小さくありますが、文化人の生没年を逐一正確に把握する受験生はいたとしても稀だと思います。また、他の文化人も一応ラテン文学の全盛期の時期の人物たちとしてひとくくりにはしてありますが、おそらくこれを読んだとしても情報量が少なすぎていつ頃の時期なのかをきちんと把握するのは困難です。対して、『詳説世界史研究』の記述からはリウィウスとタキトゥスについては「アウグストゥス時代になって」であるとか「帝政期に」といった形で繰り返しかれらが前期帝政時代の人間であるということが示されますし、プリニウスについてはページ下の注釈に「79年にウェスウィウス山が噴火したとき被災者の救出に赴き、みずからは調査を続けてついに犠牲となった」とありますので、前期帝政期であることは確認できますから、解けるかどうかはともかくとして、事実として確認をすることはできます(ちなみに、赤本には本設問は「難問」として解説してあります。無理もありません)。つまり、『詳説世界史研究』は早慶レベルの過去問演習の後の答え合わせの際に参照するには、教科書よりも優れていることが多いです。対して、マーチクラスやセンターレベルの過去問を解き進める上では、『詳説世界史』の情報量の多さはかえって邪魔になるかもしれません。以上をまとめると、以下のようになります。

 

[向いている人]

・東大をはじめとする難関国立大、早慶などの世界史で高得点を取りたい人。

・教科書に書いていないことが気になる人や教科書・プリントの矛盾点などを見つけると気になって仕方がない人。

・単に歴史用語を覚えるだけではなく、その原因や背景といったことまで細かく理解したい人。

・世界史の基礎知識はすでにある程度入っている人。

・模試の世界史ではコンスタントに偏差65程度はこえてくるという人。

 

[オススメしない人]

・まだ世界史の基礎が全く身についていない人。

・取り急ぎ、主要な歴史用語や流れだけを確認したい人。

・東大、早慶といった難関校の世界史を解く必要がない人。

・センターレベルの世界史ができれば十分という人。

・論述は必要だが、正直そこまで細かい知識は必要ないという人。

・あまり細かい字がたくさん並んでいると吐き気をもよおす人。

・模試の世界史では平均点くらいが限界という人。 

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 2016年東大世界史第1問の大論述は珍しく戦後史、それも冷戦をテーマとしたもので、まずそこに東大の意図を感じました。つまり、冷戦終結後の世界が混迷を深めていく中で、あらためて冷戦とは何だったのか、そしてそれは現代とどのように関わっているのかを再度考察してみようという意図です。そうした意図がなければ東大がここで冷戦を出す意図がわかりません。何しろ、冷戦をダイレクトに扱う出題は1993年以来、ヴェトナムとドイツという冷戦によって生み出された二つの分裂国家の形成から統合を問う設問が最後です。過去問をよく解き進めていた受験生は普段の出題との違和感を感じた人もいたのではないでしょうか。

 

ただ、問題はここからです。正直、私には今回の設問について、普段の東大であればスッと見えるはずの一本芯が通ったテーマを見出すことができませんでした。もちろん、これまで歴史の「分岐点」とされてきたものが、見方を変えることによって異なる歴史像を示すことになる、という部分はわかります。ですが、言い方は悪いかもしれませんがそうした当たり前すぎるほど当たり前なテーマが今回の出題のこの「違和感」を説明するものだとは到底思えません。30年前にそれを言われたら「さすが東大」とうなりたくなるようなことでも、今それを披露されたとしたら「今更何を…」と言いたくなります。そこで、「そんなはずはない。東大なら、何かもっとシンプルで美しい構図、テーマが見出せるはずだ」と思って神の数式を探す数学者の真似をして頭を絞ってみましたが、「これだ!」と言えるものが依然見出せないでいました。

 

まぁ、それはそれでいいかなと思います。この手の「違和感」に対してこだわることもなく、既存の考え方に基づいてわかったような気になってしまったとしたら、それはもう歴史家としては終わってしまっている気がするので、とりあえず自分はまだこの違和感に拘泥するあまり、ハゲてしまいそうな程度には頭を悩ませる汁気が残っているということに納得して、もう少しこだわってみることにしようと思います。「違和感」については後述することにして、まずは本設問の解説に移ります。ちなみに、各予備校(駿台・河合など)では軒並み今回の設問を「例年並み」と評価していましたが、以上の理由から私個人の見解としては「やや難」です。設問それ自体のレベルとしては「難」としても良いところですが、おそらくほとんどの受験生の間で差がつかない(戦後史に注力していた人間でないと一歩抜け出せない)ことから、「やや難」くらいの評価が妥当なように思われます。

 

2016 第1

■ 問 題 概 要 

(設問の要求)

1970年代後半から1980年代にかけての東アジア、中東、中米・南米の政治状況の変化について論ぜよ。

 

(本文から読み取れる条件と留意点)

・冷戦の終結した1989年が現代史の分岐点とされることが少なくないが、米ソ・欧州以外の地域に注目すると、それが世界史全体の転換点ではないことがわかる。

・米ソ「新冷戦」と呼ばれた時代が、1990年代以降につながる変化の源となっている。

 

■ 解 法 の 手 順 と 分 析、 採 点 基 準

(解法の手順)

1、まずは順当に指定語句の整理を行います。すると、以下のように分類されます。

 

 [東アジア] アジアニーズ・光州事件・鄧小平

  :これらの用語から、議論の中心は韓国と中国です。アジアニーズの捉え方次第ですが、台湾に言及できる可能性は十分にあります。蒋介石時代からの開発独裁に対して1970年代から民主化運動が進み、1980年代末の李登輝の総統就任、民主化と1990年代の対中「現実外交」と台湾の主権を主張する「二国論」を考えれば、韓国の歴史と並行して描くことは可能ですし、中国との関係を考えても十分に1990年代以降につながる「変化」を有する地域として考えることができます。

   また、アジアニーズという「用語」が出現したのは1988年ですが、実際にはOECDによってNICSとして1979年の段階で韓国や台湾をはじめとするアジアニーズは急速な工業化と貿易の自由化を達成した地域として認識されていましたから、経済成長ということを重視するのであればアジアニーズの使用に1988年という時代的限定は必ずしも必要ではありません。ニーズという言葉は、NICSNewly Industrials[z]ing Countries)という言葉に含まれる「国(Countries)」という表現を嫌った中国が、1988年のトロント・サミットで不適切であると主張したことから用いられるようになった言葉で、極めて政治的な用語であり、経済の実態的な変化によるものではありません。この設問自体が「歴史用語や歴史的事象の持つ意味は見方によって変わる」ということを一つのテーマにしているので、何もニーズという言葉が1988年に登場したことをもって1988年以降にしか使えないと考える必要はないかと思います。

 

[中東] イラン=イスラーム共和国・サダム=フセイン・シナイ半島

  :用語から、イラン・イラク・パレスチナ地域(イスラエル)・エジプトなどが議論の中心であることがわかります。個人的には冷戦時代アメリカの中東戦略を語る際にサウジアラビアの安定化こそが肝なのではないかと思うのだが、大きな動乱が起きていない地域の重要性を高校世界史で語るのも難しいし、そもそも日本の歴史学では石油史とかエネルギー戦略史が全くと言っていいほど顧みられていない有様なので仕方ないかなとは思う。

 

[中米・南米] フォークランド紛争・グレナダ

 :正直なところ、上述の2地域と比較すると用語から国の限定を行うこと自体にあまり意味はありません。南米を語るにあたりアルゼンチンだけを説明してもあまり意味はないので。ゆえに、南米全体を貫くテーマは何か、中米全体を貫くテーマは何かということを探る必要があります。だとすれば、南米については民政への移管、中米については左翼系の政権や民主化運動が「新冷戦」の中で強硬姿勢をとるアメリカの干渉を受けて内戦化したことを示せばよいかと思います。グレナダは知らなくても、用語の配分からおそらく中米だろうなぁということは察知できると思いますが、推測で書くのも危険なのでわからない場合は他の中米諸国でお茶を濁すか、「中南米」というくくりでまとめてしまうというのも一つの手になります。

  

2、地域ごとを貫くテーマを見出す

 

 1で分類した地域ごとに、「新冷戦」の期間の「変化」が1990年代以降につながるような何らかのテーマがないかを考えてみましょう。すると、以下のようなことが見えてきます。(ちなみに、1990年代以降の話は本設問では解答の後に続くべき展望として入ってきているのであり、本設問の要求はあくまでも1980年代までの政治状況の変化を書くことですから解答に1990年代以降の話を書く必要はありません。表現の仕方や事実の配置の仕方などで「におわせる」程度で十分)

 

(東アジア)
[韓国] (日)米の援助による開発独裁以降の民主化運動と弾圧

       最終的な民主化の達成と経済的発展
[中国] 文革の終結以降の改革開放路線(外資導入による経済発展)と民主化運動の高揚
        民主化運動の弾圧と共産党一党独裁の維持

:基本的に東アジアはこの両国の対比で良いと思いますが、上述したように韓国と並行させる形で台湾を挿入する、もしくは北朝鮮、中国、韓国をその民主化の程度に応じて並べてみるということもありえます。

 [例1] 台湾を用いる場合

  ・韓国では当初は開発独裁→民主化運動→光州事件による弾圧→最終的な民主化

  ・台湾でも同様に開発独裁からの民主化、韓国・台湾の経済成長(アジアニーズ)

 [例2] 北朝鮮を用いる場合

  ・韓国では開発独裁の後に民主化を達成

  ・中国でも改革開放路線の下での経済発展の中で民主化が進むが、最終的に弾圧

  ・北朝鮮では主体思想による独自路線を打ち出し、独裁体制を強化する一方、共産圏からの援助が減少したことで経済危機に

 

(中東)

[イラン・イラク] 1970年代のイスラーム原理主義の高揚
         イランの反米化(反ソ化も)とイラクの親米化、米ソの干渉

         軍事衝突の発生と軍事的強大化にともなう諸問題の発生

         (1990年代以降の湾岸戦争、核開発問題、スンナ派とシーア派の対立激化とそれにともなうイスラーム諸集団の活動激化[アルカイダ・ISIL(ISIS)]など)

[エジプト] サダト政権下での左派勢力の排除と対米接近、外資導入と経済自由化

      対米接近と並行してイスラエルとの関係改善

      1980年代にはムバラク政権のもと、親米を維持しつつ対アラブ関係の修復

      国内的には開発独裁路線と貧富差の拡大固定化

      →1990年代から民衆の不満・イスラーム原理主義の台頭
2011年のエジプト革命へ)

 
:中東地域については、単に米ソ両陣営との関係変化に注目するだけではなく、イスラーム原理主義の台頭という要素を忘れてはならないでしょう。一般的に、親米化や経済の自由化が進んだ国や地域においては貧富差の拡大と固定化が進み、イスラーム原理主義などの反体制勢力の弾圧が行われることが多いです。このことを1990年以降の中東地域の諸問題(湾岸戦争、パレスチナ問題、イラク戦争、エジプト革命、ISILの登場など)につながるものとして示しておきたいところですね。

 

(中・南米)

[中米] 左派政権の成立や左派の民主化運動に対するアメリカの干渉・軍事介入
    (冷戦崩壊後の自由主義的市場経済の発展、親米政権の増加、
     キューバとの関係の変化などを展望として見る)

[南米] 1970年代における各地の軍事政権の成立と外国からの借款による工業化

    1980年代からの対外累積債務の増加と経済恐慌、インフレ

    →民衆の不満と民主化要求による民政への移管

     1990年代以降は経済的な自立を目指して自由化を進める反面、対米経済従属を嫌う立場などから反グローバリズムの姿勢を打ち出す。また、1999年以降に生じた通貨危機とIMFの緊縮財政要求に不満の諸国では反米左派政権が樹立された。

  

3、2で整理したテーマにそって、各地域の動向を政治状況の変化を中心にまとめる

東大2016チャート(訂正版)

(クリックで拡大)

 

■ 解 答 例 


 朴正煕は米の援助で開発独裁を展開したが、民主化要求が高揚した。全斗煥ら軍部は光州事件で弾圧したが、アジアニーズに入る程急速な経済成長を達成した韓国では民主化運動が収まらず、民主化宣言した盧泰愚が大統領に選出された。中国では文革終結後、鄧小平が実権を握り四つの現代化と改革開放を進めた。資本主義諸国との関係改善で外資を導入、香港返還の道筋もつけたが、改革の矛盾に民主化運動が高揚、共産党は天安門事件で弾圧し独裁を維持した。米中接近で孤立した北朝鮮は主体思想による独裁路線を打ち出すが経済的に困窮した。中東安定化を図る米はエジプトのサダトに接近、シナイ半島返還を約してエジプト・イスラエル平和条約を締結させたが、白色革命への不満からイスラーム原理主義が高揚したイランでは革命が発生。パフレヴィー政権は崩壊し、ホメイニ率いるシーア派・反米のイラン・イスラーム共和国が成立した。革命波及を恐れたソ連のアフガニスタン侵攻でイランは反ソ化、米はシーア派を脅威とするサダム=フセインを支援したがイラクの強大化を招き宗派対立を残した。左派政権の成立した中米ではレーガン政権が反政府組織を支援、グレナダでは親米政権樹立に成功したがニカラグアのFSLNとの内戦などで中米紛争は激化した。軍政の続いた南米ではフォークランド紛争に敗れたアルゼンチン軍政が倒れ、累積債務問題の深刻化に悩むブラジルなどで軍政から民政への移管が進んだ。

 

 一応、無理矢理にでも解答例として示しますが、「正直、なんか違う。」

 これでも十分に及第点というか、ちゃんと点数は取れると思うんですが、やっぱり上にも書いた一本筋の通ったテーマが見えてこないんですよ。「韓国では何がありましたー、中国ではこうでしたー」と多少の変化を織り交ぜながら書いたところで「冷戦はまだ終わってないんだぜ、げへへ。」みたいな展望が見えてこないでしょ?本当はもっとドラスティックに書き直したいところなんですが、歴史的な事象を緻密に入れていくと、字数の関係上どうしてもこういう「教科書通りの」スタイルになっちゃう。試験会場では時間もないので正直この解答のスタイルでいいと思います。今回のように言及しなくてはならない対象がたくさんある設問(昔あった「旧来の帝国の解体」みたいな)では、むしろ「大テーマ」にこだわりすぎて無為に時間をつぶしてしまう方が怖い。

でも、時間をかけて人様に見せる解答例を書く方の立場としては、時間のある時にちょっと冒険した解答例を「解答例2」として書いてみたいですね。基本の路線としては、「米資本の導入により経済発展を遂げた開発独裁を進める国々では民主化要求が多様な形で顕在化した」とか言いながらまとめてみるとか。やはり、設問の言う政治状況の変化といった場合、中心にくるのは「開発独裁的な近代化を進める軍政・軍事独裁→貧富差拡大をはじめとする矛盾の顕在化→民主化」という流れと、「アメリカとの外交的距離の変化(特に、反米的要素の残存)」の二つだと思います。ただ、個々の地域の状況が多様なのですっきりまとめきれないんですよね…。なんか、個別の事象が多様すぎてマクロな歴史が描き切れない近年の歴史学会のジレンマを高校教育の現場で体感している気分ですね…。まぁあまり悩み過ぎないほうがいいのかもしれません。もしかしたら出題者の側ではもう少しアバウトな流れを想定していたのかもしれませんし。現代史の流れを、ストーリーつけて概観するという頭の体操のためにはとてもためになる設問でした。

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(本記事は古い記事になります。最新のもの[→こちら]もあわせてご覧ください。)

 
東大世界史大論述出題傾向データ分析
に続いて、東大の大論述の設問内容を中心に検討してみましょう。前回の分析ではご紹介しなかった採点・配点、解答作成上の注意点などについても少し話していきたいと思います。まず、下の表が過去27年分の東大第1問(大論述)の設問内容です。

東大設問内容


 (クリックで拡大)

 

これらをふまえた上で、東大世界史大問1(大論述)で頻出の大テーマは何か、またどのような視点をもって出題がされているのかを解説していくことにしたいと思います。

 

[大論述の頻出テーマ]

(政治史)

 ・帝国 ①帝国主義

     ②「帝国」の興亡、構造

 

   東大世界史の政治史で頻出のテーマであるのがこの「帝国」に関する設問です。これは、従来の一国史的な歴史の見方からの脱却を目指した歴史家の一部がそのヒントを「帝国」という複数のより小さな国々や地域を含めた広大な領域を統治する政治的主体に求め、「帝国史」が大きな注目を集めたことを背景としています。ここでいう帝国は単に「皇帝が統治する国」を指すのではなく、上述のように内部に多くの政治的主体を抱えた広域を統治する国もしくはそのための機構を指します。そのため、単純に「帝国」といったとしてもその内容は様々で、オスマン帝国やロシア帝国のような字義通りの帝国もあれば、いわゆる大英帝国のような植民地帝国もあり、さらにはアメリカの覇権主義やその影響力を指して「帝国」とすることもあります。

   それでは、東大の設問において帝国がどのような視点から出題されるかと言えば、大きく分けて二つです。一つは、1920世紀の欧米列強の帝国主義に関係する設問で、民族運動や独立運動などとも深くかかわる問題です。例えば、2008年東大世界史大問1の「パクス=ブリタニカに関わる設問」はその典型ですし、2012年東大世界史大問1「植民地独立の過程」なども、帝国主義諸国が衰退する時期の一側面を示すものです。もう一つは、広範囲を統治する「帝国」という統治機構がどのように形成され、機能し、最終的に消滅するかを概観するという設問です。これには1997年東大世界史大問1のロシア帝国・オスマン帝国・清帝国・オーストリア=ハンガリー帝国・ドイツ帝国という「旧来の帝国」解体の経過などを書かせた設問が当てはまるでしょう。いずれにせよ「帝国」というのは東大の世界史を解くにあたり一つのキーワードになるので、単に「帝国」という言葉がつく国々だけではなく、広域にわたって統治力を行使する政治的主体や、その影響には普段から注意を払っておくべきでしょう。

 

 ・国際関係や地域統治の原則と、これらの変化

 

   東大世界史では近現代史が中心であることはすでに東大出題傾向分析のデータ編で述べました。そのため、東大ではこうした国際関係や国家間に成立するある種の原則、体制が出題されることが多くあります。これは、同じく近年の歴史家たちの関心が近代以降世界を形作ってきた「主権国家」や「国民国家」とは何かという問題と、「国家」という枠組みをこえた存在にはどのようなものがありうるかといったことに向けられていたからです。これは、冷戦の終結とその後のグローバリゼーションの進行という現代の状況とも密接に関連しています。「国民国家」を超克した超国家的な組織や、国境にこだわらない経済的、文化的な広がりを目の当たりにして、歴史家たちは新たな時代の在り方を模索すると同時に、これまでの世界を規定してきた「国家」を単位とする支配体制、国際関係とはどのようなものであったかについて考察するようになりました。たとえば、どのようなものがこうした問題関心に当てはまるかと言えば、「主権国家体制」、「国民国家」、「ナショナリズム」、「時代ごとの国際関係における原則(ウィーン体制、ヴェルサイユ体制etc.)」などがあげられます。もっとも、近年の東大では主権国家や国民国家、またこうした「国家」間の関係について出題する際にも、その周辺の広範な世界に与えた影響を考えさせる設問を出題しており、単なる一国史的な、または二国間関係のみに限定されるような、出題はしていないことに注意が必要でしょう。

 

 ・政治権力と宗教、思想との関係

   

政治史、といっても東大の場合、単に政治的な問題として終わらせることはしません。ある政治体制や政治状況が生起する際に、宗教や思想がどのように関連していたのかを問うてくることも多いです。2009年の西欧・東西アジアにおける宗教との関わり合いを問う設問はこれに当てはまりますし、民族意識などをめぐる問題もこれに含まれるでしょう。2003年東大世界史大問1の運輸・通信手段の発達と植民地化の促進、民族意識の高揚をテーマとした設問はこうした問題関心に照らして意欲的な問題であったと言えるでしょう。

 

(経済史)

 ・広域な経済システム、諸地域の経済的交流

  (近代世界システム、13世紀世界システム、銀の大循環etc.

   

政治史ともつながる内容ではありますが、東大は明らかにある特定の国、特定の地域という枠をこえた広範な領域内に存在する複数の主体がどのようにかかわり、相互に影響していたのかということに重大な関心を払っています。というより、そうした関心に基づいた「新たな歴史」を描こうと意識しています。近代世界システムをはじめとする諸テーマについてはすでに別稿で述べましたが、こうしたものにとどまらず、様々な問題について広域における経済的な交流とダイナミズムが問われることになるのは間違いないでしょう。

 

 ・経済を形作る基本的な要素の仕組みと変遷

 

   東大の経済史の特徴としていえることは、単なる個別の経済的事象の詳細説明で終わらせるのではなく、ある経済的な事象がどのような背景のもとに生起し、形成され、変化し、各方面に影響を与えていくのかということを問うということです。こうした「経済の基本要素」としてはたとえば「農業」、「商工業」、「土地制度」、「税制」、「人口」、「労働(力)」、「交通・通信」、「流通」などがあげられ、これらのうちいくつかは大問1のみならず大問2以降の小論述や小問などでも頻出のものです。

   

こうした分野の問題として個人的に気になっていることとしては「金融」があげられます。「アベノミクス」という言葉がメディア上を闊歩するようになって久しいですが、2013年に日銀の黒田東彦総裁が行った異次元緩和以降、金融を巡る問題は日本経済において大きな課題として取り上げられています。もっとも、金融を巡る問題が世界経済に大きな影響を与え始めたのは何も最近のことではありません。日本においてはバブル経済の崩壊などでクローズアップされたし、アメリカでも最近であればリーマン・ショック、昔であれば世界恐慌など、枚挙にいとまがありません。ただ、近年は金融の世界でもグローバル化が進み、一国の金融・通貨・債務をめぐる問題が世界全体の問題として拡大しやすくなっている現状があります。また、個人のレベルでも年金をめぐる問題などが顕在化する中で、自分の財産管理と人生設計をどのように行うかなど、金融リテラシーがこれまで以上に身近なもの、必要なものとなってきています。

こうした中で、歴史学においてもたとえば『金融の世界史』(国際銀行史研究会編、悠書館、2012年)なる本が出版されるなど、金融をテーマとした歴史研究がますます進んできています。金融をめぐる問題ではすでに2004年東大世界史大問1で「銀の大循環」が出題されていますが、それ以外にもたとえば「紙幣の発明」、「イングランド銀行」、「財政軍事国家(これについては別稿をたてて解説する予定)」、「チューリップ恐慌」、「南海泡沫事件(サウスシーバブル)」、「世界恐慌」、「金融覇権の変遷」、「ブレトンウッズ体制」、「プラザ合意」、「アジア通貨危機」など、テーマとしてたてた時に面白そうなトピックはたくさんあります。それでもこうした問題(金融史)の専門家がいなければあまり出題されることはないのでしょうが、つい最近東大には金融史についても研究されてきた(南海泡沫事件などを研究テーマとされていました)である山本浩司先生が経済学部(大学院経済研究科)に着任されたようです。そんなこともあり、昨年から夏の講習では「通貨・金融史」を開講したのですが、受験本番よりもむしろ模試の方で役に立ったようです。やはり、大学としては高校生の金融リテラシーを考えた時にこうした設問を出題することにはまだ二の足を踏むのでしょうか(個人的な感触ではありますが、高校生は金融・保険といったものに対する実感が乏しい人が多く、意外に経済史は苦手という人が多いように思います。実際にお金を扱うことが少ないので無理もないことなのですが、日本の教育は経済学の上っ面だけを教えるのではなく、もっとこうした金融に対する理解を深めさせた方がよいと思います)。

 

 ・移民

   

同じく、歴史学の分野でも関心の高いものに移民史があります。これもつい最近、シリアからの難民のヨーロッパ地域への流入といった問題があり、クローズアップされやすいテーマではあると思います。移民・ディアスポラといった問題は高校世界史上でオーソドックスな移民史でなくとも、出題可能なものは数多く存在します。また、単なる移民という現象そのものではなく、移民がもたらした周辺地域への影響といったことも含めればその内容はかなり広いものになるでしょう。奴隷なども、大量の人口の移動という観点からみればこうした移民史の中に含むことも可能です。東大世界史では、2013年大問1の「17-19世紀末までの開発、人の移動とこれらにともなう軋轢」などが代表的なものでしょう。

 

(その他)

 ・宗教、民族意識、政治経済思想

 

   すでに上述した政治史や経済史の中に含まれることではありますが、民族問題や政治・経済思想など、現実の運動の背景にある人々の考え方や精神のありようが前面に押し出されることもあります。たとえば、2000年に出題された啓蒙思想家たちの中国観などはその一例でしょう。また、ある世界において宗教が果たした役割(または逆にある世界における宗教の扱い)などは頻出事項です。これについても近年、深沢克己先生(東京大学名誉教授)や高山博先生(東京大学教授)らのグループが「宗教的な寛容と不寛容の生成・展開に関する比較史研究」を進めています。(深沢克己、高山博編『信仰と他者:寛容と不寛容のヨーロッパ宗教社会史』東京大学出版会、1993年など)このグループの中には、先年東京大学を退官した近代イギリス史の泰斗、近藤和彦先史の後任として着任した勝田俊介先生(専門はアイルランド史)や、プロテスタント・ネットワーク論を専門とする西川杉子先生などもおり、同時多発テロ以降、宗教的な原理主義がテロリズムと結びついた国際政治の混乱がメディアを賑わせている昨今の状況(フランスの風刺雑誌シャルリ・エブドなどは記憶に新しい)を鑑みれば、ある一定の地域内における宗教的な共存と対立、寛容と不寛容とその影響が今後も一つのテーマとして浮上することは十分にありえます。これまでにも、2009年東大世界史大問1の「西欧・東西アジアにおける政治権力と宗教」などで出題されており、単に宗教という枠組みにとどまらず、これが政治、経済、文化の変容や国際関係と結びついた形で出題される可能性は小さくないと思います。

 

 ・特定地域の通史 / 異文化交流史

 

   時折出題されるのがこの特定地域の通史です。2001年東大世界史大問1「エジプト5000年の歴史的展開」や1999年東大世界史大問1「紀元前3世紀~紀元15世紀にいたるイベリア半島史」、2010年東大世界史大問1「中世末から現代にいたるまでのオランダ史」などがそれですが、こうした設問が単なる特定地域に限定された通史として描かれているのではなく、周辺諸地域との相互交流や世界史の中における歴史的意義を問うような形で出題されていることには十分注意を払うべきです。そうした意味で、これらの通史は、同じく東大で頻出の異文化交流史を、視点をかえた形で出題しているものととらえることもできます。つまり、ヨコの広がりを強く意識した異文化交流史に対して、タテのつながりを強く意識した視点で世界史をとらえようというものです。異文化交流史については、2015年東大世界史大問113-14世紀ユーラシアとその周辺地域における交流の諸相」、1995年東大世界史大問1「地中海とその周辺地域に生じた文明とそれらの交流と対立」など、これも例を挙げればきりがありません。要は、東大の問題関心はおおむね一定で、ある歴史的事象は世界史の中でどのような意義をもち、それはその(時代的、地理的な)周辺にどのような影響を与えているのかというダイナミズムを問うことにある、ということです。

 

[東大大論述の<大テーマ>]

 

 これまでは大論述の頻出テーマについて紹介してきました。それでは、これらのテーマの根底にある「大テーマ」、すなわち東大世界史の問題関心はいったいどのようなことにあるのかということについて解説し、解答作成の上でどのような点に注意すべきかを紹介していきたいと思います。まず、東大世界史の大テーマとして意識されていることは次の3点ほどにまとめることができます。

 

1、        脱国境

 

 すでに上記の頻出テーマの部分でも繰り返してきましたが、東大は一国史視点からはとうに脱却し、国境を排したより広域の歴史を描こうとしています。注意しておきたいのは、国境を超えたからといってそれが無条件に「世界全体」のように無意味に拡大はしていかないということです。あるテーマ、たとえば交易とか、文化的交流とか、新たな政治権力の勃興とかを描こうとした場合、問題とすべき地域はその時代や状況によって異なります。オランダについて語る場合であれば、ある場合には北海・バルト海沿岸を想定しなくてはならないかもしれないし、別の時にはアジア圏を想定しなければならないかもしれません。また、場合によってはハプスブルク領という範囲を想定しなくてはならないかもしれません。つまり、分析すべき歴史的対象が何かによって、想定すべき地理的範囲は変化します。このあたりの歴史像については羽田正東京大学副学長をはじめとする諸教員がすでに出版している著作の中で言及しているので、おいおい紹介しますが、東大の世界史は一国史的視点にたっていてはこうした歴史分析が十分にできないということを熟知しているから脱国境の歴史を描こうとしているのであり、それは世界史を無闇にグローバルな単位に変換することとは根本的に異なるのだということには注意しておきたいと思います。

 

2、「世界史の中」における意義

 

 東大世界史ではつねにこのフレーズがついてまわります。つまり、ある特定の事象を周辺の時代や地域と関連付けて世界史という大きな枠組みの中での意義を明らかにしなさいということです。だとすれば、ある歴史的事象についての単なる経過説明や特徴の説明は(基本的には)求められていません。(もちろん、設問にそういう指示がある場合には別です)問題とされているのは、ある歴史が展開していくことでどのような意味を生じたか、あるものの特徴があるときにそうした特徴が生じた背景とその影響は何かなど、常に時間軸・空間軸双方における「つながり」が意識されているということです。

 

3、        ダイナミズム

 

意外に触れられないのがこのダイナミズムです。つまり、静的な歴史でなく、動的な歴史像が東大では意識されています。ある文明同士の交流といった場合にも、単純な二文化間交流ではなく、その他の他者は存在しないのか。時代によって交流の主体は変化しないのか。ある文明の内部は一枚岩ではなくて実は内部に複層構造を持っていないのか。そうした構造は交流中の異文化との間でどのような関係を持ち、変化を引き起こすのか、などです。つまり、東大はある時代で止まっている、またはある地域で固まっている、いわゆる「死んだ」歴史像を構築しようとは思っていません。時代ごと、地域ごとの関係の中で常に変化し、他者に影響を及ぼす「生きた」歴史像を構築しようとしています。

 

[東大大論述解答作成の際の注意点]

 以上のことを踏まえると、東大で解答を作成する際にどのような点に注意しなくてはならないのかが見えてきます。以下の点については常に意識しておくとよいでしょう。

 

1、設問の要求、条件、注意点をよく読もう!

 

本HPのあちこちで繰り返し述べていますが、論述とは出題者とのコミュニケーションです。だとすれば、出題者が何を意図しているかをあらかじめ感得しているのと、全く察知していないのとではこの差は大きいです。設問にとりかかる前に、その設問が「どの時期を想定しているのか」、「どの地域を想定しているのか」、「何を問題としているのか」、「何を要求しているのか」、「何を条件としているのか」などには特に注意を払いましょう。単なる経過説明と、「変化」の説明では説明の仕方がそもそも異なります。また、意外に注意が払われていない箇所でもありますが、「説明せよ」と「論ぜよ」では要求されているものが全く異なります(と、私は考えます)。「説明せよ」というのであればある程度まで事項説明を行えば要求を満たすことになります(もちろん、他の条件次第では単に羅列型の解答を作ったところで意味はない)が、「論ぜよ」と言われれば、出題者の意図・大テーマを把握した上で、回答者の側がどのように考えるかが伝わるように論を配置せよ、と言われているわけです。これは何も「私は~と考える」といったような意見表明をしろと言っているのではありません。そうではなくて、歴史的事象の説明の配置の仕方、それぞれの結び付け方などを通して、自分なりに設問で出題された歴史的事象に対しどのような歴史観(大テーマ)を持っているのかが伝わるようにしろ、と要求しているのです。これは非常に高度な要求なのですが、東大の設問は一般に近年採点がやや甘くなっているようなので、さすがに高校生が出題者の意図を完璧にくんでそれをこなすことを期待はしていないでしょうし、仮にできなかったとしても他の受験生と比べて大きく出遅れるということもないでしょう。ですが、レベルの高い解答作成を目指すのであれば、こうした点についても考えておいたほうがいいでしょう。

 

2、「大テーマ」を常に意識しよう!

 

 東大の過去問を解くときに限らず、歴史の勉強をする際にはそれぞれの事柄同士のつながりや、ダイナミズムといったものを常に意識し、アンテナを張っておきましょう。そうすることで、教科書や参考書、模試の解答解説を読んでもこれまでは気づかなかった視点などに気付けるはずです。

 

3、「時系列」や「因果関係」などを疎かにしない

 

 東大は解答にこれまで紹介したようなつながり、関連性を求めています。だとすれば、そのつながりや関係がはっきりわかるようにしなくてはならないため、特に「因果関係」などを示す必要があるときには、はっきりと示すようにするべきです。原因→展開(経過)→結果(影響)ということが常に示せるようにある事柄を新しく勉強した時には、その前後の関係をできる限り確認しましょう。たとえば、「ユグノー」という言葉を一つ取ったとしても、「なぜユグノーはフランスに現われたのか」、「ユグノーをめぐる歴史はどのように進むのか」、「ユグノーはどうなったのか」という一連のことが言えてはじめて、最低限のユグノーを語ることができます。ただ、ここで時系列はどの程度必要かという問題は残ります。比較的長期の歴史であれば大きな前後関係や因果関係がくみとれればよいし、変化が「いつ」起こったということがはっきりしないことも多いので多少の時系列のずれはおそらく許容されるでしょう。しかし、2016年の問題のように比較的短いスパンを問題とする設問の場合には、時系列のずれがそのまま因果関係のずれにつながりかねないため、十分な注意が必要となります。もし、個々の事象の時系列が不確かなときには(2016年問題で言えば「グレナダ」など)、できる限り本論の因果関係やつながりと切り離した形でぼかしておくか、書かないくらいの方が無難です。

 

4、単純な箇条書き、出来事の羅列だけは避けるべし

 

歴史的知識をただひたすらに書き連ねる箇条書き、羅列式の解答だけは避けるべきです。はっきり言って、この手の解答は評価されないどころかむしろ嫌われかねません。なぜなら、向こうは歴史の「プロ」です。高校の受験生がどんなに「ほら、こんなにたくさん知っている」と歴史的知識を披露したところで所詮受験生レベルにしか過ぎません。かの人々は英語のみならずフランス語やスペイン語下手をするとアラビア語や中国語を流暢に操り、世界各地の文書館をめぐり、活字ではなく手書きの、それも殴り書きになっているめちゃくちゃ汚い日記や手紙をコツコツコツコツ読み解いて一から歴史像を作り出す、ある意味「ピー」です。ジェームズ2世どころか、ジェームズ2世に仕えていたハミルトン公という貴族の下で働いていた文筆家のさらに知り合いの「聖職者のジェームズ」の日々の出費まで知っているかもしれないというのが彼らです。彼らにしてみれば、自分たちが知っている歴史的知識がひたすら書き連ねられただけの答案を何百、何千と読まされるというのは、はっきり言って拷問に近いと思います。歴史的知識を問うのであれば、何も論述にはせず、小問にして語句のみを問えばよいわけです。ですから、どんな場合でも設問の要求をよく読み取って自分なりのつながり、視点、テーマを盛り込んだ解答を用意するという努力を忘れないでいてください。

 

5、        満点解答は必要なし!合格解答を目指せ!

 

 ここまで読んでくると「こんなに高度なことを要求されているなんてもうダメだ…」と思うかもしれませんが、そんなことは絶対にない!試験とは相対的なもので、要は周りの受験生よりも一歩先へ行けばよいわけです。東大という最難関の試験であれば、当然そのために取らなくてはいけない点数もそう多くはありません。多くの受験生は同じような得点で固まっています。具体的な数字を言えば、他の科目によっては半分でもどうにか通過はできるし、6割ならまずまず、3分の2が確保できればまず安全圏だろう。(実際のところ、合格者の多くは世界史で40点前後にかたまります)実際、世界史で半分を割っても合格できた人はかなりの数いますし、3分の2が確保できた人の多くは合格できています。だとすれば、受験生が意識すべきはまず基本的な歴史事項をしっかりとおさえて最低限他の受験生に大きな差がつかない「大論述で半分」の得点を確保すること。そしてそこから出題者の要求を満たすべく大テーマやつながりを盛り込んで他の受験生と明確な差をつけることである。これがきちんと守れれば東大の世界史といえども高得点をマークすることはそう難しくありません。

 

6、第2問、第3問は「最低8割」を目指そう!

 

東大の配点については予備校や参考書によってまちまちなので何とも言えませんが、個人的には論述の配点は他の問題と比べてやや高めに設定されていると考えています(おそらく第1問が30点ではないでしょうか。ただ、年によって違う可能性はあります)ので、第1問で3分の220点)が取れれば、他の小論述や小問で落とさなければ十分に点数は取れるはずです。そのためにも、2問の小論述がきちんととれるだけの基礎力は身につけておいてください。大論述の対策ばかりうって、こちらで落としてしまっては何にもなりません。過去問をしっかかり解いて、第2問、第3問で「できれば満点(30点と想定)」、「最低でも24点」を取る力を身につけておくことが大切だ。考えてみてください。小論述や小問で8割がキープできないのに、どうして大論述を含めた全体で65分を取ることができるでしょうか。第2問と第3問で25点前後がキープできるのであれば、たとえ大論述で半分(15点)しか取れなかったとしても全体では40 / 60点が取れる。ですが、第2問と第3問でもし15点しか取れなかったとしたら、大論述でかなり良い点だったとしても40 / 60点をキープするのは難しくなります。これは、東京外語大や早稲田大など小問が多くを占める国公立や私大でも同じなのですが、小問が多く出題される大学でこうした問題の取りこぼしは致命傷になりかねません。「東大は論述だから私大向けの勉強はしなくてもいいや」などとは考えずに、最低限マーチクラスの大学の問題であれば8割~9割は取れる程度の基礎勉強は怠らないようにしてください。そういう意味で、私大過去問を解くことは良い練習になります。早慶の問題については時間の許す限り解いてみても良いと思います。

 

 

以上で東大の設問内容と解答作成上の注意については終わりです。ところどころに多少厳しい表現が使われていますが、それも全て言葉を飾らずに現実をお知らせすることで受験生の皆さんの「実用に耐える」判断材料になればという思いからで、決して上から目線で書いているとかいうことではありません。このページの長い文章を読んでくださった皆さんの助けに少しでもなればいい、そして今後の皆さんの学習が大きな実りにつながることを祈っています。頑張ってください!

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 今回は、東京大学「世界史」の第1問(大論述)について、その出題傾向を分析してみます。とはいっても、東大の出題傾向を分析することについては、正直なところ、一橋などの問題分析と比べて必要性をあまり感じていません。なぜならば、東大の問題はある意味とてもオーソドックスでかつ非常に良く練られており、時代・領域ともに広域にわたり、(後述するが)問題全体を貫く何かしらのテーマが設定されていることが多い問題です。まったくもって、「正当派」というにふさわしい問題であるにもかかわらず、比較的新しい歴史学上のテーマや現代に対する問題関心もうかがえ、いくばくかの冒険心を感じさせる設問です。ゆえに、私は東大の世界史論述を高く評価しています。私なんぞが高く評価したところでさしたる意味がないことはわかっていますが、個人的にはよくできていると思います。正直、早稲田の論述問題とは練度が違います(もっとも、出題の意図というか、求めるところが違うのでしょうから、同列で比較しても意味のないことではあります)。しかし、「正当派」であるということは「ヤマをはる」タイプの対策がたてづらいことを意味しています。つまり、東大の問題はどうしようもないくらい正攻法で攻めることが一番の対策なのです。

 

東大の問題は、まんべんなく世界史の知識に精通し、その内容をきちんと理解している受験生には正直それほど苦になる問題ではありません。必要な知識を、そのテーマにそって整理し、設問の要求に答える。こうした作業を丁寧に行うことができるのであれば、彼らにとって満点答案は作れないにしても、周囲と比較したときに十分に合格答案を作成することは可能です。おそらく、設問の難度としては時として一橋の方が上回ることがあるかもしれません。しかし、それは一橋がある種の時代やテーマに特化した出題をして、通常の受験生ではあまり深く掘り下げていないような知識・内容を聞いてくるからであって、そうした「一橋の独自性」をきちんと把握した受験生にとっては「全く太刀打ちできない」という類のものではありません。(もちろん、例外はあります。特に2003。あれはひどかったw 何を考えて出題したのかわかりません。)であるから、一橋の出題傾向には分析の価値があります。なぜなら、分析することによって打てる対策が明確になるとともに、その効果も十分に期待できるからです。ところが、東大はそうした類の問題とはタイプが異なります。これが、私が東大の問題分析に対して過大な期待を寄せたくない理由です。

 

 しかし、だからと言って東大の問題分析に全く意味がないかと言うと、そういうわけではありません。たとえば、先ほども述べたように東大の世界史論述にはその設問全体を貫く大テーマ、一本の芯になるものがあることが多いです。こうしたテーマにどのようなものがあるかをあらかじめ知ることで、実際の受験の際には何を出題者が意図しているかを探ることが可能になります。別稿でも述べましたが、論述はコミュニケーションです。出題者の意図をくみとり、その要求に答えることは、高得点を狙うための絶対条件なのです。その意味でも、東大の問題分析を行うことはおそらく必要なことですし、有意義なことでもあります。しかしそれは、これまで述べてきたような意味で有意義なのであって、「東大には○○は出るけど××は出ないから××はやらなくていい」とか、「5年前にも3年前にも△△が出ているからここを重点的にやっておこう」などというような短絡的で場当たり的な対策をうつための材料としては、期待ほどの効果を発揮しないでしょう。たとえば、東大ではたびたびモンゴルについての出題も出ていますし、イスラームについての出題もされています。しかし、それでは全く同じような内容を解答として書いて、同じように点数が取れるかといえば、そんなことはありません。要求されている視点が違えば、当然答えるべき解答の内容も変わってくるのであり、そのためには関連する事項を様々な事象と関連づけて再整理するという作業が必ず必要になります。東大の問題分析は、そうした解答作成の方向性を見出だすための、ある種の心構えをしておくためのものだと考えておく方が、おそらく本番ではよい得点につながるのではないでしょうか。


前置きが長くなりましたが、それではとりあえず過去30年において東大で出題された大論述の時代設定についてグラフ化したものを下に示しておきましょう。ただし、この手のデータは絶対的なものでないことには注意してください。データ信奉者が陥りがちなのですが、正直データというものはそれをまとめる際にもバイアスがかかるものですし(たとえば、「中世末」といった時にそれを13世紀末ととるか14世紀半ばととるか、15世紀初頭と取るかは、その「中世末」という言葉がどのような文脈の中で用いられ、それを読み取る人間がどのように考えるかで変化するのは当然のことです。問題なのは、その読み取りに根拠があり、その根拠に説得力があるかどうかです)、出されたデータがどんな意味を持つかは解釈によって変わります。データを扱う際に最も大切なことは、最終的にそのデータから、何を根拠としてどのような解釈を引き出すかということが大切なのであって、データそれ自体が重要なのではないことには注意してください。

 

東大出題傾向①(訂正版)
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 少し小さくて見づらいかもしれませんが、何しろ30年分なので勘弁してください。1989年の部分が2色になっているのは、(A)(B)という形で2題にわたっているためです。これを見ると、やはり1621世紀の近世・近代・現代史に出題が集中していることが見て取れます。目立つのはやはり2001年ですが、これは例の「エジプト5千年の歴史」ですw 

  個人的にはこういうはっちゃけた設問は嫌いではありませんが、やはりやや評判が悪かったのでしょうか、その後は同様の長期間にわたる歴史はあまり出題されていません。やや時期設定が長い設問ということになると、東大2007年大問1「11世紀から19世紀までに生じた農業生産の変化とその意義」、東大2010年大問1「オランダおよびオランダ系の人々の世界史における役割(中世から現代まで)」、東大2011年大問1「アラブ・イスラーム圏をめぐり生じた異なる文化との接触と、それにより生起した文化・生活様式の多様化や変化、他地域に与えた影響」などがあります。

 グラフを見て目を引くのは、現代史(20世紀史)の出題回数が群を抜いていることです。20世紀のみの設問だけでも6問ですが、20世紀に時期がまたがる設問ということになると30カ年中14問と実に半数を数えます。19世紀が関わる設問を数えれば、21問と、ほとんどの設問において1920世紀史から出題されていることがわかります。そう考えれば、東大の世界史における19世紀史、20世紀史の重要性は言うまでもないことですが、だからといって近現代史のみをやっておけばいいというわけではないことも明らかです。いくつかの問題は近現代とは全く無関係の古代・中世からの出題になっていますし、19世紀・20世紀をその内容に含む問題であっても、中世・近世・近代初期など、他の時代にまたがってその比較や関連性を問う問題も10題前後あることを考えると、「近現代史をやっておけば何とかなる」という考えは捨てたほうがいいとおもいます。また、第二問、第三問で点数を取ることは、大論述で点数を取ること以上に東大世界史では重要で、これらの問題では古代・中世に関わらず非常に広い範囲から出題されています。こうした留保はつくものの、とりあえずはグラフから読み取れることを下に箇条書きにしてみましょう。
 

19世紀史、20世紀史からの出題頻度が高い。

 

・過去20年と比較すると、近年は比較的短い期間(1世期未満~3世紀程度)を設定とする出題が多く、中でも16世紀から21世紀に出題が集中している。

 

・時折、数世紀にわたる歴史を問う設問もある。

 

 続いて、出題内容について表に示してみましょう。下の表は、各年の大問1の大論述の内容を考慮して、「広域(時代・領域)」、「政治」、「経済」、「文化」、「宗教」、「戦争」、「外交」、「交易」、「民族」など、キーになるテーマごとにどの程度その要素が含まれているかを分析したものです。すでに上述したように、これにも私個人のバイアスが反映されていますし、「経済」と「交易」や「文化」と「宗教」など、本来は不可分の要素などもあります。そうしたことは承知の上で、特にその設問を解く上で重要と思われる事柄を重要度順に「◎→〇→△→無印」で分け、◎はピンク、○は黄色によって色分けしてあります。「広域(時代)」は時代的に長期間のスパンにわたっているもの(2001年問題など)、「広域(領域)」は地理的に広範囲を考慮する必要があるものです。その他の注意としては以下のことに気をつけてください。

 

(注意)

・同じように地理的に広範囲にわたる設問であっても、単純な二地域間・三地域間の比較など、各地域を相対的に独立して考えて解答を整理できるものには△を、それとは異なり、複数の領域の関連性やダイナミズムを考慮する必要のある設問には〇をつけてある。


・「比較」の中で「★」は、はっきりとした比較を求められているものである。ただし、設問上では「比較して」と書いてあったとしても、その他の要素、テーマが色濃く入り込んで単純な二者間の対比によっては良質な解答を作ることが難しいと考えるものには星をつけていない。


・字数は大論述のみの字数であって、東大「世界史」全体の総字数ではない。
 


東大出題傾向2(訂正版)
クリックで拡大 
 

この表から見て取れることは以下のことです。

 

 ・時代的に長期にわたる設問よりは、地理的範囲として広域にわたる設問の方がはるかに多い。というより、ほとんどの設問が広域における各地域の関連性、交流を問う設問になっている。

 

・政治、経済史が圧倒的に多い。

 

・文化史や宗教は近年出題頻度が減少しているのに対し、戦争や外交、交易は依然として要素として入り込むことが多い。

 

・民族をテーマとする出題は減少傾向にある。

 

・かつてのような単純な比較史は出題されない。

 (例)東大1987年「世界史」 大問1

   「朝鮮戦争とヴェトナム戦争の原因・国際的影響・結果について両者を比較しながら18行以内で記述せよ」

 (例2)東大2016年「世界史」 大問1 

   「(米ソ、欧州以外の地域において「新冷戦」の時代に1990年代につながる変化が生じており、冷戦の終結が必ずしも世界史全体の転換点ではなかったことを踏まえつつ)1970年代後半から1980年代にかけての東アジア、中東、中南米の政治状況の変化について論ぜよ」

  →例1が比較的単純な二者比較によってもある程度解答が整理できるのに対して、例2では「1990年代につながる変化とは何か」など、一定のテーマ設定をした上で各地域で生じた歴史的事象の意義を考察し、位置づけることが求められる。

 

・かつてはかなり広範な話題が入り込む余地のある設問が多かった(色のついている部分が多い)のに対し、近年はある特定の要素に重点を置いた設問が増えている(色のついている部分が比較的少ない)。

  →これは、かつての設問がややアバウトな設問、何となく他者との関連性を考えた設問(単純な比較史など)を出せばいいだろうという設問であったのに対し、近年の設問が各設問の大テーマを意識し、そのテーマにそった設問を作ろうとしていることによると思われます。(たとえば、東大2015年世界史大問1と「モンゴル時代」または「13世紀世界システム」。「13世紀世界システム」については「東大への世界史①」を参照。)

 

・字数は一時期減少傾向にあったが、近年は増加傾向にある。

  (ちなみに、問題全体の総字数も概ね同様の傾向にあり、1990年代後半~2000年代初頭にかけては650-700字程度が多いですが、ここ5年ほどは840字~960字程度です。もっとも、東大を受験する受験生にとっては小論述や小問などで多少の字数変更があった程度で動揺しているようでは困るので、本表は大問1の字数のみに絞って計算しました。450字論述であるか600論述であるか、というのは練習を積むにしても本番で解答を組み立てるにしても心構えが大きく違ってきます。)

 

 以上が、過去30年の東大入試におけるデータ分析です。この分析から何を読み取るか、というのは人それぞれだと思いますが、私の方からこうした点に注意したほうがいい、ということをあげるのであれば、以下の点になるでしょう。

 

1、16世紀以降の近現代史はもれのないように学習しておくべき

(「古代中世が必要ない」ということではなく、近現代を重点的にということ)

 

2、政治・経済史に対する深い理解が東大世界史攻略の基本

 

3、どんなテーマでも、2~3世紀程度のスパンでの「タテの流れ」は把握しておくべき

(背景・展開・影響などを中心に、短期の事柄に対する理解で満足せずに大きな流れをつかむことを常に心がけると良いと思います。教科書や参考書などの各章の冒頭などは全体の流れを把握するには役立つかもしれません。また、テーマごとに自分なりのまとめをする作業をしてみましょう。自分でするのが手間であれば、本HPでもテーマ史、地域史などをまとめていく予定でいるので参考にしてください。)

 

4、同時代の各地域の交流、関連を常に意識することが重要

 

5、歴史を貫くテーマに敏感になろう

(これは、東大の設問が用意する大テーマを感じ取るために必要となる意識だと思います。教科書や参考書を精読したり、各コラムなどに目を通していくと、何となくではあっても各時代において問題となるテーマなどが見えてきます。そのうち、そうしたテーマをつかむのに適した参考書、書籍などについても紹介していくつもりです。)

 

6、過去問を解こう!

※ただし、これは模範解答の「猿マネ」をしろということではないことに注意してください。まず、「解答例」というものは基本的にあてになりません。平均的な高校生よりはある程度書けている解答例が多いとは思いますが、満点にはほど遠いです。もちろん、それはおそらく私が作る解答例も例外ではありません。ですから、なぜ自分がそういう解答例を作ったのかということを根拠として示すようにはしてありますが、我々は出題者ではないわけです。ですから、もし「完全な解答」なるものを標榜するものがあれば、そのこと自体が怪しい気がします。ただ、解答の精度を上げていくことはできますので、解答を参照する際は付属している解説部分を読みながら、自分でもその妥当性を常に検証してみましょう。(つまり、「模範解答にツッコミを入れる練習をしましょう」ということ。)また、同じような話題の設問でも、視点やテーマの設定の仕方次第で全く別物の問題になることはすでに何度も申しあげたとおりです。ですから、かつて似たような問題が出たからと言って、赤本を丸暗記したような内容を書いてもおそらくロクな点数はとれません。曲がりなりにも日本の最高峰である大学が、過去に出題した問題の丸暗記で済むような設問を作るはずがないということは肝に銘じておきましょう。また、それだからこそ合格する価値があるのだと思います。

 

※東大に限らず、様々な大学の過去問を解くことで、いろいろな視点に触れることができる、つまり東大の「大テーマ」が何かを解読する力をつけることができます。妙な効率主義はやめて、できるだけ多くの問題に触れましょう。解く時間がなければ解説部分を読むだけでもそれなりに意味はあると思います。

 

今回はデータ分析が主体で、「それでは東大ではどのような大テーマが出ている(もしくは出る可能性がある)のだろうか?」といったことについて触れることができませんでした。これについては東京大学「世界史」大論述出題傾向②を参照してください。

 

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