東京外国語大学の歴史総合・世界史探究の問題については、昨年(2025年)より、歴史総合を含む形に変化しました。また、問題の形式や配点に大きな変更が加わりました。今年(2026年)の問題でもこの基本形式は維持されていました。配点に大きな変更はありませんが、世界史探究の論述問題が500字となり、昨年の400字論述と比べて100字拡大されています。昨年の解説では、今後の東京外国語大学では論述問題の比重が無視できなくなると述べましたが、今年は世界史探究の論述が500字に拡大され、論述対策の重要性がさらに明確になりました。

 

設問の内容についてですが、東京外国語大学では、小問は例年基本的なものが多く、また比較的わかりやすい良問といえる問題が多かったのですが、今年の問題では、一部に通常の高校世界史の教科書・用語集を中心とした学習だけでは対応しにくい設問や、資料からの推測も容易ではない難問が一部含まれていました。もっとも、こうした設問は他の受験生の多くも解けないことが多いので、こうした設問での失点を特に気に病む必要はないと思います。一方で、それ以外の小問については極めて基礎的な問題が多く、1問あたりの点数が5点と比較的高いことから、こうした小問での取りこぼしは大きく響きかねません。やはり小問においては一部の難問を除いて、「取りこぼしはなくす」ぐらいの状態にしておくことが、東京外国語大学を受験する上においては必要となるかと思います。

 

論述問題については、歴史総合・世界史探究ともに、世界史の知識もさることながら、本文を読解するしっかりした国語力が要求される設問となっています。基本的には与えられた本文や資料を読み解き、それを設問の要求に合わせて再構成するということが要求される設問で、一定の国語力がないとこれらの問題に対処することは難しいと思われます。また、試験時間が90分ということになっていますので、小問について時間をかける余裕はありません。試験時間の多くは、論述問題を解く時間に使うと考えたほうが良いでしょう。ただし、論述問題も解答の自由度が比較的高い分、必ずしも満点に近い出来を求められているわけではありません。完璧な答案でなくても、設問の要求を正確に捉え、必要な資料と指定語句を筋道立てて配置できれば、多くの答案に対して優位に立つことができます。逆にその分、設問の要求から外れた回答を書いてしまうと、それが致命傷となりかねないというところがありますので、設問の内容や要求、あるいは本文の内容を丁寧に読み解き、理解するということが要求される問題だと感じます。

 

【小問概要と解説】

 

(歴史総合-問1)

概要:空欄[  ①  ]に入る社会思想(吉野作造が唱えた思想)の名称を答えよ。

解答:民本主義

 

:基本問題です。

 

(歴史総合-問2)

概要:下線部②(大正デモクラシー)に興味を抱いた生徒が調べるべき関連文献として優先度が最も低いものはどれか。

解答:(e) 国会期成同盟についての文献

 

:世界史選択者にはやや難しい問題です。大正デモクラシーは日露戦争後から大正時代の末期にかけて、日本で広がった民主主義的・自由主義的な風潮や運動の総称で、時期的には1910年代~20年代頃になります。⒜~⒡の選択肢のうち、「⒠国会期成同盟」だけは自由民権運動の時期に結成された政治団体(1880年結成)なので、明らかに時期が違います。

 

国会期成同盟の存在自体を知っていれば、少なくとも大日本帝国憲法制定(1889年)や帝国議会開設(1890年)よりは前だと分かるので問題ないのですが、おそらく世界史選択者が国会期成同盟を目にするのは高1の時に学習する歴史総合くらいしか機会がないのではないかと思われますので、やや難しく感じたのではないでしょうか。

 

(歴史総合-問3)

概要:空欄[  ③  ]に入る人物名(1848年にエンゲルスとともに共産党宣言を発表した人物)の名前を答えよ。

解答:マルクス(大学の模範解答ではカール=マルクス)

 

:基本問題です。大学発表の模範解答では「カール=マルクス」となっていますが、山川の用語集も教科書も「マルクス」ですし、高校世界史の範囲で他にマルクスは出てこないので、マルクスで問題ないと思います。

 

(歴史総合-問4)

概要:下線部④(対華21カ条要求)の第2号において、日本政府が安奉鉄道とともに99年間の権益期限延長を求めた鉄道名は何か。

解答:南満洲(州)鉄道

 

:世界史選択の場合、対華21カ条要求の細かい内容まで把握している受験生は少ないかもしれませんが、日本が当時利権を持っていた鉄道といえば真っ先に南満洲鉄道が浮かぶのではないかと思いますので、難しい問題ではありません。安奉鉄道を聞かれたら難しいですが。ちなみに、安奉鉄道は日露戦争時に建設が始まった安東(現在の丹東)から奉天(現在の瀋陽)を結ぶ路線です。

 

対華21カ条要求についての主な内容は以下の通りです。

○ 山東省におけるドイツ権益の継承

○ 旅順、大連の租借・南満洲鉄道及び安奉鉄道の権益期限の99か年延長

○ 漢冶萍公司の日本との合弁化 など

 

(歴史総合-問5)

概要:空欄[  ☆  ]に入るのにふさわしい説明を、資料[D]に書かれている内容を参考にして自分の言葉で答えよ。(40字以内、問われているのは「城内平和」の意味であり、資料[D]にはこれについてのカウツキーの見解が示されている。)

 

解答例1:戦時には、戦争遂行のため国内の資本家と労働者が協調して、他国の労働者とも戦うべき(40字)

解答例2(大学の模範解答):戦時には国内での階級対立をやめるべきであり、労働者同士が戦うこともやむを得ない(39字)

 

:こちらについては、文章内にカウツキーの見解が示されていますので、そこから読み取ることが可能です。文中には「…戦時と平時を分け、万国のプロレタリアートの団結は平時のものであって、戦時には国内の階級協調と各国労働者間の戦闘が必要と説くカウツキーの見解」とありますので、これをきちんと読み取れれば良いということになります。

 

(歴史総合-問6)

後述。[本稿の最後に示します。]

 

(世界史探究問1)

概要:教皇ユリウス2世が老朽化を理由に改築を決定し、晩年のミケランジェロが改築計画を策定したローマにあるキリスト教世界最大の石造建築は何か。

解答:サン=ピエトロ大聖堂

 

:基本問題です。最近、本設問のように、サン=ピエトロ大聖堂の設計者(主任建築家)としてミケランジェロをヒントに特定させようとする設問を見かけるようになりました。サン=ピエトロ大聖堂の修築はユリウス2世に始まり、その後長い年月をかけて進みます。特に、教皇レオ10世の時にこの修築費用を贖宥状で賄おうとして宗教改革の発端となったことは良く知られています。この間、サン=ピエトロ大聖堂の設計者(主任建築家)は、当初のブラマンテから始まり、その後ラファエロ、ミケランジェロへと変わっていきます(他にもいますが)。ですから、別にミケランジェロをヒントに出した設問が悪いとか間違っているというわけではない(私も授業では一通り紹介しますし)のですが、通常高校世界史の範囲では、サン=ピエトロ大聖堂の設計者はブラマンテで学習することが多く、山川の用語集などもそのようになっています。そのためラファエロやミケランジェロが設計者に名を連ねていることを、高校教科書・主要参考書を通した通常の学習では身につけられない高校生も多いのではないかと推察します。出題者はそのあたりもよく汲んで、努力が素直に結果に反映される形の出題をしてあげて欲しいなぁと思います。

 

(世界史探究問2)

概要:資料(B)で言及されている「アーケオプテリクス・リトグラフィカ」の日本語名は何か。

解答:始祖鳥

 

:高校世界史の範囲外の設問ですw ただ、資料(B)の中に、「ある鳥の羽毛の印象化石」とか、「アーケオプテリクス・リトグラフィカ」の姿の説明として「脚と足、骨盤、肩帯、そして羽毛の構造は、現存する一般的な鳥のものと完全に一致している。一方、尾は非常に長く、この点では鳥よりも爬虫類に似ている。」とあり、「特定の点において、この鳥は現代の鳥よりも爬虫類の構造に近づいていることは事実である。」ともありますので、一般的な教養として始祖鳥の存在を知っていれば、特定することは難しいことではないため、無茶な設問だとは思いません。

 

(世界史探究問3)

概要:ササン朝において国教とされ、善悪二元論に基づく世界観などの特徴を持ち、ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教などの一神教に影響を与えた宗教は何か。

解答:ゾロアスター教

 

:基本問題です。

 

(世界史探究問4)

概要:天神(テングリ)を信仰し、君主が可汗(カガン)を称した遊牧民集団は何か。

解答:突厥

 

:基本問題です。唐の2代皇帝太宗(李世民)が東突厥討伐の際に彼らから天可汗の称号を得たことなどもあわせて覚えておくべき事柄です。

 

(世界史探究問5)

概要:中国各地に作られた石窟寺院のうち、北魏第4代皇帝文成帝により造営が始められ、世界文化遺産にもなっている石窟は何か。(漢字2字で)

解答:雲崗

 

:基本問題です。敦煌・雲崗・竜門の石窟寺院は、場所や内容も含めて頻出です。

 

(世界史探究問6)

概要:厳密な史料批判に基づく実証主義的な近代歴史学の基礎を築いた人物は誰か

解答:ランケ

 

:少し以前であれば難しめの知識だったのかもしれませんが、近年ランケは頻出です。基本問題です。

 

(世界史探究問7)

概要:神聖文字の解読に成功したフランス人学者は誰か。

解答:シャンポリオン

 

:基本問題です。

 

(世界史探究問8)

概要:1970年に採択された「文化財不法輸出入等禁止条約」の寄託者となっている国際連合の機関の名前は何か。

解答:ユネスコ(国連教育科学文化機関、UNESCOなど。「正式名称で」とは設問にはない。)

 

:やや難問です。高校世界史の範囲外の出題ですし、出題のヒントからも通常の学習の範囲内でユネスコと結びつけることができる内容は見当たりません。ただし、「文化財返還問題」などが設問の文章中にあることなどから、「文化財の保護などをやっている機関なんだろうな」と推測することは可能で、そこまで推測した際に、世界文化遺産の登録に関わっているのがユネスコであることなどを思い浮かべれば、「国際連合の機関」とあるので特定することも可能かなという設問です。絶対に解けないというほどではないですが、少なくとも良問ではありません。

 

(世界史探究問9)

概要:イギリスにおいて「無名戦士の墓」が設置され、歴代国王の戴冠式が行われることでも知られる、国会議事堂近くにあるイングランド国教会の教会の名前は何か。

解答:ウェストミンスター寺院

 

:地味に難問です。高校生にはしんどいと思います。私も、授業の中で「ウェストミンスター議会」に言及することはありますが、寺院に言及することは全くありません。私自身、大学院生の頃にロンドンに留学して初めて「ウェストミンスター議会(宮殿)」と「ウェストミンスター寺院」と「ウェストミンスター大聖堂」が別々にあることを知ったくらいなので、正直この問いを高校生に出題するのは意味が分かりません。始祖鳥やユネスコとは違い、この問題はまず解けません。東京外国語大学の設問は比較的基本的な良問がそろっていることが多いのですが、2026年の問題は高校世界史で一般的に扱われる知識との間にやや乖離を感じる設問でした。


Westminster_Abbey_-_West_Door

ウェストミンスター寺院(Public Domain, Wikipedia)
 

(世界史探究10

概要:世界恐慌に対処する挙国一致内閣を率いるため、ジョージ5世によって1931年に首相に任命された人物は誰か。

解答:マクドナルド

 

:マクドナルドは、当初は労働党内閣を率いていましたが、世界恐慌を受けて失業保険の削減を行おうとしたところ、労働党から事実上除名されます。これを受けて、自派を率いて保守党・自由党の一部と協力してつくった挙国一致内閣がマクドナルド挙国一致内閣です。近代史をしっかり勉強している人であれば解けますが、正答率は高くないと思います。

 

(世界史探究11

後述。[本稿の最後に示します。]

 

【歴史総合、問6:300字論述解説】

(設問概要)

20世紀初頭の社会において、労働者はどのようなことを具体的に求めていたか、述べよ。

・社会主義運動はなぜ、そうした個別要求に留まらず、社会や世界の変革を目指したのか、述べよ。

・資料[A][E]の記述を踏まえよ。

・先生と生徒の対話も参考にせよ。

・指定語句(使用した箇所すべてに下線を引くこと。)

女工 / 半纏 / 社会問題の解決 / 帝国主義 / 西欧民主主義の限界

 

【1、設問の意図をくみ取る】

:本設問は、昨年(2025年)の設問と同じく、固定化された正解のある問いとは違い、見方によって様々な解答を示すことが可能な問いです。そのため、こちらの設問ではまず、設問の意図をよく汲み取ることが大切です。

 

設問の要求と問題のリード文は密接に連動しています。特に、少し本文に目を通した人であれば、問6で示されている指定語句がそれぞれ資料[A]から[E]と深く対応しているということに気づくはずです。例えば、[A]の『労働者と農民』という資料では、「女工」の話が出てきます。[B]の「無産政党と労農運動」では「半纏」が話題に出てきます。さらに[C]の『戦争と社会主義を考える』では、「社会問題の解決」という語句が見られます。このように、各資料が指定語句と対応しているということに気づければ、資料と先生・生徒の対話を丁寧に追っていくことで、設問の2つの要求、すなわち「労働者がどのようなことを具体的に求めていたのか」ということと、「社会主義運動がなぜ個別的な要求にとどまらずに、社会や世界の変革を目指したのか」という2つの問いに対する答えを書くことができるということが見て取れます。

 

もちろん、もともと持っている世界史の知識をベースにして、ある程度の内容を書くことも可能ではありますが、本設問では「資料の記述」、「先生と生徒の対話」を参考にしながら述べよということになっているので、自分の頭の中にある世界史の知識だけを組み合わせて解答を作成したとしても、設問が意図している内容に近づくとは限りません。(むしろ遠ざかってしまうかもしれません。)そこで、この問題では設問の意図をよく汲み、本文の内容に沿って要求に対する答えを用意するという答案の作り方が、最も高得点を狙える答案の作り方となります。

 

昨年の設問と比べるとやや誘導的な要素が強く、解答の自由度が低い設問ではありますが、丁寧に作りこまれた設問であると思います。

 

史資料については、以下の6つが用意されています。

 

・先生と生徒の会話

・資料[A] 中村政則『労働者と農民』

・資料[B] 伊藤晃「解説:無産政党と労働運動」

・資料[C] 久保亨『戦争と社会主義を考える』

・資料[D] 姫岡とし子『ローザ・ルクセンブルク-闘い抜いたドイツの革命家』

・資料[E] 横山宏章『孫文と陳独秀-現代中国への二つの道』

 

【2、各資料、先生と生徒の対話から重要箇所をチェックする】

:上記の通り、指定語句や設問要求を意識しながら各資料や先生と生徒の対話をチェックしていきます。

設問要求は

① 20世紀初頭の社会において、労働者はどのようなことを具体的に求めていたか

② 社会主義運動はなぜ、個別要求に留まらず、社会や世界の変革を目指したのか

を示すことですから、おそらく「最初に労働者の個別要求が出てくる」、「そしてそれが次第に社会や世界の変革を目指す動きに変わってくる」という流れで文章や資料が出てきているということは想像がつきます。これは、指定語句が「女工」・「半纏」という個別の事柄を予想させる語句から「社会問題の解決」、「帝国主義」、「西欧民主主義の限界」という大きな問題を感じさせる語句へと並んでいることからも分かります。また、問1~問5を解くためにはある程度本文に目を通さなければなりませんので、一から本文に目を通していない場合でも、文章の構成がある程度上に示したような流れで進んでいることは読み取れるはずです。(または、「そうしたことを読み取る力が必要である」と大学から求められていると思って良いかと思います。)

 

(① 資料[A][B]とその周辺:労働者の具体的な要求)

:資料[A][B]とその周辺の先生と生徒との会話では、1920年代の労働者たちが自分の体験に根差した具体的な要求をしていたこと、それらの具体的要求が人間としての尊厳と密接に関係していたことが示されます。

 

こうした労働者の求めに対して、「大正デモクラシー」時代のヒューマニズムは素早く応え、資本主義的諸矛盾を意識し、「社会問題」の解決に進出する姿勢を示したものの、一方でこうした「改造」を目指す諸思潮は、何かと観念的な理想主義や抽象論(つまり、頭の中でだけ考えられた理想論)へと傾き、そのため現実的な諸問題があちこちで見過ごされてしまっていたことなどが示されます。

 

・鮭や目刺しなど人間らしいものを食べさせてもらいたいと思います。([A]の女工)

・私たちは働くりっぱな労働者であって、ブタではない。([A]の女工)

・皆さん、もっと人間らしいものを食べたいと思いませんか? これが私の要求です。([A]の女工)

・「私たちは働く立派な労働者であって、ブタではない」、っていうところにあるように、人間としての尊厳を認めてほしいということでもあるのかなと。([A]を読んだ生徒の感想)

・当時彼らは制服として、〇〇区道路工夫、○○区清掃人夫と染め抜いた半纏を着ていたのである。印半纏は下層の、いわば前近代的労働者を象徴している。(資料[B]

・この労働組合は、労働者たちの人間としての尊厳の主張を、はじめて声にして発したのである。(資料[B]

・それは、「大正デモクラシー」時代のヒューマニズムが、労働者の無権利と非人間的待遇を放っておかなかったのだともいえる。けれども、資本主義的諸矛盾を意識し、「社会問題」の解決に進出したとはいえ、「改造」の主張がとかく観念的な理想主義に走り、社会の現実的な諸問題を各処で取り落としていたこともたしかである。(資料[B]

・半纏を強制するのをやめてほしいという要求が強かったのが意外です。([B]を読んだ生徒の感想)

・それを強制されることは彼らにとって差別にほかならなかったんだよね。(生徒に対する先生の応答)

・一方で気になるのは、「「改造」の主張がとかく観念的な理想主義に走り、社会の現実的な諸問題を各処で取り落していたことも確かである」という一文です。なぜこういう抽象的な運動になっていっちゃうんだろう…。([B]を読んだ生徒の感想)

・そこで重要になってくるのが社会主義なわけだよね。(生徒に対する先生の応答)

 

(② 資料[C]とその周辺:社会主義はなぜ世界の変革を目指したのかという疑問)

:資料[A][B]の分析を通して、生徒と先生は労働者の具体的な要求が次第に抽象的な運動へと変化していく中で、社会主義が重要な役割を果たすようになることをおさらいしてみようということになります。これを受けて、資料[C]が示され、その中で「社会問題の解決」を求める動きの中から、「社会を何よりも大切にしようという社会主義」の思想が誕生したことが語られ、19世紀に産業革命が進展する中で、社会変革を目指す民衆運動を伴いながら社会主義が誕生する流れが示されます。

 

ところが、これを受けて生徒は、労働者たちの要求が世界史における社会主義誕生の流れの中にあったことは分かったが、なぜ食事の改善や半纏の強制廃止といった個別問題の解決にとどまらず、社会変革まで進んでしまうのかということに疑問を呈します。これに対し、先生は社会主義者がその場しのぎの対症療法的政策ではなく、世界そのものを変えようと考えた理由を考察するために資料[D]を示します。

 

・格差社会を憂い、貧困など社会問題の解決を求める思想として生まれてきたのが、社会を何よりも大切にしようという社会主義の思想である。[C]

・産業革命が進展した19世紀に、社会の変革を目指す民衆運動を伴いながら生まれたのが社会主義思想である。[C]

・産業革命の後、社会が発展する中で、そのゆがみやしきずみが明らかになって、社会主義思想が登場するという流れは、歴史総合でも勉強しました…(資料[C]を受けての生徒)

・でも一方で、賃金を上げたり労働条件を改善したり、半纏の強制をやめたりすれば、それで済むんじゃないかという気もします。社会主義者みたいに、社会を変革しようというところまで行かなくてもいいんじゃないかと…。(資料[C]を受けての生徒)

・そう、そこが大きなポイントなんだよね。今までみたいに、恵まれない人を助けましょうというその場しのぎの政策ではうまくいかない。社会の仕組み、もっと言えば、世界そのものを変えなくてはいけないと社会主義者たちは考えた。なぜそう考えたのか。(生徒に対する先生の応答)

 

(③ 資料[D]とその周辺:社会主義が世界の変革を目指した理由)

:資料[D]では、ドイツの社会主義者ローザ=ルクセンブルクの活動が紹介されます。その中で、従来の社会主義者たちの反戦運動が、第1次世界大戦とともに自国を優先する考えにおされて崩壊したこと、そしてそれを目の当たりにしたローザ=ルクセンブルクが帝国主義の戦争は労働者にとって百害あって一利なしであり、これを避けるには「革命的介入」による帝国主義の打倒が必要だと考えたことが示されます。このあたりのことは、通常の世界史の授業でも第2インターナショナルの崩壊理由などで語られる部分ですので、受験生にもおなじみかと思います。

 

この説明を受けて、生徒は社会主義が社会や世界そのものを変えようとした理由について納得しますが、一方で先生は「人々が社会主義に期待を寄せた理由」には別の理由もあったとして、陳独秀についての資料[E]を紹介します。

 

・帝国主義時代の戦争では、いずれのグループが勝利しても労働者には悪がもたらされるだけであり、したがってプロレタリアートが統一して帝国主義と戦うという革命的介入によって平和が獲得されなければならず、そのためには階級闘争を継続的に発展させなければならないと主張した。(資料[D]

・「帝国主義時代の戦争では、いずれのグループが勝利しても労働者には悪がもたらされるだけ」という認識だったんですね。そのためには労働者が一つになって革命的介入をしなくてはいけないのだと。(資料[D]を読んだ生徒の感想)

・ただ人々が社会主義に期待をしたのはそれだけが理由じゃない。(生徒に対する先生の応答)

・陳独秀は西欧民主主義の素晴らしさを説いているんだけど、あるとき、西欧民主主義に失望して社会主義を唱えるようになる。そのきっかけが、歴史総合でも勉強したパリ講和会議だったんだ。

(生徒に対する先生の応答)

 

(④ 資料[E]とその周辺:人々が社会主義に期待を寄せた理由)

:資料[E]では、パリ講和会議で21カ条要求撤廃を求めた中国側の主張が一顧だにされず、山東主権が日本に奪われたままで終わったことに対する陳独秀の失望が示されます。その中で、陳独秀が西欧啓蒙思想や西欧民主主義には限界があることを痛感し、そのことが彼を社会主義へと向かわせたことが紹介されます。

 

これを受けて、先生は、議会制民主主義では富裕層や企業の意見が通りやすくなること、陳独秀が民主主義には議会制民主主義以外のあり方も存在し、五・四運動などの大衆運動をきっかけに大衆が直接政治に参加できる社会を社会主義で実現できると考えたことなどが示されます。

このあたりについても、陳独秀が当初は新文化運動(文学革命)を牽引した『新青年』を始めた人物であり、その後中国共産党の初代委員長であることなどは世界史の基本知識ですので、こうした知識が入っている人であれば、内容をくみ取ることはそれほど難しくはありません。

 

・陳独秀は、そこに帝国主義的野望を克服できない欧米国家の醜態を見いだした。それは換言すれば、西欧啓蒙主義思想、西欧民主主義の限界であると決断することとなったのである。(資料[E]

・パリ講和会議の結果に失望した陳独秀は、西欧啓蒙思想の道を離れ、それに代わって新たに社会主義への道を踏み出した。(資料[E]

・議会制民主主義では、その国が富裕層に有利な政策だったり、裕福な個人や企業の意見は強い力を持ちやすいんだよね。(資料[E]を受けての先生のまとめ)

・五・四運動みたいな大規模な大衆運動の経験をきっかけに、陳独秀は大衆が直接政治に関与できる社会を社会主義を通して実現できるんじゃないかと考えたんだ。(資料[E]を受けての先生のまとめ)

 

【3、読み取ったチェック内容から、設問に答えるために必要な要素を整理する】

:最後に、読み取った内容をもとに、設問要求に沿った解答を作成するために必要な要素を整理します。だいたいですが、以下のような内容となるかと思います。

 

・設問要求1(労働者の具体的要求は何か)

○ 女工による食事などの待遇改善要求

○ 土木・清掃部門の労働者による半纏の強制廃止要求

○ 根本にある人間としての尊厳要求

 

・設問要求2(なぜ社会主義は社会変革を目指したか)

○ 個別要求の解決では社会問題は解決しない

○ 帝国主義が戦争と搾取を生み出す構造への批判

○ 西欧民主主義の限界への失望

 

【歴史総合300字論述:解答例】

女工が人間らしい食事を求め、土木・清掃労働者が下層労働者の象徴である半纏着用の強制を拒否し浴場の設置を要求するなど、20世紀初頭の労働者たちは人間としての尊厳を回復するための具体的な要求を掲げた。民衆運動と並行して拡大した社会主義思想は、貧富の差など根本的な社会問題の解決を模索した。第一次世界大戦を機にローザ=ルクセンブルクが帝国主義の戦争が労働者に害しかもたらさないことを見抜き、パリ講和会議を通して陳独秀が西欧民主主義の限界を悟るなど、既存の社会構造や議会政治では民衆の要求を十分に実現できないとの認識が一部の社会主義者に広がると、社会主義運動は革命的介入による社会や世界の根本的変革を目指した。(300字)

 

【世界史探究、問11500字論述解説】

(設問概要)

・「石に刻まれた歴史」について古代から現代の順に論ぜよ。

・その際、導入資料を踏まえ、資料(A)から(F)を具体例として用いよ。

・設問の文章や短答の回答を参考にせよ。 [「短答の回答」は原文ママ]

・世界史で学んだ知識を使って文章を組み立てよ。

・指定語句を必ず使用し、それらを主題として論ぜよ。(初出時には下線を引くこと。)

 高貴な血統 / 芸術作品 / 近代科学 / 進化論 / ナポレオン / 総力戦

 

:こちらの設問は「石に刻まれた歴史」をテーマに論ぜよというもので、当然ですがこうしたテーマでの見方は通常の高校世界史学習で意識することはありません。歴史総合の論述と同様に、示された本文や資料を読解し、その内容に沿って設問要求に合わせて再構成することになります。社会主義運動についての歴史総合の論述が本文の内容や指定語句から話の流れがほぼ確定する、やや誘導的な設問だったのに対し、こちらの世界史探究の論述はもう少し自由度の高い設問であるように思われます。いずれにしても、2025年の東京外大の問題と同じく、世界史知識だけでは十分な解答を作ることができず、本文・史資料の内容をしっかり踏まえることができているかが重要な要素となります。かなりの国語力が要求される設問です。語学の専門大学ですから、「母語くらいは扱えるのが前提」ということでしょうか。

 

【1、設問の意図をくみ取る】

:こちらの設問でも、まずは設問の意図を正しく理解することが最重要となります。ただし、歴史総合の論述とは異なり、こちらの設問では本文中の資料と指定語句にはっきりとしたつながりと順番は見出せませんし、本文を読んでも内容的にやや入り組んでいます。何より、歴史総合では「先生と生徒」が各資料の意味付けを確認しながら話が進んでいたのに対し、こちらの資料は各資料が並べられているだけで、その内容も理論的内容というよりは個々の事例を示したものに過ぎないため、これらを眺めているだけでは設問が求めているストーリーが判然としません。そのため、「Aで、Bだから、Cです。」という一本筋の通った論として構築するには、丁寧な読解と少しの工夫が必要となります。

 

そこで重要になるのが「導入資料」になります。設問でもはっきりと「導入資料を踏まえ」と指示されていますので、まずはここをしっかり読んで、核となると思われる部分を確認することが大切でしょう。

 

「導入資料」の内容を簡単にまとめると、以下のようになります。

 

① 地層の中に封じ込められた(刻まれた)地球の過去(歴史)は遠い未来に向けて痕跡を残す

② 人の歴史においても、石や金属は政治的権力・経済的価値・文化的記憶を託すものとして姿を現す

③ 考古資料(石に刻まれた記憶)は、近代以降の学問的分析を通して、西洋中心の歴史観を相対化し、世界史的視野を広げる役割を果たした。

④ 考古資料研究は、学問的探求としての役割の他にも古代文明の継承者としての文化的権威を示す役割もあわせもち、帝国主義と科学を結び付けた。

⑤ 近代においても、石に歴史を記憶させる営為は、国民の記憶の刻印と共同体意識の涵養のために実践された。

⑥ 現代においては、記念碑をめぐる議論の中で従来の歴史観が問い直されており、こうした現代の歴史観もまた未来へと伝えられていく。

⑦ 石に刻まれた歴史は「記録」と「記憶」の双方に深く関わっている。

⑧ 碑文研究と記念碑という「石に刻まれた歴史」は過去の記録と未来への継承を進める人類の営為として深く結びついている。

 

こうして導入資料をまとめると、重要なポイントがいくつか見出せます。

 

A、石は「記録」を刻むとともに、人々がそれを読み解き、未来へ継承していく「記憶」の媒体でもある

:自然にできた地層であれ、人々が人為的に刻んだ石碑や記念碑であれ、石は「記録」→「読解」→「記憶」という一連の流れによって過去を未来へと継承していく役割を担っているということです。

 

B、導入資料では、「石に刻まれた歴史」として碑文研究と記念碑が主なものとして意識されている

:導入資料の大部分が近代以降の碑文研究と記念碑に割かれており、まとめ部分でもこの両者をベースに「記録」と「記憶」が語られていますので、導入資料が強く意識しているものは地層に封じ込められ自然に残された痕跡よりも、人の力によって刻まれた石の歴史の方にやや重点が置かれていると考えられます。

 

以上のことを踏まえると、解答を作成する際には、(自然に残されたものを省くのはまずいですが)碑文研究と記念碑の例を軸に、「石に刻まれた歴史は、自然史・人類史の記録であると同時に、人々がそれを読み解き、意味づけ、未来へ継承していく記憶の媒体でもある。」という流れで各具体例を配置するとおさまりが良いという基本方針が定まります。この本文の主旨をとらえた基本方針を定めることが極めて重要です。極端な話、この基本方針がしっかりとしたものでありさえすれば、設問要求から大きく外れた解答になることはありません。もちろん、指定語句の適切な配置は必要となりますが、それでもある程度の得点は確保できることが予想できます。論述問題では、満点を目指す必要はありません。特に、こうした自由度の高い論述では、受験生の多くは設問要求から的外れな解答を書きがちです。そうした中では、「設問要求にしっかり沿っている」ということだけでも大きなアドバンテージになります。

 

全体の流れとしては、以下のような形でまとめることを想定します。

 

(1、冒頭でテーマ[設問要求に対する直接の答え]を提示)

○ 「石=記録と記憶の媒体」(導入資料の結論を最初に示す。)

(2、自然が石に刻んだ歴史と人の営為が石に刻んだ歴史)

○ 地層・始祖鳥(自然)

○ 墓廟・碑文(人為)

(3、碑文研究)

○ 墓廟・碑文(ユリウス2世の墓廟、ベヒストゥーン碑文)

○ ロゼッタ=ストーン

(4、帝国主義と石の歴史)

 ○ 広開土王碑の解釈

 ○ 記念碑と「国民の記憶」(凱旋門、無名兵士の墓)

(5、現代)

○ 記念碑論争

○ 従来の歴史観の更新

○ 未来への継承

 

【2、各資料・指定語句の分析と扱いを検討する】

:基本の流れが定まってきたら、資料や指定語句をどのように配置し、用いるかについて検証します。指定語句を再度確認すると、以下のようになります。

 

高貴な血統 / 芸術作品 / 近代科学 / 進化論 / ナポレオン / 総力戦

 

これだけでは、どう用いたら良いのか判然としませんので、本文や資料と結び付けていきます。また、指定語句については各小問の文章や答えもかなりヒントにはなります。ただ、時間が限られていることを考えると、各小問の文章を逐一確認することは現実的とは言えないと思います。ですから、やはり論述の設問と本文・資料を中心に考え、各小問の文章はあくまで参考程度に考えておいた方が良いと思います。本設問の資料を簡単にまとめると、以下のようになります。

 

資料(A) 教皇ユリウス2世によるミケランジェロへの自身の墓廟作成依頼

:こちらについては、導入部分にも示唆されている政治的権力(宗教的権威)の記録で用いるのが一番しっくりきそうです。また、ミケランジェロという芸術家の作品をのこすという意味での文化的記憶の側面もあるかもしれません。実際、小問の問1には、「こうした教皇の庇護と促しにより、作品は価値ある芸術であり、その制作者は芸術家であるという認識が広まっていった。」という文章があります。こうした意味で、指定語句の「芸術作品」などはこれと合わせると使いやすいかもしれません。

 

資料(B) 始祖鳥の化石を通しての進化論についての議論

:こちらについては、自然が石に刻んだ過去の記録としての側面や、近代科学の発展、またはそれまでの聖書的な世界観の相対化などを思い浮かべることができます。聖書的世界観の相対化などは本文中には一切書かれていませんが、地理上の発見や進化論といった近代科学の発展が、それまでのヨーロッパにおける聖書的世界観を変化させていくという話は、高校世界史の範囲でも耳にすることがあると思います。本設問では、「世界史で学んだ知識を使って文章を組み立てよ」と指示があるので、そうした視点を盛り込んでも差し支えありません。また、小問の問2には「化石標本は現世種との比較を通じて、科学的主張の根拠となった」とありますので、指定語句の「近代科学」「進化論」などはこちらで使いやすいように思います。

 

資料(C) ダレイオス1世のベヒストゥーン碑文

:本資料には「碑文では自身の高貴な血統が正当なものであること、および帝国の統治権が光明神である善神アフラ=マズダから授与されている点を明示している」という記述がありますので、こちらについても、資料(A)と同様に、政治的権力(宗教的権威)の記録の文脈で用いて良いと思います。また、指定語句の「高貴な血統」はここで使えます。

 

資料(D) 広開土王(好太王)碑文についての諸解釈

:こちらの資料は扱いに少し注意が必要になります。内容は、広開土王碑文の解釈が戦前の日本と、朝鮮の学者間で解釈が異なるというものです。

 

日本側の学者の解釈

:倭が百済と新羅を臣従させていたと解釈し、朝鮮半島侵略の根拠として利用しようとした。

 

朝鮮(韓国・北朝鮮)側の学者の解釈

:倭が朝鮮半島において有利な状況にあったとは認めず、むしろ碑文中の「海を渡った」主体を高句麗だとして、日本列島が朝鮮側勢力によって支配された見解などを示した。

 

こちらの資料からは、①確固たる証拠のように見える碑文も解釈の違いによって全く異なる見解が示されうる、②碑文の解釈から読み取られた過去の記録が帝国主義支配の正当化に利用されうる、という2点が読み取れますが、これらの内容は実は先に読み取った「導入資料」の中には明示されていません。そのため、これをどう解答の中に盛り込んでいくかが重要となります。

 

資料(E) ロゼッタ=ストーンを通してのヒエログリフ解読過程

:こちらの資料では、ロゼッタストーンを通してのヒエログリフ解読過程が示されているのですが、実は内容が非常に読み取りにくく、正直なところ、意味を正確に解読できた受験生はほとんどいなかったのではないかと思われます。

 

本資料では、まず解読の初期において、ギリシア語の「アレクサンドロス」と「アレクサンドリア」に対応する部分を調べると、ヒエログリフによっても似たような文字列が存在することが確認できたことが示されます。そのため、初期の解読者たちは「ヒエログリフはアルファベットと同じく表音文字なのだ」という前提での解読を進めようとしましたが、なぜか碑文全体を矛盾なく解読できる文字列(アルファベット)を構築できず、解読できません。

 

そこで、発想を変えて、ヒエログリフの中に中国語(漢字)のような表意要素が含まれているのではないかと考えます。漢字のような文字では、たとえば「生」のような文字があるとき、これだけでは意味や音を十分に特定することができません。「生を全うする」という文脈では「生」は「生涯・一生」の意味になり、音も「せい」になります。一方で「生まれる」という文脈では「生」は「誕生」の意味になり、音も「う」に変わります。さらに言えば、「生田さん」であればこれは人名の一部であり「いく」という音で読まれます。このように、漢字のような文字では表記上は「生」という同じ文字であっても、その周囲にある要素によって、表す意味や音が変化します。これは、アルファベットのように、一文字がだいたいの音を表す文字体系とは異なる特徴です。こういったことを、本資料中の文章では「それは中国語を話す際、文字を限られた数の音に翻訳するようなものであり、意味を確定するため、また類似した音による他の概念と区別するために、総称となる語を付け加える必要があるのと同じである。」などの部分で示しているのですが、この解読は非常に難しいと思います。シャンポリオンは、それまでの固定観念を排して、ヒエログリフには表意要素も含まれていることに気付いたため、解読にこぎつけることができました。

 

いずれにせよ、本資料が示したいことは単純に「ロゼッタ=ストーンがヒエログリフ解読に役立った」ということではなく、「碑文がそれ自体で歴史を語ることはなく、人間が適切な方法で読み解いて初めて歴史を語る史料となる。」ということです。そういった意味で、解釈の仕方によって読み取り方が大きく変わることを示した資料(D)と関連していると考えることもできるでしょう。

 

ただし、最終的な解答作成の際にはそこまで深く読み取る必要は必ずしもありません。(時間的な制約もありますし。) 指定語句にある「ナポレオン」などと結び付けて、解答に盛り込むだけでも、大きな不利にはつながらないと思います。

 

資料(F) イギリスのホワイトホールにあるセノタフ

:こちらの資料ではイギリスのホワイトホールにある「セノタフ」について示されています。セノタフとは、遺体を納めずに死者を追悼する「空の墓」形式の記念碑です。ホワイトホールのセノタフは、第一次世界大戦をはじめとするイギリスおよび帝国の戦没者を象徴的に追悼する施設となりました。

Cenotaph_Unveiling,_1920

「セノタフ」の除幕式(1920年、Public Domain, Wikipedia)
 

「セノタフ」は高校世界史ではまず言及されませんが、「無名戦士の墓」については第一次世界大戦や総力戦、ナショナリズムなどの文脈でコラムや写真などが示されることがあるので、聞いたことのある受験生もいると思います。「無名戦士の墓」とは、第一次世界大戦のように多くの人々が身元不明のまま戦死した際に、その死を悼むために建てられる慰霊碑・記念碑のことです。

 

「無名戦士の墓」についての研究については、私自身は大学院時代に少し聞きかじった程度であまり詳しくないのですが、戦争史・記憶についての研究・ナショナリズム研究・記念碑研究などで紹介される大きなテーマの一つとなっています。そういう意味では、今回の「石に刻まれた歴史」の「記録」と「記憶」という設問とも、非常に親和性が高いテーマであると思います。以前から記憶についての研究によって発展していたようですが、私自身がこの「無名戦士の墓」研究を耳にするようになったなぁと感じ始めたのは2010年前後あたりだったような気がします。また、その文脈も「パブリック=メモリー(公共的記憶)」の中で語られることが多かった印象があります。

 

「無名戦士の墓」が持つ意義としては、

① 個人を越えた「全ての戦没者」を追悼する(匿名性)

② 国家と国民を結びつける役割(名も知られぬ、○○の国の犠牲者たち)

③ 社会全体の記憶を維持する装置

④ 個人の悲しみを共有する場所

などが挙げられます。

 

いずれにしても、「セノタフ」や「無名戦士の墓」などの記念碑には、本来は別々の「個人の死」というできごとを「国全体の犠牲」と位置付けることによって「パブリック=メモリー」として長く維持するとともに、これを通して国家意識・国民意識を刺激する役割も果たすという面があります。また、近年ではこうした研究を通して、新たに「国家による利用の側面」、「無名兵士の対象(その兵士は白人か、黒人か、男性か、女性か、本国人か、植民地人かなど)」、「忘れ去られたものは何か(記録し、記憶されたものが残される反面、記録されなかったものは忘却されるが、その選択は何によって行われたか)」など、様々な視点が提示されている研究かと思います。ここ最近、「国民国家」や「ナショナリズム」など、共同体ないし共同体意識をテーマとする論述問題はあちこちの大学で出題されていますので、そうした設問に慣れた受験生であれば、内容についてはいくらか読み取りやすかったかもしれません。

 

少し脱線しましたが、仮に上記のような「無名戦士の墓」研究を知らなかったとしても、本資料中には「セノタフ」が「帝国全体の第一次世界大戦の戦没者追悼記念碑として建立された」ことは示されていますし、出典にも「戦争記念碑と無名戦士の墓から見た集合的記憶形成の諸問題」とあります。また、本設問最初の「資料導入」の最後の部分に「記念碑は、国民国家の歴史を聖別化すると同時に、過去の記憶を多様な視点から問い直す対話の場としての役割を果たしている」という部分がありますから、解答の中に位置づけることはそこまで困難ではありません。指定語句の「総力戦」などはここで使うとおさまりが良いでしょう。

 

【3、全体構成と指定語句・資料をまとめていく】

:では、1で示した全体構成に、2で読み取った資料や指定語句をあわせて、使いどころを考えるとともに、全体構成の一部を調整していきます。

 

① 石に刻まれた歴史=記録と記憶の媒体であることを示す

 

② 自然が石に刻んだ歴史の例 ‐ 資料(B)、「始祖鳥」、「近代科学」

:進化論という新しい近代科学の発展による解釈で、自然に作られた始祖鳥の化石に意味が見いだされる。

 

③ 人の営為が石に刻んだ歴史の例 資料(A)、「芸術作品」、資料(C)、「高貴な血統」

:ユリウス2世の墓廟やダレイオス1世のベヒストゥーン碑文のように、宗教的権威・政治的権力やそれらの正当性を示すために作られ、後世に伝えられた。また、それらの中にはミケランジェロの彫刻作品のように、当時の美術・文化を伝える芸術作品をのこすと言う役割もあった。

 

④ 碑文研究と解釈 ‐ 資料(D)・(E)、「ナポレオン」

:碑文は過去の歴史を伝えるが、碑文がそれ自体で歴史を語ることはなく、人間が適切な方法で読み解いて初めて歴史を語る史料となる。また、その解釈の仕方によって読み取れる歴史像は異なる。

 

⑤ 近代国家と石の歴史 資料(D)、(F)、「総力戦」

:近代国家では、自ら建立する石碑や石造を通して、国民の記憶を刻印し、共同体意識を涵養した。(例、ナポレオンのエトワール凱旋門、総力戦を通して多くが戦死した「セノタフ」など。)また、帝国主義と科学は結びつき、碑文研究は学問的探求であると同時に国の威信を示したり、帝国主義的拡大の正当化に用いられることもあった。(広開土王碑の解釈など。)

 

⑥ 記憶の継承と再検討

:古代の記念碑に多くの解釈が生じたことと同様に、現代においても、かつての近代国家が建てた記念碑の多くが、その意味を問い直されている。これにより、従来の歴史観は更新されていくが、それも含めて石に刻まれた過去の記録は未来へと継承されていく。

 

流れとしてはこんな感じで良いのではないでしょうか。

 

【世界史探究500字論述:解答例】

石に刻まれた歴史とは、自然や人間社会の過去を記録するものであり、それを人々が読み解き未来へ継承する記憶の媒体である。自然が残した地層中の始祖鳥化石は、過去の生物の姿を伝え、近代科学により解釈されて進化論を支えた。人の営みは、ダレイオス1世の高貴な血統と王権の正当性を誇るベヒストゥーン碑文や、宗教的権威を示すユリウス2世墓廟のように、支配者の権威を石に刻み残し、その過程でミケランジェロの芸術作品のような文化的記憶も継承した。一方で、碑文はそれ自体では歴史を語らず、ロゼッタ=ストーンのヒエログリフのように解読が必要で、また広開土王碑の解釈の違いに見られるように、立場により異なる歴史像が導かれることもあった。近代国家は、碑文研究を帝国主義政策の正当化にも利用した。また、ナポレオンの凱旋門や、総力戦となった第一次世界大戦後のセノタフのように、共同体の記憶の刻印や国民意識の涵養に用いられる記念碑もあった。現代では、これらの記念碑の意味は問い直され、従来の歴史観は更新されようとしている。石に刻まれた歴史は、絶えず各時代の人々に問い直されてその意味を変え、未来へと受け継がれていくものであると言える。(500字)

 

解答例としては上記になります。解答例については東京外国語大学が公開している解答例もHPに掲載されています。こちらの設問については最初にお話した通り解答の構成の自由度は比較的高いので、設問の要求にきちんと答え、その他の指示に従ってさえいれば、様々な書き方があり得ると思います。