SOLIDでは中学受験から大学受験までいろいろな授業を行っていますが、このブログをご覧になっている方に一番関係が深いのは、やはり大学受験世界史だと思います。
SOLIDの授業でも、これを生徒さんの理解度や志望校に合わせて、その場で確認しながら進めていく感じで進めています。
【論述問題について】
【世界史以外の授業もやっています】
移動時間がないので、学校や塾との予定も比較的組みやすいと思います。
【世界史の個別指導をお探しの方へ】
大学受験向け世界史情報ブログ
早稲田大学教育学部の世界史は、早稲田の世界史の中でもかなり特徴のはっきりした試験です。
問題の中心となるのは、単純に用語を答える問題ではなく、「正しい説明はどれか」、「誤っている説明はどれか」、「二つの文章の正誤の組合せとして正しいものはどれか」、「年代順に並べた場合、何番目にくるか」といった正誤・判定型の問題です。
また、選択肢の誤りは完全なデタラメであるとは限りません。人物名は正しいが時代が違う、王朝名は正しいが制度が違う、条約名は正しいが締結国が違う、地名は正しいが位置関係が違う、といった文章の一部分だけをずらした誤文が数多く作られています。
そのため、早稲田教育の世界史では、「この用語を知っている」だけでは十分ではありません。その人物がいつ・どこで何をしたのか、その制度がどの王朝で行われたのか、出来事の前後関係がどうなっているのか、などまで正確に整理できていることが重要になります。
今回は、2022~2026年度の5年分について、大問テーマを並べるだけではなく、各設問で正解を導くために必要となった知識を「中核知識」として整理し、地域別・時代別の傾向を確認しました。
【早稲田大学教育学部世界史の基本構成】
2022~2026年度を見ると、基本的に大問4題・マーク式という構成が続いています。近年は50問前後を解く形式となっており、2026年度も第1問12問、第2問13問、第3問13問、第4問12問という構成です。2025年度も4大問で構成され、各大問に多数の選択問題が配置されています。
つまり、教育学部では、かなり多くの選択肢を、限られた時間内に正確に処理する力が必要になります。
また、「50問あるから50個の知識が必要」と考えるのは適切ではありません。一つの4択問題の中に、複数の人物・制度・地域・年代が含まれているため、実際には、一つの正解を得るために複数の知識を比較しながら判断する必要がある試験と考えるべきかと思います。
【2022~2026年度の大問テーマ】
まず、5年間の出題を大まかに整理すると次のようになります。
※以下の「大問テーマ」は大学が付けた正式名称ではなく、問題内容をもとに便宜的に整理したものです。
(一国史よりも「テーマ史」の発想が重要)
5年間の問題を並べると、早稲田教育では単純な一国史だけでなく、「疫病」、「民族移動」、「交易」、「社会主義」、「移民」、「脱植民地化」、「経済活動」、「遊牧民」など、一つのテーマを通じて複数地域・複数時代をつなぐ問題がかなり目立ちます。
たとえば2023年度第1問では、古代ギリシアからヴァイキング、東方植民、ポルトガル・オランダ・イギリスの海外進出、アフリカやアメリカまで話が広がります。
つまり、「中国史」、「フランス史」、「オスマン帝国史」のような、国・地域ごとの通史だけでなく、「交易史」、「民族移動史」、「植民地化と脱植民地化」、「社会主義運動」のような、教科書の章を越えたテーマごとのつながりや整理を意識しつつ、学習を進める必要があります。
【設問ごとの「中核知識」をもとにした分析】
続いて、設問を解く際に決定的に必要となる「中核知識」について、時代・地域別などの分析を進めてみたいと思います。今回の地域別・時代別分析では、単純に「1問=1件」と数えてはいません。早稲田教育では正誤問題が多いため、一つの設問の中に複数の知識が含まれます。
たとえば2023年度第4問の「遼」についての問題では、「契丹文字」、「キタイ」、「猛安・謀克」、「州県制」、「澶淵の盟」といった複数の知識が選択肢中に含まれています。一方で、この設問の正答を決める上での決定的な知識は、「猛安・謀克は遼ではなく金の制度」という知識があれば十分でした。本稿では、こうした知識を「中核知識」と呼んでいます。
そこで今回は、正答を確定、または決定的に誤答を排除するために必要な知識を「中核知識」として扱い、これについて分析します。一方で、残りの選択肢まですべて正誤を判定するために必要な知識は「周辺判定知識」として別途分析を加えています。
(集計ルール)
今回の分析では、次のような集計上のルールを用います。
〇 正答を確定するために必要となる知識を「中核知識」として扱う
〇 二つの文章を別々に正誤判定する問題では、それぞれを独立した知識として考える
〇 年代整序では、個々の年号よりも「出来事の前後関係」を一つの知識として扱う
〇 問題文の中で、すでに示されている情報は、原則として必要知識には含めない
〇 すべての選択肢を完全に判定するための追加知識は「周辺判定知識」とし、地域・時代の集計には原則加えない
〇 複数地域にまたがる場合は、正答判定の中心となる地域を主分類とする
〇 複数時代にまたがる場合は、正答判定の中心となる時期に分類する
〇 大学側が不適切と認定した問題は通常集計から除外する
〇 大学側が複数正解を認めた問題は注意して扱う
したがって、以下の数字は厳密な統計値というより、出題の大きな偏りを見るための概算です。また、以下の割合は配点の割合ではありません。正答判定に用いた中核知識を地域・時代別に分類した際のおおよその構成です。数%の違いよりも、「4割弱」、「2割強」、「1割強」といった大きな傾向を見るためのものとお考えください。
(地域別ではヨーロッパが4割弱)
中核知識を地域別に分類すると、おおよそ次のような構成になります。
一方で、ヨーロッパ以外の地域が全体の6割程度を占める点には注意が必要です。ヨーロッパ史が比較的手厚く出ているからと言って、そこだけを重点的にやれば合格点に届くほど甘くはないということが分かります。
(中国・東アジアは2割強で、かつ時代的な広がりがある)
中国・東アジアは、5年間を通して非常に安定した形式で出題されています。
2022年度第4問
2023年度第4問
2025年度第4問
2026年度第4問
と、5年間のうち4年度でまとまった東アジア史が出題されています。たとえば、2023年度第4問では「唐」、「吐蕃」、「新羅」、「渤海」、「遼」、「西夏」などが一つの大問にまとめられています。さらに設問では、「朝鮮半島統一」、「渤海」、「唐末」、「新羅」、「遼」、「燕雲十六州」、「西夏」などに関する事柄が問われています。
また、2025年度第4問は古代中国から、2026年度第4問は19世紀末~20世紀初頭の東アジアから出題されています。
このように、中国史については過去5年分を見るだけでも古代・中世・近世・近現代からまんべんなく出題されるため、どこかだけを重点的に学習するという方法は危険です。教育学部で中国史から2割強の出題がされていることを考えれば、中国史については古代から近現代まで全体を通して仕上げる必要がある分野と考えた方がよいでしょう。
(イスラーム+中央ユーラシアも2割強)
西アジア・イスラーム世界と中央ユーラシアを合わせると、全体の2割強程度になります。これは、中国・東アジアに近い規模です。したがって、早稲田教育ではこの地域を「周辺分野」と考えない方がよいでしょう。
2022年度第3問では、現在のイラク周辺をシュメール・バビロニアからイスラーム時代、オスマン帝国、現代イラクまで追っています。
また、2023年度第3問では、トルコ民族の歴史について
○ 丁零
○ 突厥
○ ウイグル
○ トルコ人のイスラーム化
○ ガズナ朝
○ セルジューク朝
○ オスマン帝国
○ トルコ共和国
という長期的な流れが問われています。実際の設問でも、ガズナ朝、セルジューク朝、ウマル=ハイヤーム、ムラービト朝、オスマン帝国、青年トルコ革命、セーヴル条約、トルコ共和国の世俗化などが続きます。
少し脱線しますが、これについては、2010年代の後半から、トルコ民族の歴史については東大・京大を中心にかなり集中して出題されていましたので、受験生の間ではトルコ史に対する意識・耐性が高まってきていました。そうした面もあって、次第でもトルコ民族史については出題頻度が高まってきています。
東南アジアは5年間平均では1割弱です。数字だけを見ると、ヨーロッパや中国より優先順位が低いように見えます。しかし2024年度第4問では、東南アジア史が一大問を占めています。マレー、インドネシア、ベトナム、カンボジア、タイ、フィリピンなどがまとまって出題されました。
つまり、5年間平均では少ない地域でも、一年度では大問一つ分になることがあるということです。地域別割合は、「捨てる地域を決めるため」ではなく、「どこを厚くすべきか」を考える材料として使うべきでしょう。
(時代別では20世紀以降が3割程度)
必要知識を時代別に見ると、おおよそ次のようになります。
最も多いのは20世紀以降です。
2022年度にはヴェルサイユ体制、
2023年度には非同盟・NATO、
2024年度には社会主義や移民、
2025年度には脱植民地化、
2026年度には国連・冷戦・中東問題などが出題されています。
したがって、20世紀史は教育学部対策の重点分野と考えてよいでしょう。
(一方で、20世紀以前は約7割)
20世紀以降が3割程度ということは、逆に言えば「古代~19世紀」が約7割を占めることになります。
そのため、「早稲田は近現代が大事だから、古代・中世は後回しでよい」という勉強法は危険です。
特に中世は2割強あり、20世紀に次いで存在感があります。2023年度ではヴァイキング、東方植民、中世教会、テュルク史、唐と周辺民族など、中世関係の問題がかなり多く出ています。2026年度第3問も古代~中世の中央ユーラシア史が大きな部分を占めます。
したがって、「20世紀史をやや厚めにする」、「ただし古代・中世・近世にも穴を作らない」というのが現実的な対策になります。
(地域×時代で見ると、対策の重点は見えてくる)
大まかには次のような傾向があります。
これは「その時代・地域しか出ない」という意味ではありません。5年間の出題を見たときに、特に意識しておきたい組合せです。
中国史は時代を絞りにくい分野ですが、中央ユーラシアについては、「匈奴などの古代遊牧民」→「突厥」→「ウイグル」→「モンゴル」→「トルコ系諸民族のイスラーム化」といった長い流れを整理しておくことは比較的効果的かと思われます。
【早稲田大学教育学部では「周辺判定知識」も大切】
早稲田教育では、正答を決めるための中核知識のほかに、残りの誤った選択肢まで完全に切るための周辺判定知識があります。
たとえば2023年度第4問の「遼」の問題では、正答を取るだけなら、「猛安・謀克制は金」と分かれば判断できる場合があります。しかし、全選択肢を完全に判定するには、「契丹文字」、「キタイ・カタイ」、「猛安・謀克制」、「州県制」、「澶淵の盟」まで確認する必要があります。
同様に2023年度第1問では、「クレタ文明」、「ドーリア人=スパルタ」、「シュリーマン=ミケーネ文明」といった複数の知識が選択肢に並びます。
つまり、早稲田教育は、「50問あるから50事項を覚えればよい」という試験ではありません。一問を丁寧に復習するだけでも、複数の周辺知識を確認することができます。
こうした問題の特徴から考えると、早稲田教育の過去問演習で最ももったいないことは、「正解した問題は復習しない」ということです。たまたま一つの選択肢だけ知っていて正解した可能性があるためです。
過去問を復習するときには、「aはどこが間違っているか」、「bはなぜ正しいか」、「cはどこを直せば正しくなるか」、「dは何と何を混同させているか」などまで踏み込んで確認するとよいでしょう。
たとえば2023年度第1問のポルトガル海外進出を復習すれば、「ヴァスコ=ダ=ガマとインド航路」、「アルブケルケとゴア」、「マラッカ」、「マカオ」、「セウタ」などをまとめて確認できます。こうした誤文訂正を繰り返すことで、一問の過去問を複数の知識の復習に利用して、知識の層を増やしていくことが大切です。
【年代整序は「年号」ではなく「前後関係」が重要】
早稲田大学の教育学部では、出来事を年代順に並べる問題も見られます。
たとえば2023年度第4問では、「新羅による加耶諸国の併合」、「百済滅亡」、「白村江の戦い」、「高句麗滅亡」の順序が問われました。すべての西暦を完璧に覚えていればもちろん解けますが、新羅による加耶諸国の併合の年号まで覚えているというのは現実的ではありません。むしろ、「百済滅亡→白村江→高句麗滅亡」という歴史的な流れを理解していることが、正解に近づくためには重要です。
年号は数字だけで覚えるのではなく、事件と事件の前後関係までセットで整理するとよいでしょう。
【地理知識もかなり重要】
教育学部の正誤問題では、地理知識もかなり役立ちます。
中央ユーラシア、バルカン半島、西アジア、東南アジア、中国周辺地域などでは、「その国・都市・民族がどこに位置していたのか」を知らないと、選択肢を切りにくい問題があります。
特に、中央ユーラシア・バルカン半島・西アジア・東南アジア・中国周辺民族・列強の植民地分割については、資料集の地図で確認しておく価値があります。
早稲田の正誤問題では、「名前は知っているが、どこにあるのか分からない」という状態はかなり危険です。
【早稲田大学教育学部「世界史」で優先したい分野】
5年間の分析から考えると、まず重要なのはヨーロッパ史です。
中でも、「中世」、「19世紀」、「20世紀」は特に注意したいところです。
次に、中国・東アジア史です。こちらは特定時代ではなく、古代から近現代まで全体を押さえる必要があります。
さらに、イスラーム世界・中央ユーラシアです。両者を合わせると2割強程度となり、中国・東アジアに近い規模になります。
また、時代別では20世紀史、特に冷戦・社会主義・脱植民地化・国際機関などは重点的に確認しておく価値があります。
ただし、割合が低い地域・時代を捨てることはおすすめできません。東南アジアのように、5年間平均ではそれほど高くない地域が一年度では大問一つを丸ごと占めることがあるためです。
【まとめ】
2022~2026年度の早稲田大学教育学部世界史を、個別設問で正解を導くための知識を基準に分析すると、いくつかの特徴が見えてきます。
(地域別)
○ ヨーロッパが4割弱
○ 中国・東アジアが2割強
○ 西アジア・イスラーム+中央ユーラシアが2割強
という構造が大きな柱。
(時代別)
○ 20世紀以降が3割程度で最も多い
○ 20世紀以前も約7割が出題される
そのため、「ヨーロッパ近現代だけを重点的に勉強する」という対策では不十分です。中国史は全時代について、イスラーム・中央ユーラシアも重要で、各地域を網羅的に学習することが求められます。
早稲田大学教育学部の世界史は、細かな知識をただ大量に覚える試験というより、教科書レベルの知識を正確な関係性の中で整理し、それを正誤判定に使えるかを厳しく確認する試験と考えるべきかと思います。
一問一問のレベルはそう難解なものはありません。ただし、時代的・地域的に「ヤマをはる」ことは不可能に近いため、かなりの量の知識を備えて試験に臨む必要があります。
早稲田大学政治経済学部の学部独自試験から「世界史」が独立した受験科目として姿を消してから、ずいぶん時間がたちました。正直、「おいおい、早稲田の政経が世界史を削るのかよ…(しょんぼり)」と当時は寂しく思ったものです。
ただ、その後しばらく早稲田政経の総合問題を見ていて思ったのですが、総合問題は決して世界史を削っていないのではないか、と気づきました。総合問題の中に、世界史に関する知識・教養が要求されていることは明らかです。(なら、「世界史」として残しておいてくれよ、という気持ちがあることは否定しません。)
そこで、「総合問題の中にどの程度世界史は含まれているのか」ということが気になり始めました。かといって1年分程度見てもあまり意味がないので、「数がそろったらやってみんべぇ」と思って5年分ほど待つつもりだったのですが、忙しかったのでちょっとすぎてしまいましたw
そんなわけで、今回は「早稲田大学政治経済学部の総合問題に高校世界史はどの程度効くのか」をテーマに問題分析をしてみたいと思います。世界史講師というものは、こういうどうでも良いことに時間をかけたくなるものなのです。(人による)
結論から示すと、2021~2026年度の6年分を分析したところ、わりと結論は明確でした。過去6年間の全18問(大問数)、およそ3割では高校世界史との接続が特に強く、背景理解にかなり役立ちます。
一方で、世界史の知識だけで直接解ける問題はほとんどありません。
世界史が特に役立つのは以下のような場面でした。
○ 長文の背景理解
○ 社会科学的テーマの位置づけ
○ 因果関係の理解
○ 論述の具体例
上記のような内容に世界史が効く一方で、
○ 英文読解
○ 統計・グラフ処理
○ 初見の概念の理解
○ 日本語記述
○ 英作文
といった技能は、世界史では代替できません。
つまり、早稲田政経の総合問題における世界史は、「答えを知るための知識」ではなく、「問題を理解し、考えるための背景知識」としてはある程度効くと結論できるかと思います
【早稲田政経の「総合問題」】
早稲田大学政治経済学部では、2021年度一般選抜から入試方式が大きく変更されました。それまでの個別科目型から、大学入学共通テスト+学部独自試験「総合問題」という形式へ移行しました。それにともない、われらが世界史は政経の科目からは消えました。(何と言うことをしてくれるんだ-泣)
総合問題では、日本語・英語の長文や統計・図表などを読み、選択問題、記述問題、英語論述に答えます。
2021~2026年度を見ると、構成はかなり安定しています。
つまり総合問題は、
○ 日本語読解
○ 英語読解
○ 資料・統計処理
○ 社会科学的思考
○ 日本語記述
○ 英語論述
を一つの試験の中で総合的に問う形式です。
【2021~2026年度の出題テーマ】
次に、早稲田大学政治経済学部の総合問題について、6年間のテーマを並べてみたいと思います。
【数量分析:世界史との接続が特に強い問題は約3割】
6年間の総合問題を、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの計18問として、世界史との接続度を見てみます。
ここでは、「世界史との接続が強い」とは、高校世界史で学ぶ歴史的背景を持っていることで、問題の中心テーマを理解しやすくなる場合を指します。
※ 「強・中・弱」は、世界史知識だけで解ける割合ではなく、高校世界史の既習知識が問題の背景理解にどの程度寄与するかを基準にした分類です。(やや主観的なものが入っている点についてはご理解ください。)
シビアに数えると、世界史との接続が強いのは5/18=約28%です。2025年度Ⅱの移民問題まで「強い」に含めれば、6/18=約33%となります。
したがって、過去6年間の約3割のセクションでは、世界史の背景知識との接続が特に強かったと考えても差し支えないように思います。
また、2022年度から2026年度までは5年連続で、少なくとも一つは世界史との接続が強いセクションがありました。このことからも、「政経の総合問題では世界史はほとんど意味がない」とは言いにくいことが分かります。
【大問Ⅰと世界史:「社会問題の背景理解」に効く】
大問Ⅰは日本語の長文読解です。この部分では、世界史は問題そのものを解くというより、文章が扱っている社会問題を歴史的に位置づけるために役立ちます。
たとえば2025年度Ⅰでは、戦争と交渉、安全保障が中心テーマです。解答例では、戦争は破壊や軍事力維持、人員配置などのコストを生む一方、交渉であれば戦争に使う資源を他の社会的価値へ回せる、という整理がされています。
ここで世界史を学んでいれば、「第一次世界大戦」、「第二次世界大戦」、「冷戦」、「核抑止」、「国際連盟」、「国際連合」など、戦争と国際秩序について多数の具体例をすでに持っています。そのため、「なぜ戦争が起こるのか」、「なぜ交渉では解決できないのか」といった抽象的な議論にも入りやすくなります。
2026年度Ⅰでも、EUの炭素国境調整メカニズム、自由貿易、国際競争、反グローバリズムなどが扱われています。解答例にも「国際競争力」「排出枠」「反グローバリズム」といった語が現れます。ヨーロッパ統合や自由貿易の歴史を学んでいれば、文章の問題設定を理解しやすくなるはずです。
【大問Ⅱと世界史:「英文を読む前提知識」として効く】
世界史の恩恵を比較的感じやすいのが大問Ⅱかもしれません。大問Ⅱは英語の長文読解ですが、世界史の知識を持っていればかなり読みやすくなるパートがいくらか見られます。
たとえば、2022年度Ⅱでは、「Greece」、「EU」、「eurozone」、「IMF」、「austerity」といった語が続きます。ギリシャ財政危機やユーロ圏の背景を知っていれば、「これは何についての文章なのか」をかなり早い段階でつかめます。もっとも、かなり近い現代史まで学習していないといけませんが。
ただし、ここで重要なことは「世界史が分かれば問題が解けるというわけではない」ということです。
2022年度Ⅱの記述問題では、EU全体とギリシャの統計データを比較し、ベンフォードの法則からギリシャ統計に作為的な数値が含まれている可能性を推論する必要があります。つまり、背景理解では世界史が効きますが、実際の得点処理では英文・資料読解が主役となります。
2023年度Ⅱも同様です。Brexitや国民投票について知っていれば文章には入りやすくなりますが、実際には代表民主制・直接民主制や投票方式について書かれた英文を正確に読む必要があります。
【大問Ⅲと世界史:「具体例」として効く】
大問Ⅲの英作文では、世界史の役割はもう少し限定されます。
2021年度は世界史がいくらか効く非常に分かりやすい例です。「平和的な抗議は暴力化すべきではない」というテーマに対して、解答例では、ガンディーやマーティン=ルーサー=キングの非暴力運動が使われています。世界史を学んでいれば、こうした具体例をすぐに出すことができます。
一方で、2022年度の「ネット上の匿名性」、2023年度の「芸術教育」、2026年度の「外国人留学生」などは、世界史を使わなくても十分に論じられます。たとえば、2023年度Ⅲでは「Music and
arts are of less importance for a child's education than math and languages.」という命題への意見を求められていますが、こうしたテーマは世界史とは無関係です。
したがって大問Ⅲでは、世界史は使えるときに使う「論述材料」としてはある程度出番があると考えることができるかと思います。
【早稲田政経の総合問題において、世界史では補えない技能は何か】
では、逆に世界史では全く補えない事柄とは何でしょうか。表にしてまとめてみたいと思います。
特に重要な力が「初めて見る概念を、その場で理解する力」です。総合問題では、事前に知らない社会科学的概念が登場しても、本文や資料からその意味を理解して考える必要があります。これは世界史の知識の蓄積とは別の能力です。(もちろん、社会や経済の仕組みを理解するという大きな枠組みで考えれば世界史にもそうした要素はありますが、少なくとも直接的に効く類の話ではありません。)
【時代的な分析:世界史が効くなら、どの時代か】
2021~2026年度を見る限り、最も有効なのは、19世紀~21世紀の近現代史です。たとえば、
○ 産業革命
○ 自由貿易
○ 資本主義
○ 帝国主義
○ 植民地支配
○ 世界大戦
○ 国際連盟・国際連合
○ 冷戦
○ ヨーロッパ統合
○ グローバリゼーション
○ 移民
のようなテーマについては、概念理解、具体例の蓄積ともに早稲田政経の総合問題とは非常に親和性が高いと言えるかと思います。
一方で、現在のところ、古代史や中世史などが直接役立つ場面は、かなり限定的です。2024年度Ⅱの本文中に登場する、18世紀以前の歴史、たとえば「イスラームの平和」や、「モンゴルの平和」、「黒死病」、「中世都市と商業」などについては、世界史で深くしっかりこの部分の理解をしていた人であれば、いくらかは読みやすく、理解の助けになったかなという程度です。
したがって、早稲田政経の総合問題と相性がよいのは、年号や出来事の暗記より、近現代史の構造理解だと言えるかと思います。
【地域的な分析:ヨーロッパ近現代史との接続が最も目立つ】
地域別では、ヨーロッパ近現代史との接続が最も目立ちます。たとえば、以下のようになります。
2022年度=ギリシャ・EU
2023年度=イギリス・フランス・Brexit
2024年度=ヨーロッパを含む長期的な経済発展
2026年度=EU・自由貿易
一方で、アメリカ史も「移民」、「公民権」、「経済成長」、「民主主義」などのテーマで利用できますし、「植民地支配」、「脱植民地化」、「人口移動」という視点では、アジア・アフリカ史も背景知識になります。
【分野別分析:どのようなテーマが効くのか】
世界史の中でも政経総合問題との相性が特によい分野について考えると以下のようになります。
たとえば、2023年度Ⅱでは「Brexit」、「国民投票」、「代表民主制」、「直接民主制」という政治制度の問題が扱われましたし、2025年度Ⅰは「戦争」・「交渉」・「安全保障」という国際関係が、2024年度のⅡでは、「産業化」・「所得」・「人口」・「生活水準」という経済史・社会史が扱われています。
ですから、人物・王朝を中心とする政治史よりも、社会経済史・国際関係史・政治制度史・人口移民史の方が使いやすいという傾向が見えます。
【早稲田政経志望者にとっての世界史とは】
これまでの内容から、早稲田大学政治経済学部の総合問題を解くのに必要な能力と、世界史との関係を表にしてまとめてみると、おおよそ次のようになるかと思います。
総合問題のために、細かな世界史知識を覚える必要は当然ありませんが、それでも世界史の授業を真面目に受ける価値はあります。
普段の世界史学習で、「なぜそれが起きたのか」、「何が変わったのか」などの原因と結果や、「誰が利益(不利益)を得たのか」、「他地域にどのような影響を与えたのか」などの関係性をとらえる訓練や知識の蓄積は間違いなく総合問題の土台として有益です。
たとえば産業革命なら、個々の用語や人名は覚えていなかったとしても、
○ なぜ生産性が上昇したのか
○ 人口・都市はどう変化したのか
○ 労働者の生活はどうなったのか
○ 世界市場はどう拡大したのか
○ 国際関係はどう変化したのか
という視点を持つことで、政治・経済・社会の動きが具体的にとらえられます。抽象的な議論と具体的なイメージをつなぐ架け橋としては、世界史学習は非常に有益です。
【まとめ】
つまり、世界史の学習は早稲田大学政治経済学部の総合問題を解くにあたっては「何について読んでいるのか」を理解する力にはかなり効きますが、一方で「読む・資料を処理する・推論する・書くという技能そのもの」については、あまり効果を発揮しないと言えるかもしれません。
確かに、早稲田政経の総合問題からは世界史が消えてしまいました。ですが、「総合問題だから世界史はほとんど意味がない」というわけではないようです。
世界史は、「問題の背景を理解する」、「抽象的な社会科学の議論を具体化する」、「論述の材料を持つ」という点ではかなり有効ですし、政治・経済・社会は抽象論だけでまわっているわけでもありません。これまでの歴史の蓄積があるからこそ、理論は発展してきましたし、きっとこれからもそうだと思います。ぜひ、大学に入ってからでも世界史の楽しさと大切さに目を向けてもらえたら嬉しいなぁって、個人の感想ですね、これはw
2026年TEAP利用型のリード文は、イスラームにおけるメッカ巡礼を軸として、「人々が移動すること」と「国境を越えた共同体や共通意識」がどのように形成されるのかについて考察する文章でした。
2024年の「世界史の世界史」、2025年の「学生になる、学生であること」に続いて、今回も単純な世界史の知識そのものを説明する文章というよりは、歴史的な事例を材料として、現代にもつながるやや抽象的なテーマについて考えさせる内容となっています。
特に設問3では、リード文に示された巡礼や移動とは別の歴史的事例を自分で挙げた上で、「国境を越えた共同体や共通意識」について自分の考えを述べることが要求されました。この点はリード文をベースに議論を構築することができた2025年の設問3とは別の意味で高度な要求をされていると言えます。2025年の設問3では、問題文を理解しさえすれば、適切な事例は様々なものから引き出してくることができたのに対し、2026年の設問3では、自分の世界史知識の中からまず適切な事例を取り出し、それを自分の議論に組み込む力が必要となっています。
試験形式については前年とほぼ同様で、小問5題、200字以内の論述1題、300字以上350字以内の論述1題という構成でした。形式はほぼこの形態で落ち着いていることは以前の記事などでもご紹介しました。
小問は全体として世界史探究の基本~標準レベルです。一方で、2つの論述問題、とりわけ設問3では、世界史の知識だけでなく文章読解力や論理的な文章構成力がかなり重要になっています。ここ数年の出題を見る限り、上智TEAP利用型については、知識問題のための勉強だけでなく、「世界史の具体例を使って抽象的な問題について論じる練習」を早いうちからしておく必要があるでしょう。
〇 設問1
問⑴ ⒜
:フン人はアッティラのもとパンノニア一帯を支配している。パンノニアは現在のハンガリーなどを中心とする諸地域。
⒝ ソグド人はイラン系民族。トルコ系ではない。
⒞ 北魏を建国したのは鮮卑の拓跋氏。匈奴ではない。
⒟ ノルマンディー公国の建国者はロロ。クヌートはイギリスのデーン朝を創始したデーン人。
問⑵ ⒜
:ファーティマ朝は後ウマイヤ朝と同じく、アッバース朝カリフの権威を否定し、カリフを名乗り、イスラーム世界には3つのカリフを名乗る王朝が鼎立した。
⒝ アイユーブ朝が撃退したのはルイ9世率いる第6回十字軍によるエジプト攻撃。第3回ではない。
⒞ ムラービト朝が征服したのは岩塩と金の交易で栄えたガーナ王国。マリ王国ではない。
⒟ ムワッヒド朝の都は、ムラービト朝と同じくモロッコのマラケシュ。カイロではない。
問⑶ ⒝
:唐の義浄は海路でインドまで往復し、帰路シュリーヴィジャヤ王国に立ち寄り、その旅を『南海寄帰内法伝』にまとめている。
⒜ 『博物誌』の著者はプリニウス。ストラボンは『地理誌』の著者。
⒞ タスマンはオセアニア地域の探検者。アフリカの探検者ではない。
⒟ ピアリは北極点に到達したとされる。南極点の到達者はノルウェーのアムンゼン。
問⑷ ⒟
:イェニチェリは近代化の妨げとなるとしてマフムト2世によって解散された。(1826年)
⒜ キリスト教の男子を強制徴発する制度はデウシルメ。ティマール制は各地の騎士(シパーヒー)に徴税権(ティマール)を付与する制度。
⒝ バヤジット1世が捕虜となったのは1402年のアンカラの戦い。ニコポリスの戦いはバヤジット1世がハンガリー王(後の神聖ローマ皇帝)ジギスムントの軍を打ち破った戦い。
⒞ 第2次ウィーン包囲(1683)に失敗したオスマン帝国は、ハプスブルク家の追撃を受けてカルロヴィッツ条約(1699)でハンガリーを失った。ユトレヒト条約(1713)はスペイン継承戦争の講和条約。
【参考:オスマン帝国のバルカン進出の流れ】
※ エディルネ遷都の時期には諸説あります。
※ モハーチの戦いの後、ハンガリーの大部分がオスマン支配下に入るまでにはいくらかのタイムラグがあります。
問⑸ ⒟
:奉天軍閥の領袖、張作霖は北伐軍に敗れて撤退する際に、奉天事件(1928)により関東軍によって爆殺された。
⒜ 東清鉄道の敷設権を得たのはロシア
⒝ 大陸横断鉄道開通は1869年だが、フロンティアの消滅は1890年頃。(時系列がおかしい。)
⒞ 3B政策の目標となったのは、ベルリン・ビザンティオン(イスタンブル)・バグダードを結ぶ鉄道(バグダード鉄道)の建設
〇 設問2(論述問題、200字以内)
【設問概要】
・19世紀末から第2次世界大戦終結までのインドの独立運動におけるムスリムの動向について説明せよ。
・200字以内。
・指定語句(用語には必ず下線を引く)
:パキスタン / 全インド=ムスリム連盟 / ベンガル分割令 / ジンナー
【1、インド民族運動の大きな流れを確認】
「ムスリムの動向について」という条件が付いているので注意は必要ですが、まずは19世紀末以降のインドの独立運動の大きな流れをつかまないことには始まりません。この分野は、様々な大学の論述問題などでも頻出の基本事項です。ここを苦手としている受験生も多いようですが、「インド国民会議の成立~印パの分離独立」までの流れを空で言えるかどうかが、他の受験生から一歩抜け出るポイントであり、理解の壁ともいえる基準だと思います。苦手ですませるのではなく、一度本腰を入れて空で言えるようにする訓練を積むべきだと思います。
こちらの流れについては、以前からあちこちの記事でもご紹介していますが、ざっとした流れを示すと以下のようになります。
Ⓐ 19世紀後半の民族団体の結成
① バネルジー主導の反英的民族団体の結成
(インド人協会[1876]、全インド国民協議会[1883])
② インド国民会議ボンベイ大会(1885)
(イギリスにたいして穏健的な民族団体である国民会議派が形成)
Ⓑ インド国民会議派の急進化と、ヒンドゥーとムスリムの対立(1905~)
① ベンガル分割令(1905)
→インド国民会議カルカッタ大会(1906)
:反発したインド国民会議派が急進化、4大綱領を採択
(スワラージ[自治]、スワデーシ[国産品愛用]、ボイコット[英貨排斥]、民族教育)
② 全インドムスリム連盟結成(1906)
→反英化したインド国民会議の牽制のため、イギリスがムスリムを支援(分割統治)
[ヒンドゥー中心のインド国民会議派とムスリム中心の全インド=ムスリム連盟]
ⓒ 第一次世界大戦と第一次非暴力・不服従運動(1910s半ば~1920s初)
① 第1次世界大戦の終結とヒラーファト運動
:オスマン帝国のカリフの地位を脅かすイギリスへの疑問→ムスリムの立場が変化
② 戦争に協力する中で、インドで自治要求が高まる
③ インド統治法(1919)と第1次非暴力不服従運動(サティヤーグラハ)の開始
:戦後のインド統治法が自治からほど遠い内容であったことから、反発強まる
→イギリスはローラット法(1919、令状なしの逮捕・投獄)で弾圧
→アムリットサル事件の発生(1919)
→ガンディーが率いる非暴力不服従運動の開始(~1922)
[宗教の垣根を超えて、一部のムスリムが運動に協力]
Ⓓ インド独立運動の再燃(1920s後半~)
① サイモン委員会(1927)と独立運動の再燃
:サイモン委員会にインド人が含まれていなかったことから独立運動が再燃
② インド国民会議ラホール大会(1929)
:ネルーにより、「プールナ=スワラージ」(完全独立)が目標として掲げられる
③ ガンディーによる第2次非暴力不服従運動[非協力運動]の開始(1930~)
:ガンディー「塩の行進」などを通した抵抗運動を展開
④ 円卓会議(1930)
:ロンドンで民族運動家を集めた円卓会議開催(成果なし)
Ⓔ 新インド統治法をきっかけとしたヒンドゥーとムスリムの対立再燃
① 新インド統治法(1935)
:インド人に地方政治を中心として自治を拡充
② 地方議会選挙(1937)
:地方議会選挙で国民会議派が圧勝
→少数派であるムスリムの焦燥とヒンドゥー教徒との対立の再燃
Ⓕ インド・パキスタンの分離独立(1947)
① ヒンドゥー教徒を中心とするインド連邦の誕生
(インド国民会議派の指導者、ネルーが初代首相)
② ムスリムを中心とするパキスタンの誕生
(全インド=ムスリム連盟の指導者、ジンナーが初代総督)
【2、ムスリムの動向を中心に情報を取捨選択】
19世紀末以降のインドの独立運動の大きな流れをつかめれば、あとはそこから情報の取捨選択をする際に、問題の条件である「ムスリムの動向」を漏らさないようにチェックしていけば、解答全体の構成はほぼ出来上がります。そういう意味では、技術や工夫を必要とせず、世界史の基礎知識だけで十分に対応できる基本問題と言っても良いかと思います。
特に注意しておきたい「ムスリムの動向」は、以下のようになるかと思います。
・全インドムスリム連盟の結成
・ヒラーファト運動
・非暴力不服従運動への合流
・ヒンドゥー教徒との対立の再燃
・ジンナーによるパキスタン分離独立方針
【解答例】
19世紀末にインド国民会議が結成され民族運動が進展すると、ムスリムの政治的利益を求める動きも強まった。ベンガル分割令を機に国民会議が急進化すると、イギリスは分割統治の理念から全インド=ムスリム連盟結成を支援したが、イギリスがカリフの地位を脅かすと、ムスリムはガンディーの非協力運動に参加した。その後両者の対立が再燃すると、ラホール大会でジンナーがムスリム中心のパキスタン建設による分離独立方針を示した。(200字)
こんな感じでしょうか。非暴力・不服従運動は字数をかなり食ってしまうので、最近の山川教科書で採用されている非協力運動を採用しています。
ちょっとここで脱線させてくださいw
個人的には、この「非協力運動」という用語を、これまで広く用いられてきた「第一次・第二次非暴力・不服従運動」に代えて用いる必要性については、今ひとつ納得できていません。1920年代の運動と1930年代の運動の戦術上の違いを明確にしようという意図は理解できるのですが、教科書本文でその違いが十分に説明されないのであれば、受験生にとっては単に用語が変わっただけにも見えてしまいます。
ガンディー自身の用語を見ると、1920年代の運動では “non-violent non-co-operation”(非暴力・非協力)が中心的な呼称となり、1930年代には “civil disobedience”(市民的不服従)が前面に出てきます。この二つにはたしかに戦術上の違いがあります。1920年代の非協力運動では、学校・裁判所・官職などを通して植民地政府への協力を拒否することが中心となりました。一方、1930年代の市民的不服従運動では、不当とみなす法律に意図的に違反するという、より積極的な抵抗が展開されます。その代表例が「塩の行進」です。
しかし、この二つを貫く原理としてガンディーが掲げ続けたのが “satyagraha”(サティヤーグラハ、:真理の堅持)でした。非協力やボイコット、市民的不服従は、サティヤーグラハという大きな枠組みの中で、状況に応じて用いられた異なる戦術と見ることができます。
そう考えると、1920年代を「非協力運動」、1930年代を「市民的不服従運動」と区別すること自体には史料上の根拠があります。しかし、それとは別に、これまで高校世界史で広く使われてきた「第一次・第二次非暴力・不服従運動」という包括的な呼称をあえて退ける必要がどこまであるのか、という点については疑問が残ります。もし用語を変えるのであれば、それによって何がより正確に理解できるようになるのかまで示してほしいので、たとえば教科書側で1920年代と1930年代の運動の質的違いまで説明してほしいところなのですが、それについてはあまり言及がないのです。
すみません、現場で用語の変化への対処にわりと大変な思いをしているので、少々脱線しましたw 世界史用語の変化については、以前別記事も書きましたのでよければご覧になってください。
設問の解説に戻ります。
〇 設問3(論述問題、350字以内)
【設問概要】
・国境を越えた共同性や共通意識としてどのようなものが考えられるか論ぜよ。
・国境を越えた共同性や共通意識について自分がどう考えるかについて論ぜよ。
・自分の論を裏付けるような世界史上の具体的な事例や出来事を問題文以外から1つ挙げよ。
・300字以上350字以内
【1、国境を越えた共同性や共通意識】
この設問で最も重要なことは、設問の要求に適切に答えることです。
そのためには、設問が求める「国境を越えた共同性や共通意識」とはどういうことで、具体的にどのようなものがありうるかを正確にとらえなければなりません。ここを取り違えてしまうと、解答全体の価値が大きく失われてしまい、大減点が避けられません。
ただし、近年の世界史では、それこそ歴史総合の段階から繰り返し国境をこえた歴史のとらえ方というテーマについては繰り返し触れられてきておりますので、別に目新しいテーマというわけではありません。ある程度の目星をつけることは十分に可能なはずです。
「国境を越えた共同性や共通意識」の例としては、たとえば下記のようなものがあるかと思います。
① 宗教
:宗教は民族や国家を超えて信者を結びつける
② 言語・文化・民族意識
:民族意識や言語の共有は、複数国家にまたがる連帯を生み出す
・華僑、印僑など
・ディアスポラ(ユダヤ人など)
③ 共通の価値観、思想、イデオロギー
:共通の価値観が国境を越えた共同性を生み出すことがある。
・資本主義や共産主義
・民主主義
・人権運動、平和運動
・環境保護運動
・核廃絶運動
④ 共通の利益や目的の追求
・労働運動、反戦運動、差別撤廃運動
・自決権の追求や植民地主義への抵抗
(反帝国主義運動、パン=アフリカニズム、非同盟運動)
⑤ 国境を越えたより広範な地域統合の制度化
・EU
・ASEAN
・AU
【2、「想像の共同体論」や「グローバル・ヒストリー」への視点を意識】
ところで、本文に書かれている内容はある意味で「想像の共同体」論を想起させるものです。「想像の共同体」については、以前こちらの記事でもご紹介しました。要は、顔の見えるようなレベルで接していない相手や、実態として共同生活を営んでいない対象であっても、イメージによって共同体意識が作り出せてしまい、そしてその作り出されたイメージこそがむしろ現実において影響力を行使しうるという議論です。
一方で、本設問の本文では「国境を越えた」とあるので、想像の共同体論にとどまらず、人・モノ・思想・宗教などの越境的な移動を重視するグローバル・ヒストリーの考え方とも親和性があります。以下では、本設問の本文をよりとらえやすくするために、解答作成からは少し脱線して、「想像の共同体」論と、「グローバル・ヒストリー研究」について簡単にご紹介してみたいと思います。
(「想像の共同体」とは)
〇 ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体(Imagined Communities)』
:国民(ネーション)とは、人々が「自分たちは同じ共同体に属している」と想像することによって成立する共同体であるとした
〇「想像の共同体」成立の背景=近代社会の変化
・「出版資本主義」の発達
:新聞や書籍が大量に出版され、多くの人々が同じ情報を共有
・俗語(国語)の普及
:民族語による出版が広まり、同じ言語を用いる人々の一体感が生まれた
・近代国家の成立
:行政制度や教育制度、徴兵制度などを通じて、人々が「国民」として統合
〇アンダーソンによる「国民」の定義と要素
:「想像された政治共同体であり、本来的に限定され、かつ主権的なものとして想像される共同体」
① 想像された(imagined):互いに面識がなくても共同体を意識する。
② 共同体(community):社会的な連帯感を持つ。
③ 限定された(limited):国境によって他国民と区別される。
④ 主権的(sovereign):近代国家として独立した政治主体である。
(グローバル・ヒストリー研究)
〇グローバル・ヒストリーとは
:国民国家や特定の地域を歴史の基本単位とするのではなく、世界各地の相互交流・相互依存・比較を通して、人類の歴史を総合的に理解しようとする歴史学の研究方法
※ 人・モノ・資本・情報・宗教・文化・疫病・環境などに着目
(例)
・大航海時代による世界市場の形成
・銀の国際的流通
・奴隷貿易と大西洋世界
・インド洋交易圏
・コロンブス交換(作物・家畜・疫病の移動)
・産業革命の世界的影響
・帝国主義や植民地支配
・グローバル化や感染症の拡大
〇グローバル・ヒストリーにおける視点
① 連関
:世界各地が交易・移住・戦争・文化交流などによってどのようにつながってきたかを明らかにする。
② 比較
:異なる地域や文明を比較し、その共通点や相違点から歴史の特徴を理解する。
③ 越境
:国家の枠組みにとらわれず、人・思想・宗教・技術・資本などの移動を歴史の中心的な対象とする。
【3、自分の意見を構築する】
さて、設問の求める「国境を越えた共同性や共通意識」がある程度つかめたら、それに対する自分の意見を構築していくことになります。もちろん、ここでは上にご紹介した「想像の共同体」や「グローバル・ヒストリー研究」についての知見がなくても十分に書けます。ただ、こうした知見を持っておいた方が解答の方向性を定めやすいことは確かだと思います。あちこちの教科書・資料集・参考書・問題集などのコラムにも書かれている事柄かと思いますので、常日頃からアンテナをはっておくことは、上智TEAP利用の論述を解く上で無駄にならないのではないかと思います。
自分の意見を論述として構築する際には、以下の二つを意識するとうまくまとめることができるはずです。
① 国境を越えた共同性や共通意識とは何かを正しく把握し、示す
② 国境を越えた共同性や共通意識の性質や長所、抱える問題点を考え、示す
様々な事例を用いて様々な意見を示すことができるはずですが、以上2つのポイントさえおさえておけば、設問の意図から大きく踏み外した答えを書く危険性は減らすことができると思います。以下では、国境を越えた共同性や共通意識の性質や長所、抱える問題点について簡単にまとめてみます。
(性質)
① 価値・理念による結合
② 複数の共同体への所属
③ ネットワーク性
④ 流動性 など
(利点)
① 世界規模の課題に対応できる
② 相互理解の促進
③ 多様性の尊重 など
(問題点)
① 国家との緊張や対立が生じる
② 排他的共同体になり得る
③ 情報空間による分断
④ 民主的統制の難しさ
⑤ 文化の均質化 など
こうして考えた長所や利点に対して、自分自身の意見を構築していけば、1つの流れを持った文章を書くことができるはずです。たとえば、仮に社会主義を使ったとすると、流れとしては以下のような流れになります。
① 「国境を越えた共同性や共通意識とは何か」や、その性質を自分の言葉で示す。
(例):国境を越えた共同体は、イデオロギーなどを通して人々を結びつけた場合にも生じうる。
② 歴史的具体例を示す。
(例);第一インターナショナルなどの社会主義運動
③ 共同意識の形成への言及
(例):労働者という共通の階級意識の形成
④ 利点や限界の提示
(例):労働環境などの改善などに寄与、反戦運動を通した平和を求める思想の拡大、など
(例):第一次世界大戦時に各国の社会主義者が反戦と自国支持をめぐって分裂
=「社会主義」と「国家」という別の枠組み同士での競合が生じている
⑤ 結論
(例):人間が複数の共同体に同時に帰属していることの意味・利点・限界をまとめる、など
このように組み立てることができるかと思います。こうすれば、大きく設問の要求を外すことはないはずです。ただ、個人的には上記の組み立てだとあまり面白くない(笑)ので、少し「想像の共同体」論や「グローバル・ヒストリー研究」を意識した解答のつくり方で作成してみたいと思います。
【解答例】
国境を越えた共同性や共通意識は、巡礼に伴う移動などの宗教的要素だけでなく、共通の歴史や文化、価値観などを通しても形成されうる。同じ集団に属する認識の共有が、互いに面識がなくても人々に一体感を抱かせるからである。例えば、華僑や印僑、ユダヤ人のディアスポラは、居住する国が異なっても共通の文化や伝統、出自意識により結び付いてきた。また、共産主義という理念がコミンテルンを通して拡大するなど、国家ではなくイデオロギーによる結び付きが形成されることもあった。一方で、こうした国境を越えた共同体意識も、ナショナリズムと同様に内と外を区別する性質をもち、対立や排他性を生み出す要因にもなり得る。その弊害を和らげるには、自らの価値観を客観的に見つめ、異文化や多様な価値観を受け入れる姿勢をもつことが重要だと考える。(350字)
こんな感じの仕上げになるでしょうか。
もっとも、本設問の解答については、必ずしも上のような形にする必要はありません。もっとも、上智大学の公式解答例を見ても、「越境的共同性」の利点と危険を指摘した上で、これを生かすための「共生」が必要という形でまとめていますので、「まとまることもできるけど、いろんな人が集まると摩擦も生まれるから、認め合っていかないといけないよね」という優等生的な答案のつくりが一番書きやすいのではないかと思いますw
この設問では特定の歴史事項について一つの「正解」を答えるのではありません。
重要なことは、
① 問題文を正確に理解する
② 適切な歴史的事例を示す
③ その事例と「国境を越えた共同体・共通意識」を結びつける
④ 最後に自分の考えを論理的に示す
という4点です。
歴史的具体例を大量に並べる必要もありません。むしろ、300~350字しかありませんので、ひとつかふたつの事例を正確に示し、自分の考えとの関係をはっきりさせる方が重要です。
2024年から2026年までの設問3を見ると、出題の方向性はかなり明確になってきています。
いずれも、
① 歴史について書かれた長文を読む
② その中心的な問題を抽象化して設問が示される
③ 設問に答えるために世界史の具体例を使う
④ 設問が要求した事柄に対する自分の考えや立場を論理的に示す
という形式になっています。
こうした設問に対処するためには、単に用語集や一問一答を覚えるだけでは十分ではありません。
世界史の勉強をする際に、「他の時代にも似たような事例はないか」、「この出来事はどのような問題と結びついているか」、「国家・宗教・民族・階級など、人々を結びつける枠組みはどのように変化したか」などの視点を持つことを意識することが大切です。
一方で、小問は基本問題が多く、設問2についても比較的オーソドックスな世界史論述ですので、まずは基本的な世界史知識をきちんと把握した上で標準的な200字論述を確実に得点できる力を養っていくことが現実的な対処法です。知識面については、基本的とはいえ少なくとも共通テストレベルの基本事項で大きく取りこぼさない程度の知識は必要です。
まずは、小問と設問2の論述である程度得点する力を養ったうえで、設問3の読解・立論型論述について別途練習するという二段構えの対策が、一番効果が上がるように思います。必要以上に設問3対策に集中してしまい、小問や設問2の対策がおろそかにならないように気をつけるひつようがあるでしょう。
京都大学の世界史というと、まず300字論述を思い浮かべる人が多いと思います。たしかに京大世界史では論述対策が重要ですが、論述問題だけを見ていては全体像をつかめません。
この13年間では、基本的に大問4題・100点構成が維持されており、第Ⅰ問と第Ⅲ問が各20点の300字論述、第Ⅱ問と第Ⅳ問が各30点の短答・説明問題となっています。
つまり、「300字論述2題=40点」、「短答・説明問題2題=60点」の割合です。論述問題の存在感は確かに大きいですが、実際には全体の6割を第Ⅱ・Ⅳ問が占めています。
また、過去問分析は「次に何が出るか」を1点予想するためのものではありません。出題者の気紛れによっては、論述のテーマが全く違う箇所が出ることもあるわけです。
ですが、京都大学の問題全体を長いスパンでとらえた場合に、どの地域・時代・テーマが重視されているか、そしてどのような知識の使い方が要求されているかを確認すれば、それらが全く無視された出題の仕方がされる確率はかなり減ります。こうした形で分析を用い、学習の優先順位を考えるために利用するのであれば、そこにはそれなりの意味があると言えるでしょう。
【京都大学世界史の基本構成】
2014~2026年度の出題ついて見る限り、出題の骨格はかなり安定しています。
第Ⅰ・Ⅱ問は、中国・中央ユーラシア・イスラーム・東南アジアなどを中心とした東洋史系、第Ⅲ・Ⅳ問はヨーロッパを中心とした西洋史系という構造が基本です。もちろん、京都大学では地域横断型の問題も多く、完全に東洋史と西洋史を切り分けることはできません。それでも、13年間を通して見ると、この大枠はかなり安定しています。
【300字論述 2014~2026年度の出題テーマ】
次に、300字論述のテーマを一覧にします。
2016年度第Ⅰ問では、ウイグル滅亡後のトルコ人がイスラーム化し、カラハン朝・ガズナ朝・セルジューク朝などを成立させていく流れが問われています。2018年度第Ⅰ問はタンジマート後のオスマン帝国近代化からトルコ共和国成立まで、第Ⅲ問は十字軍運動の性格変化とその政治・宗教・経済的影響です。
2019年度第Ⅰ問では高句麗・渤海・遼・金・女真・清へと続く中国東北部の長期的な変化、第Ⅲ問ではポルトガル・オランダ・イギリス・フランスのインド進出が扱われました。
2023年度第Ⅰ問も、「5世紀から12世紀におけるモンゴリアの歴史」を遊牧国家の興亡を中心に300字以内で説明させる問題です。
2024年度は中国・朝鮮関係と東西教会、2025年度はオスマン帝国と商品交易、2026年度は中国近現代史と1930年代の政治・経済比較が出題されています。
【第Ⅰ問は東洋史系テーマが非常に強い】
2014~2026年度の第Ⅰ問を見ると、13年間を通して東洋史系のテーマを軸としていることが分かります。
具体的には、
〇 中国
〇 中国と周辺民族
〇 中央ユーラシア
〇 イスラーム世界
〇 東南アジア
〇 東アジアとヨーロッパの接触
などです。
2014年は中国の科挙、2015年は清朝外交、2016年はトルコ系イスラーム王朝、2017年は匈奴、2018年はオスマン帝国、2019年は中国東北部、2020年はソグド人、2021年はイエズス会と東アジア、2022年はマラッカ王国、2023年はモンゴリア、2024年は中国・朝鮮、2025年はオスマン帝国、2026年は中国近現代史です。
ここで重要なことは、単純に「中国史を覚えればよい」ということではないということです。むしろ、「中国と北方民族」、「中央ユーラシア」、「イスラーム世界」、「東南アジア」、「海域交易」、「ヨーロッパとの接触」といった、地域と地域をつなぐ歴史をとらえることが重要です。
特に中央ユーラシアについては、「中央アジアトルコ系住民のイスラーム化」(2016年)、「匈奴」(2017年)、「マンチュリア(中国東北部)の民族・国家興亡」(2019年)、「ユーラシア中央部のイラン系民族(ソグド人)」(2020年)、「モンゴリア」(2023年)など、形を変えながら繰り返し論述テーマになっています。京大対策では、この地域を「中国史の周辺」として軽く扱わない方がよいでしょう。
【第Ⅲ問はヨーロッパ史が軸(比較・国際関係へ広がる)】
一方、第Ⅲ問ではヨーロッパ史の比重がかなり高くなっています。
ローマ共和政、啓蒙思想、十字軍、ドイツ統一、東西教会など、典型的なヨーロッパ史が繰り返し出題されています。
ただし、単純な一国史に終わらない問題も目立ちます。
2017年度:ソ連・東欧・中国・ベトナム
2020年度:核兵器をめぐる米ソ、フランス・中国・インド
2025年度:アジア産商品とラテンアメリカ産商品
2026年度:ソ連・ドイツ・アメリカ
というように、複数地域・複数国家を比較させる問題もあります。
したがって、第Ⅲ問では、ヨーロッパ史を中心に勉強しつつ、それを他地域との比較や国際関係の中で使えるようにすることが重要です。
【京大論述は「用語をたくさん詰め込むタイプの問題」ではない】
京都大学の300字論述では、細かな用語をいくつ知っているかだけでは十分ではありません。
むしろ重要なのは、「何が変化したのか」、「なぜ変化したのか」、「前後で何が違うのか」、「複数地域がどう関係したのか」を整理することです。
たとえば2015年のローマ史なら、「ポエニ戦争による属州獲得・ラティフンディアの拡大→戦争による疲弊と安価な穀物流入による中小農民の没落→市民軍の弱体化→マリウスの軍制改革→軍の私兵化と有力者間の対立激化→三頭政治とカエサルの独裁→オクタウィアヌスによる元首政」といった、お定まりではありますが、丁寧なストーリーの把握と確認が必要となります。
2016年の啓蒙思想についての問題では、イギリスとプロイセンでの受容の違いが重要です。イギリスでは近代市民社会の中で啓蒙思想が広がり、アダム=スミスの経済思想やアメリカ独立にもつながります。一方、プロイセンでは市民層が未成熟で、フリードリヒ2世による「上からの改革」という形で受容されました。こうした比較は、啓蒙思想や、思想家の名前を知っているだけでは到底書けません。社会の仕組みや変化をとらえることが重要です。
直近の2026年の問題でも、ソ連・ドイツ・アメリカの政策を並べるだけではなく、国家による経済介入という共通点と、各国の政治体制の違いを整理する必要があります。
つまり、京大論述では、歴史の因果関係や比較構造を理解したうえで、それを300字にまとめる力が必要になります。知識は土台として必要ではありますが、一問一答的な知識のとらえ方では不十分で、それらをつなぎ合わせ、きちんとストーリーをとらえる力が不可欠となります。
【短答・説明問題も重要】
300字論述ばかりに目が向きがちですが、第Ⅱ問30点+第Ⅳ問30点で、全体の6割はこちらです。したがって、短答・説明問題を軽視するのは危険です。京大の短答問題では、用語や人名を直接記述させるだけでなく、「なぜそうなったのか」、「どのような制度だったのか」、「何が変化したのか」といった短い説明問題も出題されます。
そこで、ここからは単に「中国史が多い」、「ヨーロッパ史が多い」といった印象だけではなく、2014~2026年度の第Ⅱ問・第Ⅳ問について、実際に得点するために必要となった知識や理解を分類し、どの地域・どの時代から多く出題されているかを確認してみたいと思います。
【13年分の短答問題60点分を分類】
以下の集計では、単純に「設問が何問あったか」を数えるのではなく、その設問で得点するために必要だった知識・理解を一つの単位として数える方法をとっています。たとえば、「フレグ」と答える問題であれば「フレグ」を1件、「ホラズム=シャー朝」と答える問題であれば「ホラズム=シャー朝」を1件として扱います。
一方、ある制度について説明する問題では、解答文に複数の用語が含まれていても、それらが一つのまとまった制度理解を構成している場合には原則として1件としました。また、「(ア)(イ)」のように、それぞれ独立した解答を要求するものについては別々に数えています。
集計上の主なルールは以下の通りです。
〇 人物名・国名・王朝名・地名・制度名・条約名など、独立した解答を要求するものは原則1件
〇 「(ア)(イ)」など複数の独立した解答を要求する場合は、それぞれ1件
〇 説明問題は、複数の用語を含んでいても、一つのまとまった歴史的理解を問う場合には原則1件
〇 問題文中にすでに与えられている情報は原則として数えない
〇 複数地域にまたがる問題は、解答の中心となる地域に分類
〇 特定地域に分類しにくい国際関係・比較問題は「地域横断・国際関係」として処理
〇 複数時代にまたがる問題は、その設問で中心となっている時期に分類
この基準で2014~2026年度の第Ⅱ問・第Ⅳ問を分類すると、700件前後の「得点に必要となる知識・理解」を抽出できます。
ただし、この数字は厳密な統計値ではありません。説明問題について、どこまでを一つの知識と考えるかには一定の幅があります。また、中央ユーラシアと中国、イスラーム世界とヨーロッパのように、地域区分自体が重なる問題もあります。
したがって、以下の割合は筆者による分類上の概算です。「32%と31%ではどちらが多いか」といった数%の差を見るためのものではなく、「3割程度」、「半分前後」、「約3分の2」といった大きな偏りを確認するための数字と考えてください。
① 地域別の頻出箇所
第Ⅱ問・第Ⅳ問を合わせた短答・説明問題全体を地域別に分類すると、おおよそ次のようになりました。(※筆者による分類上の概算であり、分類方法によって数%程度変動します。)
まず目につくのは、ヨーロッパと中国・東アジアだけで全体の6割強を占めることです。これは、京大世界史で中国史とヨーロッパ史が重要であることをかなり分かりやすく示しています。
ですが、もう一つ注意したいのは、それ以外の地域です。西アジア・イスラーム世界が1割強、中央ユーラシアが1割弱、南アジア・東南アジアも1割弱あります。これらを合わせると、おおよそ全体の4分の1程度になります。
つまり、京大世界史は、「中国史とヨーロッパ史だけをやっておけば何とかなる」という試験ではありません。むしろ、中国・東アジアとヨーロッパを二本の大きな柱とし、その間を中央ユーラシア・イスラーム世界・南アジア・東南アジアがつないでいると考えた方が、出題の実態に近いでしょう。
たとえば2019年度第Ⅱ問では、アケメネス朝・オスマン帝国・カージャール朝・ソグド人などと、中国史・中央ユーラシア史・東南アジア史に関する知識が同じ大問の中で問われています。2020年度第Ⅱ問でも、クライシュ族・ムラービト朝・ニハーヴァンドの戦い・スーフィズム・ナーナクなどのイスラーム・南アジア関係の知識と、中国史関係の知識が並びます。こうした出題を見ると、「中国史」、「イスラーム史」、「中央アジア史」を完全に別々の単元として覚えるよりも、それぞれの地域がどのように結びついていたのかを意識した方がよいことが分かります。
② 第Ⅱ問と第Ⅳ問では地域構成が大きく異なる
さらに興味深いのが、第Ⅱ問と第Ⅳ問を別々に見た場合です。
第Ⅱ問は、おおよそ次のような構成になります。(※数値は分類上の概算です。)
つまり、第Ⅱ問では中国・東アジア関係の知識が全体の半分前後を占めると考えてよさそうです。残りの大部分を、西アジア・イスラーム世界、中央ユーラシア、南アジア・東南アジアが占めます。
一方、第Ⅳ問では状況が大きく変わります。
第Ⅳ問では、得点に必要な知識のおよそ3分の2がヨーロッパ史関係と考えられます。こちらはかなりはっきりした偏りです。したがって、「第Ⅱ問=中国・アジア系」、「第Ⅳ問=ヨーロッパ系」という傾向は、大まかな印象ではなく、数値としてかなり明確に確認できます。
③ 時代別の分類
続いて時代別分類ですが、こちらは地域ほど大きな偏りは見られません。(※時代区分は厳密な歴史学上の区分ではなく、集計上の便宜として、各設問の中心となる時期を「古代・中世・近世・19世紀・20世紀以降」に分類しています。)
このように、最も多い中世でも、全体の4分の1程度です。古代・近世・19世紀・20世紀以降についても、それぞれ2割前後を占めています。つまり、京大の短答問題については、「地域にはかなり明確な偏りがあるが、時代にはそれほど大きな偏りがない」ことがわかります。
ただし、第Ⅱ問と第Ⅳ問を分けると、ある程度の違いも見えてきます。
こちらを見ると、大きな傾向として、「第Ⅱ問は古代・中世の比重がやや高い」、「第Ⅳ問は19世紀以降の比重がやや高い」ことは確認できます。ただ、これは微差であまり重要視する必要はありません。第Ⅱ問では中国古代史・中央ユーラシア史・イスラーム王朝史などが多いため、古代・中世の割合が高くなります。一方、第Ⅳ問ではヨーロッパ近代史に加えて、帝国主義・世界大戦・冷戦・国際関係などが出題されるため、19~20世紀の割合がやや高くなっています。ですが、この差があるからといって、どちらかの時代を捨ててよいわけではないと思います。④ 設問形式ごとの分類
もう一つ確認しておきたいのが、「何を答えさせているのか」という点です。
ここでは設問形式が重ならないよう、
単純記述型
短文説明型
複合説明型
の三つに分けました。
印象通りですが、単純記述式が多いため、まずは正確に用語を書けることが非常に重要です。論述対策ばかりに力を入れて、「意味は分かるが、名前が出てこない」という状態では、第Ⅱ問・第Ⅳ問でかなりの点を失います。一方で、全体の2~3割程度は単純な名称暗記だけでは十分ではありません。「なぜそうなったのか」、「どのような制度だったのか」、「何が変化したのか」といった内容を、短く説明できる理解も必要です。
京大世界史全体を整理すると、300字論述40点分では「知識をつなぎ、歴史を再構成する力」が、短答・説明60点分では「知識を正確に取り出す力+短く説明する力」が求められていると考えてよいでしょう。
(第Ⅱ問は中国史+中央ユーラシア+イスラーム史を重視)
以上の集計からも分かる通り、短答問題のうち第Ⅱ問では中国史の存在感がかなり強くなっています。また、古代中国から中国近現代まで、広い時代から出題されます。
一方で、中央ユーラシア・イスラーム史も非常に重要です。一例を挙げると2017年度では、「ウマル・アイユーブ朝・バイバルス・ティマール・サーマーン朝・ワッハーブ王国」などが問われています。2024年度でも中国史とイスラーム史が同じ大問で並び、2026年度でも同様です。
したがって、第Ⅱ問については、「**中国史+中央ユーラシア+イスラーム世界」**を大きな重点領域として仕上げる意識を持ってよいでしょう。
(第Ⅳ問はヨーロッパ史を軸に古代から現代まで幅広い)
第Ⅳ問ではヨーロッパ史が中心ですが、こちらも時代はかなり広くなっています。古代ギリシア・ローマから冷戦まで普通に出題されます。こちらも例を挙げると、2018年度第Ⅳ問で問われた内容は、「エウクレイデス・アリストテレス・アナーニ事件・エラスムス・カール5世・ツヴィングリ・リカード・穀物法・ラダイト運動・ドレフュス事件」とかなり幅広い出題がされています。
また、第Ⅳ問はヨーロッパだけに限定されるわけではなく、ラテンアメリカ・アフリカ・植民地・冷戦なども組み込まれます。そのため、「ヨーロッパ通史を軸に、世界各地との関係まで確認する」意識を持つことが適切です。
【時代別に見る京都大学世界史】
京都大学では、特定の時代だけを重点的に勉強するのは危険です。
論述だけを見ても、古代から現代まで出題されています。
(古代)
〇 匈奴と中国
〇 ローマ共和政
〇 アテネ民主政
〇 中国古代史
(中世)
〇 トルコ系イスラーム王朝
〇 十字軍
〇 モンゴリアの遊牧国家
〇 アンダルス(イベリア半島のイスラーム勢力)
〇 ローマ教会とビザンツ帝国
〇 中国東北部の諸民族
(近世)
〇 オスマン帝国
〇 イエズス会の東アジア布教
〇 マラッカ王国
〇 ヨーロッパ諸国のインド進出
〇 中国・朝鮮関係の一部
(近現代)
〇 清朝の外交
〇 オスマン帝国の近代化
〇 ドイツ統一
〇 中国民族運動
〇 核兵器と冷戦
〇 社会主義体制の変化
〇 世界恐慌と各国の経済政策
また、科挙のように隋から清末までを扱う制度史や、ソグド人のように古代末~中世初期を中心とするテーマもあります。つまり、時代区分の中に問題を押し込めて覚えるよりも、数世紀にわたる制度・社会・国家・交易の変化を追えることの方が重要です。
【地域別に見る京都大学世界史】
① 中国史は最重要分野の一つ
2014年度の科挙、2015年度の清朝外交、2017年度の匈奴、2019年度の中国東北部、2024年度の中国・朝鮮、2026年度の中国近現代史など、第Ⅰ問でも中国関係は繰り返し出ています。さらに第Ⅱ問でも古代から現代まで大量に出題されます。したがって中国史は、京大世界史における最重要分野の一つです。
ただし、単純な王朝政治史だけでは足りません。「中国―北方民族」、「中国―朝鮮」、「中国―中央アジア」、「中国―ヨーロッパ」という関係まで整理しておく必要があります。
② 中央ユーラシアも重要
中央ユーラシアは特に京大らしさが出やすい地域です。「匈奴」、「突厥」、「ウイグル」、「ソグド人」、「契丹」、「モンゴリア」、「モンゴル帝国」、「ティムール」などを、単なる用語としてではなく、「中国との関係」・「イスラーム世界との関係」・「交易」・「民族移動」などの中で理解しておく必要があります。
③ イスラーム世界も重要
イスラーム史は、「トルコ人のイスラーム化」、「アンダルス」、「オスマン帝国」、「西アジア」、「中央アジア」、「インド」、「東南アジア」など、非常に広い範囲で登場します。京大では、イスラームを「宗教史」として単独で覚えるよりも、国家形成・交易・民族移動・ヨーロッパとの関係と結びつけることが重要です。
【文化史は「歴史の中での役割」を見る】
文化史も単純な人物や作品の暗記だけでは対応できません。2020年度のソグド人論述では、「ソグド語・ソグド文字・マニ教・ゾロアスター教・西域の音楽・芸能」などが、交易活動や唐の国際性と結びつけて扱われています。
2021年度のイエズス会についても、布教だけでなく、西洋科学の中国への伝来や中国文化のヨーロッパへの紹介などが重要です。
したがって、文化史でも、「何がどこからどこへ伝わったのか」、「それが政治・社会にどのような影響を与えたのか」という視点を持つとよいでしょう。
【京都大学世界史では「タテ」と「ヨコ」が重要】
過去問を並べると、京都大学で必要な力は大きく二つに分けられます。
一つは、タテの流れをとらえ、まとめる力です。
たとえば、「科挙→隋で成立→唐・宋で発展→元・明・清での状況→1905年廃止」という長期的な制度変化。あるいは、「タンジマート→ミドハト憲法→アブデュルハミト2世→青年トルコ革命→第一次世界大戦→トルコ共和国」などのというオスマン帝国近代化の流れです。これらは、決して新しいものや難しいものではなく、王道の流れがしっかりとらえられているかどうかを問うものです。
もう一つは、ヨコのつながりをまとめる力です
2019年度なら、「ポルトガル・オランダ・イギリス・フランス・インド」などの動きを、ヨーロッパの進出というテーマの中で再構成する力です。また、2025年度の問題のように、アジア・ヨーロッパ・ラテンアメリカ・アフリカ間の商品交易を、商品の動き・労働力や生産形態の変化などと結びつける力が求められます。これも、個々の出来事は決して難しいものではありません。ただ、いくつかの事象を一つのテーマに沿って再構成する力が求められています。
【京都大学世界史の勉強法】
以上を踏まえると、京大世界史の対策では次の点が重要です。
①
教科書レベルの通史を正確に仕上げる
特殊な難問ばかりを追う必要はありません。まずは主要事項の、「背景」、「展開」、「結果」を説明できる状態にすることが大切です。これらは常に意識するとよいでしょう。
②
自分で「説明できる」ようにする
論述問題では、用語を羅列するのではなく、ある事象が「なぜ起こったのか」、「何が変わったのか」、「その結果どうなったのか」をつなげる練習が必要です。そういう意味では、「あるテーマに対して一連の流れを説明する」という方法は有効です。たとえば、「19世紀以降のオスマン帝国の近代化」というテーマを出し、それについて「タンジマートがあって・・・、近代化が進んで…」など自分で説明するのが良いでしょう。友達とテーマを出しあい・確認しあうなども効果的かもしれません。
③
長期的な流れをまとめる時間を作る
ある一つのテーマについて、数世紀単位で変化を追う練習をすると良いでしょう。制度史や民族史、国家の変遷などは特に要注意です。自分で「これは気になる」と思ったテーマを自分なりにまとめてみたり、問題集などについているテーマ史をベースに考えてみるのも良いかと思います。
④ 地域間の関係を整理する
複数の地域が関係を持つテーマには特に敏感になりましょう。「中国と北方民族」、「中国と朝鮮」、「中央アジアとイスラーム世界」、「イスラーム世界とヨーロッパ」、「ヨーロッパとアジア」、「植民地と宗主国」などの関係は特には重要です。
⑤ 短答は「見れば分かる」ではなく「書ける」にする
人物名・王朝名・地名・制度名・条約名・文化事項を、自力で正確に書けるようにしておく必要があります。
⑥ 30~60字程度の説明問題にも慣れる
京大では、単語だけでなく、「なぜか」、「どのような制度か」、「何が変化したか」を短く説明させる問題も多く見られます。こうした設問に素早く応えられる訓練をしておきましょう。東大小論述なども良い練習材料になります。
【過去問は何年分解くべきか】
京都大学は出題形式がかなり安定しています。
2014年度でも2026年度でも、
第Ⅰ問=300字論述
第Ⅱ問=短答・説明
第Ⅲ問=300字論述
第Ⅳ問=短答・説明
という基本構造は維持されています。
しかも、同じ問題がそのまま繰り返されるわけではなくても、
〇 中国と周辺地域
〇 中央ユーラシア
〇 イスラーム
〇 国家形成
〇 宗教と政治
〇 交易
〇 社会・経済構造の変化
〇 国際関係
といった知識のまとまりは何度も利用されています。
そのため、直近数年だけでなく、少なくとも10年程度、余裕があれば20年程度はさかのぼって取り組む価値があります。
ただし、模範解答を暗記するだけではあまり意味がありません。重要なことは、「なぜこの問題ではこの知識が必要だったのか」、「同じテーマを別の角度から聞かれたら、何を書けばよいのか」まで考えることです。
また、解くのが時間的・体力的に難しい場合には、設問を読み、解答や解説を見て「なるほど、こういうつながりになっているのか」、「なるほど、こうした見方があるのか」という視点を確認するだけでも、何もしないことと比べればはるかに大きな意味があります。
【まとめ】
2014~2026年の京都大学世界史を見ただけでも、かなり安定した出題構造が見えてきます。全体を通して見えるのは、歴史を流れや関係性としてとらえているかを問う出題姿勢です。一問一答のクイズではなく、「個々の歴史を語ることができるか」を問われていると言っても良いでしょう。
京都大学世界史は、奇抜な知識を大量に要求する試験というより、標準的な世界史知識を正確に持ち、それを長い時間軸と広い地域関係の中で整理し、文章として表現できるかを問う試験です。だからこそ、中途半端なヤマ勘や付け焼刃の勉強ではなかなか対応しにくいと思います。
ただし、細かい知識を大量に覚えなければならないという勉強の仕方とは異なりますので、その分与しやすいを感じる人もいるかもしれません。教科書を読んでいたり、授業を聞いていたりして、「ん?ここどうなっているんだ?」と感じるところがあれば、それが京大対策のキモかもしれません。そうした、自分がとらえにくい部分を丁寧に解きほぐして「語れるようにする」ことが有効であるように思います。