一条鞭法と地丁銀は、それぞれ明代・清代に導入される税制で、どちらも銀によって税を納めるという点で共通しています。これらの税制が導入された背景には、明代の後半ごろから大交易時代(大航海時代)の影響を受けて、様々なルートから明に銀が流入し、銀によって取引の決済が行われる銀経済が成立したことがありました。

ところが、一条鞭法と地丁銀について、最近の特に山川系の用語集や参考書が一様に記述を改めておりまして、両者の違いが受験生には分かりにくくなっているのではないかと思われます。東京大学2004年世界史大論述の解説を作成しているときに気が付いたのですが、どうも最近は一条鞭法について「とりあえず、全部銀でおさめることになったよ」的な記述しかしていないようなんですね。以下にいくつか例示してみます。

 

「明代後期から実施された税法。銀経済の進展と不正の横行を受け、複雑化していた租税と徭役を銀に換算し、一本化して納入させた。16世紀中頃に地方から始まり、清の地丁銀制のさきがけとなった。」(全国歴史教育研究協議会編『世界史用語集:改訂版』山川出版社、2018年版)

 

「もともと明代初期には、米などの現物で徴収される税や実際の労働による徭役が主流であったが、それらの税や徭役は15世紀以降次第に銀納化されていき、16世紀には一条鞭法の改革が進んで、各種の税や徭役を銀に一本化してまとめて納税する制度が普及した。」(木村靖二ほか編『改訂版:詳説世界史研究』山川出版社、2017年版)

 

ですが、実は旧版の教科書や参考書では、一条鞭法がまとめた税は地税と丁税(人頭税)であるとはっきり書かれているものが多いです。その上で、これらを銀で一括納入する制度であるというような記述の仕方がされています。

 

「唐の中期以降、宋元時代を通じておこなわれてきた基本税制である両税法では穀物や生糸・銅銭などで納税されたが、一条鞭法では土地税や人丁(成年男性)に課せられる徭役などのあらゆる税を一本化して銀納させるもので、徴収を簡素化・能率化させた画期的な税制である。」(木下康彦ほか編『改訂版:詳説世界史研究』山川出版社、2008年版)

 

「明代後半から清初に実施された税制。田賦(土地税)と丁税(人頭税)などを一括して銀で納めることとした新税法。16世紀後半、まず江南で施行され、同世紀末までに全国に波及した。銀の流通増大を反映したもの。」(全国歴史教育研究協議会編『世界史用語集:改訂版』山川出版社、旧版)

 

最近のものでも、たとえば東京書籍の教科書は似たような記述をしています。

 

16世紀の江南では唐以来の両税法にかわり、田賦(土地税)、丁税(人頭税)、労役などの煩雑な諸税を一括して銀で納める一条鞭法がはじまり、16世紀末には全国に広まった。」(『世界史B[教科書]東京書籍、2016年検定版)

 

なぜ、最近の山川の用語集や参考書の記述が、これまでの「一条鞭法=地税・丁税の一括銀納」という記載から「一条鞭法=諸税を一括銀納」という表現に変わってきているのかについては、中国史の専門家ではないものでよくわかりません。高校生向けに分かりやすい記述をしようとした結果なのかもしれませんし、歴史学の分野で新たな学説や見方が定着した結果なのかもしれません。(実際、中国近世財政史には新たな展開が見られるようです。)

ただ、間違いなく言えるのは一条鞭法の説明を「諸税を一括銀納」と単純化してしまうと、清代の地丁銀についての説明である「丁税(人頭税)を廃止し、地税(土地税)に一本化した」という説明が、かえってわかりにくくなるということです。ですから、両者の違いを分かりやすく理解しやすいのであれば、旧版の記述にしたがって理解する方が良いような気がします。地丁銀の説明としてよく出てくる「丁税を地税に繰り込む」という表現は、以下のような内容のことを指しています。

①「丁税と地税を取ってたけど、人口増えて丁税チェックするのが手間」

②「だから、今の人口をもとに人口については固定化しちゃおう」

③「固定化した人口が土地に住んでいると仮定して、地税の中に丁税分を足しちゃおう」

たまに、「丁税が廃止されたので減税された」のような書き方をしているものに出くわしますが、丁税はあくまでも地税の中に「繰り込まれ」ただけで、税が消失したわけではありませんので、正確な表現ではないと思います。このような形で地丁銀を理解するとすれば、歴史学的に厳密に正しいかどうかは別として、やはり一条鞭法は「全部銀納」で理解するよりも「地税と丁税を一括銀納」と理解した方がわかりやすいと個人的には思います。

 

【両税法、一条鞭法、地丁銀の違い】

両税法(唐代~[780年、徳宗の時代の宰相楊炎による]

:諸税がごちゃごちゃ。原則銭納とされたが、貨幣経済が浸透しきっていないので実態としては絹布をはじめ物納も。

一条鞭法(明代~[万暦帝期の宰相張居正により普及]

:地税、丁税の二本立て。どちらも銀納。

地丁銀

:丁税を地税に繰り込む。一括銀納。