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 今回は、東京大学「世界史」の第1問(大論述)について、その出題傾向を分析してみます。とはいっても、東大の出題傾向を分析することについては、正直なところ、一橋などの問題分析と比べて必要性をあまり感じていません。なぜならば、東大の問題はある意味とてもオーソドックスでかつ非常に良く練られており、時代・領域ともに広域にわたり、(後述するが)問題全体を貫く何かしらのテーマが設定されていることが多い問題です。まったくもって、「正当派」というにふさわしい問題であるにもかかわらず、比較的新しい歴史学上のテーマや現代に対する問題関心もうかがえ、いくばくかの冒険心を感じさせる設問です。ゆえに、私は東大の世界史論述を高く評価しています。私なんぞが高く評価したところでさしたる意味がないことはわかっていますが、個人的にはよくできていると思います。正直、早稲田の論述問題とは練度が違います(もっとも、出題の意図というか、求めるところが違うのでしょうから、同列で比較しても意味のないことではあります)。しかし、「正当派」であるということは「ヤマをはる」タイプの対策がたてづらいことを意味しています。つまり、東大の問題はどうしようもないくらい正攻法で攻めることが一番の対策なのです。

 

東大の問題は、まんべんなく世界史の知識に精通し、その内容をきちんと理解している受験生には正直それほど苦になる問題ではありません。必要な知識を、そのテーマにそって整理し、設問の要求に答える。こうした作業を丁寧に行うことができるのであれば、彼らにとって満点答案は作れないにしても、周囲と比較したときに十分に合格答案を作成することは可能です。おそらく、設問の難度としては時として一橋の方が上回ることがあるかもしれません。しかし、それは一橋がある種の時代やテーマに特化した出題をして、通常の受験生ではあまり深く掘り下げていないような知識・内容を聞いてくるからであって、そうした「一橋の独自性」をきちんと把握した受験生にとっては「全く太刀打ちできない」という類のものではありません。(もちろん、例外はあります。特に2003。あれはひどかったw 何を考えて出題したのかわかりません。)であるから、一橋の出題傾向には分析の価値があります。なぜなら、分析することによって打てる対策が明確になるとともに、その効果も十分に期待できるからです。ところが、東大はそうした類の問題とはタイプが異なります。これが、私が東大の問題分析に対して過大な期待を寄せたくない理由です。

 

 しかし、だからと言って東大の問題分析に全く意味がないかと言うと、そういうわけではありません。たとえば、先ほども述べたように東大の世界史論述にはその設問全体を貫く大テーマ、一本の芯になるものがあることが多いです。こうしたテーマにどのようなものがあるかをあらかじめ知ることで、実際の受験の際には何を出題者が意図しているかを探ることが可能になります。別稿でも述べましたが、論述はコミュニケーションです。出題者の意図をくみとり、その要求に答えることは、高得点を狙うための絶対条件なのです。その意味でも、東大の問題分析を行うことはおそらく必要なことですし、有意義なことでもあります。しかしそれは、これまで述べてきたような意味で有意義なのであって、「東大には○○は出るけど××は出ないから××はやらなくていい」とか、「5年前にも3年前にも△△が出ているからここを重点的にやっておこう」などというような短絡的で場当たり的な対策をうつための材料としては、期待ほどの効果を発揮しないでしょう。たとえば、東大ではたびたびモンゴルについての出題も出ていますし、イスラームについての出題もされています。しかし、それでは全く同じような内容を解答として書いて、同じように点数が取れるかといえば、そんなことはありません。要求されている視点が違えば、当然答えるべき解答の内容も変わってくるのであり、そのためには関連する事項を様々な事象と関連づけて再整理するという作業が必ず必要になります。東大の問題分析は、そうした解答作成の方向性を見出だすための、ある種の心構えをしておくためのものだと考えておく方が、おそらく本番ではよい得点につながるのではないでしょうか。


前置きが長くなりましたが、それではとりあえず過去30年において東大で出題された大論述の時代設定についてグラフ化したものを下に示しておきましょう。ただし、この手のデータは絶対的なものでないことには注意してください。データ信奉者が陥りがちなのですが、正直データというものはそれをまとめる際にもバイアスがかかるものですし(たとえば、「中世末」といった時にそれを13世紀末ととるか14世紀半ばととるか、15世紀初頭と取るかは、その「中世末」という言葉がどのような文脈の中で用いられ、それを読み取る人間がどのように考えるかで変化するのは当然のことです。問題なのは、その読み取りに根拠があり、その根拠に説得力があるかどうかです)、出されたデータがどんな意味を持つかは解釈によって変わります。データを扱う際に最も大切なことは、最終的にそのデータから、何を根拠としてどのような解釈を引き出すかということが大切なのであって、データそれ自体が重要なのではないことには注意してください。

 

東大出題傾向①(訂正版)
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 少し小さくて見づらいかもしれませんが、何しろ30年分なので勘弁してください。1989年の部分が2色になっているのは、(A)(B)という形で2題にわたっているためです。これを見ると、やはり1621世紀の近世・近代・現代史に出題が集中していることが見て取れます。目立つのはやはり2001年ですが、これは例の「エジプト5千年の歴史」ですw 

  個人的にはこういうはっちゃけた設問は嫌いではありませんが、やはりやや評判が悪かったのでしょうか、その後は同様の長期間にわたる歴史はあまり出題されていません。やや時期設定が長い設問ということになると、東大2007年大問1「11世紀から19世紀までに生じた農業生産の変化とその意義」、東大2010年大問1「オランダおよびオランダ系の人々の世界史における役割(中世から現代まで)」、東大2011年大問1「アラブ・イスラーム圏をめぐり生じた異なる文化との接触と、それにより生起した文化・生活様式の多様化や変化、他地域に与えた影響」などがあります。

 グラフを見て目を引くのは、現代史(20世紀史)の出題回数が群を抜いていることです。20世紀のみの設問だけでも6問ですが、20世紀に時期がまたがる設問ということになると30カ年中14問と実に半数を数えます。19世紀が関わる設問を数えれば、21問と、ほとんどの設問において1920世紀史から出題されていることがわかります。そう考えれば、東大の世界史における19世紀史、20世紀史の重要性は言うまでもないことですが、だからといって近現代史のみをやっておけばいいというわけではないことも明らかです。いくつかの問題は近現代とは全く無関係の古代・中世からの出題になっていますし、19世紀・20世紀をその内容に含む問題であっても、中世・近世・近代初期など、他の時代にまたがってその比較や関連性を問う問題も10題前後あることを考えると、「近現代史をやっておけば何とかなる」という考えは捨てたほうがいいとおもいます。また、第二問、第三問で点数を取ることは、大論述で点数を取ること以上に東大世界史では重要で、これらの問題では古代・中世に関わらず非常に広い範囲から出題されています。こうした留保はつくものの、とりあえずはグラフから読み取れることを下に箇条書きにしてみましょう。
 

19世紀史、20世紀史からの出題頻度が高い。

 

・過去20年と比較すると、近年は比較的短い期間(1世期未満~3世紀程度)を設定とする出題が多く、中でも16世紀から21世紀に出題が集中している。

 

・時折、数世紀にわたる歴史を問う設問もある。

 

 続いて、出題内容について表に示してみましょう。下の表は、各年の大問1の大論述の内容を考慮して、「広域(時代・領域)」、「政治」、「経済」、「文化」、「宗教」、「戦争」、「外交」、「交易」、「民族」など、キーになるテーマごとにどの程度その要素が含まれているかを分析したものです。すでに上述したように、これにも私個人のバイアスが反映されていますし、「経済」と「交易」や「文化」と「宗教」など、本来は不可分の要素などもあります。そうしたことは承知の上で、特にその設問を解く上で重要と思われる事柄を重要度順に「◎→〇→△→無印」で分け、◎はピンク、○は黄色によって色分けしてあります。「広域(時代)」は時代的に長期間のスパンにわたっているもの(2001年問題など)、「広域(領域)」は地理的に広範囲を考慮する必要があるものです。その他の注意としては以下のことに気をつけてください。

 

(注意)

・同じように地理的に広範囲にわたる設問であっても、単純な二地域間・三地域間の比較など、各地域を相対的に独立して考えて解答を整理できるものには△を、それとは異なり、複数の領域の関連性やダイナミズムを考慮する必要のある設問には〇をつけてある。


・「比較」の中で「★」は、はっきりとした比較を求められているものである。ただし、設問上では「比較して」と書いてあったとしても、その他の要素、テーマが色濃く入り込んで単純な二者間の対比によっては良質な解答を作ることが難しいと考えるものには星をつけていない。


・字数は大論述のみの字数であって、東大「世界史」全体の総字数ではない。
 


東大出題傾向2(訂正版)
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この表から見て取れることは以下のことです。

 

 ・時代的に長期にわたる設問よりは、地理的範囲として広域にわたる設問の方がはるかに多い。というより、ほとんどの設問が広域における各地域の関連性、交流を問う設問になっている。

 

・政治、経済史が圧倒的に多い。

 

・文化史や宗教は近年出題頻度が減少しているのに対し、戦争や外交、交易は依然として要素として入り込むことが多い。

 

・民族をテーマとする出題は減少傾向にある。

 

・かつてのような単純な比較史は出題されない。

 (例)東大1987年「世界史」 大問1

   「朝鮮戦争とヴェトナム戦争の原因・国際的影響・結果について両者を比較しながら18行以内で記述せよ」

 (例2)東大2016年「世界史」 大問1 

   「(米ソ、欧州以外の地域において「新冷戦」の時代に1990年代につながる変化が生じており、冷戦の終結が必ずしも世界史全体の転換点ではなかったことを踏まえつつ)1970年代後半から1980年代にかけての東アジア、中東、中南米の政治状況の変化について論ぜよ」

  →例1が比較的単純な二者比較によってもある程度解答が整理できるのに対して、例2では「1990年代につながる変化とは何か」など、一定のテーマ設定をした上で各地域で生じた歴史的事象の意義を考察し、位置づけることが求められる。

 

・かつてはかなり広範な話題が入り込む余地のある設問が多かった(色のついている部分が多い)のに対し、近年はある特定の要素に重点を置いた設問が増えている(色のついている部分が比較的少ない)。

  →これは、かつての設問がややアバウトな設問、何となく他者との関連性を考えた設問(単純な比較史など)を出せばいいだろうという設問であったのに対し、近年の設問が各設問の大テーマを意識し、そのテーマにそった設問を作ろうとしていることによると思われます。(たとえば、東大2015年世界史大問1と「モンゴル時代」または「13世紀世界システム」。「13世紀世界システム」については「東大への世界史①」を参照。)

 

・字数は一時期減少傾向にあったが、近年は増加傾向にある。

  (ちなみに、問題全体の総字数も概ね同様の傾向にあり、1990年代後半~2000年代初頭にかけては650-700字程度が多いですが、ここ5年ほどは840字~960字程度です。もっとも、東大を受験する受験生にとっては小論述や小問などで多少の字数変更があった程度で動揺しているようでは困るので、本表は大問1の字数のみに絞って計算しました。450字論述であるか600論述であるか、というのは練習を積むにしても本番で解答を組み立てるにしても心構えが大きく違ってきます。)

 

 以上が、過去30年の東大入試におけるデータ分析です。この分析から何を読み取るか、というのは人それぞれだと思いますが、私の方からこうした点に注意したほうがいい、ということをあげるのであれば、以下の点になるでしょう。

 

1、16世紀以降の近現代史はもれのないように学習しておくべき

(「古代中世が必要ない」ということではなく、近現代を重点的にということ)

 

2、政治・経済史に対する深い理解が東大世界史攻略の基本

 

3、どんなテーマでも、2~3世紀程度のスパンでの「タテの流れ」は把握しておくべき

(背景・展開・影響などを中心に、短期の事柄に対する理解で満足せずに大きな流れをつかむことを常に心がけると良いと思います。教科書や参考書などの各章の冒頭などは全体の流れを把握するには役立つかもしれません。また、テーマごとに自分なりのまとめをする作業をしてみましょう。自分でするのが手間であれば、本HPでもテーマ史、地域史などをまとめていく予定でいるので参考にしてください。)

 

4、同時代の各地域の交流、関連を常に意識することが重要

 

5、歴史を貫くテーマに敏感になろう

(これは、東大の設問が用意する大テーマを感じ取るために必要となる意識だと思います。教科書や参考書を精読したり、各コラムなどに目を通していくと、何となくではあっても各時代において問題となるテーマなどが見えてきます。そのうち、そうしたテーマをつかむのに適した参考書、書籍などについても紹介していくつもりです。)

 

6、過去問を解こう!

※ただし、これは模範解答の「猿マネ」をしろということではないことに注意してください。まず、「解答例」というものは基本的にあてになりません。平均的な高校生よりはある程度書けている解答例が多いとは思いますが、満点にはほど遠いです。もちろん、それはおそらく私が作る解答例も例外ではありません。ですから、なぜ自分がそういう解答例を作ったのかということを根拠として示すようにはしてありますが、我々は出題者ではないわけです。ですから、もし「完全な解答」なるものを標榜するものがあれば、そのこと自体が怪しい気がします。ただ、解答の精度を上げていくことはできますので、解答を参照する際は付属している解説部分を読みながら、自分でもその妥当性を常に検証してみましょう。(つまり、「模範解答にツッコミを入れる練習をしましょう」ということ。)また、同じような話題の設問でも、視点やテーマの設定の仕方次第で全く別物の問題になることはすでに何度も申しあげたとおりです。ですから、かつて似たような問題が出たからと言って、赤本を丸暗記したような内容を書いてもおそらくロクな点数はとれません。曲がりなりにも日本の最高峰である大学が、過去に出題した問題の丸暗記で済むような設問を作るはずがないということは肝に銘じておきましょう。また、それだからこそ合格する価値があるのだと思います。

 

※東大に限らず、様々な大学の過去問を解くことで、いろいろな視点に触れることができる、つまり東大の「大テーマ」が何かを解読する力をつけることができます。妙な効率主義はやめて、できるだけ多くの問題に触れましょう。解く時間がなければ解説部分を読むだけでもそれなりに意味はあると思います。

 

今回はデータ分析が主体で、「それでは東大ではどのような大テーマが出ている(もしくは出る可能性がある)のだろうか?」といったことについて触れることができませんでした。これについては東京大学「世界史」大論述出題傾向②を参照してください。