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カテゴリ:一橋大学対策 > 一橋大学入試問題傾向

以前からお話していることではありますが、従来、ややマニアックな出題分野からかなり深い内容について問うスタイルの出題がなされていた一橋大学の設問の雰囲気が少しずつ変わってきています。大きな変化を感じたのは2014年の問題でしたが、それよりも少し前からも含めて、「ただ歴史的事実を整理し、まとめさせるだけの問題」から「与えられた史資料を活用して自分の頭で考えるスタイルの出題」が見られるようになりました。さらに、出題のテーマや、設問のレベルも「マニアックで、深い」ものから「一般的で、基本的な」内容のものが目立つようになりました。個人的な感覚でいうと、妙にテーマが東大臭い問題が見られるようになり、「もはや従来型の一橋の出題傾向分析は役に立たない」と言っても過言ではなくなってきました。

そこで、2014年問題以降の出題された問題をまとめ直してみました。今回、分析の対象にしたのは2014年~2020年に出題された問題で、大問ごとに「テーマ」、「地域」、「史資料重要度」に分けて整理してみました。正直なところ、「分析」というほどたいそうなものではありませんが、こちらに整理したものを見てみるとそれまでの一橋の出題傾向とは異なるいくつかの特徴が見えてきます。

 

(大問Ⅰ)

1 - コピー
:大問1については、従来は神聖ローマ帝国もしくはドイツ周辺地域からの出題が多かったのですが、近年は英仏を中心とする西欧からの出題が目立ちます。範囲・テーマも王道からの出題が多くなりました。また、史資料読解の力を必要とする出題もかなり多いかともいます。

 

(大問Ⅱ)

2 - コピー

:大問2については、従来からアメリカ史、フランス史からの出題が多かったのですが、近年はより広域における歴史上の変化を問う設問が増えてきています。史資料読解については示されない年もありますが、示された年では深い史資料読解の力を要求され、テーマも理論や事柄についての深い理解を問う、重い設問となりがちです。逆に、史資料があまり問題とならない年はシンプルですっきりとした、比較的平易な設問が多いように感じます。

 

(大問Ⅲ)

3 - コピー
:大問3については、従来は清朝を中心とする中国史が多かったのですが、近年はより現代史の方にかたよって来ている印象があります。また、単純に中国だけのことがらを聞くのではなく、周辺諸地域(朝鮮や台湾)との関係性を問うようになってきました。

 

 その他、近年の出題についていくつか目に付くところを示しますと、「政治史・経済史・社会史・宗教史が中心。(文化史の出題頻度は低い)」、「政治史の出題頻度は総じて高い」、「西洋中世・近世史では近年宗教に関連する出題が増加している」、「近現代史では、ヨーロッパの大きな変化・国際関係・民族問題が頻出」といったことが言えるかと思います。

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 コメント欄で一橋分析をご希望の方がいらっしゃったので、とりあえずここ数年の過去問を分析した表のみ掲載しておきます。ちょっとここのところ本業と自分の引っ越し作業に追われて保険やらなんやらの契約とか手続きでエライことになっておりますので、細かい分析は後ほど加筆します。(もしかすると今年度の本番には間に合わないかもしれません[汗]、申し訳ない)
一橋出題傾向(訂正)
こちらの表をご覧になる際に、特に気を付けておきたいのは「思い込み」です。一橋の傾向変化は最近のものですので、こちらをご参考にされる際は必ずこれまでの傾向・分析とセットでご覧になることをおすすめいたします。でないと思わぬ思い込み、先入観が生まれかねないのでご注意ください。

また、上の表では特にイスラームの出題はほとんどないように見えますが、私個人としてはイスラームの出題可能性を完全には排除できません。理由は、近年一橋の出題が東大をはじめとする他の国公立と近づいている傾向があることから、イスラームそのままでなくとも何らかの形で関連事項が入り込んでくることを否定できないからです。

以上、いくつかの留保があることをご承知の上でご覧ください。
また、あくまで傾向は傾向にすぎません。出てくる問題を「予言」できるわけではありませんので、そのあたりもご承知おきください。
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すでに2017年一橋世界史解説において申し上げましたが、比較的安定していた一橋大学の出題傾向に最近変化が見られます。大きな変化を感じたのは2014年の問題でしたが、ただ歴史的事実を整理し、まとめさせるだけの問題から、与えられた史資料を活用して自分の頭で考えるスタイルの出題が増えてきているように思います。これに伴って、出題範囲にも徐々に変化が見られ、2017年の問題をもって、もはや従来型の一橋の出題傾向分析は役に立たない、と言っても過言ではなくなってきました。

 

 そこで、その変化が見られ始めた2014年問題以降の出題を中心に、近年の出題傾向を再度まとめ直してみたいと思います。細かい部分の解説などはすでに問題解説の方で行っておりますので、ここでは大きな傾向のみを把握するにとどめたいと思います。今回、分析の対象にしたのは2014年~2017年の4年間に出題された問題で、これらのうち「史資料読解の重要性が特に高い問題はどれか」、「出題で対象とされている時期はいつか」、「出題のテーマは何か」について調べてみました。以下がその表になります。

一橋分析2014-2017①訂正

この表から言えることは、

 

・史資料読解の重要度の高い設問が数多く出題されている

・出題の対象となる時期には一定の法則性は見られない

・設問の内容についても特に目を引く法則性は見当たらない

 

ということです。つまり、これまでとは異なり、ひどく的を絞りにくい出題になっています。入試問題としてはこちらの方が本来のスタイルだとは思うのですが、受験生にとっては取り組みづらい要素が強くなってきているのは間違いありません。

 

 まず、史資料読解の重要度が高い設問が多いという点についてですが、一橋は従来から史資料を出題する傾向の強い大学でした。ですが、その史資料の多くは、論述の構成にまで影響を与えるようなものは少なく、せいぜい文章中にあけられた空欄補充のヒントとなる程度で、決定的な要素ではありませんでした。極論を言ってしまえば、史料やリード文がなくても設問さえあればある程度の答えを書くことが可能でした。

 ところが、近年の問題は、この史資料の読解から得た発想が論述の内容に大きな影響を与えるスタイルの問題が増えています。史料の性格を突き止め、出題者の意図をくんで解答することが求められているフシがあります。その変化を見るために、2014年までではなく、2000年の問題までさかのぼって史資料読解の重要度にのみ焦点をあてて分析しました。それが以下の表になります。

 一橋分析2014-2017②訂正

これを見ると一目瞭然ですが、明らかに近年は史資料の重要性が増しています。また、このように表にしてみることではっきりしますが、従来は史料すら使われていなかった大問1、大問2において史資料が活用され、かつそれに重要な意味が込められている問題が増加しています。2014年問題のインパクトが強かったために目立ちませんでしたが、こうした変化は2014年よりも少し前、2011年頃から始まっているように見受けられます。大問3については、従来においても史料が示されることがほとんどでしたが、その内容には大きな変化が見受けられます。史資料の読解に重きをおく2003年から2006年ごろのスタイルへと回帰しているように思われます。もっとも、この「重要度」をはかっているのは私の主観ですから、必ずしも正確なものではありません。しかし、全体の傾向としては明らかではないかと思います。

 ためしに、無作為にかつての大問1を抽出してみましょう。以下は、上の表で史資料の重要度が「×」となっている時期のちょうど真ん中あたり、2004年の大問1です。

 

 宗教改革は、ルターにより神学上の議論として始められたが、その影響は広範囲に及び、近代ヨーロッパ世界の形成に大きな役割を果たした。ドイツとイギリスそれぞれにおける宗教改革の経緯を比較し、その政治的帰結について述べなさい。その際、下記の語句を必ず使用し、その語句に下線を引きなさい。(400字以内)

 [指定語句:アウクスブルクの和議 首長法]

 

 この問題と、史資料重要度で「◎」となっている2014年の大問1や2016年の大問1と比較してみてください。(本ブログの解説に、史資料をどのように活用すべきかも含めて示してあります。) その差は歴然ではないでしょうか。つまり、ここ数年の一橋の出題傾向の変化に対する違和感の正体の半分は、この史資料の重要性の変化に帰すると言ってよいでしょう。

 しかも、出題の対象となる範囲も多岐にわたっています。これまではほとんど出題例のなかった古代史からの出題、大問3における明史以前(1113c)からの出題など、近年ますます幅が出てきました。強いて言えば、16世紀以降の近代史の出題頻度が多い(2014年以降では12問中8問が該当)ようですが、これもあてにはなりません。また、出題内容にもこれといった法則性はありません。同じくこちらもあえて言えば大問3については中国周辺の国際関係史が主であるように見受けられますが、ひっくり返すのは容易でしょう。これも同じくあてにはなりません。

 

 このような一橋の新しい出題傾向に対して、ある特定のテーマだけに絞ってヤマをはって学習するという手法は意味をなしません。無駄というものです。今後の一橋受験を考えるのであれば、東大向けの受験勉強を進めることが一番妥当であるように思います。私がもし通年で一橋向けの受験対策を行うのであれば、東大・京大の過去問10年~15年分に加えて一橋の過去問10年分ほどをベースに論述の地力をつけ、史資料読解問題練習として東京外語の史料問題に触れさせる(ただし、設問は史資料読解の重要性を増したものに改変)といった形の授業をどこかで組み込むと思います。もちろん、これらに限らず、良問に触れる数は多ければ多いほど良いです。芸がないように思われるかもしれませんが、今後の一橋受験を世界史で考えるのであれば、「世界史に対する理解と論述」の地力をつけることが一番の近道であるように思います。その分、私大対策を特別にする必要は逆に少なくなるかもしれません。(それだけの地力をつけられれば私大の設問は苦も無く解けます)別の意味で、闘い甲斐のある相手になりましたねぇ、一橋世界史は。

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一橋大学「世界史」について、「今年(2017年)の予想問題はないのですか」というご質問がありました。すでにご質問にはお答えしておりますが、そちらでお答えした通り、作ってあるには作ってあるのですが、大人の事情により公開を自粛中ですw そういうわけで残念ながら問題を公開することはできないのですが、代わりに今年の予想問題を作成するにあたり、私が気を配った点についてご紹介しておこうかと思います。ただ、予想はあくまでも予想でして、正直なところ一橋の先生方が気まぐれで「よし、今年は猿人・原人祭りだ!」とか言ってアウストラロったりピテクスってしまったりした場合にはまったく意味をなしませんw 当たらないことの方が多いかもしれませんが、そこは気休めぐらいのつもりでご参考になればと思います。「余計な先入観を持ちたくない!」という方はむしろお読みにならずに飛ばしてください。

まず、私が今年の予想問題を作るとすれば、基本的には「史料読解をベースにした、例年の一橋の出題とは少し外れたものを作る」と思います。理由はいくつかあります。第一に、一橋を受験される方であればすでに本ブログでも公開しております「一橋の伝統的な出題範囲」についてはすでにふまえていて、ある程度の知識は入っているだろうと思われることです。こうした「伝統的な出題範囲」に関しては各種参考書もそれなりに東大や一橋など難関校で出題された内容を意識して作ってあると思いますし、過去問もありますから、こうしたものを日々練習してきた受験生の方にあらためて同じようなものを示す必要はない、というよりは、こちらが示すとすればむしろ優先すべきものは別にあると考えるからです。

これと関連しますが、二つ目の理由として、「近年の一橋はその範囲とは少しずれた出題をすることがあるので、受験生に対してはむしろそちらの補強をしてあげた方がよい」ということがあげられます。従来は中世であれば「神聖ローマ帝国とその周辺史」、近世~近現代であれば「フランス史」、「アメリカ史」、大問3のアジア史であれば「清朝建国期、清朝交易史、清朝末期の諸改革と混乱」、または「李朝末期以降の朝鮮史」とある程度その出題範囲を読むことができました(http://history-link-bottega.com/archives/5935036.html)が、近年は必ずしもこうした出題範囲に限定されず、より広い範囲からの出題がされています。(http://history-link-bottega.com/archives/5936916.html)こうしたことを考えますと、伝統的な基本路線は外すことなく、それをやや拡大していくのが予想問題を作成する際の基本姿勢となります。その際、一橋の研究者の専門分野に気を配っていることは同じく過去の記事ですでに述べました。

三つ目の理由は文句なしに「近年の一橋では史料読解型の設問がかなり出題されている」ということです。最先端(とまでいかなくても、わりと進んだ)の歴史学における成果を、生の史料や二次文献などの史資料から読み取れるようにして、ヒントとして受験生に示した上で、その読解をもとに歴史的知識・理解を整理させるスタイルの設問が非常に多く見受けられます。こうした設問は従来の一橋の設問とは明らかに一線を画すものですし、東大型の設問とも少し異なります(東大の設問は基本的には高校で学習する内容を逸脱するものではないように思います。要求されるレベルは高いですが)。そうした意味で、こうした史料読解問題に慣れていないであろう一橋受験生のために、この手の史料読解問題を作っておいた方がいいだろう、と思って今年の予想問題は作成しました。

ちなみに、この手の予想問題を作成するには史料が必要になりますが、教科書や資料集レベルに記載されている史料では分量・内容ともに物足りないですし、探すのに骨が折れます。そこで今回私が使用したのは、たとえば一橋2015年大問1でも出題された『フランク年代記』も掲載されております『世界史史料』(歴史学研究会編、岩波書店)シリーズです。この本については本ブログで簡単に紹介しています。(http://history-link-bottega.com/archives/11994047.html)少なくとも高校生が目を通して参考になるようなものではありません。ただ、数多くの基本史料が掲載されておりますので学校の先生がちょっと気の利いた史料を使いたいなと思って調べるにはそれなりに重宝します。もちろん、歴史の専門書とか、ダイレクトに1次文献をあたることもできなくはないのですが、専門の分野で12題を作成するならともかく、広い範囲から複数題作るとなると正直なところ手間がかかりすぎますので、私の場合はまずこちらから史料をあたりました。

以上のことを考えて、今年の一橋受験を準備する上で役に立ちそうなことを述べるとすれば以下の3点です。

 

1、伝統的な出題範囲の理解はしっかりとしておくこと。

2、史料読解や2次文献の内容把握ができる読解力をつけておくこと。

3、下に示すような分野など、穴になっている部分の詳細をまとめておくこと。

 

 上の3で言う「下に示すような分野」とは、一例を挙げれば以下のようになります。

 

(大問1)

:中世ヨーロッパ史の中でも、一連の流れを持っているもの、政治・経済・社会・文化など複数の要素が絡んでくるものなど(例:ビザンツ史 / 教会と各国君主の中央集権[またはその地域差] / イタリア都市 / 議会制の発達 / 大空位時代と金印勅書 宗教政策、宗教改革と各地への影響 など)

 

某予備校のオープンで出たロシア史とかも悪くないと思いますよ。少し素直すぎるかなという気はしましたが、東欧史をついてくるというのは一橋の基本だと思います。

 

(大問2)

:基本的には啓蒙の周辺。フランス史、アメリカ史で思想的な内容の絡むものは特に注意が必要。また、アメリカ史については現代史も含めて注意。その際、防共圏の設定など国際的な枠組みが作られるような動きについては特に注意を向けておく。(例:科学革命と啓蒙 / ドナウ帝国 / アメリカ独立戦争と啓蒙 / 大西洋革命 / 19世紀ラテンアメリカとヨーロッパ / 1819世紀プロイセン / ウィーン体制下の民族運動 / アイルランド併合と英議会制度 / 19世紀後半の社会主義・労働運動 / 19世紀トルコとパン=イスラーム / フィリピンの独立 / アメリカのカリブ・太平洋進出 / 冷戦 / 戦後のラテンアメリカ / 中東戦争とアラブ など)

 

(大問3)

:明末以降の中国史や李朝末期以降の朝鮮史がベースであることには変化はないが、それをさらに時代的に広げておく。また、地域的にもインド・ヴェトナム・フィリピン・チベットあたりには目を向けておく。(例:辛亥革命以降の中国の動向 / 国民党と共産党 / 土地改革~文革 / 中ソ対立 / 改革・開放 / 朝鮮保護国化 / 19世紀後半から戦後までのインド民族運動 / インドシナ戦争~ヴェトナム戦争 / 東南アジアの民族運動 / 戦後インドネシア / 中印国境紛争 など)

 

何度も繰り返しになりますが、上に示した分野というのは、一橋の受験に「出る」というよりは、「万が一出た場合に一橋用の勉強をしてきている受験生には穴になりかねない」部分で比較的狙われそうな一連の流れ・テーマを持っているものをピックアップしたものです。一橋の設問は付け焼刃の知識やヤマ張りでどうにかなる、という類のものではないということは、過去問を解いたことのある方ならすでにご存じのことと思います。ですから、これらの分野を集中してやり直すというより、まずは基本となる勉強をしっかりとした上で、余裕があればこうした脇道の部分にも目を通しておく、というくらいがよいのかなとおもいます。「HANDのいうことはあてにならん」というくらいの捉え方の方が正しいと思いますし、こちらとしても気が楽ですw 頑張って分析したり作ったりはしますが、人間のすることですから。

 

微力ではありますが、みなさんが目標を達成できることを心からお祈りして、できる限り細々とでも更新していきたいと思います。

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(この記事は執筆当時のもので、現在は古くなっている情報を含んでいます。最新の記事であるhttp://history-link-bottega.com/archives/14929526.htmlを合わせてお読みください)

すでに一橋「世界史」出題傾向1(1995年~2016年)で述べましたが、ここ数年、一橋大学では出題傾向に大きな変化が見られます。これまでの一橋は、深い歴史的知識の整理が要求される設問が多い反面、出題範囲に大きな特徴があったことから、神聖ローマ帝国周辺史や中国近現代史を集中的に勉強する、いわゆる「ヤマをはる」勉強を行えば、ある程度は対応できた部分もありました。しかし、最近の傾向変化によってこうした従来型の出題傾向把握では対処できない部分が増ええきたように思われます。そこで、今回は出題傾向に変化が見られ始めるここ56年ほど(2011年ごろ~2016年)の傾向に特に注目して、その変化の内容と注意点を示してみたいと思います。

 

[ここ数年における出題傾向の変化とその原因]

 

この数年の出題傾向に大きな変化が見られることは特筆に値します。この出題傾向の変化には、かつて一橋で力を持っていたドイツ関連の研究者たちが定年を迎えて入れ替わる反面、新しい分野の研究者たちが一橋の西洋史・東洋史の指導者として招かれはじめているところが大きいのではないでしょうか。

「研究者の専門分野なんかに意味はない」と思うかもしれませんが、さにあらず。特に一橋においては以下に示すように各教員の専門分野と出題の関連性は極めて高かったです。また、近年東大をはじめとして「世界システム論」や「イスラーム世界」といったテーマが取り上げられている背景には、もちろん近年のグローバル化やイスラーム原理主義の台頭といった問題関心が強まっていることもありますが、こうした分野を専門にしている研究者が多いことも背景にあると思われます(東大の副学長である羽田正はイスラーム史の専門家です)。

一橋大学の研究者に関する詳細なデータは一橋大学HPトップページ右上検索から「史学 教授」と検索すれば教員紹介ページが出てきます(http://www.soc.hit-u.ac.jp/teaching_staff/)ので、本学を第一志望に考えている人はぜひ一度は目を通して参考にして欲しいと思います。受験問題に対応するという意味だけでなく、これから自分が通おうとする大学の教授陣がどのような問題関心を持っているのかを知ることは、意味のあることだと思いますので。「歴史社会研究分野」となっている部分が主な該当部分だと思われます。

 

それでは、具体的な例を挙げましょう。現在は「留学生・グローバル化関連担当」教授である中野聡教授の専門は環太平洋国際史・米比関係史などですが、これは一橋大学2015年度大問2の「ECASEANの共通点と相違点」、2012年度大問2の「国際連盟と国際連合の設立とその問題点」や2008年度大問2の「米西戦争」をテーマとした設問などと親和性が高いです。また、現在は総合社会科学専攻に籍を置いている糟谷啓介教授は、歴史社会研究分野に籍を置いている頃は閔妃政権や李朝末期の権力構造をテーマとしていました(ちなみに現在は加藤圭木専任講師がいますが、加藤講師の専門テーマは「日露戦争と朝鮮」、「植民地支配と公害」、「慰安婦問題」などです)が、こうしたテーマも同校の大問3に影響しているようだ。こうした研究テーマが設問に影響している以外にも、以下の2点は近年の設問の変化として強調しておくべき点であると思われます。

 

     出題範囲が従来よりも広い

:これは特に大問12で顕著で、ここ十数年で言えば頻度の低かったイギリス史(2014年度大問1:ワット=タイラーの乱)や、神聖ローマ帝国とは関連の薄い中世史もしくは宗教史(2016年度大問1:聖トマスとアリストテレスの都市国家論の相違[ギリシアポリスと中世都市の比較])などが2010年度以降たびたび出題されるようになってきています。これまではすでに述べてきた出題傾向を念頭にある一定の分野だけを学習してもいくらかの得点を得ることが期待できていたのに対し、近年はいわゆる「ヤマをはった」学習の仕方では総崩れになる恐れが出てきていると言えるでしょう。

 

      史料や設問文からその意味や出題者の意図を読む、より深い読み取りが要求されている

:これまでの史料問題では、史料そのものには深い意味はなく、史料と設問は独立していることが多かったように思います。しかし、近年は史料や設問の本文自体にかなり重要な意味が持たせられており、これを読み解くことで論述の大きな枠組みが初めて得られるという設問が増えてきています。一方、ここで必要とされているのはむしろ国語的な読解力であり、必ずしも深い歴史的知識は必要としません。時間の制約はあるものの、すぐに論述の方向性が見いだせない時には史料や設問本文をじっくり読むという作業が必要になる可能性もあるということは頭に入れておくべきでしょう。

 

(例)2016年大問1 「聖トマスとアリストテレスの都市国家論」

 

I 聖トマス(トマス=アクィナス)に関する次の文章を読んで、問いに答えなさい。

 

 聖トマスは都市の完全性を二因に帰する。すなわち第一に、そこに経済上の自給自足があり、第二には精神生活の充足、すなわちよき生活、がある。しかして、およそ物の完全性は自足性に存するのであって、他力の補助を要する程度、においてその物は不完全とされるのである。さて、霊物両生活の充足はいずれも都市完全性の本質的要件であるが、なかんずく第一の経済的自足性は聖トマスにおいて殊更重要視される。「生活資料のすべてについての生活自足は完全社会たる都市において得られる」と説かるるのみならず、都市はすべての人間社会中最後にしてもっとも完全なるものと称せられる。けだし、都市には各種の階級や組合など存し、人間生活の自給自足にあてられるをもってである。このように都市の経済性を高調することは明らかに中世ヨーロッパ社会の実情にそくするものであって、アリストテレース(アリストテレス)と行論の類似にもかかわらず、実質的には著しき差異を示す点である。聖トマスにおいてcivitasは「都市国家」ではあるが、「都市」という地理的・経済的方面に要点が存するに反し、アリストテレースは「都市国家」を主として政治組織として考察し、経済生活の問題はこれを第二次的にしか取り扱っていない

(上田辰之助『トマス・アクィナス研究』より引用。但し、一部改変)

 

 *civitas:市民権、国家、共同体、都市等の意味を含むラテン語。

 

問い 文章中の下線部における聖トマスとアリストテレスの「都市国家」論の相違がなぜ生じたのか、両者が念頭においていたと思われる都市社会の歴史的実態を対比させつつ考察しなさい。

 

上の問題を一読すると「そんなことは習っていない」と投げてしまいそうになる設問ですが、本文(もしくは下線部)をよく読むと、聖トマスが生きた「都市国家(=中世都市)」が地理的・経済的要素にその特質の多くがあるのに対して、アリストテレスの生きた「都市国家」は政治的組織としての要素が色濃いと言っているに過ぎません。これが分かれば、ここでいう両者の都市国家論の対比というのは「中世都市とポリスの対比」をせよということに気付くことは難しくありません。また、中世都市とポリスの性質などは一橋を受験する受験生には基礎レベルの知識と言えます。

 つまり、一橋大学では必ずしも重箱のすみをつついたような歴史用語や事実についての知識を要求しているわけではありません。むしろ、近年は史資料の読解能力、大きな枠組みにある一定の歴史的事象を位置づけて解釈する能力、そしてそれらを支えるための最低限の現代文読解能力が要求されています。一言でいえば、大学に入学後は様々な書籍を読み、議論したり、レポートを書くことになるわけで、そうした大学生になってから必要となる最低限のスキルを身につけているかどうかが問われていると考えるべきでしょう。一部の塾や過去問解説では、一橋があまりにも専門的な事柄や歴史学的な理解を設問に盛り込むことについて疑問を呈する向きもあるようですが、私は必ずしもそうは思いません。一橋は何もないところからそういう専門的な知識を問うているのではないからです。そうではなく、まず史資料を用いて専門的な歴史的理解を「紹介」した上で、受験生に彼らがもっている知識や理解をもとに「紹介」された専門的な事柄を整理しろと求めているに過ぎません。むしろ、史資料を読めば答えの一部はそこに書いてあるのであって、これまでの問題よりも一部の受験生にとっては易化している面もあるのではないかと思っています。いずれにしても、「本当の意味での歴史的理解とは何か」ということを、これから大学に入ろうとする受験生に歴史学を「体験」させるという意味ではよく考えられた良問であると言えるでしょう。(もっとも、そうした要素を加味しても「これは…(汗)」と思う悪(難?)問もたまーに含まれています。そういう時は、周りと比べて見劣りしない程度の解答に仕上げることに専念すべきでしょう。)

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