古代ギリシアのアテネで登場する、クレイステネス改革のうち「血縁による4部族制から地縁による10部族制へ」というのが、どうも受験生にはわかりづらいらしく、「どういうことですか?」という質問を受けることが良くあります。
基本的に、こうしたことに疑問をもって確かめようとする人は物事を具体化して考えようとイマジネーションを駆使する人なので、学力は伸びます。勉強は「勉強をするから伸びる」部分もありますが、「普段からの思考で自由な想像力を駆使しているか」がとても重要です。「こんなことをしたらあの人は怒るかな」とか、「朝嫌なことを言ったからお母さんは今どんな気持ちでいるかな」など人の気持ちを慮ったり、将来の計画・予測を紙に書くことなくある程度頭の中で行うといったことが日常的にトレーニングできている人は、勉強をする際にも、1を学習するにあたって2も3もつかまえにいこうとするので、1だけを得る人よりも効率が良いのでしょう。ですから、一見無駄と思えることでも切り捨てずに取り入れられるものは取り入れていくという行為が意外に大切です。トイレの中での沈思黙考が知識に厚みを加えるかもしれません。
脱線しましたが、古代アテネの様子については史料が限られていることもあり、特にこのクレイステネス改革の意味付けについては学説上もまだ議論の余地があります。ですから、正確に「これはこうなんです」ということはできません。むしろ、学説的には誤っている部分もあるかもしれませんが、「このように理解すればすっきりする」といった理解の仕方はあります。
まず、「血縁に基づいた4部族制」というものを考えてみたときに、血縁に基づいた一族の中では、一族の長とか、部族内の立場がものをいいます。たとえば、日本の話になってしまいますが、蘇我氏の中に蘇我馬子に反抗してやろうという奴は(原則として)出てこないわけです。すると、アテネは直接民主政であるにもかかわらず、実際には一族の意向が反映される結果となりがちです。本当は自分の家の近くに子どもが通う学校が欲しいのに、長の家にも年頃の子どもがいるので長の家の近くに建てようという意見を一族の相違として反映させる、みたいな。(あくまでもたとえです。)
これに対して、「地縁的な10部族制」にこれをあらためた場合、どうなるのでしょう。クレイステネスはアテネを地域によって百数十のデーモス(区)にわけ、市民をこのデーモスごとに登録しました。これにより、アテネ市民は血縁的な従属関係を離れたと考えられています。あくまでもたとえ話になりますが、同じ土地に住んでいる関係上、これらの人びとは共通の利害関係を持つことが多いです。すると、上記の例でいえば、「一族の長は長の家の近くに学校を建てることに賛成しろっていうけど、おれは〇〇デーモスの近くに住んでいるからうちの近くになるようにデーモスのみんなで意見を合わせよう」っていうようなことが出てくるわけで、これによって血縁関係に縛られずに自分の利害で考えるより民主的な関係が成立するわけです。
ちなみに、上記に書かれていることは厳密にいえば、ウソです。たとえば、デーモスへの登録は、その後居住地がどこに変化しても、祖先が登録したデーモスの市民として登録されます。また、10部族制は単一の地域から作られるのではなく、市の中心部・内陸・海岸の3地域から複数のものを組み合わせて1部族とするので、全ての人が同一地域に住んでいるわけでもありません。一方で、学説上、クレイステネスがデーモスを設置したことが、アテネの政治により民主的な性格を与えたということは定説となっています。しかし、なぜそれが民主的な性格を有したかという仕組みの部分ではまだ複雑な議論があります。ですが、それを高校受験生の段階で全て理解していたら勉強が間に合いませんし、どうしても知りたければ大学に入ってギリシア史を専攻すればよい、あるいは大人になってから専門書を買って読めばよいだけのことです。とはいえ、単に用語として「4部族制・10部族制」と言われても、実感に乏しく、覚えたとしてもそれがストーリーとしてスッと頭に入ってくることはありません。ですから、多少誇張した嘘のたとえ話であっても「それまでは血縁に基づく4部族制で、一族の意向を気にしなければならなかったのが、クレイステネスがデーモスを設置し、地縁に基づく10部族制に再編したことで、より民主的な政治へと変化し、これはオストラキスモス(陶片追放)や500人評議会設置と同様に、アテネの民主政を促進した。」と理解した方がストーリーとしてはすっきりします。もっとも、このように理解した時には、「どの部分が嘘なのか(上記で言えばたとえ話の部分)」ははっきり理解しておく必要があります。(そうしないと論述などで嘘を書いてしまう可能性があるので。)しっかりと詳しいことが知りたいという場合には、クレイステネス改革については専門書をお読みになるとよいかと思います。