「13世紀はモンゴルの世紀」です。実はかなり使える呪文です。たとえば、以下のようなことが時期としてつかみやすくなります。
・チンギス=ハンの活躍した時期(13世紀前半)
・元の成立時期やフビライ=ハンの活躍時期(13世紀後半)
・モンゴルとかかわる様々な事柄が13世紀であることに気づく。
(例):ワールシュタットの戦い(1241年)
・「13世紀はモンゴルの世紀」→「次の世紀で衰退」→「明の建国時期を把握(14世紀後半)」
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【共通テスト】
明と清では国による大編纂事業がなされますが、これが結構たくさんあります。簡単な表を作ると以下のようになります。
もっとも、これらの編纂事業で編まれたものが、記述式で出題される機会はかなり少ない気がします。国公立の論述問題でこれらの細かい違いをおさえていないと問題自体が解けないというケースはまれですし、私大の問題や共通テストの問題は選択式であることがほとんどですので、実際に出題されるとすれば、「①その編纂事業が行われたのは明の時代か清の時代か」または「②その編纂事業が行われたのはどの皇帝の時代か」が問われることになるので、その区別さえついていれば概ねどうにかなると思われます。
そこで、どうやったらその区別がつくかということなのですが一番のポイントは「明代の編纂事業が何かを確実に覚えておく」ということです。たくさんのものを区別する時に効果的なのは、いくつかあるもののうち一つだけでも確実にしておくやり方です。特に、選択式問題の場合、これができれば確実に、ある選択肢について「選ぶ」または「はじく」ことができます。
では、明代の永楽帝時代における編纂事業をどうすれば覚えられるかですが、ここで思い出してほしいのが「明は朱子学を官学化した」ということです。明代には南宋の朱熹が大成した朱子学が国家によって保護されます。朱子学は儒学の一派なわけですので、当然『五経』(詩経・書経・易経・春秋・礼記)は重要な書物です。また、朱子学ではそれまでの儒学のテキスト『五経』に加えて『四書』(論語・孟子・中庸・大学)を重視しました。そして、人間に内在する本質である「性」を、感情や欲望に流されず、宇宙の根本原則たる「理」に合致させることが理想とされ、これを「性即理」と称したことから朱子学は「性理学」とも呼ばれました。さて、ここで明代の永楽帝時代に行われた大編纂事業を並べてみましょう。
『五経大全』(五経の注釈書)
『四書大全』(四書の注釈書)
『性理大全』(性理学[朱子学]の大全集)
『永楽大典』(百科事典)
お気づきかと思いますが、これらはほとんど朱子学と関係した編纂事業なのですね。ですから、明の永楽帝時代の編纂事業については「朱子学と永楽がついたらそれは明の永楽帝時代」と理解しておくだけでいいわけです。
これだけでもかなり効果的なのですが、この区別がつくようになったら少し発展して清代の編纂事業の区別も行ってみましょう。清代の有名な編纂事業は以下になります。
『康煕字典』(漢字辞典)
『古今図書集成』(百科事典[類書]:あらゆる事物・現象などについて説明したもの)
『四庫全書』(叢書:複数の書物を編纂しまとめたもの)
『五体清文鑑』(5つの言語の対照辞典)
一番上の表にも示しましたように、『康煕字典』が康煕帝時代だというのは大きな問題がありません。では、その他のものについてはどのように考えたらよいでしょうか。
ここから先の話は、分かりやすくとらえるためにウソというかフィクションを交えてのお話になります。ご存じの方も多いかと思いますが、清は漢民族の建てた国ではなく、女真族によって建てられた国です。ですが、清は元と違って儒学や科挙を貶めたり廃止するようなことはせず、漢民族に対する一種の懐柔策として儒学や科挙は重要なものとして位置づけられました。本来は周辺の夷狄とされた女真族でしたが、易姓革命説を重視して「明にかわって支配者となった清こそが中華である」とされましたし、満漢併用制(満漢偶数官制)により、漢民族は科挙によってエリートになることも可能でした。さて、そうすると、支配者となった女真族の方でも漢民族の文化や学問を完全に無視することはできないわけで、こうした中で、最初に字(漢字)を学び、次に物事についての知識を深め、最後に多くの書物に書かれた教養を吸収するという形で漢民族の文化・学問を知る必要が出てきます。
このように考えると、「字(漢字辞典)」→「物事(百科事典)」→「書物・教養(叢書)」という順序で編纂事業がなされるのはごく自然なことなのですね。(ホントかよ。) まぁ、このようにストーリーだてて理解すると、『康煕字典』→『古今図書集成』→『四庫全書』が康煕帝→雍正帝→乾隆帝の順で編纂されたことをいくらかイメージしやすくなります。(もっとも、そのためには「漢字辞典とは何か」とか「百科事典とは何か」とか「叢書とは何か」を具体的にイメージできることが前提になるのですが。)
それでは、『五体清文鑑』についてはどのように理解したらよいのでしょうか。これについても『五体清文鑑』とは何か、をしっかり把握することが大切になります。『五体清文鑑』が「5つの言語の対照辞典」であることは上に示しましたが、ではその5つの言語とは何かといいますと、「満(女真族)・漢(漢民族)・蒙(モンゴル)・蔵(チベット)・回(ウイグル[新疆])」の5言語となります。お気づきの方もいるかと思いますが、これらは清の直轄支配地に住む女真族・漢民族と、藩部として支配しているモンゴル・チベット・新疆に住む諸民族の言語なわけで、清はこれらの5つの地域の統治のために対照辞典を作らせたわけです。ということは、『五体清文鑑』が編纂された時点でこれらの地域が清の支配下に入っていなければならないわけで、そうするとこれが編纂されるのはジュンガル部に対する遠征の後に新疆を設置した乾隆帝の時代であるということになります。(モンゴルとチベットはそれ以前にすでに清の支配下に入っています。)
もちろん、「こんなに理屈くさい覚え方では覚えにくい」、「語呂合わせなどで覚えたい」という人も多いのではないかと思いますし、そうしたい方はそれでよいと思いますが、こうしたストーリーによる覚え方をしておくと、各時代の理解に深みが出ますし、何より他の事柄と結びつけて覚えることができる(明代の儒学官学化
/ 乾隆帝のジュンガル遠征と新疆の設置など)ので応用が利くようになるのではないかと思います。
(明清の編纂事業を覚える際のポイント)
① 明の永楽帝時代の編纂事業(朱子学関係と永楽)を覚える【最重要】
② 『康煕字典』(漢字辞典)→『古今図書集成』(百科事典)→『四庫全書』(叢書)を覚える
③ 『五体清文鑑』は新疆を設置した乾隆帝の時代であることを把握する
【難関大】
・五代十国で最頻出は後晋の石敬瑭と燕雲十六州
:五代十国はたいして出題されない(失礼)にもかかわらず、なんだかやたら細かくて嫌なのよねぇ…と思うかもしれませんが、五代十国がらみで出題されるとすれば、内容はほぼ決まってきます。多分、出題される頻度順で以下のようになります。根拠はありませんw 長年の経験というか、刑事のカンです。
① 後晋の石敬瑭と、建国の見返りとしての契丹族(後の遼)に対しての燕雲十六州譲渡
② 後梁の建国者朱全忠(唐を滅亡させた)
③ 節度使(または藩鎮)
④ 後唐の都洛陽以外は、全部都は開封(汴京・汴州)
上記のうち、圧倒的に①と②の出題頻度が高いです。
他のものは、節度使なんかは五代十国に限らず唐・宋を勉強していれば自然に身につきます。④なんかはほとんど出題されません。その他にも三武一宗の法難の一つ、後周の世宗による廃仏がありますが、コスパを考えるとぶっちゃけどうでもいいですw