以前の分析から5、6年ぶりくらいに東大大論述の過去問分析を更新したいと思います。最初に申し上げておきますと、分析をしている私自身がそもそもこうした分析に重きをおいていないので、あまり期待しないでくださいw(受験生が「ヤマをはる」材料としては。逆に、教える立場の人間からするとこういった分析を定期的に行うことはとても重要です。)
前回の分析でもお話ししましたが、東大の大論述はとてもオーソドックスでかつ非常に良く練られた問題です。また、時代・領域ともに広域にわたり、問題全体を貫く何かしらのテーマが設定されていることが多いです。出題の仕方はいわゆる「正当派」で、奇をてらうといったことはありません。そのため、「ヤマをはる」タイプの対策がたてにくく、正攻法で攻めることが一番の対策となります。ですから、東大の大論述問題分析は参考程度のものにしかなりません。分析に頼って「ヤマをはる」ようなことはせず、自身の学力の地力を上げる方が無難です。東大大論述の特徴については、大筋で前回書いた分析と変わるところはないので、前回のものをごらんください。
→東大「世界史」大論述出題傾向①(2016~1987年:データ編)
→東大「世界史」大論述出題傾向②(2016~1987年:設問内容と対策)
とはいえ、ある程度の傾向を知っておくことは必要でしょう。「どこから何が出るか分からない」とはいえ、仮に「近代史から9、古代史から1」の分量が出題される傾向がある場合に、どの部分もまんべんなく、重箱の隅をつつくようにして学習して覚えるのが効率の悪いやり方であるのは確かですから。極論言っちゃえば『詳説世界史研究』を丸ごと一冊隅から隅まで覚えて消化できていれば、(知識面では)大概の問題には対処できるわけですが、受験生の利用できる時間には限りがありますし、他教科の勉強もありますので、よほどの世界史好きかめちゃくちゃ余裕のある人でもない限り、どの部分を重点的に学習するかや、何を優先するかといったことは意識して学習することになると思います。
今回も、東大が過去に出題した大論述が、どの時代をテーマとしていたのかを示す表を作成しました。設問が「〇〇から△△まで」と対象を明示している場合にはその時代を示してありますが、そうした明示がない場合には出題の意図に照らして妥当だと思われる時代を示しておきました。また、データとして①1987年~2021年の35年分、②2002年~2021年の20年分、③2012年~2022年の10年分の3つに分け、時代ごとの出題傾向の変遷がつかめるようにしてみました。
(東大大論述設問が対象とした時代区分の分析:1987~2021年[35年分])
※1989年が2色なのは、2題に分かれていたため
(東大大論述設問が対象とした時代区分の分析:2002~2021年[20年分])
(東大大論述設問が対象とした時代区分の分析:2012~2021年[10年分])
こちらをご覧いただくと、東大の出題対象が近現代史、中でも18世紀~20世紀に集中しているのがお分かりになるかと思います。また、その傾向はここ10年から20年の方が全体よりも顕著で、古代~中世の出題は回数としてはかなり限られていることがわかります。ただし、直近5年では2017年、2021年に古代~中世が対象に出題されていますので、その点については注意が必要かと思います。また、第二問、第三問で点数を取ることは、大論述で点数を取ること以上に東大世界史では重要で、これらの問題では古代・中世に関わらず非常に広い範囲から出題されていますので、「近現代史をやっておけば何とかなる」という考えは捨てたほうがいいという認識に変わりはありません。
続いて、出題の対象となっているテーマについて分析してみます。下の表は、各年の大問1の大論述の内容を考慮して、「広域(時代・領域)」、「政治」、「経済・交易」、「文化」、「宗教」、「戦争」、「外交」、「民族」など、キーになるテーマごとにどの程度その要素が含まれているかを分析したものです。ただし、ある事柄について「これは政治」、「これは経済」、「これは宗教」などと分けるのは不可能に近いです。たとえば、「一条鞭法」は税制ですが、とらえようによっては政治とも経済とも取れますし、仮に一条鞭法を扱う問題が出題されたときに、この税制が導入される背景となった中国における銀経済の成立や海外からの大量の銀の流入などについても言及しなければならないとすれば、「社会」や「交易」なども含むことになります。ですから、この判断は相対的なものですし、私の主観によるものです。実際、以前に作成した同様の表と比べた場合に全く同じ結果にはなっていません。ただ、ある程度どういう基準で分けているのかを示すために、各分野がどういった内容を想定しているのかについては簡単な一覧を作りました。また、全体の傾向についても以前の分析結果と矛盾するとか違和感があるものではありませんでした。
(分野分けの基準)
以上のような基準で、該当の設問を解く上で必要・関連性が高いと思われる事柄を重要度順に「◎→〇→△→無印」で分け、◎はピンク、○は青によって色分けしてあります。「広域(時代)」は10世紀以上にわたる内容が対象の場合には◎、5世紀~9世紀程度のものには○、2世紀~4世紀程度のものには△、それ以外を無印としました。「広域(領域)」は複数地域間の関係が深く解答作成にかかわる場合や関係が複雑な場合に◎、そのような重要性・複雑性はないものの複数地域にまたがっているものは○、2地域間比較については△としました。また、「比較」のうち「★」のついているものは比較せよという指示が明示されていて、それが設問の主題となっているものです。「字数」は大論述のみの字数であって、東大「世界史」全体の総字数ではありません。また、項目ごとに◎=5点、○=2点、△=1点としてその総点を計算してありますので、だいたいどれくらいの割合でその項目が問題に盛り込まれているかがわかるようにしています。
(テーマ別:1987-2021[35年分])
(テーマ別:2002-2021[20年分])
この表からは、以前書いた30年分の分析と大きく異なる点はありませんが、以下のことが読み取れました。
・ほとんどの設問が広域における各地域の関連性や交流を問う設問になっている。
・35年間全体を通して、政治史が圧倒的に多い。
・全体に比して、直近20年の方が「社会」や「経済・交易」の要素が増してきている。
・字数についてはここ9年間600字(ただし、2019年のみ660字)
以上が、過去35年の東大入試におけるデータ分析です。上に示したデータから何を読み取るか、というのは人それぞれだと思いますが、私の方からこうした点に注意したほうがいい、ということをあげるのであれば、5年前の分析と大きな違いはありませんが、以下の内容になります。
① 18世紀以降の近現代史(可能であれば16世紀以降の近世、近代、現代史)はもれのないように学習しておくべきです(「古代・中世が必要ない」ということではなく、近現代を重点的にということ)。
② 政治・経済史に対する深い理解が東大世界史攻略の基本です。
③ どんなテーマでも、2~3世紀程度のスパンでの「タテの流れ」は把握しておくべきです。背景・展開・影響などを中心に、短期の事柄に対する理解で満足せずに大きな流れをつかむことを常に心がけると良いと思います。教科書や参考書などの各章の冒頭などは全体の流れを把握するには役立つかもしれません。また、テーマごとに自分なりのまとめをする作業をしてみましょう。自分でするのが手間であれば、本HPでもテーマ史、地域史などをまとめていく予定でいるので参考にしてください。
④ 同時代の各地域の交流、関連事項を常に意識して、ヨコのつながりに注意を払うことが重要です。
また、こちらの表から直接は読み取れませんが、最近特に注意すべきこととして「突然の出題形式、傾向の変更に気を付けること」をあげておきます。2019年の問題では、一時的に大論述が660字となりました。また、2020年の問題では、東大には珍しい史料を扱い、それを解答に盛り込ませるスタイルの出題がなされました。2021年にはそうした史料を扱う問題は出ませんでしたが、近年の大学入学共通テストにおける改革などもふまえると、次にいつ同様の問題が出題されるか分かりません。対応できる学力を身につけることはもちろん大切ですが、それ以上にこうした突然の出題形式の変更に戸惑わないように注意する必要があります。(2019年、2020年と、東大にしては珍しい変更が続けて見られたので気をつけておいた方が良いかもしれません。)
その他、心構えとして持っておくべきことなどについても5年前の分析と大きな違いはありません。詳しくは5年前の東大問題分析をご覧ください。5年分のデータは追加しましたが、東大大論述の出題傾向に大きな変更はなく、ただし近年出題にやや「揺れ」がみられるので、その点にのみ追加で注意が必要、というのが結論になります。