2026年TEAP利用型のリード文は、イスラームにおけるメッカ巡礼を軸として、「人々が移動すること」と「国境を越えた共同体や共通意識」がどのように形成されるのかについて考察する文章でした。

2024年の「世界史の世界史」、2025年の「学生になる、学生であること」に続いて、今回も単純な世界史の知識そのものを説明する文章というよりは、歴史的な事例を材料として、現代にもつながるやや抽象的なテーマについて考えさせる内容となっています。

特に設問3では、リード文に示された巡礼や移動とは別の歴史的事例を自分で挙げた上で、「国境を越えた共同体や共通意識」について自分の考えを述べることが要求されました。この点はリード文をベースに議論を構築することができた2025年の設問3とは別の意味で高度な要求をされていると言えます。2025年の設問3では、問題文を理解しさえすれば、適切な事例は様々なものから引き出してくることができたのに対し、2026年の設問3では、自分の世界史知識の中からまず適切な事例を取り出し、それを自分の議論に組み込む力が必要となっています。

試験形式については前年とほぼ同様で、小問5題、200字以内の論述1題、300字以上350字以内の論述1題という構成でした。形式はほぼこの形態で落ち着いていることは以前の記事などでもご紹介しました。

小問は全体として世界史探究の基本~標準レベルです。一方で、2つの論述問題、とりわけ設問3では、世界史の知識だけでなく文章読解力や論理的な文章構成力がかなり重要になっています。ここ数年の出題を見る限り、上智TEAP利用型については、知識問題のための勉強だけでなく、「世界史の具体例を使って抽象的な問題について論じる練習」を早いうちからしておく必要があるでしょう。

 

〇 設問1

問⑴ ⒜

:フン人はアッティラのもとパンノニア一帯を支配している。パンノニアは現在のハンガリーなどを中心とする諸地域。

 

⒝ ソグド人はイラン系民族。トルコ系ではない。

⒞ 北魏を建国したのは鮮卑の拓跋氏。匈奴ではない。

⒟ ノルマンディー公国の建国者はロロ。クヌートはイギリスのデーン朝を創始したデーン人。

 

問⑵ ⒜

:ファーティマ朝は後ウマイヤ朝と同じく、アッバース朝カリフの権威を否定し、カリフを名乗り、イスラーム世界には3つのカリフを名乗る王朝が鼎立した。

 

⒝ アイユーブ朝が撃退したのはルイ9世率いる第6回十字軍によるエジプト攻撃。第3回ではない。

⒞ ムラービト朝が征服したのは岩塩と金の交易で栄えたガーナ王国。マリ王国ではない。

⒟ ムワッヒド朝の都は、ムラービト朝と同じくモロッコのマラケシュ。カイロではない。

 

問⑶ ⒝

:唐の義浄は海路でインドまで往復し、帰路シュリーヴィジャヤ王国に立ち寄り、その旅を『南海寄帰内法伝』にまとめている。

 

⒜ 『博物誌』の著者はプリニウス。ストラボンは『地理誌』の著者。

⒞ タスマンはオセアニア地域の探検者。アフリカの探検者ではない。

⒟ ピアリは北極点に到達したとされる。南極点の到達者はノルウェーのアムンゼン。

 

問⑷ ⒟

:イェニチェリは近代化の妨げとなるとしてマフムト2世によって解散された。(1826年)

 

⒜ キリスト教の男子を強制徴発する制度はデウシルメ。ティマール制は各地の騎士(シパーヒー)に徴税権(ティマール)を付与する制度。

⒝ バヤジット1世が捕虜となったのは1402年のアンカラの戦い。ニコポリスの戦いはバヤジット1世がハンガリー王(後の神聖ローマ皇帝)ジギスムントの軍を打ち破った戦い。

⒞ 第2次ウィーン包囲(1683)に失敗したオスマン帝国は、ハプスブルク家の追撃を受けてカルロヴィッツ条約(1699)でハンガリーを失った。ユトレヒト条約(1713)はスペイン継承戦争の講和条約。

 

【参考:オスマン帝国のバルカン進出の流れ】 

 オスマンの拡大

※ エディルネ遷都の時期には諸説あります。
※ モハーチの戦いの後、ハンガリーの大部分がオスマン支配下に入るまでにはいくらかのタイムラグがあります。

問⑸ 
⒟

:奉天軍閥の領袖、張作霖は北伐軍に敗れて撤退する際に、奉天事件(1928)により関東軍によって爆殺された。

 

⒜ 東清鉄道の敷設権を得たのはロシア

⒝ 大陸横断鉄道開通は1869年だが、フロンティアの消滅は1890年頃。(時系列がおかしい。)

⒞ 3B政策の目標となったのは、ベルリン・ビザンティオン(イスタンブル)・バグダードを結ぶ鉄道(バグダード鉄道)の建設

 

〇 設問2(論述問題、200字以内)

【設問概要】

・19世紀末から第2次世界大戦終結までのインドの独立運動におけるムスリムの動向について説明せよ。

・200字以内。

・指定語句(用語には必ず下線を引く)

:パキスタン / 全インド=ムスリム連盟 / ベンガル分割令 / ジンナー

 

【1、インド民族運動の大きな流れを確認】

「ムスリムの動向について」という条件が付いているので注意は必要ですが、まずは19世紀末以降のインドの独立運動の大きな流れをつかまないことには始まりません。この分野は、様々な大学の論述問題などでも頻出の基本事項です。ここを苦手としている受験生も多いようですが、「インド国民会議の成立~印パの分離独立」までの流れを空で言えるかどうかが、他の受験生から一歩抜け出るポイントであり、理解の壁ともいえる基準だと思います。苦手ですませるのではなく、一度本腰を入れて空で言えるようにする訓練を積むべきだと思います。

こちらの流れについては、以前からあちこちの記事でもご紹介していますが、ざっとした流れを示すと以下のようになります。

 

Ⓐ 19世紀後半の民族団体の結成

 ① バネルジー主導の反英的民族団体の結成

(インド人協会[1876]、全インド国民協議会[1883])

 ② インド国民会議ボンベイ大会(1885)

(イギリスにたいして穏健的な民族団体である国民会議派が形成)

 

Ⓑ インド国民会議派の急進化と、ヒンドゥーとムスリムの対立(1905~)

 ① ベンガル分割令(1905)

   →インド国民会議カルカッタ大会(1906)

:反発したインド国民会議派が急進化、4大綱領を採択

(スワラージ[自治]、スワデーシ[国産品愛用]、ボイコット[英貨排斥]、民族教育)

② 全インドムスリム連盟結成(1906)

  →反英化したインド国民会議の牽制のため、イギリスがムスリムを支援(分割統治)

   [ヒンドゥー中心のインド国民会議派とムスリム中心の全インド=ムスリム連盟]

 

ⓒ 第一次世界大戦と第一次非暴力・不服従運動(1910s半ば~1920s初)

 ① 第1次世界大戦の終結とヒラーファト運動

   :オスマン帝国のカリフの地位を脅かすイギリスへの疑問→ムスリムの立場が変化

 ② 戦争に協力する中で、インドで自治要求が高まる

 ③ インド統治法(1919)と第1次非暴力不服従運動(サティヤーグラハ)の開始

   :戦後のインド統治法が自治からほど遠い内容であったことから、反発強まる

    →イギリスはローラット法(1919、令状なしの逮捕・投獄)で弾圧

    →アムリットサル事件の発生(1919)

    →ガンディーが率いる非暴力不服従運動の開始(~1922)

     [宗教の垣根を超えて、一部のムスリムが運動に協力]

 

Ⓓ インド独立運動の再燃(1920s後半~)

 ① サイモン委員会(1927)と独立運動の再燃

   :サイモン委員会にインド人が含まれていなかったことから独立運動が再燃

 ② インド国民会議ラホール大会(1929)

   :ネルーにより、「プールナ=スワラージ」(完全独立)が目標として掲げられる

 ③ ガンディーによる第2次非暴力不服従運動[非協力運動]の開始(1930~)

   :ガンディー「塩の行進」などを通した抵抗運動を展開

 ④ 円卓会議(1930)

   :ロンドンで民族運動家を集めた円卓会議開催(成果なし)

 

Ⓔ 新インド統治法をきっかけとしたヒンドゥーとムスリムの対立再燃

 ① 新インド統治法(1935)

   :インド人に地方政治を中心として自治を拡充

 ② 地方議会選挙(1937)

   :地方議会選挙で国民会議派が圧勝

    →少数派であるムスリムの焦燥とヒンドゥー教徒との対立の再燃

 

Ⓕ インド・パキスタンの分離独立(1947)

 ① ヒンドゥー教徒を中心とするインド連邦の誕生

   (インド国民会議派の指導者、ネルーが初代首相)

 ② ムスリムを中心とするパキスタンの誕生

   (全インド=ムスリム連盟の指導者、ジンナーが初代総督)

 

【2、ムスリムの動向を中心に情報を取捨選択】

19世紀末以降のインドの独立運動の大きな流れをつかめれば、あとはそこから情報の取捨選択をする際に、問題の条件である「ムスリムの動向」を漏らさないようにチェックしていけば、解答全体の構成はほぼ出来上がります。そういう意味では、技術や工夫を必要とせず、世界史の基礎知識だけで十分に対応できる基本問題と言っても良いかと思います。

特に注意しておきたい「ムスリムの動向」は、以下のようになるかと思います。

 

・全インドムスリム連盟の結成

・ヒラーファト運動

・非暴力不服従運動への合流

・ヒンドゥー教徒との対立の再燃

・ジンナーによるパキスタン分離独立方針

 

【解答例】

19世紀末にインド国民会議が結成され民族運動が進展すると、ムスリムの政治的利益を求める動きも強まった。ベンガル分割令を機に国民会議が急進化すると、イギリスは分割統治の理念から全インド=ムスリム連盟結成を支援したが、イギリスがカリフの地位を脅かすと、ムスリムはガンディーの非協力運動に参加した。その後両者の対立が再燃すると、ラホール大会でジンナーがムスリム中心のパキスタン建設による分離独立方針を示した。(200字)

 

こんな感じでしょうか。非暴力・不服従運動は字数をかなり食ってしまうので、最近の山川教科書で採用されている非協力運動を採用しています。

 

ちょっとここで脱線させてくださいw

 

個人的には、この「非協力運動」という用語を、これまで広く用いられてきた「第一次・第二次非暴力・不服従運動」に代えて用いる必要性については、今ひとつ納得できていません。1920年代の運動と1930年代の運動の戦術上の違いを明確にしようという意図は理解できるのですが、教科書本文でその違いが十分に説明されないのであれば、受験生にとっては単に用語が変わっただけにも見えてしまいます。

 

ガンディー自身の用語を見ると、1920年代の運動では “non-violent non-co-operation”(非暴力・非協力)が中心的な呼称となり、1930年代には “civil disobedience”(市民的不服従)が前面に出てきます。この二つにはたしかに戦術上の違いがあります。1920年代の非協力運動では、学校・裁判所・官職などを通して植民地政府への協力を拒否することが中心となりました。一方、1930年代の市民的不服従運動では、不当とみなす法律に意図的に違反するという、より積極的な抵抗が展開されます。その代表例が「塩の行進」です。

 

しかし、この二つを貫く原理としてガンディーが掲げ続けたのが “satyagraha”(サティヤーグラハ、:真理の堅持)でした。非協力やボイコット、市民的不服従は、サティヤーグラハという大きな枠組みの中で、状況に応じて用いられた異なる戦術と見ることができます。

 

そう考えると、1920年代を「非協力運動」、1930年代を「市民的不服従運動」と区別すること自体には史料上の根拠があります。しかし、それとは別に、これまで高校世界史で広く使われてきた「第一次・第二次非暴力・不服従運動」という包括的な呼称をあえて退ける必要がどこまであるのか、という点については疑問が残ります。もし用語を変えるのであれば、それによって何がより正確に理解できるようになるのかまで示してほしいので、たとえば教科書側で1920年代と1930年代の運動の質的違いまで説明してほしいところなのですが、それについてはあまり言及がないのです。

 

すみません、現場で用語の変化への対処にわりと大変な思いをしているので、少々脱線しましたw 世界史用語の変化については、以前別記事も書きましたのでよければご覧になってください。

設問の解説に戻ります。

 

〇 設問3(論述問題、350字以内)

【設問概要】

・国境を越えた共同性や共通意識としてどのようなものが考えられるか論ぜよ。

・国境を越えた共同性や共通意識について自分がどう考えるかについて論ぜよ。

・自分の論を裏付けるような世界史上の具体的な事例や出来事を問題文以外から1つ挙げよ。

・300字以上350字以内

 

【1、国境を越えた共同性や共通意識】

この設問で最も重要なことは、設問の要求に適切に答えることです。

そのためには、設問が求める「国境を越えた共同性や共通意識」とはどういうことで、具体的にどのようなものがありうるかを正確にとらえなければなりません。ここを取り違えてしまうと、解答全体の価値が大きく失われてしまい、大減点が避けられません。

ただし、近年の世界史では、それこそ歴史総合の段階から繰り返し国境をこえた歴史のとらえ方というテーマについては繰り返し触れられてきておりますので、別に目新しいテーマというわけではありません。ある程度の目星をつけることは十分に可能なはずです。

「国境を越えた共同性や共通意識」の例としては、たとえば下記のようなものがあるかと思います。

 

① 宗教

:宗教は民族や国家を超えて信者を結びつける

② 言語・文化・民族意識

:民族意識や言語の共有は、複数国家にまたがる連帯を生み出す

 ・華僑、印僑など

・ディアスポラ(ユダヤ人など)

③ 共通の価値観、思想、イデオロギー

:共通の価値観が国境を越えた共同性を生み出すことがある。

 ・資本主義や共産主義

 ・民主主義

 ・人権運動、平和運動

 ・環境保護運動

 ・核廃絶運動

④ 共通の利益や目的の追求

 ・労働運動、反戦運動、差別撤廃運動

 ・自決権の追求や植民地主義への抵抗

(反帝国主義運動、パン=アフリカニズム、非同盟運動)

⑤ 国境を越えたより広範な地域統合の制度化

・EU

・ASEAN

・AU

 

【2、「想像の共同体論」や「グローバル・ヒストリー」への視点を意識】

ところで、本文に書かれている内容はある意味で「想像の共同体」論を想起させるものです。「想像の共同体」については、以前こちらの記事でもご紹介しました。要は、顔の見えるようなレベルで接していない相手や、実態として共同生活を営んでいない対象であっても、イメージによって共同体意識が作り出せてしまい、そしてその作り出されたイメージこそがむしろ現実において影響力を行使しうるという議論です。

一方で、本設問の本文では「国境を越えた」とあるので、想像の共同体論にとどまらず、人・モノ・思想・宗教などの越境的な移動を重視するグローバル・ヒストリーの考え方とも親和性があります。以下では、本設問の本文をよりとらえやすくするために、解答作成からは少し脱線して、「想像の共同体」論と、「グローバル・ヒストリー研究」について簡単にご紹介してみたいと思います。

 

(「想像の共同体」とは)

〇 ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体(Imagined Communities)』

:国民(ネーション)とは、人々が「自分たちは同じ共同体に属している」と想像することによって成立する共同体であるとした

 

〇「想像の共同体」成立の背景=近代社会の変化

・「出版資本主義」の発達

:新聞や書籍が大量に出版され、多くの人々が同じ情報を共有

・俗語(国語)の普及

:民族語による出版が広まり、同じ言語を用いる人々の一体感が生まれた

・近代国家の成立

:行政制度や教育制度、徴兵制度などを通じて、人々が「国民」として統合

 

〇アンダーソンによる「国民」の定義と要素

:「想像された政治共同体であり、本来的に限定され、かつ主権的なものとして想像される共同体」

 

① 想像された(imagined):互いに面識がなくても共同体を意識する。

② 共同体(community):社会的な連帯感を持つ。

③ 限定された(limited):国境によって他国民と区別される。

④ 主権的(sovereign):近代国家として独立した政治主体である。

 

(グローバル・ヒストリー研究)

〇グローバル・ヒストリーとは

:国民国家や特定の地域を歴史の基本単位とするのではなく、世界各地の相互交流・相互依存・比較を通して、人類の歴史を総合的に理解しようとする歴史学の研究方法

 

※ 人・モノ・資本・情報・宗教・文化・疫病・環境などに着目

 

(例)

・大航海時代による世界市場の形成

・銀の国際的流通

・奴隷貿易と大西洋世界

・インド洋交易圏

・コロンブス交換(作物・家畜・疫病の移動)

・産業革命の世界的影響

・帝国主義や植民地支配

・グローバル化や感染症の拡大

 

〇グローバル・ヒストリーにおける視点

① 連関

:世界各地が交易・移住・戦争・文化交流などによってどのようにつながってきたかを明らかにする。

② 比較

:異なる地域や文明を比較し、その共通点や相違点から歴史の特徴を理解する。

③ 越境

:国家の枠組みにとらわれず、人・思想・宗教・技術・資本などの移動を歴史の中心的な対象とする。

 

【3、自分の意見を構築する】

さて、設問の求める「国境を越えた共同性や共通意識」がある程度つかめたら、それに対する自分の意見を構築していくことになります。もちろん、ここでは上にご紹介した「想像の共同体」や「グローバル・ヒストリー研究」についての知見がなくても十分に書けます。ただ、こうした知見を持っておいた方が解答の方向性を定めやすいことは確かだと思います。あちこちの教科書・資料集・参考書・問題集などのコラムにも書かれている事柄かと思いますので、常日頃からアンテナをはっておくことは、上智TEAP利用の論述を解く上で無駄にならないのではないかと思います。

自分の意見を論述として構築する際には、以下の二つを意識するとうまくまとめることができるはずです。

 

① 国境を越えた共同性や共通意識とは何かを正しく把握し、示す

② 国境を越えた共同性や共通意識の性質や長所、抱える問題点を考え、示す

 

様々な事例を用いて様々な意見を示すことができるはずですが、以上2つのポイントさえおさえておけば、設問の意図から大きく踏み外した答えを書く危険性は減らすことができると思います。以下では、国境を越えた共同性や共通意識の性質や長所、抱える問題点について簡単にまとめてみます。

 

(性質)

① 価値・理念による結合

② 複数の共同体への所属

③ ネットワーク性

④ 流動性 など

 

(利点)

① 世界規模の課題に対応できる

② 相互理解の促進

③ 多様性の尊重 など

 

(問題点)

① 国家との緊張や対立が生じる

② 排他的共同体になり得る

③ 情報空間による分断

④ 民主的統制の難しさ

⑤ 文化の均質化 など

 

こうして考えた長所や利点に対して、自分自身の意見を構築していけば、1つの流れを持った文章を書くことができるはずです。たとえば、仮に社会主義を使ったとすると、流れとしては以下のような流れになります。

 

① 「国境を越えた共同性や共通意識とは何か」や、その性質を自分の言葉で示す。

(例):国境を越えた共同体は、イデオロギーなどを通して人々を結びつけた場合にも生じうる。

 

② 歴史的具体例を示す。

(例);第一インターナショナルなどの社会主義運動

 

③ 共同意識の形成への言及

(例):労働者という共通の階級意識の形成

 

④ 利点や限界の提示

(例):労働環境などの改善などに寄与、反戦運動を通した平和を求める思想の拡大、など

(例):第一次世界大戦時に各国の社会主義者が反戦と自国支持をめぐって分裂

   =「社会主義」と「国家」という別の枠組み同士での競合が生じている

 

⑤ 結論

(例):人間が複数の共同体に同時に帰属していることの意味・利点・限界をまとめる、など

 

このように組み立てることができるかと思います。こうすれば、大きく設問の要求を外すことはないはずです。ただ、個人的には上記の組み立てだとあまり面白くない(笑)ので、少し「想像の共同体」論や「グローバル・ヒストリー研究」を意識した解答のつくり方で作成してみたいと思います。

 

【解答例】

国境を越えた共同性や共通意識は、巡礼に伴う移動などの宗教的要素だけでなく、共通の歴史や文化、価値観などを通しても形成されうる。同じ集団に属する認識の共有が、互いに面識がなくても人々に一体感を抱かせるからである。例えば、華僑や印僑、ユダヤ人のディアスポラは、居住する国が異なっても共通の文化や伝統、出自意識により結び付いてきた。また、共産主義という理念がコミンテルンを通して拡大するなど、国家ではなくイデオロギーによる結び付きが形成されることもあった。一方で、こうした国境を越えた共同体意識も、ナショナリズムと同様に内と外を区別する性質をもち、対立や排他性を生み出す要因にもなり得る。その弊害を和らげるには、自らの価値観を客観的に見つめ、異文化や多様な価値観を受け入れる姿勢をもつことが重要だと考える。(350字)

 

こんな感じの仕上げになるでしょうか。

もっとも、本設問の解答については、必ずしも上のような形にする必要はありません。もっとも、上智大学の公式解答例を見ても、「越境的共同性」の利点と危険を指摘した上で、これを生かすための「共生」が必要という形でまとめていますので、「まとまることもできるけど、いろんな人が集まると摩擦も生まれるから、認め合っていかないといけないよね」という優等生的な答案のつくりが一番書きやすいのではないかと思いますw

 

この設問では特定の歴史事項について一つの「正解」を答えるのではありません。

重要なことは、

 

① 問題文を正確に理解する

② 適切な歴史的事例を示す

③ その事例と「国境を越えた共同体・共通意識」を結びつける

④ 最後に自分の考えを論理的に示す

 

という4点です。

 

歴史的具体例を大量に並べる必要もありません。むしろ、300~350字しかありませんので、ひとつかふたつの事例を正確に示し、自分の考えとの関係をはっきりさせる方が重要です。

 

2024年から2026年までの設問3を見ると、出題の方向性はかなり明確になってきています。

いずれも、

 

① 歴史について書かれた長文を読む

② その中心的な問題を抽象化して設問が示される

③ 設問に答えるために世界史の具体例を使う

④ 設問が要求した事柄に対する自分の考えや立場を論理的に示す

 

という形式になっています。

 

こうした設問に対処するためには、単に用語集や一問一答を覚えるだけでは十分ではありません。

世界史の勉強をする際に、「他の時代にも似たような事例はないか」、「この出来事はどのような問題と結びついているか」、「国家・宗教・民族・階級など、人々を結びつける枠組みはどのように変化したか」などの視点を持つことを意識することが大切です。

 

一方で、小問は基本問題が多く、設問2についても比較的オーソドックスな世界史論述ですので、まずは基本的な世界史知識をきちんと把握した上で標準的な200字論述を確実に得点できる力を養っていくことが現実的な対処法です。知識面については、基本的とはいえ少なくとも共通テストレベルの基本事項で大きく取りこぼさない程度の知識は必要です。

まずは、小問と設問2の論述である程度得点する力を養ったうえで、設問3の読解・立論型論述について別途練習するという二段構えの対策が、一番効果が上がるように思います。必要以上に設問3対策に集中してしまい、小問や設問2の対策がおろそかにならないように気をつけるひつようがあるでしょう。