早稲田大学政治経済学部の学部独自試験から「世界史」が独立した受験科目として姿を消してから、ずいぶん時間がたちました。正直、「おいおい、早稲田の政経が世界史を削るのかよ…(しょんぼり)」と当時は寂しく思ったものです。
ただ、その後しばらく早稲田政経の総合問題を見ていて思ったのですが、総合問題は決して世界史を削っていないのではないか、と気づきました。総合問題の中に、世界史に関する知識・教養が要求されていることは明らかです。(なら、「世界史」として残しておいてくれよ、という気持ちがあることは否定しません。)
そこで、「総合問題の中にどの程度世界史は含まれているのか」ということが気になり始めました。かといって1年分程度見てもあまり意味がないので、「数がそろったらやってみんべぇ」と思って5年分ほど待つつもりだったのですが、忙しかったのでちょっとすぎてしまいましたw
そんなわけで、今回は「早稲田大学政治経済学部の総合問題に高校世界史はどの程度効くのか」をテーマに問題分析をしてみたいと思います。世界史講師というものは、こういうどうでも良いことに時間をかけたくなるものなのです。(人による)
結論から示すと、2021~2026年度の6年分を分析したところ、わりと結論は明確でした。過去6年間の全18問(大問数)、およそ3割では高校世界史との接続が特に強く、背景理解にかなり役立ちます。
一方で、世界史の知識だけで直接解ける問題はほとんどありません。
世界史が特に役立つのは以下のような場面でした。
○ 長文の背景理解
○ 社会科学的テーマの位置づけ
○ 因果関係の理解
○ 論述の具体例
上記のような内容に世界史が効く一方で、
○ 英文読解
○ 統計・グラフ処理
○ 初見の概念の理解
○ 日本語記述
○ 英作文
といった技能は、世界史では代替できません。
つまり、早稲田政経の総合問題における世界史は、「答えを知るための知識」ではなく、「問題を理解し、考えるための背景知識」としてはある程度効くと結論できるかと思います
【早稲田政経の「総合問題」】
早稲田大学政治経済学部では、2021年度一般選抜から入試方式が大きく変更されました。それまでの個別科目型から、大学入学共通テスト+学部独自試験「総合問題」という形式へ移行しました。それにともない、われらが世界史は政経の科目からは消えました。(何と言うことをしてくれるんだ-泣)
総合問題では、日本語・英語の長文や統計・図表などを読み、選択問題、記述問題、英語論述に答えます。
2021~2026年度を見ると、構成はかなり安定しています。
つまり総合問題は、
○ 日本語読解
○ 英語読解
○ 資料・統計処理
○ 社会科学的思考
○ 日本語記述
○ 英語論述
を一つの試験の中で総合的に問う形式です。
【2021~2026年度の出題テーマ】
次に、早稲田大学政治経済学部の総合問題について、6年間のテーマを並べてみたいと思います。
【数量分析:世界史との接続が特に強い問題は約3割】
6年間の総合問題を、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの計18問として、世界史との接続度を見てみます。
ここでは、「世界史との接続が強い」とは、高校世界史で学ぶ歴史的背景を持っていることで、問題の中心テーマを理解しやすくなる場合を指します。
※ 「強・中・弱」は、世界史知識だけで解ける割合ではなく、高校世界史の既習知識が問題の背景理解にどの程度寄与するかを基準にした分類です。(やや主観的なものが入っている点についてはご理解ください。)
シビアに数えると、世界史との接続が強いのは5/18=約28%です。2025年度Ⅱの移民問題まで「強い」に含めれば、6/18=約33%となります。
したがって、過去6年間の約3割のセクションでは、世界史の背景知識との接続が特に強かったと考えても差し支えないように思います。
また、2022年度から2026年度までは5年連続で、少なくとも一つは世界史との接続が強いセクションがありました。このことからも、「政経の総合問題では世界史はほとんど意味がない」とは言いにくいことが分かります。
【大問Ⅰと世界史:「社会問題の背景理解」に効く】
大問Ⅰは日本語の長文読解です。この部分では、世界史は問題そのものを解くというより、文章が扱っている社会問題を歴史的に位置づけるために役立ちます。
たとえば2025年度Ⅰでは、戦争と交渉、安全保障が中心テーマです。解答例では、戦争は破壊や軍事力維持、人員配置などのコストを生む一方、交渉であれば戦争に使う資源を他の社会的価値へ回せる、という整理がされています。
ここで世界史を学んでいれば、「第一次世界大戦」、「第二次世界大戦」、「冷戦」、「核抑止」、「国際連盟」、「国際連合」など、戦争と国際秩序について多数の具体例をすでに持っています。そのため、「なぜ戦争が起こるのか」、「なぜ交渉では解決できないのか」といった抽象的な議論にも入りやすくなります。
2026年度Ⅰでも、EUの炭素国境調整メカニズム、自由貿易、国際競争、反グローバリズムなどが扱われています。解答例にも「国際競争力」「排出枠」「反グローバリズム」といった語が現れます。ヨーロッパ統合や自由貿易の歴史を学んでいれば、文章の問題設定を理解しやすくなるはずです。
【大問Ⅱと世界史:「英文を読む前提知識」として効く】
世界史の恩恵を比較的感じやすいのが大問Ⅱかもしれません。大問Ⅱは英語の長文読解ですが、世界史の知識を持っていればかなり読みやすくなるパートがいくらか見られます。
たとえば、2022年度Ⅱでは、「Greece」、「EU」、「eurozone」、「IMF」、「austerity」といった語が続きます。ギリシャ財政危機やユーロ圏の背景を知っていれば、「これは何についての文章なのか」をかなり早い段階でつかめます。もっとも、かなり近い現代史まで学習していないといけませんが。
ただし、ここで重要なことは「世界史が分かれば問題が解けるというわけではない」ということです。
2022年度Ⅱの記述問題では、EU全体とギリシャの統計データを比較し、ベンフォードの法則からギリシャ統計に作為的な数値が含まれている可能性を推論する必要があります。つまり、背景理解では世界史が効きますが、実際の得点処理では英文・資料読解が主役となります。
2023年度Ⅱも同様です。Brexitや国民投票について知っていれば文章には入りやすくなりますが、実際には代表民主制・直接民主制や投票方式について書かれた英文を正確に読む必要があります。
【大問Ⅲと世界史:「具体例」として効く】
大問Ⅲの英作文では、世界史の役割はもう少し限定されます。
2021年度は世界史がいくらか効く非常に分かりやすい例です。「平和的な抗議は暴力化すべきではない」というテーマに対して、解答例では、ガンディーやマーティン=ルーサー=キングの非暴力運動が使われています。世界史を学んでいれば、こうした具体例をすぐに出すことができます。
一方で、2022年度の「ネット上の匿名性」、2023年度の「芸術教育」、2026年度の「外国人留学生」などは、世界史を使わなくても十分に論じられます。たとえば、2023年度Ⅲでは「Music and
arts are of less importance for a child's education than math and languages.」という命題への意見を求められていますが、こうしたテーマは世界史とは無関係です。
したがって大問Ⅲでは、世界史は使えるときに使う「論述材料」としてはある程度出番があると考えることができるかと思います。
【早稲田政経の総合問題において、世界史では補えない技能は何か】
では、逆に世界史では全く補えない事柄とは何でしょうか。表にしてまとめてみたいと思います。
特に重要な力が「初めて見る概念を、その場で理解する力」です。総合問題では、事前に知らない社会科学的概念が登場しても、本文や資料からその意味を理解して考える必要があります。これは世界史の知識の蓄積とは別の能力です。(もちろん、社会や経済の仕組みを理解するという大きな枠組みで考えれば世界史にもそうした要素はありますが、少なくとも直接的に効く類の話ではありません。)
【時代的な分析:世界史が効くなら、どの時代か】
2021~2026年度を見る限り、最も有効なのは、19世紀~21世紀の近現代史です。たとえば、
○ 産業革命
○ 自由貿易
○ 資本主義
○ 帝国主義
○ 植民地支配
○ 世界大戦
○ 国際連盟・国際連合
○ 冷戦
○ ヨーロッパ統合
○ グローバリゼーション
○ 移民
のようなテーマについては、概念理解、具体例の蓄積ともに早稲田政経の総合問題とは非常に親和性が高いと言えるかと思います。
一方で、現在のところ、古代史や中世史などが直接役立つ場面は、かなり限定的です。2024年度Ⅱの本文中に登場する、18世紀以前の歴史、たとえば「イスラームの平和」や、「モンゴルの平和」、「黒死病」、「中世都市と商業」などについては、世界史で深くしっかりこの部分の理解をしていた人であれば、いくらかは読みやすく、理解の助けになったかなという程度です。
したがって、早稲田政経の総合問題と相性がよいのは、年号や出来事の暗記より、近現代史の構造理解だと言えるかと思います。
【地域的な分析:ヨーロッパ近現代史との接続が最も目立つ】
地域別では、ヨーロッパ近現代史との接続が最も目立ちます。たとえば、以下のようになります。
2022年度=ギリシャ・EU
2023年度=イギリス・フランス・Brexit
2024年度=ヨーロッパを含む長期的な経済発展
2026年度=EU・自由貿易
一方で、アメリカ史も「移民」、「公民権」、「経済成長」、「民主主義」などのテーマで利用できますし、「植民地支配」、「脱植民地化」、「人口移動」という視点では、アジア・アフリカ史も背景知識になります。
【分野別分析:どのようなテーマが効くのか】
世界史の中でも政経総合問題との相性が特によい分野について考えると以下のようになります。
たとえば、2023年度Ⅱでは「Brexit」、「国民投票」、「代表民主制」、「直接民主制」という政治制度の問題が扱われましたし、2025年度Ⅰは「戦争」・「交渉」・「安全保障」という国際関係が、2024年度のⅡでは、「産業化」・「所得」・「人口」・「生活水準」という経済史・社会史が扱われています。
ですから、人物・王朝を中心とする政治史よりも、社会経済史・国際関係史・政治制度史・人口移民史の方が使いやすいという傾向が見えます。
【早稲田政経志望者にとっての世界史とは】
これまでの内容から、早稲田大学政治経済学部の総合問題を解くのに必要な能力と、世界史との関係を表にしてまとめてみると、おおよそ次のようになるかと思います。
総合問題のために、細かな世界史知識を覚える必要は当然ありませんが、それでも世界史の授業を真面目に受ける価値はあります。
普段の世界史学習で、「なぜそれが起きたのか」、「何が変わったのか」などの原因と結果や、「誰が利益(不利益)を得たのか」、「他地域にどのような影響を与えたのか」などの関係性をとらえる訓練や知識の蓄積は間違いなく総合問題の土台として有益です。
たとえば産業革命なら、個々の用語や人名は覚えていなかったとしても、
○ なぜ生産性が上昇したのか
○ 人口・都市はどう変化したのか
○ 労働者の生活はどうなったのか
○ 世界市場はどう拡大したのか
○ 国際関係はどう変化したのか
という視点を持つことで、政治・経済・社会の動きが具体的にとらえられます。抽象的な議論と具体的なイメージをつなぐ架け橋としては、世界史学習は非常に有益です。
【まとめ】
つまり、世界史の学習は早稲田大学政治経済学部の総合問題を解くにあたっては「何について読んでいるのか」を理解する力にはかなり効きますが、一方で「読む・資料を処理する・推論する・書くという技能そのもの」については、あまり効果を発揮しないと言えるかもしれません。
確かに、早稲田政経の総合問題からは世界史が消えてしまいました。ですが、「総合問題だから世界史はほとんど意味がない」というわけではないようです。
世界史は、「問題の背景を理解する」、「抽象的な社会科学の議論を具体化する」、「論述の材料を持つ」という点ではかなり有効ですし、政治・経済・社会は抽象論だけでまわっているわけでもありません。これまでの歴史の蓄積があるからこそ、理論は発展してきましたし、きっとこれからもそうだと思います。ぜひ、大学に入ってからでも世界史の楽しさと大切さに目を向けてもらえたら嬉しいなぁって、個人の感想ですね、これはw





